簡雍酔夢   作:高島智明

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かつて「God Hand」と呼ばれた、とある格闘家は弟子たちに、こう教えたそうです。
「力無き正義も虚しい。正義無き力もまた虚しい」
この2句と「力こそ正義」とまで開き直った1句を比較してみるとともに、曹操、劉備、呂布の主張と行動を比較してみると、その違いが見える積もりに成ります。
果たして、その結論は…


第34席 雄将無情 正義無き力は正しいか

徐州の州都である彭城の城内。

この城内でも有数の商家である糜家では、姉妹ゲンカに成っていた。

「分かったわ。この徐州の糜家と商売は貴女に継いで貰うわ」

「姉さんは正気じゃ無い」

曹魏、蜀連合軍の陣営。蜀軍の天幕。

「ここまで来たら、戦う以上は呂布さんに勝つ方法を考えなければ為りません」

竜鳳の軍師たちは、チラリと月(ゆえ)たちの方を見て続ける。

「おそらく、呂布さん本人よりも、あの「汗血馬」が勝負の分かれ目でしょう」

 

今1つ疑わしいこと。

何処から何処までが、曹操の策謀だったのか。

 

知っているのは、華琳と直接に用間を使った軍師の1人そして暗躍する陳母娘だけだったろう。

「重大事です」

蕭関での防御を固めるのに忙しい音々音の処に、陳登(真名喜雨(すぅ))が駆け込んでいた。

「裏切りです。

糜竺と孫乾が蜀に寝返りました。

糜竺の妹の糜芳が訴え出ましたから間違いありません」

ここまでは本当の事だった。

この時、蜀軍では糜竺(真名雷々)と孫乾(真名美花(みぃふぁ))が、蜀軍の天幕に駆け込んでいた。

「私の真名は雷々です。徐州の糜家と商売は妹に継がせました」

「私の真名は美花です。これより我が忠誠と外交能力の全てを捧げます」

「危険なのは、糜竺がこの徐州の名士であるだけで無く、隊商を往復させ続けている有力商家だという事です。

当然、徐州周辺の地理交通に精通しています。

この蕭関を迂回して、小沛なり、彭城なりを直撃する抜け道に蜀軍を誘導しかねません」

喜雨は音々音に力説した………。

 

……。

 

…その夜。小沛の恋のもとに蕭関の音々音からの伝令だと、喜雨が駆け込んで来た。

「蕭関を迂回した敵軍が、この小沛に接近しつつあります。

迎撃のご用意を。

やはり、糜竺が抜け道を教えたのでしょう。

それに、味方と誤認させる積もりなのか「旧」董卓軍だった事は同じ、張遼軍が混じっています」

 

ところが蕭関に駆け戻ると、音々音にはこう言った。

「迂回した敵が、背後から奇襲していようとしています。

やはり、糜竺が抜け道を教えたのでしょう。

それに、味方と誤認させる積もりなのか「旧」董卓軍だった事は同じ、張遼軍が混じっています」

言っていることが矛盾していた。その結果………。

 

……。

 

…1夜明けて、悲惨極まる「同士討ち」の惨状の中で、恋と音々音は唖然としていた。

「どういう事」

「裏切りは陳登もだったのです」

 

その時、蕭関の方向から喚(と)きの声が上がった。

音々音と守備兵が留守にしていた関城を突破したのだ。

やっと「同士討ち」を止(や)めたばかりの、呂布軍には迎撃する気力が無かった。

その場どころか、小沛にも踏み止まれずに後退して行く。

「これは恋どのでも、立て直しようが無いです。早く彭城に戻って、守りを固めるしか無いです」

この時は未だ、彭城が頼みと思っていた。だがしかし………。

 

……。

 

…体勢を立て直しつつ後退する呂布軍を曹魏軍が追い抜き、彭城の留守を預(あず)かっていた陳母娘の母親の陳珪(真名燈(とう))が、城門を開いて迎え入れてしまった。

徐州彭城の城内「糜家商店」。桃香と一刀は、華琳に公邸を譲って此処を宿舎にしていた。

「姉の道楽には、ここまでしか付き合えません」

と、いうのが雷々の妹糜芳(真名電々)の言い分だった、当面は。

(まあ、糜芳ならこんなものかな。蜀まで来てもらう必要も無いし)

「天の御遣い」はそう思ったが、先のことは先のことである。

 

