簡雍酔夢   作:高島智明

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「正史」での曹操も袁紹の勢力圏を侵掠出来たのは、袁紹の「死後」息子たちの兄弟争いにつけ込んでの成功でした。
それだけ袁紹の勢力は強大だったのであり、官渡の勝利はあくまで袁紹の優勢を逆転したという意味だったのです。


第40席 倭使渡来 奸雄と名家の決着

長城が目前に在った。

曹魏軍の殆んどは、黄河よりも北を見るだけでも初めてだった。

それが今や長城に到達しようとしていた。

冀州州牧の「裏切り」を切欠に河北4州の侵掠を成功させた曹魏軍だったが、その内の3州までが長城を国境にして北方民族と接していた。

その国境の安定という支配者の責任を、麗羽とて疎かにはしていなかった。

長城の北に位置する草原の騎馬の民の内では、当時では最も有力だった“烏丸王国”との友好関係の樹立に成功していた。

当然、冀州州牧が麗羽に取って代わって河北の袁家勢力を欲するならば、烏丸との関係という問題を解決すべきだった。

華琳にそう言い渡されて、むしろ勇んで北へ向かった。

 

一方、華琳は冀州と并州の州境付近で、黒山軍を名乗る独立勢力を率いていた張飛燕を降伏させていたりした………。

 

……。

 

…冀州州牧が烏丸に返り討ちにされてしまった。

その報告が届いたのは、曹魏軍が一旦、魏城まで撤収していた時だった。

 

「よもや、華琳様は期待されていたのでしょうか?」

「どうかしら。

只、袁1族の誰かが河北に居座っている以上は、何時かは又戦う事になるだろうとは思っていたけどね。

どちらにせよ中華の丞相としては、胡(えびす)を勝ち誇(ほこ)らせておく事も出来ないわ」

 

今度は、曹魏軍が烏丸と戦うべく、北進する事に成った。

 

「もしかすると、稟ちゃんですが。体調が悪そうではありませんか」

凛とは旧友でもある風が言い出した。

「只でさえ、私たち南の人間には気候的にキツい土地への遠征に成るでしょうし、体調が悪かったら、連れて行かない方が好いかも知れません。

それから、今のうちに華佗とかを呼んでいた方が」

曹操は“若死にした”軍師郭嘉を惜しみ「彼」が生きていればと、赤壁で敗れた時に嘆いた。

その「病死」は、烏丸と袁家の残党を討つべく、北へ遠征している時であった。

遼東

おおざっぱに言えば、朝鮮半島の北に隣り合う中国東北部の地方である。

後漢末期から三国時代。この地方には「遼東公孫氏」と呼ばれる地方軍閥が割拠していた。

ちなみに、公孫賛とは同姓で地理的にも近いが同族ではない。

この遼東公孫氏が魏の司馬仲達に滅ぼされた、

まさにその年「倭国」の使者が「魏」に到達したのは、偶然ではなく必然だったのではないか。

隣り合う朝鮮半島、そしてこの半島を経由して日本列島から接触する、最初の「中国」は遼東だった。

遼東公孫氏は「中国」として「倭国」を受け付けていたと考えるべきだろう。

騎馬の民は騎兵としては精強である。

元々が農民の中華の歩兵より兵士としては優秀かも知れない。

だが、華琳以下、名高い武将、軍師が率いる曹魏軍はこれまでの「中国軍」のようにはいかなかった。

何回かの激突の末、ついに烏丸軍は長城の北へ撃退されてしまった………。

 

……。

 

…この間に、烏丸軍に協力していて曹魏軍の捕虜に成った袁紹軍の残兵から情報が得られた。

やはりと言うか、麗羽と美羽の袁姉妹は烏丸に逃げ込んでいた。

だがしかし、今回の敗戦で烏丸にも居られなくなり、今度は遼東公孫氏の勢力圏に逃げ込んだらしい。

 

この際、遼東まで平定するか?

