簡雍酔夢   作:高島智明

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「兵は詭道(きどう)なり」とは『孫子の兵法』の殆ど始めの方に在ります。
直訳すれば、戦争とは騙(だま)し合うことだ、と言う意味であり、とことんリアリズムな此の書を代表する1句です。


第33席 兵詭道也 戦争とは騙し合い

華琳が側近たちを集めた席で言い放った言葉に対して、側近たちの誰かから、主君への礼は保ちながらも問い直す声が上がった。

これに対して、華琳は繰り返す。

 

「徐州の誰かと、蜀の誰かが接触しても手を出すな、と言ったのよ」

「どうされるのです。その誰かが劉備の魅力に誑かされたら」

「構わないわ。

蜀から遠く離れた徐州の「飛び地」なんか重荷なだけよ。

あの「竜鳳」なんかは、そんな事は承知で巻き込まれまいとでもしているでしょうけど、しっかり巻き込まれてもらうわ。

大体、折角(せっかく)拠点から離れてノコノコ出て来たのに、簡単には逃がさないわよ。

それに、蜀より呂布の方が直ぐにでも危険じゃないの」

「何?この手紙と言うには、大量の手紙」

益州州牧が益州の任地を離れていても、後に残してきた狭霧や胡蝶がいくら優秀でも、許昌まで追いかけてくる政務もあるのだ。

それに、荊州で4郡の太守を代行していれば荊州州牧との往復書簡もある。

かくして、許昌でもらった邸宅には手紙の山というより山脈が出現していた。

 

桃香と北郷一刀は「アシスタント」に朱里や雛里、愛紗や紫苑まで動員して手紙の山脈と格闘していた。

ちなみに「天の国」の伝説では、神格化された関羽が算盤の発明者だとも言った。

 

「許昌に居ても、どうせこう成るなら、早く成都に帰るべきだろうな」

全員、異存など無い。だがしかし、その為には曹操との「虚々実々」の駆け引きに成ってしまう。

 

「あの…お茶です」

月(ゆえ)と詠がお茶を運んできた。「メイド」だから、当然、主人には付いて来ている。

「えと…お手伝い…」

確かに君主だった「董卓」や軍師だった「賈駆」なら、政務の手伝いには役に立つだろう。

だが「今」の月と詠は、あくまで「メイド」だ。

「大丈夫。何とか成るよ」

 

「月ちゃん。璃々をお願い出来ませんか」

紫苑だけは、そう頼んだ。

最短でも淮南までの遠征になるため、成都に置いては来るには娘がまだまだ小さかった。

 

入れ替わりに星がやって来た。相変わらずメンマを齧(かじ)りながら。

けれども肝腎な処では、しっかり真面目な星である。

稟や風と飲んでいても、お互いに危ない話題は避ける。

 

だがしかし、

「虎牢関の戦いについては聞かれたな」

星の報告は微妙に危ない。

「今度、呂布と戦ったら勝てそうか?だとか。

あの時は我ら3人だったが、5虎大将ならどうかとも言われたが」

「やってみなければ分からん」

愛紗ですら、そう言う。

「武人としては情けないがな。

あの“もんすたあ”だけは別物だ。

それに、不利に追い込めても「汗血馬」で逃げられたら追い付けん」

 

「そんな話題が出るということは…」

「呂布は蜀から遠い徐州に居るんだぞ。

成都に帰る方が大切だろう。

今、目の前の手紙も大事だし」

「確かにそうですな」

その間も愛紗は算盤を弾いていた。

徐州の州都である彭城。

帰国した陳登(真名喜雨(すぅ))の報告を恋は無言で聞いていた。

最も、大抵の場合でも聞いているのは音々音だったが。

「お恐れながら、私めは曹操に対して言いました」

「呂将軍は猛虎です。

満腹にさせて置かなければ人には懐かないでしょう。

飢(う)えさせては危険です」

 

「それに対する、曹操の返答はこうでした」

「ちがうわ。あの娘はむしろ荒鷹(あらたか)ね。

飢えている時は人の与える肉を喰うかも知れないけど、満腹になって飛び上がったら戻って来ないでしょうね」

 

「虎だの鷹だの無礼なのです」

音々音は誰に言う積もりか抗議の言葉を出したが、恋の言葉は短かった。

「好い」

「そういう訳ですから、今直ちに州牧を授(さず)ける事は、必ずしも将軍のおためにも成らないとの返答でした」

 

恋は兎も角(ともかく)音々音は気付いたろうか。

喜雨も華琳も、恋を「ヒト」以上に危険な存在と見做していたのである。

「明細無用」

華琳から風に言い渡されていた。

「太っ腹だねえ。ご主君は」「zzz…」

「用間のお金は惜しまないのが原則よ」

 

費用を押しまねば、用間の効果が出やすい陣営というものは在る。

どこかの「お人好したち」だったら金を突き返してきて、むしろ、結束が固まってしまうかも知れない。

だがしかし呂布軍の場合、恋と「コミュニケーション」がとれていたのは、結局「ニンゲン」では音々音位だったのである。

 

そして、金銀をばらまいただけの効果は出始めた。その報告を受けて次の手を打つ。

「正攻法で行こう」

曹操相手では、中途半端に駆け引きを使うほど、ややこしくなる危険が在った。

「益州州牧にして、荊州4郡の太守代理を拝命する身でありますから、長く任地を離れては、無責任となります」

そう、真っ直ぐ朝廷に対して真っ正直に訴えた。そして、通った。

 

