簡雍酔夢   作:高島智明

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かつて「God Hand」と呼ばれた、とある格闘家は弟子たちに、こう教えたそうです。
「力無き正義も虚しい。正義無き力もまた虚しい」
この2句と「力こそ正義」とまで開き直った1句を比較してみるとともに、曹操、劉備、呂布の主張と行動を比較してみると、その違いが見える積もりに成ります。
果たして、その結論は…


第34席 雄将無情 正義無き力は正しいか

徐州の州都である彭城の城内。

この城内でも有数の商家である糜家では、姉妹ゲンカに成っていた。

「分かったわ。この徐州の糜家と商売は貴女に継いで貰うわ」

「姉さんは正気じゃ無い」

*

曹魏、蜀連合軍の陣営。蜀軍の天幕。

「ここまで来たら、戦う以上は呂布さんに勝つ方法を考えなければ為りません」

竜鳳の軍師たちは、チラリと月(ゆえ)たちの方を見て続ける。

「おそらく、呂布さん本人よりも、あの「汗血馬」が勝負の分かれ目でしょう」

 

今1つ疑わしいこと。

何処から何処までが、曹操の策謀だったのか。

 

知っているのは、華琳と直接に用間を使った軍師の1人そして暗躍する陳母娘だけだったろう。

*

「重大事です」

蕭関での防御を固めるのに忙しい音々音の処に、陳登(真名喜雨(すぅ))が駆け込んでいた。

「裏切りです。

糜竺と孫乾が蜀に寝返りました。

糜竺の妹の糜芳が訴え出ましたから間違いありません」

ここまでは本当の事だった。

*

この時、蜀軍では糜竺(真名雷々)と孫乾(真名美花(みぃふぁ))が、蜀軍の天幕に駆け込んでいた。

「私の真名は雷々です。徐州の糜家と商売は妹に継がせました」

「私の真名は美花です。これより我が忠誠と外交能力の全てを捧げます」

*

「危険なのは、糜竺がこの徐州の名士であるだけで無く、隊商を往復させ続けている有力商家だという事です。

当然、徐州周辺の地理交通に精通しています。

この蕭関を迂回して、小沛なり、彭城なりを直撃する抜け道に蜀軍を誘導しかねません」

喜雨は音々音に力説した………。

 

……。

 

…その夜。小沛の恋のもとに蕭関の音々音からの伝令だと、喜雨が駆け込んで来た。

「蕭関を迂回した敵軍が、この小沛に接近しつつあります。

迎撃のご用意を。

やはり、糜竺が抜け道を教えたのでしょう。

それに、味方と誤認させる積もりなのか「旧」董卓軍だった事は同じ、張遼軍が混じっています」

 

ところが蕭関に駆け戻ると、音々音にはこう言った。

「迂回した敵が、背後から奇襲していようとしています。

やはり、糜竺が抜け道を教えたのでしょう。

それに、味方と誤認させる積もりなのか「旧」董卓軍だった事は同じ、張遼軍が混じっています」

言っていることが矛盾していた。その結果………。

 

……。

 

…1夜明けて、悲惨極まる「同士討ち」の惨状の中で、恋と音々音は唖然としていた。

「どういう事」

「裏切りは陳登もだったのです」

 

その時、蕭関の方向から喚(と)きの声が上がった。

音々音と守備兵が留守にしていた関城を突破したのだ。

やっと「同士討ち」を止(や)めたばかりの、呂布軍には迎撃する気力が無かった。

その場どころか、小沛にも踏み止まれずに後退して行く。

「これは恋どのでも、立て直しようが無いです。早く彭城に戻って、守りを固めるしか無いです」

この時は未だ、彭城が頼みと思っていた。だがしかし………。

 

……。

 

…体勢を立て直しつつ後退する呂布軍を曹魏軍が追い抜き、彭城の留守を預(あず)かっていた陳母娘の母親の陳珪(真名燈(とう))が、城門を開いて迎え入れてしまった。

*

徐州彭城の城内「糜家商店」。桃香と一刀は、華琳に公邸を譲って此処を宿舎にしていた。

「姉の道楽には、ここまでしか付き合えません」

と、いうのが雷々の妹糜芳(真名電々)の言い分だった、当面は。

(まあ、糜芳ならこんなものかな。蜀まで来てもらう必要も無いし)

「天の御遣い」はそう思ったが、先のことは先のことである。

 

