簡雍酔夢   作:高島智明

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第38席 許昌震撼 陰謀は軽挙するべからず

華琳は、曹魏陣営の拠点であり、今や後漢帝国の帝都でもある許昌の街の治安を預けている凪、真桜、沙和の「3人娘」を招集した………。

 

……。

 

…物語は、華琳が梅林での酒宴に招待する其の数日前に遡(さかのぼ)る。

 

華琳は、この許昌でも油断無く用間を使っていた。

その1人の報告。

ただし、本人の正体は最重要機密である為、軍議の場で報告したのは華琳自身である。

劉備に与えた邸宅を、昨日の深夜に不意に訪問したものが居た。

劉備本人には会えずに帰ったという報告に、部下たちの何人かは興味を薄れさせ、帰った理由にむしろ吹き出したり8つ当たりみたいな反応をしたりした。

 

だがしかし、華琳には微かな疑惑が残った。

客が帰った理由が「天の御遣い」の妙な行動だった、という用間の報告に。

 

その後「英雄を論じた」時の「天の御遣い」の言動、そして許昌からの退散を関羽を残してまで急いだこと、その退去の際の置手紙。

(…あの「天の御遣い」は何を知っているの…)

疑惑を深めた華琳は”あの”晩の訪問者の周囲に用間を放った。結果…

 

その訪問者の屋敷の使用人、偶然にも些細なことから屋敷の主に遺恨を抱(いだ)いていた使用人から、華琳ですら驚愕させる密告が在ったのである。

 

車騎将軍 董承

「正史」によれば、献帝の側近でもあり、外戚でもある。

『演義』では、曹操の「専横」に対して献帝の秘密命令を受けて暗躍する。

劉備を含めた数人の同志と血判を交して、曹操の暗殺の機会を伺う。

 

…だがしかし、成功を疑った劉備は曹操の「英雄只2人」発言もあって、疑惑を受ける前に遁走(とんそう)した。

その後「正史」によれば陰謀は発覚して、流石に手を出せない献帝1人以外の全ての関係者が処断される…

 

ここまでの「正史」の知識は、華琳には無い。

けれども「正史」通り、董承の身内から密告者が出たのである。

この密告の直前の頃、江東からは「小覇王」の遭難が伝えられた。

車騎将軍の官職にある董承は、曹魏の用間にひそかに「マーク」されていた。

 

”この”外史でも、董卓の乱の後の軍事的に空白と成っていた当時の帝都、洛陽と幼い皇帝を守った数少ない忠臣の1人が董承だった。

当然「まだ」幼い皇帝から厚く信頼されている。

それだけに、曹操の「専横」を心中では面白く思っていないことは「正史」と変わらないだろう。

その董承が何人かの廷臣と、最近、忙しく往来している事は確かめられた。

 

彼らの全員が官職は高く、皇帝に会う機会も多い。

それだけに、朝廷=曹魏という「現実」は認め難いだろう。

だがしかし、曹魏軍相手に実力行使に出るだけの軍事力も無く、知謀に優れた策士も居ない。

これでは、他から「軍事力」とか「策士」とかを誰か引き込むか、それとも、暗殺といった完全な陰謀しか無いだろう。

華琳はそう結論付けた。

「この面子では「天の御遣い」が付いている劉備が逃げ出す訳だわ」

董承たちは焦っていた。

最も頼りになると、1度は考えた蜀の劉備は最初に呆れた応対をされた挙句、許昌から居なくなってしまった。

 

江東の小覇王と呼ばれた孫策も突然の災難に見舞われた。

どちらにも計画を打ち明ける余裕も無かった。

では、自分たちだけで?どうやって?

