簡雍酔夢   作:高島智明

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僭称(せんしょう)
皇帝や王を自ら名乗る者に対し、他から「ニセモノ」扱いする場合の呼び方です。
「正史」でも、袁術の皇帝即位は他の群雄に認められず、僭称者として追い詰められて行きます。
遂には「正史」での「彼」は、放浪の中で飢えと疲れに倒れ、
「せめて蜜水の1杯でも」
と、憤慨しつつ絶命したと伝えられています。


第31席 僭帝憤慨 只1杯の蜜水を求む

官命の形式を取って、曹魏からの通達が来た。

「曹魏軍は蜀軍と合同して合肥を攻める。孫呉軍も呼応して長江を渡渉されたし」

指揮系統の異なる幾つもの軍が分進合撃するのだ。

それぞれの軍が各個撃破されない程度に優秀なら、この程度におおざっぱな作戦の方が融通が利く。

 

無理をする積もりも無くても、手抜きをする積もりも無い。

速やかに進発する積もりだったが、蜀軍が気にかかった。

孫呉の勢力圏に隣り合う荊州長沙郡まで侵掠に成功されている。

気にしない方が乱世では「お人好し」だ。

監視を含めて誰か使者を送り、そのまま同行させた方が好いので無いか?

そんな意見が出た時だった。

「だったら、シャオが行って来る」

 

「シャオ。お前は…」

まだ若い、とまでは蓮華にも言わせなかった。

「子供じゃないモン!」

使者の格という意味なら、実の妹だから雪蓮の「名代」に成れる。

若い事が問題ならば誰か補佐を付ければ好い。

片や、他に「名代」が務まる「格」のある地位にいる者は、今回の遠征と拠点の留守番で手1杯だった。

「分かったわ」

最終的には、あくまで君主として雪蓮は決断した。

それでも姉としては、妹に「無理をしないでね」と言った。

 

さて、補佐につく者だが、

「私が参りましょう。

あの「妹」の兄であるからこそ、戻って来なければ、この子瑜の名が地に落ちましょう」

そう名乗り出たものが居た………。

 

……。

 

…かくて、長江を渡渉する蜀軍には、孫尚香と諸葛瑾(しょかつきん)が同行していた。

 

孫尚香

孫策・孫権の妹で「正史」では……いや、よそう。"この"世界では、劉備は桃香なんだから。

 

諸葛瑾子瑜

諸葛亮孔明の兄。

外交官としても行政官としても、それなりに優秀だったのだが「弟」が有名に成り過ぎた。

ある意味では気の毒だが、しかし、本人たちは「兄弟」とも自分の信念に生きた。

 

何と言うべきか、孫尚香こと真名小蓮、自称「シャオ」は桃香にも北郷一刀にも直ぐに懐いてしまった。

片や、諸葛瑾の方は「公私」の「公」を守って、妹と2人だけに成らない。

朱里の方も何時もに増して、例えば雛里の手を握って離さない。

 

そんな1人1人の、心の動きにもかまわず、戦機は動く。

そうなれば、軍師は「クール」に戻る。

合肥に派遣された淮南軍の将、紀霊は選択すべき戦術を検討していた。

 

西から迫る曹魏軍。合肥の南から迫る蜀軍。

合同された兵力で攻城兵器などの準備を整えられた上で攻め寄せられたら、篭城しても持ち堪えられるかどうか分からない。

 

ならば、2軍以上に分かれて進軍してくる敵に対しては、各個撃破という選択肢は当然に在り得る。

その場合、蜀軍の方が兵力が少ない。

その理由も見当がつく。

こちらの方が、自陣営の勢力圏を離れて遠征して来ているのだ。

後方支援の問題だろう。

ならば、魏軍の到着前に蜀軍を叩ければ、それだけ有利になる筈だ。

 

兵法に照らして、間違ってはいなかった。ただし、敵軍についての情報がまだ不足していた。

長江の岸から北の内陸部。合肥城の南の平原。

蜀軍の前面に展開する紀霊の淮南軍は、極めて基本的な、したがって特に弱点のない陣形を取っている。

蜀軍も似たり寄ったりの陣形。兵力もほぼ同程度。だがしかし…

 

(確か、袁術軍の紀霊は『演義』でもゲームでも中ボスLVだったよな。

こっちは「5虎竜鳳」が揃っているのに、向こうは紀霊1人じゃ、フクロ叩きじゃないか)

俺には、一刀がそんな風に思っている様に見えた。

 

「まず、星さんが真っ直ぐ突入して、敵の出足を止めて下さい」

流石に紀霊の首までは取れなかったが、いきなり陣形を乱され、その場に踏み止まったまま体勢を立て直そうとしている。しかしその前に…

 

「次は、紫苑さんが敵の右手から、連弩を打ち込んで下さい」

修錬(しゅれん)の1点集中射撃に、更に打ち崩された陣形を反対側へ移動する事で立て直そうとする。

「ここで、翠さんが反対側から騎兵を率いて突撃して下さい」

さらに大きく陣形が崩れる。ここまでなら以前にも見た事が在りそうだが、

 

「今回は逃がしません。

愛紗さんと鈴々ちゃんが、左右両側から後方に迂回して、包囲して下さい」

「4輪車」の中から白羽扇が振られるたびに、そのまま「5虎大将」によって実行されていく。

 

もはや逃げ道は無い。

それどころか、外側から押し込まれてくる味方が邪魔で、戦う事も陣形を立て直す事も出来ない。

そのまま、外側から順に殺されていくか降伏するしか無い。

 

