直訳すれば、戦争とは騙(だま)し合うことだ、と言う意味であり、とことんリアリズムな此の書を代表する1句です。
華琳が側近たちを集めた席で言い放った言葉に対して、側近たちの誰かから、主君への礼は保ちながらも問い直す声が上がった。
これに対して、華琳は繰り返す。
「徐州の誰かと、蜀の誰かが接触しても手を出すな、と言ったのよ」
「どうされるのです。その誰かが劉備の魅力に誑かされたら」
「構わないわ。
蜀から遠く離れた徐州の「飛び地」なんか重荷なだけよ。
あの「竜鳳」なんかは、そんな事は承知で巻き込まれまいとでもしているでしょうけど、しっかり巻き込まれてもらうわ。
大体、折角(せっかく)拠点から離れてノコノコ出て来たのに、簡単には逃がさないわよ。
それに、蜀より呂布の方が直ぐにでも危険じゃないの」
*
「何?この手紙と言うには、大量の手紙」
益州州牧が益州の任地を離れていても、後に残してきた狭霧や胡蝶がいくら優秀でも、許昌まで追いかけてくる政務もあるのだ。
それに、荊州で4郡の太守を代行していれば荊州州牧との往復書簡もある。
かくして、許昌でもらった邸宅には手紙の山というより山脈が出現していた。
桃香と北郷一刀は「アシスタント」に朱里や雛里、愛紗や紫苑まで動員して手紙の山脈と格闘していた。
ちなみに「天の国」の伝説では、神格化された関羽が算盤の発明者だとも言った。
「許昌に居ても、どうせこう成るなら、早く成都に帰るべきだろうな」
全員、異存など無い。だがしかし、その為には曹操との「虚々実々」の駆け引きに成ってしまう。
「あの…お茶です」
月(ゆえ)と詠がお茶を運んできた。「メイド」だから、当然、主人には付いて来ている。
「えと…お手伝い…」
確かに君主だった「董卓」や軍師だった「賈駆」なら、政務の手伝いには役に立つだろう。
だが「今」の月と詠は、あくまで「メイド」だ。
「大丈夫。何とか成るよ」
「月ちゃん。璃々をお願い出来ませんか」
紫苑だけは、そう頼んだ。
最短でも淮南までの遠征になるため、成都に置いては来るには娘がまだまだ小さかった。
入れ替わりに星がやって来た。相変わらずメンマを齧(かじ)りながら。
けれども肝腎な処では、しっかり真面目な星である。
稟や風と飲んでいても、お互いに危ない話題は避ける。
だがしかし、
「虎牢関の戦いについては聞かれたな」
星の報告は微妙に危ない。
「今度、呂布と戦ったら勝てそうか?だとか。
あの時は我ら3人だったが、5虎大将ならどうかとも言われたが」
「やってみなければ分からん」
愛紗ですら、そう言う。
「武人としては情けないがな。
あの“もんすたあ”だけは別物だ。
それに、不利に追い込めても「汗血馬」で逃げられたら追い付けん」
「そんな話題が出るということは…」
「呂布は蜀から遠い徐州に居るんだぞ。
成都に帰る方が大切だろう。
今、目の前の手紙も大事だし」
「確かにそうですな」
その間も愛紗は算盤を弾いていた。
*
徐州の州都である彭城。
帰国した陳登(真名喜雨(すぅ))の報告を恋は無言で聞いていた。
最も、大抵の場合でも聞いているのは音々音だったが。
「お恐れながら、私めは曹操に対して言いました」
「呂将軍は猛虎です。
満腹にさせて置かなければ人には懐かないでしょう。
飢(う)えさせては危険です」
「それに対する、曹操の返答はこうでした」
「ちがうわ。あの娘はむしろ荒鷹(あらたか)ね。
飢えている時は人の与える肉を喰うかも知れないけど、満腹になって飛び上がったら戻って来ないでしょうね」
「虎だの鷹だの無礼なのです」
音々音は誰に言う積もりか抗議の言葉を出したが、恋の言葉は短かった。
「好い」
「そういう訳ですから、今直ちに州牧を授(さず)ける事は、必ずしも将軍のおためにも成らないとの返答でした」
恋は兎も角(ともかく)音々音は気付いたろうか。
喜雨も華琳も、恋を「ヒト」以上に危険な存在と見做していたのである。
*
「明細無用」
華琳から風に言い渡されていた。
「太っ腹だねえ。ご主君は」「zzz…」
「用間のお金は惜しまないのが原則よ」
費用を押しまねば、用間の効果が出やすい陣営というものは在る。
どこかの「お人好したち」だったら金を突き返してきて、むしろ、結束が固まってしまうかも知れない。
だがしかし呂布軍の場合、恋と「コミュニケーション」がとれていたのは、結局「ニンゲン」では音々音位だったのである。
そして、金銀をばらまいただけの効果は出始めた。その報告を受けて次の手を打つ。
*
「正攻法で行こう」
曹操相手では、中途半端に駆け引きを使うほど、ややこしくなる危険が在った。
「益州州牧にして、荊州4郡の太守代理を拝命する身でありますから、長く任地を離れては、無責任となります」
