「好く戦うものは、人を致(いた)して人に致されず」
「主導権を取った方が勝ちであり、その為には虚と実を敵には逆に見せかけろ」
と、説きます。
これが『演義』だと、曹操が自分の悪行に開き直って、
「自分が他人を裏切っても、他人に裏切られる事は許さない」
と、言ったとされてしまいました。
まあ『孫子』自体、読み方によってはミもフタもない現実主義の書ですが。
曹魏の勢力圏は天下の中央、古来より中原と呼ばれた中国大陸の平野部に在る。
内政面で努力すれば生産力は高く、どの方面への出撃にも便利ではあるが、群雄が割拠する現状では多数の敵に囲まれている状態と言えた。
ただし「多数」の敵であり強大な1つの敵では無い。
それぞれが利害の異なる陣営ならば、そこに付け込んでの「各個撃破」を基本戦略にする。
その場合、連携させては成らないのが袁紹陣営と袁術陣営だった。
「4代3公」の間に蓄積された底力が効果あって、現在のところ袁紹陣営が最大勢力である。
その上、袁術陣営と連携されては堪らない。
それぞれの君主を担いで、派閥争いをしてくれていて幸いだった。
当然、この派閥争いを助長する積もりはあっても、仲裁する気など無い。
朝廷と共に在ることを利用しての「名分」の使い方には、この点も考慮している。
袁紹(真名麗羽)には大将軍の「名分」を譲った。
更に、北部4州、冀州・青州・并州・幽州の州牧を推薦させる、という形式で、その実効支配に「名分」を与えた。
当然、推薦されたのは袁1族か腹心の部下である。
反董卓連合軍の時のような「大義名分」を与えない為なら「名実」の「名」位は譲れるだけ譲ってやる。
皇帝はこの許昌に在り、朝廷に出仕する文官、武官の過半は華琳の部下でもある。
この「実」を押えておけば。
その一方で、袁術(真名美羽)に対しては完全に黙殺した。
この結果として朝廷と共に在る華琳を恨むよりも、姉の麗羽への「ライバル心」へ向かうと、そう読んだ。
だが、実際の反応は、華琳ですら想像の斜め上を飛び去っていた。
いや「孫子の兵法」を実践する合理主義者だからこそ、思い付きもしなかったといった方が好い。
*
「いったい、何を思っていますの?!」
麗羽ですら、公式の場では何時もの誇り高い(高慢ちきともいう)袁紹を保っていたが、腹心の文醜(真名猪々子)や顔良(真名斗詩)しか居ない場では、妹の「暴挙」を嘆き心配する姉に戻っていた。
*
「我々は、所詮「正史」の傀儡に過ぎません」
「だから、せいぜい「正史」をなぞる訳か」
「そうです。
この「外史」を消滅させる事も、異分子を排除する事も、直ぐには出来ない以上は仕方ありません」
「この「外史」と「正史」を出来るだけ近付けておいて、決定的な分岐点で決定的な行動を取る。
それは好い」
「不機嫌ですね」
「機嫌を好くする必要も無い」
「まあ、この「外史」の“袁術”も「正史」と同じ役割をした事に成るだけです。
我々は、ほんの少し演出しただけ」
「まあな、我々の術を多少、披露しただけだがな。それが「天命」を示す奇跡だとは茶番だ」
「“袁術”ですからな」
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黄巾の乱。その原因となった朝廷の腐敗。更に反董卓連合軍に至る更なる朝廷の迷走。
そして、曹操の傀儡と成り果てた朝廷の現状。
これだけ並べ立てた上で、転じて自らの勢力圏である淮南地方に起こった奇跡や瑞祥を並べ立てる。
その上で、これは自分すなわち袁術に「天命」が下ったのであり、すでに正統の天子は交替したと宣言した。
既に、この国家は「漢」では無く、袁氏の「仲」であると。
*
「バカな事を。しかし、好機だわ」
驚愕はした。だがしかし、その後は何かを謀り始めた。
華琳こと曹操が後世に残した1つが「孫子」13巻の復刻だが、まさにその実践が此の時の戦略だった。
「蜀に官命を伝えるわ。
劉備は「劉」氏、つまり漢王朝の“お姫様”である事を看板にして、蜀を手に入れたり、その行為を正当化して来たわ。
だから、この「僭帝」を成敗しろとの官命には逆らえない。
ノコノコ出て来るわ。自分の拠点から離れてね」
「それで、出てきた処をどうするか……
さあ、煮て食べようかしら、焼いて食べようかしら。
まあ、どちらにせよ、只の「お人好し」でも無かったし、それに劉備1人に関羽だの孔明だの、いっぱい付いて来るからお得よ」
この人材コレクターなのがやはり曹操だった。
「人を致して人に致されず、よ。これ以上、劉備たちに先手は取られないわ。
ただし、今回の暴挙を好機と考えているのは、他にも居るでしょうけど」
*
孫呉の拠点である江東の秣陵。
雪蓮を中心に軍議が開かれていた。
「今回は好機です」
冥琳は断言した。
「我々にとって、袁術陣営から如何にして独立するかが、課題だったのですが、その好機を袁術の方から与えてくれました。
逆賊に成り果てた袁術を討伐せよとの官命を貰えば、堂々と袁術陣営から離脱出来、更には功績次第で、江東を支配する「名分」を朝廷から引き出せます」
だが、居並ぶ文武の部下たちの中からは、こんな意見も出た。
「だがしかし、わが陣営と袁術陣営の勢力の差はまだ存在しますが」
