「原典」『三国志演義』では、民間の信仰を集める道士、として登場します。
『演義』は、道士や祟りが「非科学的」等とされる以前に成立した本でした。
孫策の遭難は于吉の祟りという事に成っています。
蜀の成都を華佗は訪問していた。
身重の桃香を診察する為だった。
「妊娠の経過は順調だ。妊娠直後に大旅行をしたにも関わらず、安定している」
「そうですか」
北郷一刀は「天の御遣い」では無く、1人の”父親”として放浪の医師に礼を述べた………。
……。
…蜀を辞した華佗は、北に隣り合う教団の拠点へ戻ろうとした。
だがしかし、その前に”あの”謎の美女が現れた。
導かれるままに、華佗は長江を下り江東へと向かった。
*
「では、出かけて来ますよ」
「ご苦労だな」
「于吉を名乗っている以上、役割は果たさないといけませんからね」
「ここでも「正史」をなぞる訳か」
「そういうことです。私たちは「正史」の傀儡ですから」
*
雪蓮は狩を楽しんでいた。
野山を駆けるうちに1人に成っていたが、そんな事を不安に思う彼女では無い。
存分に駆け鳥獣を追っていた時、突然に森の陰から矢が飛んで来た。
1本、2本、3本。前後して飛んで来た結果、偶然にも時間差攻撃になり1矢が肘に刺さった。
けれども臆(おく)せず、もう片手で「南海覇王」と名付けた愛剣を抜き放つ。
弓を投げ捨て剣を振りかざして迫る3人に此方から突進した。
2閃。それだけで2人まで切り倒すと、3撃目で3人目の片腕を剣ごと切り落とした。
腕を押さえてのた打ち回る刺客を、見下ろし問い質す。あくまで冷静に。
「曹操にでも雇われた刺客か?」
「我らは、許貢(きょこう)どのの食客だ」
元は母である炎蓮の勢力圏だったとはいえ、ひと度は孫呉の下を離れた江東を短期間で制圧する間には、幾つもの大小の勢力を叩き潰していた。
呉郡の太守だった許貢もその1人だ。
「成程、貴様らには当然の仇討ちだな。ならば、これが情けだ」
剣を振りかぶる。
が、瞬間だけ固まった。
「毒矢か」
「卑怯だと思わば思え」
「いや、確実に仇を倒したいなら、これぐらいは在るだろう。ただし」
まるで慈母のような笑顔を浮かべ、
「もっと強い毒を使え!」
首を刎ね飛ばしていた。
この直後、やっと冥琳たちが駆け付けた………。
……。
…まるで、この「タイミング」を計った様に華佗が呉を訪問していた。
その名医の治療を受けて、雪蓮は1命をとりとめたが、華佗から申し渡されてしまった。
「絶対安静。最低でも此れから言い渡す期間は。
医者として、折角(せっかく)助けた患者に自殺される程、虚(むな)しい事は無い。
絶対安静と分かっていて、勝手に心を荒立たせて、勝手に命を縮められるのも自殺と同じだ」
雪蓮も苦笑するしかなかった。この時は。
*
「こう成ると幸運でしたわ。貴女が孫策さんの手に掛からなかった事は」
美羽自身は姉の膝の上で聞かされた事を理解したかどうか。
少なくとも、七乃や斗詩には納得出来た。
*
許昌。
「河北から江東へ、使者が出立しました」
「ご苦労。続けて情報を」
*
絶対安静を申し渡されていても、君主としては最低のことはしなければ成らない。
代理で河北の使者にあった蓮華と冥琳から報告を受けていた。
「この身体で無ければ、袁紹にけしかけられるまでも無い。
袁紹軍に全力を投入しなければ成らない今が、曹操を討つ好機だ」
「華佗先生が長江を下って来ていただけでも、幸運だったんだぞ」
冥琳はあえて友人としての口調を使った。
「もし出兵するにしても、私を信じろ」
看護についていた近侍の大喬と小喬の姉妹も冥琳に味方したため、雪蓮はあっさりと降参した………。
……。
…そのころ、孫呉の拠点、秣陵の城内では群衆が集まっていた。
その中心にいるのは、于吉と名乗る道士だ。
最近、急速に江東の民衆ばかりか名士、豪族階級にまで人気が高まりつつある。
現代人では無い。
この時代の道術は「科学」なのだ。
華佗ですら、名目上は「五斗米道」の道士として活動している。
于吉は、そんな時代の人々が道士に期待するようなことをしていた。
だがしかし”この”歴史での「黄巾」は道術教団ではなく「五斗米道」は華佗たちであるにも関わらず、こうした道士たちの危険性は見抜かれていた。
いや、実はわざと雪蓮に危険と思われるように行動していたのだ。
無論、最初は担当の役人が取り調べる。それから、順に上に報告される。
ただし、今は主君が「絶対安静」である。心を煩わせるか、いなかを先に判断すべきだった。
だがしかし、雪蓮は知った。
誰が教えたかは、当然ながら後日に追及されたが、何故か有耶無耶に成った。
「けしからぬ。このような淫祠邪教(いんしじゃきょう)など、有害無益。
