馬騰(真名翡翠(ひすい))
馬超(真名翠)に先行する母親の真名は此れだろう、と考えました。
龐徳(ほうとく)(真名翡玉(ひぎょく))
翠に近い誰かの真名に「翡」が付いている筈と、やはり考えました。
「正史」の「彼」は、馬超が涼州軍閥だったときには第1の部下でしたが、流転の結果として曹操に仕え、最後は関羽に討ち取られる「悲劇の人」でした。
華琳や、桂花たち軍師たちも、次々に入ってくる報告に困惑していた。
*
先ずは荊州からである。
荊州南部4郡の太守たちが荊州州牧劉表の名で、その身柄を送り返されて来た。
本来は監察官である刺史なら兎も角(ともかく)州牧は郡太守の上官だ。
その州牧の頭ごなしに別の州の州牧と戦えと命令すれば、例え官命でも劉表には文句の付けようがあった。
「考えたわね」
郡太守たちが生きたまま劉表に引き渡された結果、先ず劉備は「益州侵掠」の時の劉表に対する「貸し」を返した事になる。
元々、荊州州牧の「名分」で荊州北部に軍閥としての勢力圏を維持していた劉表にしてみれば、荊州南部の実情は、形式上の上官でありながら実際は中小軍閥となった郡太守を通じての間接支配だったのだから、元々目障(めざわ)りだったのだ。
そこへ、今回の官命である。
いよいよ目障りになった太守たちだったが、劉備から生きたまま身柄を引き渡された事で、逆に朝廷に対する交渉材料に出来た訳だ。
それで、劉備には何が残るか。
曹魏側の策は既に破れた。
そして、劉備が荊州に欲しいのは拠点である益州からの出口。
劉表に逆に恩を売った形で出口を確保出来れば、最低限の目的は達成できた事に成る。
「それだけで、満足する積もりかしら」
華琳の疑問も尤(もっと)もだ。
劉備自身が本当に「お人好し」でも、その軍師たちは油断も隙も無い。
案の定、劉表とも劉備とも形式上は預かり知らぬ処で、荊州「名士」グループからの嘆願が朝廷に提出された。
「空席となった太守職を、益州州牧に代行して頂きたい」
「ええい、抜け抜けと」
武官の中には、憤慨するものまで居た。
「劉表にも「貸し」は返したし、もう遠慮無しですね」
軍師の1人が代表して指摘した。
劉表にしても「荊州名士グループ」の協力は不可欠である以上、無視は出来ない。
「ここまで「荊州名士」に与党を作ってしまうとは。
只の「お人好し」に見せかけておいて、恐るべき人誑しです」
「確かに、劉備の恐るべきは、恐るべき程の人誑しの魅力にあるわね」
しかも対策を出すべきは「蜀」だけでは無かった。
*
涼州軍閥の1つ、馬騰が中央に接触して来ていた。
確かに、涼州州牧の「名分」でも得れば他の涼州軍閥に対して有利に立つ。
目障りだった「旧」董卓軍が壊滅した好機を逃したくは無いだろう。
涼州に近い古都長安には、鍾元常という優秀な行政官を派遣していた。
だがしかし、その鍾元常にしても、馬騰が1族を挙げて都へ嘆願に上ると言えば阻止し切れなかった………。
……。
…長安からの第1報に続いて、馬騰1族の動きは次々と報告されて来る。
もはや、この許昌に近い。
曹魏陣営では議論が続いていた。
「どうされます」
「いっそ、馬騰の欲しがっている「名分」をエサに使いますか。そして、劉備を討たせるとか」
「いや、劉備よりも、やはり、近くの呂布とかが危険だ。そっちに使ってみては」
確かに、同じ涼州軍閥だった「旧」董卓軍の残党という意味なら、馬騰にとっても呂布は危険だろう。
ただ、相手が如何に“もんすたあ”かは良く知っている筈だ。
結局、華琳は馬騰を許昌に招き入れて、精1杯持てなす事にした。
その結果、次第に馬騰の方も心を許しかけていた………。
……。
…ある日、草原出身同士で話の通じやすい、霞(しあ)が馬騰をもてなしていた。
「翠。儂(わし)の真名の1字をつけた」
馬騰の真名は翡翠。その1字を長女に譲ったと言う。
ただし、霞が翡翠と呼べる訳では未だ無い。
その長女は、末の妹と共に涼州に残っている。
この乱世である。1族が1度に全滅する事は避けなければ成らない。まして草原では。
「末の娘だからな。“翡”も“翠”も真名が足りなくなった。
まあ、出来るだけ女らしい真名をつけてやったが」
「確か、花の名前どしたな」
そんな打ち明け話が出来るまで、打ち解けてきた。
だがしかし………。
……。
…涼州軍閥の他の1つ、韓遂(かんすい)が、長安を攻撃。
鍾元常が救援を求めて来た。
しかも、馬騰が残してきた娘が加担していると、許昌には伝わった。
「いったい、どういう事かしら」
「3公」の職権で華琳は朝廷に呼び出して詰問した。
馬騰としても「官命」では出廷するしか無い。
「そんな浅はかな娘では無い」
「あなたには、自分の娘だから信じたいでしょうね。
でも、私は、いえ、朝廷は信じる事は出来ないわ」
容赦なく、馬騰1族の全員が拘束、いや投獄された。