「こんなにあっさり通るなんて?曹操は何を企んでいる」

そんな疑いも却って出て来るが、成都に兎に角戻ってしまうべきだ。

また変更になる前に出立の用意をした………。

 

……。

 

…そして、早々と出立の日は来た。筈だった…

 

「ああ、堪らない。この解放感。なあ、蒲公英」

「お姉さまも正直だね。確かにボクもだけど」

無理もない。

合肥で曹魏軍と合流して以来、翠たちは単独行動も、姉妹2人だけの外出も絶対禁止に成っていた。

理由は聞くまでも無い。

それが解放感に浸っていた。

更には、投獄され続けていた中の姉妹の馬休(真名鶸)と馬鉄(真名蒼)も同行を許されていた。

これが、翡玉の必死の嘆願の為とは後で知ることに成る。

 

「シャオは何処まで着いてくるの?」

「少なくとも、長江まで。それから船で下ったほうが、呉までは近道だよ」

そんな会話を交わしながら、南へ行軍して行った………。

 

……。

 

…敵と戦うための進軍では無いのだから無理はしていない。

夜営を繰り返していたのは、通過する村や街に迷惑をかけない為と、暫くの間だったが都暮らしで緩(ゆる)んだ兵の調練を兼ねていた。

 

そうした、何日目かの夜営の陣中。その中央にある天幕。

この遠征の何時の間にか、桃香と一刀は同じ天幕を使うように成っていた。

そこに闖入者(ちんにゅうしゃ)が踏み込んだ。

同じ天幕を使っているという事は、18未満だったら想像してはいけません、という状態である。

そんな状態で他の女の子が踏み込んだら、別な意味でも修羅場なのだが、今回の闖入者はただひと言、こう言った。

「月を返せ」

 

尤(もっと)も、ひと言以上は言う時間は無かっただろう。

本来「5虎竜鳳」が揃っていて、ここまで踏み込める筈が無い。

只、恋が強過ぎ「汗血馬」が速過ぎただけで、次の瞬間には愛紗たちが駆けつけていた。

その後ろから、月と詠も姿を見せた。

元々「メイド」である以上、主人の身近で待機しているのが普通だ。

 

恋のひと言を聞きつけた愛紗が、恋を睨んだまま呼び掛ける。

「月!下がれ。それとも“董卓”に戻りたいか」

星が月と恋の間に位置するように、移動する。

愛紗と鈴々は恋の左右をジリジリ回りつつ、まだ1枚の「幕」に包(くる)まったままの2人の方へ移動して行く。

弓を構えて援護体制の紫苑は、しっかり璃々を安全地帯に隠していた。

 

更に闖入、というより音々音が恋に追い付いた。

「月殿。貴女が人質に成っていては、恋殿が曹操に降伏させられるのです」

「私はもう“董卓”ではありません」

「月。それは月の本心?」

月が恋に答える前に、

「恋~~!アホな事は止(や)めんか―!」

今度は、霞が指揮する曹魏側の涼州騎兵が駆けつけて来た。

 

逃げられると成ったら「汗血馬」に乗った恋を、捕まえは出来なかった………。

 

……。

 

…残された蜀軍の天幕にて。

「何だったのだ~?」

鈴々ならずとも聞きたいだろう。

流石に「伏竜鳳雛」をしても、直ぐには全体像の把握までは難しかった。

「はわ…1つだけは確かです。

まだここは曹魏の勢力範囲で、我々は曹魏と同盟軍として戦った後、まだ敵対した訳でもありません。

その我々を、ここで襲撃してしまったと成れば…」

「あぅ…呂布軍に対して、曹魏、蜀連合軍の戦争に成ってしまいました」

徐州彭城に近い、とある村の豪族の屋敷。

「母様、上手く行きました」

「そうね。劉玄徳どのが、もう蜀の国主に成られていたことは残念だけど。

けれども、呂布の様な(騎馬の民に対する差別語)よりはましな領主が来るでしょう…」

他にどうしようもなく、蜀軍は取り敢えず許昌に引っ返し、曹魏軍とともに徐州へ向かった。

 

これに対し、呂布軍は、というか音々音は彭城より手前で敵を撃破する作戦を採用した。

まず、国境にある蕭関(しょうかん)という、地形からも関門になっている地点で防御陣地を固める。

その後方で、彭城との中間にある小沛という県城に反撃部隊を集結させる。

蕭関で足止めした敵を、小沛から出撃した反撃部隊で撃破する。

蕭関での防御は音々音の、小沛からの反撃は恋の担当とした。

更に、拠点である彭城の留守の手配もした。1見した処では問題は無い。

ただし、恋と音々音以外の「ニンゲン」が信用出来れば、の話だった。

「徐州側の作戦はこうね」

華琳は、ほぼ正確な情報を入手していた。何処から?

「蜀側から、作戦上の意見は在るかしら」

囮か捨て駒にでもされない限り、口を出す気も無かった。

取り敢えず、蕭関の前面まで進軍と決まった。その後の作戦は?

実は、華琳には秘策が合った。文字通りに秘密の策戦が、である。




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