ただ、前回なら、ここで降伏勧告だったが。

「気の毒ですが。今回は戦いの目的が違います」

前回は降伏させておいて説得するのが目的だったが、今回は撃破が当面の目標。

しかも、そもそも蜀軍が主体の戦いでもない。

紀霊軍には気の毒だが、ここで撃滅してしまえば蜀軍にとっては今回の「義務」を果たした事に成る。

「う~ん」

それでも、桃香は優し過ぎた。優し過ぎるから、蜀軍は成立しているのだが。

「お見事ですな。後世、兵法のお手本に成りそうです」

諸葛子瑜がシャオに語り掛けていた。

「うう、ますます興味シンシンに成って来た~」

同じ評価は華琳もした。

そして「人材コレクター」の目を輝かせた。

太陽の如き笑顔で。

紀霊軍、蜀軍と会戦して撃滅される。

その直後に到着した曹魏軍の前に、合肥は大して抵抗も出来ずに落城。

曹魏軍が連れて来た「漢」朝廷が任命の「揚州州牧」劉馥(りゅうふく)合肥に入城。

袁術陣営は緒戦の失敗から主導権を失ってしまった。

合肥に入城した曹魏軍と蜀軍の主だった面々は、戦陣の形式ながら酒食の席を設けて合同の挨拶とした。

 

その席上、華琳が自分の杯を翠に与えようとする出来事があった。

何も言わず、何の表情も浮かべず、翠は1気飲みした。

「拒否はしないのね」

「主君を持ったからは、迷惑は掛けませぬ」

それだけ言うと、今度はその杯を翡玉に与えた。

やはり、何も言わず、何の表情も浮かべず、1気飲みした。

「これが草原の流儀なの?」

霞などは周囲から尋ねられていた。

 

俺こと簡雍は、酒に任せた風を装い「天の御遣い」に語り掛けていた。

「御遣い様には、何か「天のお告げ」は御座いませんか。

例えば、この面々の連合軍で、袁術を攻めた戦いとかに」

「ああ、確か、これから袁術の取っ「た」戦術は…今から自分たちがやられると成るとエグいな」

「これから軍議です。正式に意見具申してみますか」

「ああ、言ってみる」

袁術陣営は緒戦の失敗から主導権を失ってしまった。

しかも、合肥を足掛かりに西から迫る曹魏軍と蜀軍だけでは無い。

北から迫る呂布軍そして長江を渡渉して南から迫る孫呉軍にも対応しなければ成らない。

ますます袁術陣営では打つ手打つ手が後手に回り始めた。

 

その間にも、分進合撃する連合軍は袁術陣営の本拠地である寿春に接近しつつあった………。

 

……。

 

…袁術(真名美羽)の癇癪を側近の張勲(真名七乃)が宥めつつ「船頭が多くして船が山に上がる」大論戦の議事を何とか進行させて出た結論というのが「寿春を1旦、捨てる」だった。

 

決して、消極なだけの作戦では無い。

連合軍の方が遠征軍であり、やたら大軍なだけ食糧事情は厳しいはずだ。

七乃たちの計算では、寿春の城内に袁術陣営が蓄えた食糧を当てにする程度の量の筈だった。

その当てが外れたら引き返さざるを得ない筈だ。

袁術軍が寿春から食糧を持ち出して、西、北、南から迫る敵の居ない東へと逃げ出せば追っては来られまい。

食糧を食い尽くした連合軍が、引き揚げれば寿春に戻れる。

好機を掴めば追撃戦で打撃を与える可能性も在る。

 

悪い作戦では無かった。ただし、相手が「後出しジャンケン」で無ければ。

「天の御遣い」の噂は聞いていても、その「正体」まで知っている筈も無い。

ましてや”この”作戦についての「予備知識」が在るなどとは。

足掛かりと成る合肥を占領した曹魏軍そして蜀軍は、袁術軍が北の呂布軍そして南の孫呉軍に対応している間に、合肥に食糧を集積してしまった。

自軍だけではない。呂布軍や孫呉軍、置き去りにされた寿春の住民の面倒まで看る可能性も在る。

それを見込んだ大量の食糧を輸送する準備を整えた上で、着実に進撃する。

 

この進軍での蜀軍は完全に食糧の護衛だった。不満は無い。

それどころか、セコセコ手柄を稼いでいた。

袁術軍は自軍の戦術上、食糧を攻撃して来る。

「5虎竜鳳」が護衛しているのだから、その度に返り討ちだった。

後方支援部隊を采配しながら、俺こと簡雍は全(まった)く危険を感じなかった。

遂に手柄を1人締めにされている、とでも思ったか、曹魏軍の「3人娘」凪、真桜、沙和が護衛の交替を訴えた位だ。

この食糧戦術の誤算が致命的に成った。

もはや、寿春にも戻れなく成った袁術軍は、淮河下流の湿原を彷徨ううちに自(みず)から崩壊し始めた………。

 

……。

 

…そして…

 

「蜂蜜じゃ~蜂蜜水を持ってくるのじゃ~」

「ああ、何とお痛わしい(涙)」

漢帝国に取って代わる「仲」皇帝を宣言した筈なのに運命の急転は急だった。

この人里すら疎(まば)らな山野を、もう何日、美羽と七乃の只2人は落ちのびたか。

もう、美羽には歩く力も無い。

七乃ももう、息も絶え絶えな幼君を只、抱き締めて泣くばかりだった。

 

その主従に近付いて来るものが居た。少数の部下を従えた武将風の何者か。

七乃は瞬間だけ覚悟を決めた。

「ああ、私は最後まで美羽様を庇って……」




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