簡雍酔夢   作:高島智明

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今話は何方かといえば日常編に近くなると思います。


第32席 人物交差 人とは出会うもの

連合軍は撤収した。撤退では無い。目的を達成しての撤収である。

袁術陣営はもはや再起不能だろう。淮南の領土は連合軍の分け取りに成る。

その分配も含めての協議は、朝廷を大義名分とした曹操の主導で1段落した。

「やむを得ないな」

元々、現在の勢力圏の実効支配を正当化する「名分」の確保が優先目的だった。

その点に関しては曹操に確約させた。

雪蓮には漢朝廷から任命された正規の将軍職と楊州会稽郡太守。

冥琳にも隣の郡の太守職が用意された。

他の長江以南、荊州長沙郡の隣より東の各郡の太守も孫呉からの推薦とされた。

雪蓮や冥琳としては此れで満足するしか無い。

更に、長江下流の北岸での占領地は既成事実として認めさせた。

恋も又(音々音が代弁して)徐州州牧を要求したが、将軍職で取り敢えず引き下がった。

州牧については継続交渉と成った。

蜀軍に至っては、現在の勢力圏から遠い淮南での「飛び地」など欲しくない。

そもそも「官命」で引っ張り出された戦いである。

さっさと成都に帰りたかったが、

「益州州牧および荊州での太守代行について、朝廷に報告されたし」

という「官命」を持ち出されては許昌まで付いて行くしか無かった。

 

「ところで、袁術はどう成ったんだろう?」

「あ…貴女様は綾羽(あやは)さま」

七乃には相手が誰なのか分かった。

袁1族の1人で袁紹(真名麗羽)の推薦で青州州牧になった人物だった。

「それでは、ここは青州なのですか」

曹魏軍とともに許昌に到着した蜀軍の兵士には兵営が、主だった面々には邸宅が提供された。

どう見ても長期滞在を前提としているように見える、というのは深読みだろうか。

「ふぎゃあ~~ん」

麗羽は自分の手が真っ赤に成るまで妹のお尻を叩き続けた。

私室などでは無い。袁家の部下だけでは無く、許昌からの使者までが揃った公式の場である。

芝居でも何でもない美羽の大泣き顔を、麗羽は使者に突き付けた。

「お分かりになりまして?華琳さんには、しっかり伝えて下さいましね」

 

古来、中国人は家族主義である。

姉妹には変わりない以上、麗羽が美羽の首なり身柄なりを引き渡しても、不人情の評判が立つだけだろう。

だから「船頭が多くして船が山に上がる」程も居る部下たちも、今回は主君の感情のままにさせた訳だった。

桃香が皇帝に拝謁している間、北郷一刀は手が空いていた。

「天子」が相手である。「天の御遣い」等が会えばややこしいことに成りかねない。

 

こんな時に一刀の話し相手に成るのは、俺こと簡雍だった。

同性ということも在るかも知れない。酒の上の戯言に出来るからかも知れない。

だがしかし、何故か話が合う。「天のお告げ」を引き出す刺激にも成った。

 

尤(もっと)も、俺の方としては「正体」を見破られないか、セリフに気を付けないといけなかったが。

 

一刀は俺に聞かせるとも、自分に語り掛けるとも無く言う。

「”僭帝”袁術を、曹操を主将にした連合軍で”討伐”して、今が劉備と曹操との関係で微妙な時期なんだな。

そろそろ、呂布の使者が曹操に接触する頃合だろうか。

もしかしたら”あの”陳登とか」

 

陳登

徐州州牧だった陶謙の部下の中ではエリート官吏であり「名士」陳老人こと陳珪の子。

「正史」の陳親子は、陶謙の遺言で傭兵隊長だった劉備を領主に迎(むか)えようとするが、残念ながら「孔明無しの劉備」では呂布や曹操には勝てなかった。

それでも呂布に対しては、何とか劉備を「徐州領主」に復帰させようと、あれこれと親子で暗躍する。

こんな陳登を曹操への使者に送って、徐州州牧に就任しようとした辺りが、戦争以外での呂布の限界だったろう。

 

「陳登と桃香が接触したら、徐州での”あれこれ”に巻き込まれるかも知れない。

けれども、今の桃香は「正史」での当時の劉備の立場と大違いだ。

淮南での「飛び地」だっていらない。徐州なんて、もっと蜀から遠いじゃないか。

徐州での骨折り損を“スルー”して蜀の「国づくり」が出来て、せっかく上手くいったと思っているのに」

 

だがしかし、この件に関する限り手遅れだった。

そして、華琳の策謀力は、流石に曹操というべきLVだったのである。

現在、商談中。

片や、初期の「義軍」に投資して大当りした張世平に蘇双。商談の相手は徐州の糜竺。

 