本来ならさっさと首をはねるべきだが、取り敢えず牢にぶち込んで置け」
何時もなら、冥琳たちも異論は無い。
けれども、今の雪蓮は、気を荒立てる事は避けるべきだった。
つい「穏便に」などと勧めたが、却って意地にさせてしまった。
「では、どうしろと」
「追放してしまえば好いだろう。それ以上、関わる価値も無い」
そこへ、今度はこんな報告が来た。
民衆ばかりが豪族までが何人か嘆願に来ている。
助命だけでなく最近の日照りで困惑しており、于吉の「雨乞い」が必要だと言う。
「ふっ…」
久々に「恐るべき」笑顔を浮かべた。
「好いわ。雨乞いをさせなさい。どうせ失敗する。
その時は、それをインチキの証拠にして処刑してやるわ」
冥琳たちは、何かの不吉なものを感じた………。
……。
…牢から出された于吉は、3日3晩の「雨乞い」を実行した。だがしかし、雨は降らない。
3日目に雪蓮は火焙りを言い渡した。
ところが、火焙り台に連行された于吉は、まるで人を喰ったような態度のままだった。
その態度のまま、火がかけられた瞬間、突然の豪雨が襲い掛かり火は消えてしまった。
今度は、水害に秣陵の城は見舞われる、と多くが思った寸前で豪雨は又も突然に止(や)んだ。
「あ―はっはっはっは」
豪雨が過ぎ去り、火の消えた火焙り台で哄笑(こうしょう)する于吉。
その周囲を取り囲み、拝まんばかり、いや本当に拝んでいる群衆をかき分ける様に、雪蓮は于吉に詰め寄っていた。
「これが、貴様の道術だと言うのか」
「認められませんかね?小覇王」
「認める訳にはいかない。この呉の王はこの孫策だ。
私が呉を守る。貴様の様なマヤカシ者に渡せるか」
愛剣を抜き放ち于吉に振り下ろす。だがしかし、両断した筈の死体は無かった。
振り下ろした剣は空振りし、于吉の姿は呉から消えていた。
そして、その場に倒れ、雪蓮は意識を失っていた………。
……。
…蓮華や冥琳たちが見守り華佗の診断を待っていた。
「何という事を」
華佗はむしろ怒りたかった。
何処かの「天の国」だったら「植物状態」とでも診断される状態。
無論”この”時代、華佗でさえ、そんな言葉は知らない。
それでも、華佗が自分の知る限りの説明をした為、理解出来た。
けれども、その場の誰もが理解したくなかったと、瞬間にしろ思った。
蓮華ですらよろめいて思春に支えられていた。
「それで先生。何時伯符どのは目覚めるので」
冥琳の質問には華佗ですら答えられ無かった。
「分からん。無責任で言う訳では無い。
自惚れる積もりも無いが、この華佗が呉に居なかったら、息を引き取っていただろう」
21世紀の先進国ですら、植物状態からの回復は、奇跡のうちに入る。
この時代には本当に祟りが在るのかと思いたくなる程だった。
「そんな…」
喬姉妹などは、もう泣き出すのを我慢していた。
「しかし、すぐに亡くなる訳でも、回復の可能性が無い訳でも無い」
この時代の技術で可能な限りの「植物状態」の患者に対する、看護と介護のいわば「マニュアル」を懇切(こんせつ)に説明した。
*
「孫策はもう死んでいるんじゃ無いのか。本当に「正史」通りなら」
「名医過ぎたのですよ。”この”外史の華佗が。
アレを江東に呼んだ「彼女」を非難して貰いたいですね」
「ふん。それで「眠り姫」の魔法か」
「結果的にはです。私も命を奪う積もりで術を使いました。
アレというより「彼女」の介入が無ければね」
「それが言い訳か」
「今回は言い訳ですが、けれども「彼女」は、もうはっきり、我々を妨害しています。
もはや確信犯でしょう」
*
急報を受けて成都から駆け付けたシャオは、事後承認を要請された。
「シャオもそれで当然だと思うよ」
物語は、雪連が「植物状態」と診断された直後に遡(さかのぼ)る。
呉の武官筆頭の冥琳と文官筆頭の張昭(真名雷火)は全員を、雪蓮の看護に喬姉妹を残して、他の全員を召集した。
そして、宣言する。
「我ら孫呉は結束する。仲謀様の下に。
文台(孫堅の字)様、伯符様の残した「呉」の国を守り続ける」
炎蓮から雪蓮に受け継がれて来た伝家の愛剣「南海覇王」が蓮華に委ねられた。
未だ、姉の悲運に涙していた蓮華を雷火が叱り付け、冥琳と思春が支えて部下たちを振り向かせる。
蓮華も涙をぬぐって「南海覇王」を抜き放った。
「呉」のヒロインが、このまま交代するかどうかは、これからの講釈に持ち越させて頂きます。
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華佗のセリフの1部には映画「太平洋奇跡の作戦 キスカ」の印象的な言葉をお借りしました。
作品への敬意を込めた引用です。
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