簡雍酔夢   作:高島智明

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第3席 出陣

俺こと簡雍の処に校尉鄒靖(すうせい)からの呼出が来た。

後漢の武官では、将軍の次の階級が校尉。

そして『三国志演義』では…

 

校尉鄒靖の立てた志願兵募集の高札を見て劉備が溜息を吐くのを張飛が見咎める、これが関羽を含めた3人の出会いに成って「桃園の誓い」へと発展する、というのが『演義』の始まりだった筈だ。

その鄒靖からの呼出とは、凡(おおよ)その見当はつく。

 

案の定、

「そなたは、最近義勇軍を募集しているらしいが」

だった。

そして、どうやら「1個連隊」規模の黄巾賊が接近中であり、校尉の立てた高札に応じる積もりならば、追っ払ってきて欲しいという事だ。

「依頼」なのは、所詮「私軍」なので「命令」を受ける立場では無いという事。

したがって「公認」の軍に成れるかどうかも、これからの手柄次第な訳で、それを含めて断る理由は無い。

かくて、初陣の時は来た………。

 

……。

 

…琢(たく)郡の城門が開き、まず陣頭に立つのは3騎の美少女。

そして、俄(にわか)か造りの軍にしては整然とした歩兵の縦列が続く。

その中軍の「4輪車」には、白羽扇を手にした軍師コンビ。

そして、いま1台には、光輝く「天の衣」を纏(まと)った「天の御遣い」

軍列の後半は「木牛流馬」と名付けられた(この世界の孔明もしっかり発明していた)輸送車を連(つら)ねた輸送隊を兼ねている。

進軍の先に待つのは、蜀の国か、天下太平か。

 

所詮(しょせん)非戦闘員の文官職である俺は、お留守番である。

初陣に出陣して行く義勇軍を見送って、俺は回想に浸っていた。

 

初めて桃香を見た印象は、アニメのEDに出てきた様な等身のキャラだがそっくりだ、だった。

だがしかし、この素直で真っ直ぐに物事を見ている美少女というよりも当時は幼女に、俺は直ぐに好感を抱く様に成った。

(危ない、危ない。劉備の魅力100は恐ろしい)

等ととも思ったが、それでも彼女は素直過ぎた。

 

鈴々は孤児にも山賊に成ることも無く「張家酒家」でスクスク(というにはチビだが)お転婆に育ち、成長するにつれて桃香を慕う様に成って行った。

 

そして、愛紗。

馬商人の用心棒として彼女がやって来た時は、

(まあ”この”外史は、こういう設定なんだろう)

としか思わず、桃香と鈴々に彼女と仲良くなる様に御節介した。

彼女たちが、互いに真名で呼び合う様な仲に成ってみると、既に荒れ始めている世の中をどうにかしたいと、真剣に考えている様だった。

それが桃香にも影響し始めていた。

 

それから、朱里こと諸葛亮と雛里こと鳳統。

「3顧の礼」に因って連れ帰ってきた彼女たちは『原作』通りの「はわわ」「あわわ」キャラではあったが、流石に伏竜鳳雛らしく、天下の行方を見定めていた。

 

これから後漢帝国の天下は、群雄割拠の乱世に成る。

その中から、桃香こと劉備を押し上げる決意で「3顧の礼」に応えて来てた………。

 

……。

 

…後に、帰って来た同志たちに聞いた話では、初陣の結果はこうだった。

行軍すること数日、おそらく明日は敵に接近するその晩、天幕の中では作戦会議が行われていた。

 

先ず勝つ。これは絶対だ。

更には、犠牲はなるべく少なく。これも、そんなに変でもない。特に主将が桃香なのだから。

そこで、朱里と雛里の立てた作戦とは、

「まず鈴々ちゃんが突入して、敵の主将か副将の内、先頭に出てきている方を倒して下さい」

「突撃、粉砕、勝利なのだ―っ」

「これで、敵の出足が止まる筈です」

「つまり、主導権を奪う」

「そうです。

その間に愛紗さんが騎兵を率いて敵の後ろに回って、今度は前方に追い立てて下さい」

張世平・蘇双の提供した軍馬と愛紗たちの練兵で、100騎余りながら其れなりの騎兵が揃っている。

「それだと、本軍の方に追いやる事に成るな」

「そうです。そのまま8陣図の中に引き込んで、撃破します」

「だがそれでは、姉上とご主人様、それにお主らだけの本陣に敵を追い込む事になるぞ」

 