「その意味からも今回は好機です。
逆賊を討伐する「名目」で連合軍の結成を呼び掛けられます。
少なくとも、朝廷を手中にしておればこそ、曹操軍は出て来ざるを得ません」
*
徐州の州城である彭城でも、音々音が恋に説いていた。
「好機なのです。現在のままでは、恋殿はこの徐州に居座っているだけなのです。
徐州州牧の「名目」を手に入れるだけの、朝廷に対する功績を立てる、またとない好機なのです」
*
そして蜀の成都。
「今回、この官命に従わない理由が在りません」
竜鳳の軍師は断言した。
しかし「遠交近攻」が乱世の常識だ。
国境線で隣り合い直接領土を切り取れる「近国」を侵掠し、その「近国」の背後に同盟国を求める。
「確かに領土的には骨折り損でしょう。
ですから他に利益を求めましょう。
出兵しない理由が無い以上」
現在、蜀の陣容は充実しているが、幽州、荊州、益州etc.…と、出身も仕官した“プロセス”もマチマチだ。
何より、主君の下での1軍になっての実戦経験が無い。
最低でも、主力となる「5虎大将」と「竜鳳の軍師」には、この経験が在った方が好い。
それも、蜀の国境線に関わる本格的な戦いの前に。
と成ると……
出陣するのは、桃香と北郷一刀以下、愛紗、鈴々、朱里、雛里、星、紫苑、翠。
これだけの面々が留守にしても、まだ桔梗や蛍たちが残っていれば不安は無い。
その意味では、それだけ今の蜀の人材面は充実していた。
片や、留守中の治安に心配が無い程度の兵力を残して行っても「5虎竜鳳」が揃っていれば、ある程度は連れて行く方の戦力は補いがつく。
むしろ、自国の勢力圏を離れて遠征する以上は後方支援の負担が軽くなる。
とは言え、全く後方支援部隊を連れて行かない訳にもいかないから、俺こと簡雍も従軍する。
「只、翠さんには少しだけ問題が在ります。
曹操に対し個人的に復讐心を持っている事です。
この機会に其れを表面から引っ込めて欲しいのです」
「曹操と仲直りしろってのか」
「形式だけで好いのです。
翠さんを”匿っている”ことを、外交的に付けまれなくするだけですから」
「分かった。今は主君持ちだ。主君の迷惑には成らないよ」
「有り難う御座います。最初の目的から言っても、翠さんには今回、同行して欲しいですから」
「1番新参だから」
と、横から口を入れたのは妹の蒲公英だった。
後は少数精鋭の兵を選抜して、許昌から催促が来る前に出発、という訳に成る。
ただ、焔耶だけは
「桃香様。連れて行って下さい」
とダダをこね、留守番の組では「先輩」格の桔梗に宥められた………。
……。
…荊州長沙郡。現在の蜀の勢力圏では、ここが袁術陣営の勢力圏である淮南に近い。
成都を出陣した蜀軍は、当然ながら取り敢えず此処に集結した。
そこで、2方向からの使者を受ける事に成る。
1つは既に許昌を出陣していた曹魏軍から。
「合肥にて合同せん」
袁術陣営の勢力圏、淮南の中では西南寄り。
つまりは蜀軍の待機している長沙寄り。
そして曹魏軍は西から来る。
別におかしくはない。合同して、先ず合肥を攻略するのは。
だがしかし……
「曹操は、袁術を滅ぼした後の事も考えているかも知れません。
この合肥の位置は、今回上手く行って淮南から袁術陣営を追い出せば、今度は孫呉に対する前進拠点に成ります。
また、上手く行かなくて袁術陣営にトドメを指せなくても、合肥を確保していれば、西から攻略する曹操軍には次回の足掛かりに成ります。
その重要拠点を先ず最初に押さえるとともに、今回、最も呼び出したかった我が軍を自分の目の届く処に置きたいのでしょう」
「油断も隙も無いな」
と、いう声も同志たちから出た。
「ですが、もし本当に合肥が重要なら、落としてしまえば今回の「義務」は果たせます」
「では、曹操が来た時には、合肥を手土産にしてやるか」
「無理はしないようにしましょう。手抜きもしませんが」
人を致して人に致されないためには、虚々実々の主導権争いは戦場だけでは無かった。
*
そして、もう“1人”の使者。
明らかに1見した記憶の在る孫母娘の面影が在る、けれども、もう少し幼い少女。
何故か白い虎に乗りパンダをお供にしてやって来た。
見た目は幼くても、孫呉の正式の使者である証拠と孫策自身の書状を持って来ていて、その書状にはこう書かれていた。
「自分(孫策)の名代として、蜀軍に同行させられたし」
*
「何故じゃ~何故じゃ~何故じゃ~~。皇帝に成れば全て朕の思いのままでは無かったのか~」
美羽でなくても、癇癪(かんしゃく)を起こしたいかも知れない。
今や、北からは呂布軍が押し寄せ、南からは孫呉軍。東は海。
西からは曹魏軍とこれに合同しようとする蜀軍が合肥に迫りつつある。
元々「船頭が多くして船が山に上がって」いた袁術陣営である。
喧々諤々(けんけんがくがく)の大論戦に成っていた。
それでも、美羽の癇癪を側近の張勲(真名七乃)が宥めつつ、何とか議事を進行させた。
合肥を占領される不利については流石に意見の1致を見た。
そして1軍を派遣するとも決まった。武将は紀霊。
*
荊州長沙郡を進発した蜀軍は、長江を北へと渡渉した。目指すのは、取り敢えずは合肥城。
どう考えても、蜀軍のフルメンバーでは紀霊が気の毒な感じがします。