その上で、華琳は曹魏軍を挙げて長安への救援軍を出動させた………。
……。
…長安は前漢の帝都だった。
後漢は洛陽を帝都としたが、それでも13州のどれかの州都に劣らぬ大都市であり、それだけの堅城でもある。
その城を、行政官としても、守備の将としても堅実な鍾元常が守っていた。
涼州兵が精強で率いる将が勇猛でも簡単には落ちない。
結局は華琳が許昌から駆け付けるまで持ちこたえた。
だがしかし、戦いは其れからだった………。
……。
…華琳にも、そう言わせていた。
「手強いわね。馬騰の娘は」
それも其の筈だった。
何せ、馬超といえば「あの」関羽たちと並んで「5虎大将」と呼ばれ「た」位だ。
華琳は、しばし考え込み、とある人物を連れて来させた。
「龐徳。あなたは馬超にも、馬騰にも信頼されている、譜代の臣だそうね。
霞。貴女が聞いたところでは、馬騰は自分の真名を、馬超と龐徳に1字ずつ与えたとか」
「孟徳どの。
そこまで分かっておいでなら、さっさと此の首を刎ねたら宜しかろう。
翡翠様たちを処刑した後に某(それがし)1人、生かしておく意味が在るまい」
「在るわ。
馬超が主張するところでは「先に」私が馬騰を殺したから、韓遂に加担しているそうよ。
おかしいわね。貴女も許昌に居たでしょう。
馬超が韓遂に加担して長安を攻撃したから、私は馬騰1族を投獄したのよ。
順序がちぐはぐね」
「……。…何をおっしゃりたい」
「つまり、今のこの状況は、誰に都合が好いかしら。
というより、私が馬騰1族を投獄するまでの状況は、誰に都合が悪かったかしら」
「…まさか…」
「貴女も確かめたく無いの?
馬超も貴女の言う事なら、聞く耳が在るんじゃ無い。
馬超の処に帰って、確かめて来るのね」
*
草原の騎馬の民にとって、天幕は「土の家」より住み慣れた「我が家」かも知れない。
その住み慣れた天幕で、馬超(真名翠)は驚愕していた。
「お姉様……落ち着いてよ」
妹の馬岱(真名蒲公英)も驚いていただろうが、先に姉に驚愕されて出遅れた。
「翠どの。それがしとて、曹操の言い分を全面的に信用している訳では無い」
龐徳(真名翡玉)も困惑していた。
「ですが、確かに許昌では、翡翠様たちが投獄される前に翠どのたちが長安を攻撃したと聞いたのです」
「だけど、あたしは確かに聞いたんだ。
あたしたちが未だ涼州に居る時に、母上や1族が皆殺しにされたって」
「誰から、お聞きになったのです」
「……!」
「…」
「…」
「よし、韓遂どのに確かめてくる!」
遂に翠も、そう言った………。
……。
…翠、蒲公英、翡玉たちは韓遂の天幕に押しかけたが、話し合いは次第にケンカごしに成り始めた。
「まあまあ、落ち着いて下され。孟起どの」
ますます、険悪な空気に成り始めたが、その時、
「敵襲――!!」
主将たちがケンカ中では、咄嗟に反撃出来ない。
主将が留守の馬超軍から先に混乱し始めた………。
……。
…戦い終わって、日は落ちて。
「くっそう―曹操め―!」
ようやっと乱戦から抜け出したが、翠の後に続いているのは蒲公英だけだった。
あとの部下や兵士は、どこに逃げ散ったか。
「真相がどうでも、もう構うものか。きっと落とし前はつけてやる」
「でも、お姉様。どこへ行くの?その前に此処は何処?」
地平線まで草原の涼州では、見慣れない深山幽谷。
そこに逃げ込んでようやく曹魏軍の追っ手を振り切ったのだが、何処に居るのか、何処に向かっているのか検討も付かない。
そんな場所を、妹とたった2騎で進んでいる。
いや逃げているとなれば、勝気な翠でも内心は心細い。
今は、それさえ曹操への復讐心に加えて、何とか自分と妹を励まそうとしていた。
*
「どうやら取り逃がした様ね」
韓遂は敗残兵を集めて涼州へ退却したと、確認出来た。
龐徳は負傷して曹魏軍に収容されている。
しかし、馬超と妹の馬岱は行方不明だった。
「天の御遣い」でも居れば、蜀へ行ったと見当もつけただろうが。
「華佗を探してちょうだい」
「華佗をですか?」
「目的は2つあるわ。とりあえず1つは龐徳とか、他の負傷者の手当。
もう1つは見つかってからの事だけど」
*
さらに留守の許昌から来た報告があった。
荊州「名士」グループからの「嘆願」が受け入れられた。
無論、文官も武官も全員を連れて来ていたわけでは無いが、それでも華琳自身と部下の過半が留守では、やはり「ニラミ」が効かなかったようだ。
もしかしたら、曹魏「シンパ」以外の朝廷の臣下が、劉備を当てにしているのかも知れない。
「これで、劉備の拠点は益州に加えて荊州南部4郡。もう見逃せないわね」
「天の御遣い」が付いている訳でも無い華琳は知らないが、人材的にも軍師は「伏竜鳳雛」そして武将は「5虎大将」に後1人。
この無謀な試みも、どうやら第1部の「完」近くまでは辿り着けそうです。
いよいよ、主人公陣営の集結が近付いています。