「やってみせます」

桃香と「天の御遣い」のカリスマからくる士気、これまで鍛えた兵の連度、必殺の筈の陣形、そして伏竜鳳雛の戦術。

これだけ揃えば、鈴々に出鼻を叩かれ、愛紗に追い立てられ、半分崩れた敵位は撃破出来る。

出来なければ、関羽・張飛の武に頼った以上の戦いは此れから出来ない。

 

「それに、出来るだけ此処で劉備軍の名を大きく広く響かせる必要があります。

桃香様の理想の為に」

「流石に全滅はさせられ無いでしょう。

ですが、ここはバラバラに逃げ散ってくれても、目的は達せられます」

「つまり、逃げ散った賊どもが、わが軍の名を宣伝してくれるという狙いか」

「そうです。ただし敵の主将は逃がさないで下さい。気の毒ですけど」

「承知した。では、1つ派手にやるか」

作戦は決定した………。

 

……。

 

…翌日、8陣図に布陣した劉備軍の前に、主将程遠志、副将鄧茂(とうも)に率いられた黄巾軍が出現した。

「何だ」

どう見ても、自分たちより少ない。おまけに官軍らしくも無い。

舐めた。こう成ると賊軍である。

官軍がそう呼ぶだけでなく、本当に賊が乱に呼び寄せられた集団といって好い。

ひと息に揉み潰す積もりに成った。

 

「♪蒼天已死♪黄天當立♪歳在甲子♪天下大吉♪」

「♪蒼天已死♪黄天當立♪歳在甲子♪天下大吉♪」

 

「………」

北郷一刀は内心ビビっていた。

所詮は平和ボケした国から来た学生に過ぎない。

尤(もっと)も、一刀だけでもない。

この時代とはいえ、修羅場の経験があるのは愛紗位だろう。他は全軍が初陣といって好い。

作戦を立てた朱里と雛里も「はわあわ」も出ず白羽扇を握り締めている。

4輪車のそばの馬上、決心をにじませた貌の桃香。

それでも数秒間、一刀と見詰め合うと「靖王伝家」の宝剣を握り締め抜き放つ。

白羽扇を握り直して、軍師もタイミングを計り始めた。

 

「♪蒼天已死♪黄天當立♪歳在甲子♪天下大吉♪」

やっぱ、ヤバい方向に宗教が掛かってやがる。これだから、カルトはテロになるんだ。

未だ一刀は誤解していた。

 

遂に、宝剣が指揮棒よろしく振り下ろされた。

「突撃―っ」

鈴々がまっしぐらに突入し、文字通り「激突」した賊軍が停止する。

ただし、賊将程遠志はもう2度と進軍不可に成っていた。

 

中軍にいた副将鄧茂は何とか突撃から停止して乱れた軍列を立て直そうとするが、その前に愛紗を先頭に敵の側を駆け抜けた騎兵が、今度は後ろから襲い掛かった。

まるで、ドミノの様に前方に押し出される。その前面にガッチリ布陣した盾と矛が立ち塞がる。

もはや、軍列も無しに右か左にバラバラに方向転換するが、右に行った者はクランクの様に更に方向転換させられ続け、左に行った者はUターンさせられ、軍師の白羽扇の振られるままに変化する盾と矛で作られた迷路の中で右往左往するばかり。

3355、わざと開けられた出口から吐き出されると、そのまま思い思いに逃走しようとする。

「雑魚はさっさと逃げろ。主将は何処だ」

愛紗にそう1喝されて、情け無くも鄧茂を何人かが押し出そうとした。

「裏切り者!?!」

殆(ほとん)ど八つ当たりにさっきまでの部下を切りたてて、思い出した様にギョッとばかり振り向く。

待っていましたとばかり青龍偃月刀が引き裂いて、それで全て終わった。

後は、蜘蛛の子を散らすように、生き残りは逃げ散って行った………。

 

……。

 

…初陣は勝利に終わった。

 

賊の主将と副将を討ち取り、生き残りどもは逃げ散った。

そして、味方の犠牲は殆ど無い。

凱旋してきた義勇軍を、桃香の母親とか「張家酒家」の1家とか、義勇兵の家族たちやスポンサーに成っていた馬商人の張世平に蘇双とかは歓呼の声で迎えた。

無論、俺もその中に居た。

 