結局、話題は今日の戦いの事に成った。恋の事なので、月や詠も加わっていた。

「それにしても、裏切りだらけだったな。幾ら仕掛けたのが曹操とはいえ」

 

「ボクには分かるような気がする」

詠は久しぶりに、軍師の顔に成っていた。

 

多分、虎牢関から後、恋が心を開いていたのは、人間では音々音だけだったんじゃないかな。

主君に仕える武将なら、その主君が例えば月なら其れでも良かっただろうけど、自分が主君に成った時には何かが足りなかったんだ。

それなのに、恋は強過ぎるから或る処までは通用してしまう。

でも、その後は強過ぎるだけでは却って危険なんだ。

それを補うには、音々音も軍師として未熟だったし。

 

「…強いだけなのに、強過ぎた…」

『三国志』の知識があるものには、思い当たる処があった。

(「正史」の「張飛」にも、そんなところがあった感じだったな。まあ、鈴々なら大丈夫だろう)

* 

州牧公邸、今日からの主が昨日までの主の行方を検討していた。

「おそらく、ここね」

現在の彭城とは川を挟(はさ)んだ古城………。

 

……。

 

…古城は曹魏、蜀の連合軍に包囲されていた。

 

「気が進まへんな」

彭城の城内に居た犬の「セキト」以下の恋の「友だち」は霞(しあ)が保護していた。

その霞が、不本意ながらも華琳の命令を実行していた。

 

霞たちが目前にしているのは、呂布軍が逃げ込んだ古城。

そこに向かって恋の「友だち」が呼びかけていた。

本能のままに城内にいる「仲間」を感じ取って。

 

流石に、恋本人は音々音が引き止めていた。

だがしかし、恋が目を離したとき「赤兎馬」が世話役を振り切って飛び出してしまった。

けれども、曹魏軍の目前まで来ると流石に「敵」だと気付いたか引き返しかける。

その戸惑(とまど)う様に瞬間だけ停止した「赤兎馬」に飛び付いて手綱を捕らえた者が居た。

他の者だったら蹴り殺されていたかもしれない。

けれども、蹴れないよう身を捌(さば)きながら説得を続ける。

その「言葉」が届いたか。恋以外に初めて取る態度を見せて手綱を委ねた。

黒髪の美丈夫に。

 

「見事だったわ」

華琳の褒め言葉には無言で礼を返した。

「これが呂布さんには大きな打撃に成るでしょう」

「そんな気は無かった。只、突然、あの馬が哀れに成った」

自軍の軍師にすら、愛紗はそう答えた。

「恋は淋しい。「赤兎」まで行った」

幼子そのままにフテ寝してしまったが、だがしかし、それが致命的に成った。

この古城に逃げ込んだ者の中にまで、華琳と風の仕掛けた用間策が届いていた………。

 

……。

 

…まるで、本物の虎でも捕らえた様に雁字搦(がんじがら)めに縛(いまし)められた恋。

そして、観念した様な態度の音々音。

「正史」の「呂布」の末路を知る一刀や俺こと簡雍ですら、溜息をつきたく成った。

「さて、どうするかしら」

華琳のセリフに一刀は『三国志』を思い返している様に、俺には見えた。

(…「正史」みたいに、董卓や劉備を裏切っている訳じゃ無いしな…)

 

結局、華琳は恋と音々音にも「メイド服」を着せた。

「暫く、こうして様子見ね。虎の幼子は猫に育つかしら」

 

さて、もう1つの後始末だが。

「あの馬は欲しくないの?雲長」

愛紗が取り押さえた赤兎馬は曹魏軍が管理していた。主力軍の権限で。

「我が主君からの頂き物であれば」

愛紗の返答は明快だった。

「どうかな?桃香」

一刀は”その”後の赤兎馬を知っているから構わない気だったが。

けれども、桃香が答える前に曹魏軍の中から「ブーイング」が出た。

 

「誤解しないで頂きたい。

自分が名馬を欲しい訳でありません。

ですが、関羽は華琳様の部下では無い。

欲しければ、あの時に自分のものにしておれば好かったのです……」

華琳は微笑と苦笑をしていた。この時は………。

 

……。

 

…実のところ、1頭の馬どころでは無かった。

またしても蜀軍は成都に帰り損ね、許昌に連れて行かれてしまった。




まだ暫く、許昌の都が舞台に成る様です。
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