そう、真っ直ぐ朝廷に対して真っ正直に訴えた。そして、通った。
「こんなにあっさり通るなんて?曹操は何を企んでいる」
そんな疑いも却って出て来るが、成都に兎に角戻ってしまうべきだ。
また変更になる前に出立の用意をした………。
……。
…そして、早々と出立の日は来た。筈だった…
「ああ、堪らない。この解放感。なあ、蒲公英」
「お姉さまも正直だね。確かにボクもだけど」
無理もない。
合肥で曹魏軍と合流して以来、翠たちは単独行動も、姉妹2人だけの外出も絶対禁止に成っていた。
理由は聞くまでも無い。
それが解放感に浸っていた。
更には、投獄され続けていた中の姉妹の馬休(真名鶸)と馬鉄(真名蒼)も同行を許されていた。
これが、翡玉の必死の嘆願の為とは後で知ることに成る。
「シャオは何処まで着いてくるの?」
「少なくとも、長江まで。それから船で下ったほうが、呉までは近道だよ」
そんな会話を交わしながら、南へ行軍して行った………。
……。
…敵と戦うための進軍では無いのだから無理はしていない。
夜営を繰り返していたのは、通過する村や街に迷惑をかけない為と、暫くの間だったが都暮らしで緩(ゆる)んだ兵の調練を兼ねていた。
そうした、何日目かの夜営の陣中。その中央にある天幕。
この遠征の何時の間にか、桃香と一刀は同じ天幕を使うように成っていた。
そこに闖入者(ちんにゅうしゃ)が踏み込んだ。
同じ天幕を使っているという事は、18未満だったら想像してはいけません、という状態である。
そんな状態で他の女の子が踏み込んだら、別な意味でも修羅場なのだが、今回の闖入者はただひと言、こう言った。
「月を返せ」
尤(もっと)も、ひと言以上は言う時間は無かっただろう。
本来「5虎竜鳳」が揃っていて、ここまで踏み込める筈が無い。
只、恋が強過ぎ「汗血馬」が速過ぎただけで、次の瞬間には愛紗たちが駆けつけていた。
その後ろから、月と詠も姿を見せた。
元々「メイド」である以上、主人の身近で待機しているのが普通だ。
恋のひと言を聞きつけた愛紗が、恋を睨んだまま呼び掛ける。
「月!下がれ。それとも“董卓”に戻りたいか」
星が月と恋の間に位置するように、移動する。
愛紗と鈴々は恋の左右をジリジリ回りつつ、まだ1枚の「幕」に包(くる)まったままの2人の方へ移動して行く。
弓を構えて援護体制の紫苑は、しっかり璃々を安全地帯に隠していた。
更に闖入、というより音々音が恋に追い付いた。
「月殿。貴女が人質に成っていては、恋殿が曹操に降伏させられるのです」
「私はもう“董卓”ではありません」
「月。それは月の本心?」
月が恋に答える前に、
「恋~~!アホな事は止(や)めんか―!」
今度は、霞が指揮する曹魏側の涼州騎兵が駆けつけて来た。
逃げられると成ったら「汗血馬」に乗った恋を、捕まえは出来なかった………。
……。
…残された蜀軍の天幕にて。
「何だったのだ~?」
鈴々ならずとも聞きたいだろう。
流石に「伏竜鳳雛」をしても、直ぐには全体像の把握までは難しかった。
「はわ…1つだけは確かです。
まだここは曹魏の勢力範囲で、我々は曹魏と同盟軍として戦った後、まだ敵対した訳でもありません。
その我々を、ここで襲撃してしまったと成れば…」
「あぅ…呂布軍に対して、曹魏、蜀連合軍の戦争に成ってしまいました」
*
徐州彭城に近い、とある村の豪族の屋敷。
「母様、上手く行きました」
「そうね。劉玄徳どのが、もう蜀の国主に成られていたことは残念だけど。
けれども、呂布の様な(騎馬の民に対する差別語)よりはましな領主が来るでしょう…」
*
他にどうしようもなく、蜀軍は取り敢えず許昌に引っ返し、曹魏軍とともに徐州へ向かった。
これに対し、呂布軍は、というか音々音は彭城より手前で敵を撃破する作戦を採用した。
まず、国境にある蕭関(しょうかん)という、地形からも関門になっている地点で防御陣地を固める。
その後方で、彭城との中間にある小沛という県城に反撃部隊を集結させる。
蕭関で足止めした敵を、小沛から出撃した反撃部隊で撃破する。
蕭関での防御は音々音の、小沛からの反撃は恋の担当とした。
更に、拠点である彭城の留守の手配もした。1見した処では問題は無い。
ただし、恋と音々音以外の「ニンゲン」が信用出来れば、の話だった。
*
「徐州側の作戦はこうね」
華琳は、ほぼ正確な情報を入手していた。何処から?
「蜀側から、作戦上の意見は在るかしら」
囮か捨て駒にでもされない限り、口を出す気も無かった。
取り敢えず、蕭関の前面まで進軍と決まった。その後の作戦は?
実は、華琳には秘策が合った。文字通りに秘密の策戦が、である。
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