校尉鄒靖はというと、唖然としていた。

「信じるしか無い。あんな女子供の率いる雑軍がこんなに強いなどと…」

だがしかし、校尉までは出世する男である。

早速、この戦勝を報告することにした。それも、出来る限り自分の手柄として。

とはいっても、それほど面の皮の厚い方でも無い。

それは両方の幸運だったろう。劉備軍の誰かの性格からすると。

兎も角(ともかく)適当に「義軍」の機嫌はとるつもりの校尉に対し、この郡での窓口である俺を通して、申し出られた要求に対して、むしろ、

「それで好いのか」

と、言いながら、応える事にした様だった。

 

鄒靖から手に入れたのは、あちらこちらの官軍への紹介状。

「本当にそれで好かったのか」

愛紗などは「はわあわ」に問い直すものだった。

「済みません。

確かに桃香様の故郷ではありますが、それでも桃香様の理想は涿郡だけを救う事では無い筈です」

「そうね。もっと多くの人の為に、この国のもっと遠くまで行かないと」

「ですから、これから私たちは、この国の中で黄巾賊に苦しんでいるあちらこちらの地方で戦いながら」

「桃香様の理想を実現する好機を探していくことに成ります」

「そのために、当面役立つのが、この紹介状です」

 

1日、桃香は楼桑村に帰って、母娘の時を過ごすことに成った。

片や、志願してきた義勇兵の中には、故郷を守りたい、あるいは守りたい人がいるから志願してきた者もいる。

そうした者たちは、この際に置いて行く事にした。

幸い、校尉鄒靖はこの時代の「官」としてはマシな方らしい。

少なくとも、任地を捨てて逃げ出すことは無いだろう。

前回の大勝もあって、しばらくは涿郡は安全そうだった。

「しかし」

愛紗等はせっかく鍛えた兵が減るのに、不平が無い訳でも無い。

「その点は余り心配することも無いでしょう。

少なくとも、今回の勝利とその評判で兵はむしろ増える筈です」

そう軍師たちは説明した………。

 

……。

 

…琢郡の城門、前回よりはやや少なく成った「義軍」が、前回よりも名残惜しそうな人々に見送られて出発して行く。

これが、見納めとなった者も居ただろう。

俺も今度は、木牛流馬を連ねた輸送隊を采配して加わっていた。

 

進軍していくと、何時の間にかあちらから「1個小隊」またあちらから、という感じで現れては黄巾をむしり取って平伏する。

「成程、これも計算の上で逃がしたのか」

それに、校尉から木牛流馬に乗せられるだけの当面の物資はパクって来ていたのも………。

 

……。

 

…さて、とりあえず行く先を決める段になって、少しばかり揉める事になる。

校尉から紹介状とともに各地の官軍についての情報も仕入れてある。

無論、鵜呑みにはせず、我が軍師が分析して正確度を上げてある。

その情報に因ると、

「敵の首領、張姉妹はずいぶん、移動し続けているな」

したがって、敵の本陣を狙う(現時点での実力がある無しは置いといて)という戦略では、狙いを絞れない。

 

その張姉妹を探しつつ戦っている官軍中の遊軍ポジションと言うべき軍を率いている将軍を、盧植(ろしょく)と言う。

 

盧植

この当時を代表する儒学者にして、エリート官僚。

中華帝国では伝統的にこの両者は1致する。

だがしかし、王朝末期の迷走のあおりでひと時失脚していた時、故郷で私塾を開いていた。

その頃の門下に、劉備がいたという。

その後、黄巾の乱が起こった為に、再び将軍として呼び戻される。

 

当然ながら桃香としては、何処かの官軍に合流するなら恩師を助けに行きたい処だが、俺はあえて尋ねてみた。

「天の御遣い様には何か心配でもあるのですかな」

無論、俺にも『演義』の知識はある。

 

「桃香に聞きたいんだけど、盧植先生という人は、もしも前線を視察に来た宦官とかがさ、賄賂を要求したら、適当に機嫌をとるとか出来る人かな」

『演義』では、その為に罪を被せられて護送される盧植に劉備たちが出くわしてひと騒動、という場面がある。

「桃香の恩師には気の毒だけど、多分そういう騒ぎに巻き込まれる事に成るんじゃないかな」

「うーん、でも…」

それでも恩師を見捨てたくない桃香は、軍師たちに相談していた。

 

(さてさて、どういう計略に成るかな。伏竜鳳雛の策謀の見所だ)

俺は、そんな風に思ってみた。




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