それを合議するために集まっていたのだが。

 

「許昌警備部隊。職権にて、ご無礼ご容赦」

行き成り門前で宣言され仰天した。気が付けば、完全に董承の屋敷を取り巻いていた………。

 

……。

 

…曹魏の軍師たち、桂花や稟、風たちの意見も1致した。

「陛下には手を出せません。それでは、華琳さまが本当に反逆者に成ってしまいます」

「ただし、今後は、こうした軽挙妄動は思い留まって頂くべきでしょう。その為にも」

「今回の共同謀議に加わったものたちには、容赦は出来ません」

 

「私も賛成よ。ただしこの機会に」

何人もの臣下が朝廷から居なく成った。その欠員は曹魏によって埋められた。

 

そして、華琳自身は遂に「丞相」の地位に就任した。

後漢王朝において、空席が不文律だった臣下の極(きわ)み。

「私の「丞相」は“あの”董卓の「相国」とは違うわ」

確かにそうだろう。許昌に皇帝を迎えて以来、丞相がすべき事を華琳はやって来た。

本格的な「屯田」を行って荒廃した農地を復興し、難民となっていた民衆や降伏した賊兵に帰る場所を与えた。

その復興の継続に不可欠な、治水や治安の維持に目を行き渡らせた。

片や地道な、そして公正な民政を継続させて来た。

 

その自負が在る。その上での「丞相」だ。そもそも、これまでは何に対して遠慮してきたのか。

「おそらく、麗羽などは“董卓”の時と同じに、総帥気取りでやって来るでしょうね」

今回の「董承事件」から「丞相」までの一連の事実を、あたかも“董卓”が洛陽でやってしまった悪行の如く言い立てて、自分を正当化しようとするだろう。

それを承知での宣戦布告だった。すでに白馬津で開戦しているのだ。

 

無論、袁紹陣営からの檄文に他の群雄が呼応しない様、外交と策謀の手段は取って置く。

尤(もっと)も、現在の蜀は主君が身重。

孫呉は突然に主君が交代したばかりで混乱から抜け切っていまい。

その意味からも、今が袁紹軍との決戦の好機なのだ。

案の定、袁紹陣営では抱えこんでいた文章家である陳琳に書き上げさせた檄文で、自らの正義を主張した。

幼帝の乳母から権勢を掴んだ祖母に始まって、直近の「董承事件」から「丞相」までを書き連ねた檄文を入手して、当の華琳が怒るより笑ってしまった。

 

笑えないのは、袁紹軍の兵力である。河北4州から動員された其の兵力は最低でも10万以上。

勢力圏内の守備隊を残すべきところには残して、黄河を渡渉して遠征して来る、すなわち曹魏軍と直接戦う決戦兵力だけで10万以上だ。

 

これに対して曹魏陣営も、勢力圏内の各拠点の守備から、手を抜く訳にはいかない。

例えば、袁紹軍の別働隊に許昌を急襲されて、皇帝を奪われては堪らない。

許昌には、桂花と真桜を残留させた。

他の各拠点にも配置した守備軍を差し引くと、華琳が直接率いて、袁紹軍にぶつける決戦部隊は2万数千。

敵の1/4である。

それでも、天下全体を見渡した戦略からすれば、今が決戦の時だった。

蜀の成都。

「シャオは、呉にというか、お姉さんの傍に居なくて好いの?」

「シャオも考えたよ。でも、お姉ちゃんたちの為にも、蜀に戻った方が好いと思ったんだ」

「おそらく」

竜鳳が口を挟んだ。

「孫権さん以上に、孫策さんの「意志」を受け継ごうと、そう決心してしまった人が居るのでしょう」

「それも、孫呉の重要人物の中に。地位を継いだばかりの孫権さんでは押さえ切れない程の」

「天の御遣い」には、心当たりが在る。

だがしかし、それは新たな悲劇の原因に成りかねない。

「違うと言えないよ。

でも、シャオは蜀と呉は、争ってはいけないと思うから。

そのために戻ってきたんだよ」

この時代の物流に不可欠な水運の上から、重要な運河である「官渡水」。

その官渡水と黄河との合流点である敖倉に、春蘭の遊軍を配置するとともに、華琳自身の決戦部隊は官渡水を堀とする防御陣地を固めて兵力の不足を補った。

長大過ぎる黄河では陣地防御で守りきれないと見て、あえて官渡水まで後退したのである。

当然ながら此れ以上の後退は危険だ。華琳は今度こそ麗羽との決戦を覚悟していた。

 

『三国志』において、曹操VS袁紹の「天下分け目」と名高い「官渡の戦い」

そのCount Downが始まっていた。

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