簡雍酔夢   作:高島智明

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諸葛孔明に対するひいきの引き倒しで“あほう”などと流言飛語を飛ばす者も居ますが「阿斗」とは本来は「守るべき大切なもの」と言う意味だそうです。
史実においても、はっきり「普通の人」であり、むしろ孔明が過労死するほどの人材不足、国力不足の“蜀”を、何とか、あれだけの年数まで維持出来たものだという評価をすべきでしょう。


第41席 成都爛漫 阿斗ちゃんは天の落とし子

蜀の成都。

今日も昨日と変わらない、だがしかし、変わらないこそ大切な1日が更(ふ)けて行く。

 

愛紗は赤兎に乗って現場から戻ってきた。今日も治水工事の監督である。

さて、報告の為に「執務室」へと通る。

丁度、埋もれる様な書類を抱(かか)えた朱里と雛里が退出して来た。

「ご苦労さん。愛紗。こちらも今の報告で、今日の予定分が終わったよ」

北郷一刀は私室へ下がるべく、桃香を補助して立ち上がらせた。

 

「「ヨイショ」」などと、掛け声を合わせて、重くなった身体を奥へ運んで行く。

どこの名も無い「夫婦」でもありそうな微笑(ほほえ)ましい光景。

「…夫婦…」

「どうしたのだ?」

途中で連れに成った鈴々と、何故か顔を見合わせてしまった。

 

成都城の1番奥、桃香と一刀の私室に「3人」の人影が在った。

俺こと簡雍は、何時の間にか酒の味を覚えた一刀と飲み友達に成っていた。

乙女ばかりの陣営の中での同性同士ということでの気安さもあっただろう。

そして、桃香とは元から幼馴染み。

そうした気安さから、2人の私室で3人のでの雑談をする仲に成っていた。

 

「もう、そろそろ近いな」

俺は、何気なさそうに切り出した。

「まあ、何時かは話が出来るかも分からないな。

そう成ると、直ぐにでも大事な事が在るじゃ無いかな?」

「大事な事?」

「そう。親に成る人の大事な役目。

特にな、この国の女の子たちは、真名というものをどれだけ大事にしているかな」

 

「名前か」

劉備の子供の名前なら、一刀には直ぐに思い出す名前が在っただろう。

それでも、見守る俺にも躊躇う様に見えた。

「ご主人様」

ひと休みしていた桃香が口を挟(はさ)んで来た。

「まさか、考えていらっしゃら無かった筈は無いでしょう」

女神の微笑み。

「当たり前、だよ。そ、そうだ。みんなの意見も聞いてみないか?あくまで参考で」

「参考ですね」

もう1度、ニッコリ。

「勿論、最後は俺と桃香で決めるよ」

何故か、誤魔化す一刀だった………。

 

……。

 

…翌日。

「参考意見ですか」

公務上の会食なので、主な面々は揃っていた。

「ですが、先ずご自身で御考えに成っては居ないのですか?」

何人から逆にそう聞かれ1同の注目が集まる。

それに、直ぐ隣から桃香の瞳に見詰められ思わず口に出た。

「阿斗…」

さらに、桃香の瞳に見詰められ、

「いや、これじゃ男の子の名前かもしれないよな。もし女の子だったら…それに真名は大切だし」

「いいえ、未だ、どういう意味か聞いてみないと分かりませんが?」

「北斗の斗。桃香はどう思う?」

「北斗ですか。星座にちなんだ名前でしたら、男の子にも、女の子の真名にも使えますが…」

 

少し考えて、竜鳳の軍師がこんな解釈をした。

「北斗七星は、北極星の周りを回る星座です」

「その北極星は、全ての星々が巡る中心に位置して殆ど動かないため、玉座に例えられる事があります」

「その場合、北斗は其の玉座を守る7人の将に例えられます」

 

「もしかして、ご主人様は…」

愛紗が何かを思い付いた様だ。

「いつか、我ら「5虎竜鳳」が揃っている事が、蜀の理想の為だと。

我ら7将によって、北斗が北極星を守る様に、この御子が守られる事を希望されておられるのですか」

 

「五虎竜鳳」だけで無く、7人以外も含めたほぼ全員が「我も、我も」と言い出して、

考え過ぎだ、などとは言えなく成ってしまった。

 

「ありがとう、みんな」

桃香などは、もう感激しまくっていた。

「あなたはこんなにみんなに愛されて、この地上にやってくるんだよ。阿斗ちゃん」

そんな事を言いながら、一刀の手を取ってお腹に触れさせていた。

蜀の側では隠す積もりも無い。そのため、この情報は魏や呉にも伝わった。

 

「北斗…七星に守られる北極星…「5虎竜鳳」に守られる、蜀の王」

華琳にしてみれば、よくぞ見破られた、という感覚だった。

 

…考え過ぎだ、と指摘する「天の御遣い」は魏に居なかった。

蜀の成都では、北斗星から名付けられた「天の落とし子」が、地上に誕生していた。

 

