「正史」にすら(そういう時代に記録された歴史ですから)曹操に対してあれこれと摩訶不思議な悪戯(いたずら)を仕掛けたと、そう記録された道士。
これが『演義』に成ると、曹操に権力を手放せ、と言い放って激怒させた挙句に体調不調へとさせます。
これが「前ふり」になって管路が登場したりします。
管路
「正史」においても、この時代を代表する「占者」です。
「卜占」が「科学」だった時代の「科学者」に相応(ふさわ)しい活躍が「正史」に記録されています。
曹操は詩人として、文学者としても、後世に“魏武”の名を残した。
例えば、初めて海を見た時、それは遼東の手前まで遠征した時だったが、その感動を「歩出夏門行」と題して歌ったのである。
……東のかた碣石(けっせき)(名山の1つ)に臨み 蒼海(そうかい)を見渡せば ゆらゆらと波は穏やか
島山は水面にそびえ 樹木は叢り生え 緑なす草は豊かなり
秋風のさっと吹けば 海原に大波は湧立つ
日も月も その中より出ずるがごとし 星漢(ぎんが)は燦爛(さんらん)として その中より出ずるがごとし
ああ幸いなるかな 歌いて以て志を詠べん……
*
だがしかし、現在の華琳は只の感傷から回想に心を委(ゆだ)ねている訳でも、回想の為だけにひと度歌った詩を口にしているのでも無かった。
冀州の魏城。その1角。
「正史」では「銅雀台」と名付けた壮麗な宮殿を、曹操が築いたとして有名になる場所だが”この”時点では「予定地」に過ぎない。
そこを散策しつつ「歩出夏門行」を口にした華琳だったが、内心では決断を迫られていた。
この詩を歌った時、袁紹勢力の残党を追って遠征していたのであり、その遠征の結果、ほぼ天下の北半分を制圧出来たと言えるだろう。
けれども、その結果として曹魏勢力の内部も変化せざるを得なかった。
かつて帝都を洛陽から許昌に移したが、その後、急速に拡大した曹魏陣営の勢力圏では許昌は中心から外れていた。
特に河北の袁紹勢力を飲み込んだ現在、曹魏勢力の地理的、交通的中心は此の魏城と考えて好い。
曹魏政権としての事だけ考えれば、許昌から魏城に拠点を移す事自体は、華琳いや曹操ほどの決断力の持ち主が迷うような事ではない。
現在の曹魏は、許昌のある予州潁川郡を中心とした地方軍閥では無いのだから。
だが、皇帝を目と手の届く位置から放すのは危険だ。
と言っても、今度は魏城へ連れて行くべきだろうか。
更に、許昌の南には蜀と呉が在る。それゆえに危険だとも言える。
許昌では、魏城に比べれば蜀や呉に近いのだ。
天下の北半分はほぼ制圧した。
だがしかし、南半分の西は蜀。東は呉に制圧されつつある。このままでは……
華琳は何時しか「天の御遣い」に思いを馳せていた……
……今、天下は三分されつつある。魏と呉と蜀。
この「三国」が互いに安定すれば、この乱世も取り敢えずは……
取り敢えずは、どうなるとでも言いたいの。
「三国」同士での争いが無ければ、もう民衆を犠牲にしなくても済む様に成る、とでも。
それで、天下は誰のものに成るの……
「天の御遣い」が付いている訳でも無い華琳は知らない。
魏も呉も蜀も最後の勝者には成れない。
「三国」の何れでも無い新しい帝国が最後に出現するとは。
華琳は更に思う。
華琳自身も蜀も孫呉も、本当は戦う理由にそんなに違いは無いかも知れない。それでも…
「根幹では違わないからこそ、決着はつけないと終われないのよ」
*
交州。
後漢13州の1つだが「当時」では「南蛮」と意識する諸民族を支配するために置かれた「州」と言っても好い。
だがしかし蓮華たちは、あえて交州を侵掠する決断をした。
西を侵掠すれば蜀と、北を侵掠すれば魏と衝突する危険があるからこそ、その前に、南を固める選択である。
東は海だし。
呉の側からは順調、「南蛮」の側からすればどうだろう、ほどの成果をあげた。
その成果は、朝廷を手中にしている、曹魏への外交にも使う事にした。
*
孫呉から、許昌に居る皇帝と魏城に居る華琳へ「天の御遣い」なら“とろぴかる”とでも言うあれこれが送られて来た。
更に、当時は「呉」の特産品だったミカンが40箱分届けられると予告された。
ところが…
「何よ?これ!」
皮をむくまでは何のキズも無いミカンが、剥いてみると身が入っていない?