糜竺子仲

徐州でも有数の豪商であり「名士」でもある。

陳親子らと共に劉備を徐州に迎えるが、結果としては曹操に徐州から追い出された劉備に蜀まで付いて行く。

劉備の「妻子」が呂布に殺された時には、自分の妹と結婚させたほど深入りしている。

「弟」の糜芳の方はこの「深入り」には、不満だったらしく、後に悲劇の原因となる。

拝謁を終えた桃香と、合流した一刀は許昌の街中に出ていた。

正直な処、成都だと政務と書類が追いかけて来る。

けれども、この許昌では「お客さん」だ。

おかげで“でえと”の時間と余裕が作れる。

 

それで、何で?幼女(と言うと怒る)と白虎とパンダが付いて来るんだ。

そりゃ、確かに劉備に孫尚香が懐くのは在り、だろうけど、

”この”劉備は桃香なんだぞ。おまけに、何故かこちら、つまり一刀にも懐いていた。

 

それでも,賑(にぎ)やかな街中を、女の子連れで歩くのは楽しい。

只、時たま何故”この”時代にあるというか、というより「天の国」で見覚えのある商品に出会うが。

 

しかし、最も呆れるのは、もはや堂々と“こんさあと”を開いている事だろう。

『数え役萬☆しすたぁず』

華琳は、南陽郡城で捕らえた役萬姉妹の首を、当時の帝都だった洛陽には送らず監禁していた。

それを咎(とが)めるべき朝廷は、その後、それどころでは無くなってしまったが危なく無かった筈が無い。

そうまでして彼女たちを手中にしておいた理由は、今や明らかだ。

 

元々「正史」でも、曹魏軍は「青州兵」すなわち元黄巾の降参兵で兵数を増強いや膨張させている。

その目的の為なら、彼らの「アイドル」を利用した方が効率が好い。

現に、今日も「青州兵」で「満員御礼」である。

 

しかし、こう成ってみると『しすたぁず』は、やはりただの「アイドル」でしか無い。

そう成ると「あの」黄巾の乱の主謀者と言うか、黒幕が他に居そうだが。

実際、南陽郡城の戦いの後も、兵数なら「主力」といえる賊軍が皇甫嵩・朱儁等の将軍の官軍とかと戦い続けた後に壊滅している。

その時に、主謀者らしきものの首が何人か上がっているが、行方不明に成った者も居る。

どうやら、その行方不明の主謀者らしきものの1人が、“あの”済成みたいだという情報も在る。

まあ、いくら、あの「成り済まし」でも「あれだけ」念入りに呂布に殺されているなら、もう暗躍も出来まい。

ともあれ、女の子アイドルのコンサートは、他の女の子を連れた「デートコース」には不適当だろう。

もっと「デートコース」らしきものを探して、とある飯店に入ろうとしたが、

「おや、主どの」

何故か、卓上に山盛りになったメンマと、相席している「太陽の塔」を乗っけた「お昼寝娘」と、何故か鼻を押さえている「メガネっ娘」を見て、別の店にする積もりに成った。

 

いや、別に悪いものを見た訳でも無い。

公孫賛軍の客将になる前というか、曹操に仕える事になる2人が「予州名士グループ」に呼び戻されるまでは、3人で見聞の旅をしていたとは聞いていた。

だから別に同席しても構わなかったのだが、

何と無く、これ以上に女の子が増えるのが気恥ずかしいような気がしただけだっただろうか。

「お帰り。子瑜(しゆ)」

諸葛瑾は「呉」に帰り着いていた。

主筋のシャオを置いて戻る事に成ってしまったが、出発時の宣言通りに戻って報告しなければ成らなかった。

流石に別れる際には、妹と名残を惜しんだ。

「おや?そちらも「両手に花」ですかな」

新たに入った飯店で隣の卓に座っていたのは、旧知の張世平に蘇双と3人の乙女たちだった。

ただし「デート」らしくは、どうも見ても見えないが。

 

当然ながら張世平と蘇双がお互いを紹介する。

だがしかし、一刀には以外とも、ある意味では来るべき相手ともいえる3人だった。

(…陳登に糜竺に孫乾だって。orz…)

 

孫乾公祐

糜竺とほぼ同時期に劉備に仕えた。外交官として有能。

孔明が来るまでは糜竺、孫乾、簡擁が劉備陣営における文官トリオだった。

 

(結局、こう成るのかよ)

どうやら”この”外史でも、劉備たち同志と徐州は関わりが避けられないかも知れなかった。




済みません。
出来れば「拠点イベント」を書きたかったのですが、そういった「甘~いプロセス」を書くには、自分の文章が乾燥している事を思い知りました。
無念!です。
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