曹魏軍が改めて軍議を開いている時、後方の魏城から連絡があった。

 

華佗の治療などもあり、どうやら、稟は生命を取り止めたらしい。

その稟からの進言が伝えられて来た。

 

「長城までは遠く、何度もの遠征は困難です。

この機会に烏丸とは、長城が何らかの形で安定するまで、対決すべきです。

一方の遼東ですが、これまで袁家からは脅威(きょうい)こそ受けてきましたが恩義は在りません。

したがって、圧力を加え続ければ、その為にも烏丸に対しては兵を引くべきでありませんが、

袁姉妹を匿い続けはしないでしょう。

それを切っ掛けにして、とりあえずの友好関係を持つ事も可能です」

 

この進言を、華琳は採用した………。

 

……。

 

…やがて、曹魏軍が、対烏丸と対遼東の本営としていた幽州の州牧公邸に、遼東公孫氏の使者がやって来た。

 

「袁姉妹は、すでに遼東に居(お)りません」

何と、“東海の夷国(いこく)”からきた使者に「生口(奴隷)」として下げ渡した、などと言い出した。

 

「胡散臭(うさんくさ)い」

と、曹魏側では思ったが、偶々(たまたま)その使者が姉妹を見て、王への土産物にしたいと言い出したので、好い厄介払いと思ったらしい。

流石に信用するかどうかを含めて、曹魏陣営も「ひそひそ話」を始めたが、華琳は好奇心を微かに刺激された。

 

「その夷国と言うのは?」

「帯方(朝鮮半島に置いた中国の出先機関)東南の海中にある倭国、という国です」

「もう、その倭国とかに帰ったの?」

季節風の関係で、未だ帯方郡に居ると言う。

「後、どれだけ滞在する予定なの?この幽州まで往復する余裕は在るかしら」

華琳は興味を刺激されていた。それに、袁姉妹について問い質したかった………。

 

……。

 

…何処かの「天の国」なら、見事に「古事記」スタイルと言うであろう姿の使者が、幽州にやって来た。

「倭の大使、難升米にございます」

 

「“漢”の丞相、曹孟徳よ。色々と聞きたいことは有るけど…

倭国の王だけど、どんな王なの?」

「卑弥呼様は女王に御座います。とても可愛らしい御方に御座います」

ちなみに「正史」で、倭国の使者が来たのは「黄巾の乱」から半世紀ぐらい後だった。

 

「それで、遼東で下げ渡された生口だけど」

使者が証言した容姿や言動からすると、確かに麗羽と美羽の姉妹らしい。

「それで、何のために倭国まで連れて帰るの?」

華琳の趣味が趣味だから、居並ぶ”犠牲者たち”は

(あれで見た目は好いから、まさか)

とでも思っただろうか。

「卑弥呼様は巫女王であらされるため、男子が近寄れません。

お側に仕えさせる女の生口は幾人でも必要なのです。

あの様な生口は倭国では入手出来ませんゆえ」

華琳は難升米の言い分に納得した。

 

そして難升米を下がらせた後、側近たちに向かって、

「後は、倭国への船に確かに乗せられて出帆する処を、誰かが見届けるだけね。

袁家に関してはそれで御仕舞い」

「誰かですか?」

「そう、この中の誰か」

瞬間だけ流石に複雑な表情が1同に走った。

遼東の更に先の帯方郡まで行って来いと言うのだから。

「そう、私の為に其れだけの事をしてくれる忠誠心。

そして私が帰って来たその子の報告を信用する、いわば私のその子に対する信頼度」

 

 

「ならば、我が姉妹だ」

と春蘭が自薦(じせん)し、秋蘭が「やれやれ」という表情を姉に対してだけした………。

 

……。

 

…やがて烏丸とは、長城を国境として確認するという内容の協定が成立し、曹魏軍の主力は魏城まで撤収した。

その後を追いかける様にして、夏侯姉妹が帯方郡から戻って来た。

春蘭と秋蘭が見守る前で、倭国の使節団が帰国の為の船に乗り込んでいる。

その使節団の中に、間違いなく麗羽と美羽を確認した。

更に、舟の漕(こ)ぎ手に紛れ込んでいる斗詩と猪々子、七乃を見付けていた。

魏城で、華琳は報告を受けた。

「大した忠臣には違いないわね」

「しかし、袁姉妹だけなら兎も角(ともかく)あやつらが居ては、何れ戻って来るかも知れません」

「海の向こうから、何時に成ったら。その頃には、天下は定まっているわ」

* 

人は知らない、名山の山中。

「何とか「正史」をなぞってはいるが、テンポが速いな」

「”この”外史はそういう「設定」に成っていますからね。

「イレギュラー」の存在だけが原因でもありません」

「まあ好い。その結果にしろ”この”外史自体の結末が早くなるならばな」

「それでは、次の布石を打ちに行きましょう。

そろそろ”この”外史でも「左慈」の出番の様です」




どうやら「魏」も含めて「正史」の「三国」が出揃った感じです。
そして「三国」の決着も近いでしょうか。
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