「天の国」の“らまあず”とか言う風習にしたがって両親が協力して誕生させたのだが、一刀の方は力尽きてしまい運び出されていた。

「とても、可愛いらしいお姫様よ。阿斗ちゃんは」

立ち会っていた桃香の母に告げられて、ヤキモキしていた愛紗たちが祝福の歓声を上げ、天へも届けどばかりに木霊した。

北斗七星の見守る空へと。

呉の建業。孫呉の拠点は、蓮華によって秣陵から改名されていた。

 

「そう、蜀には「天の落とし子」が……」

姉、雪蓮は「天」を「呉」に呼び込む事を考えていた。

「蜀」をまるで「予(あらかじ)めそうなると分かっていた」かのように成立させた「天の力」。

その「力」は、雪連自身を眠らせる結果になった様な、邪教とは異なる何かであろうと考え、

呉を守護する「力」として呼び込めないかと、そう考えていた様だ。

「だからといって、私自身が「天の落とし子」を生む事など在るまい」

* 

蜀の成都。桃香と北郷一刀は協力して、政務と育児を何とか両立させていた。

当然、同志たちも公務などで協力していたが。

 

最近の愛紗は、自分自身が不審だった。

何故か、桃香と一刀と阿斗を見ている時に、甘酸っぱい感情が過(よぎ)った。

その想いを吹っ切るように首を振ってしまったが、隣りにいた鈴々に何時もの幼さと異なる何かを感じてしまった………。

 

……。

 

…成都城外の、とある場所。愛紗は鈴々を遠乗りに誘っていた。

愛紗は赤兎に、小柄な彼女に会う馬が見付かり難い鈴々は豚に跨って、適当に走ってから適当に休んでいたのだが。

 

「愛紗が思っている事は、もしかしたら鈴々と同じなのか」

「まだ子供には分からん」

何時もの様に河豚になる代わりに、急に大人びた表情をした。

「鈴々もお兄ちゃんの事は大好きなのだ。

でも、お姉ちゃんも好きだから、2人が幸せなのは嬉しいのだ」

「鈴々の言う「好き」とは違うと思うぞ」

「愛紗も同じなのだ。きっと。でもお兄ちゃんにはお姉ちゃんが居るのだ」

(…バカバカしい。大体、在り得る筈が無い。ご主君に嫉妬などと…)

 

この場合、姉妹は失念していた。

姉妹の長姉は王族、それも「後宮」が「法制度」として整備されている国家の王族だという事を。

「いったい、何を考えているのですかな?」

「貴方たちこそ、何が楽しいのん?あんなに一生懸命な子たちの邪魔をするばかりで」

「楽しいかどうかで、行動されても困りますね。我々とて「正史」の傀儡に過ぎませんのに」

「それが融通が利かないのよん。大体、今出かけてる方だってん」

「彼は「左慈」としての役目を果たしに行っただけです」

何処かの「天の国」ならば「雛祭りの5人囃子(ごにんはやし)」と言うだろう。

ここは数世紀後には日本と名乗る「彼女」たちにとっては夷国(いこく)。

巫女王、卑弥呼が「国事行為」としての「神道儀式」を行っているその間、言ってみれば「BGM係り」をさせられている珍道中5人組だった。

「桃香様。如何なる御用ですか」

「改まっちゃって。「姉妹」じゃ無いの」

 

城の奥にある私室であり、確かに桃香と愛紗と鈴々の他には、まだ口の聞けない阿斗だけだ。

何故か一刀も席を外していた。

 

桃香は阿斗に授乳していた。無論、王族だから乳母くらい付いている。

しかし、桃香自身が王族としては没落していた育ちのせいか、こうした事は面倒くさがらない。

むしろ、幸福そうだ。

(…こんな事を、見せ付けようと為さる方では無い。だからこそ、主君として、姉として来た…)

 

「もしかして、愛紗ちゃんや鈴々ちゃんも、阿斗ちゃんみたいに、ご主人様との子供が欲しいんじゃないの?」

「何を馬鹿な事を」

という言葉すら、咄嗟に出なかった。

「ご主人様のこと、好きなんでしょう」

反論が出来なかった。

思わず視線を逸らすと、子供と思っていたはずの鈴々が完全な「女」の顔をしていた。

「り…鈴々!あの…桃香様、いや、姉上。た…例え、そうであっても…」

「遠慮する事は無いのよ」

慈母の様な微笑みの桃香。

「最後は、ご主人様が選ぶ事よ。後宮であろうと、何人であろうと」

やっと、長姉が王族であることに思い至った。

 

「愛紗ちゃんや鈴々ちゃんだけじゃなくて、朱里ちゃんや雛里ちゃん、他のみんなも。

きっと、ご主人様のことが好きなのよ。わかるわ。私もご主人様のことは大好きだもの。

決めるのは、ご主人様。只、ちょっと迷っているみたい。

まさか「天の国」には、後宮が無いのかしら」

 

北郷一刀は現代日本人である。

1夫1妻が常識であり恋愛結婚が普通の「世界」から落ちて来た、大した恋愛経験も無い青年でしかない。

彼の脳内では、少なくともプライベートに関する部分では、桃香と阿斗だけで当面は容量1杯だったのである。




今回の展開では、後半に成って変な方向へ行ったと思うかもしれませんが『原作』がこういう「ゲーム」だった、ということで御容赦願います。

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