結局、話題は今日の戦いの事に成った。恋の事なので、月や詠も加わっていた。

「それにしても、裏切りだらけだったな。幾ら仕掛けたのが曹操とはいえ」

 

「ボクには分かるような気がする」

詠は久しぶりに、軍師の顔に成っていた。

 

多分、虎牢関から後、恋が心を開いていたのは、人間では音々音だけだったんじゃないかな。

主君に仕える武将なら、その主君が例えば月なら其れでも良かっただろうけど、自分が主君に成った時には何かが足りなかったんだ。

それなのに、恋は強過ぎるから或る処までは通用してしまう。

でも、その後は強過ぎるだけでは却って危険なんだ。

それを補うには、音々音も軍師として未熟だったし。

 

「…強いだけなのに、強過ぎた…」

『三国志』の知識があるものには、思い当たる処があった。

(「正史」の「張飛」にも、そんなところがあった感じだったな。まあ、鈴々なら大丈夫だろう)

* 

州牧公邸、今日からの主が昨日までの主の行方を検討していた。

「おそらく、ここね」

現在の彭城とは川を挟(はさ)んだ古城………。

 

……。

 

…古城は曹魏、蜀の連合軍に包囲されていた。

 

「気が進まへんな」

彭城の城内に居た犬の「セキト」以下の恋の「友だち」は霞(しあ)が保護していた。

その霞が、不本意ながらも華琳の命令を実行していた。

 

霞たちが目前にしているのは、呂布軍が逃げ込んだ古城。

そこに向かって恋の「友だち」が呼びかけていた。

本能のままに城内にいる「仲間」を感じ取って。

 

流石に、恋本人は音々音が引き止めていた。

だがしかし、恋が目を離したとき「赤兎馬」が世話役を振り切って飛び出してしまった。

けれども、曹魏軍の目前まで来ると流石に「敵」だと気付いたか引き返しかける。

その戸惑(とまど)う様に瞬間だけ停止した「赤兎馬」に飛び付いて手綱を捕らえた者が居た。

他の者だったら蹴り殺されていたかもしれない。

けれども、蹴れないよう身を捌(さば)きながら説得を続ける。

その「言葉」が届いたか。恋以外に初めて取る態度を見せて手綱を委ねた。

黒髪の美丈夫に。

 

「見事だったわ」

華琳の褒め言葉には無言で礼を返した。

「これが呂布さんには大きな打撃に成るでしょう」

「そんな気は無かった。只、突然、あの馬が哀れに成った」

自軍の軍師にすら、愛紗はそう答えた。

*

「恋は淋しい。「赤兎」まで行った」

幼子そのままにフテ寝してしまったが、だがしかし、それが致命的に成った。

この古城に逃げ込んだ者の中にまで、華琳と風の仕掛けた用間策が届いていた………。

 

……。

 

…まるで、本物の虎でも捕らえた様に雁字搦(がんじがら)めに縛(いまし)められた恋。

そして、観念した様な態度の音々音。

「正史」の「呂布」の末路を知る一刀や俺こと簡雍ですら、溜息をつきたく成った。

「さて、どうするかしら」

華琳のセリフに一刀は『三国志』を思い返している様に、俺には見えた。

(…「正史」みたいに、董卓や劉備を裏切っている訳じゃ無いしな…)

 

結局、華琳は恋と音々音にも「メイド服」を着せた。

「暫く、こうして様子見ね。虎の幼子は猫に育つかしら」

 

さて、もう1つの後始末だが。

「あの馬は欲しくないの?雲長」

愛紗が取り押さえた赤兎馬は曹魏軍が管理していた。主力軍の権限で。

「我が主君からの頂き物であれば」

愛紗の返答は明快だった。

「どうかな?桃香」

一刀は”その”後の赤兎馬を知っているから構わない気だったが。

けれども、桃香が答える前に曹魏軍の中から「ブーイング」が出た。

 

「誤解しないで頂きたい。

自分が名馬を欲しい訳でありません。

ですが、関羽は華琳様の部下では無い。

欲しければ、あの時に自分のものにしておれば好かったのです……」

華琳は微笑と苦笑をしていた。この時は………。

 

……。

 

…実のところ、1頭の馬どころでは無かった。

またしても蜀軍は成都に帰り損ね、許昌に連れて行かれてしまった。




まだ暫く、許昌の都が舞台に成る様です。
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