これが始まりだった。
その空っぽ(?)のミカンを、ふらりと現れた怪人物が剥くと中身が在るのである。
その怪人物は左慈と名乗った。
その後も手を変え品を変え、華琳たち曹魏の英雄たちを翻弄(ほんろう)し続けた。
その挙句(あげく)にこう言い放った
「曹操。あんたも名山に入って修行でもしたらどうだ。こんな事に驚くならな。
天下の事など、蜀か呉にでも勝手にさせておけ。
出来ぬか。覇王気取りの小娘には未練が在り過ぎるか」
聞き逃(のが)せる事では無かった。元々、邪教には容赦ない華琳でもある。
直ちに、左慈を捕らえさせたが、何と数100人の左慈そっくりの罪人が引っ立てられて来た。
こうなったら構うものかとばかり、片っ端から斬り始めたが、1人斬る度に傷口から黒い煙か霧が立ち昇り、何時の間にか辺りに立ち込めて視界を閉ざし始めた。
その無視界の中で、何者かが魏の諸将に襲いかかっていた。
強い。
魏が誇る無双の英雄たちと比べても、互角以上に戦いかねない強敵が見えない中で襲ってくる。
視界が晴れた時、勿論というか、左慈の姿は無くアヤシげな紙人形が散らばっていた。
*
「上手くやりましたね」
「ふん」
「これから「赤壁」に成る筈です。
曹魏軍は風土病に悩み、そのため曹操は失敗する事に成っているのですからね。
そして「正史」通りに”この”外史の天下も3分に成って欲しいものです」
「そんなに都合好く行くか」
「そこが「正史」のというか、自然修復の恐ろしさと言うか、その傀儡である立場からは、便利な設定ですね」
「しかし、その自然修復が当てに成るとも限らないだろう」
「だから、我々が干渉するのですよ。
余計なイレギュラーが無ければ「正史」通りに失敗するのは魏ですからね」
*
「孫子」(用間篇)は情報の重要性を説く。その後に続いて、こうも言う。
情報は、神頼みでも、占いに頼っても得られない。必ず“人”を使って入手せよ。
「卜占」が「科学」だった時代に、こう主張するリアリズムが「孫子」であり、この「書」を後世に残した曹操だった。
それでも、華琳も時代の子だった。
今回の事件は、華琳をしても「卜占」に頼る気にさせていた………。
……。
…華琳に招待された「占者」管路は断言した。
「左慈とやらが使った術自体は、目くらましの幻術に過ぎません」
「そう」
取り敢えず、華琳は平静を取り戻した。
「もう1つ、何時かは聞きたいと思っていた事が在るのよ。
貴女は「天の御遣い」について、予言したわね」
「私はこの世界の理(ことわり)を知りたくて「卜占」を学んできました」
この時代の「卜占」は「科学」であるというのは、こういう意味ででもあった。
「その結果、この世界は何かが歪んでいるという事に気が付きました」
「歪んでいる?」
「乱世を招く様な、世の不条理と言う意味ではありません。
私が学んできた「卜占」とは異なる何かが、この世界に干渉しているとしか思えないのです。
その何かは、まだ私にもはっきりとは分かりません。
ただ、この世界に干渉している何かは、この乱世をどこかへ収束させていこうとしているらしいのです。
その何かが「天の御遣い」の予言から、この乱世の収束が始まると、私に教えました。
私の「卜占」には、そう示されたのです」
「歪んでいる。そうね。私のような「小娘」が、そもそもこんな権力を持てる筈は無いわね。
それも何10人もそんな「小娘」が群がって出てくる。何処かが歪んでいるわね。
でも、だからと言って、私が自分の「天命」を今更捨てられないわ」
管路には、適正な報酬と礼を示した………。
……。
…華琳は「銅雀台(予定地)」を今ひと度訪れていた。
「「天の御遣い」貴方が言った「天のお告げ」は、やはり聞けない。
この天下は誰かが統一しなければ為らないのよ。
例え、劉備も孫権も、私と大して変わらない理想の為に戦っていたとしても。
もしもそうなら、その中で勝利したものが理想を実現すれば好いのよ」
この時の華琳の決意を知っていたか、どうか。
彼女の「ライバル」たちは、まだ平和だった。
*
「子瑜。貴女は其れで好いの?」
蓮華の方が気を使っていた。
「これで好いのです。妹は蜀に忠誠を尽くし、私は呉に忠誠を尽くす。
この乱世には、これでこそ、心置き無く呉に奉公出来ます。
いっそ、魏にも諸葛1族の誰かが仕官しておれば、いよいよ心残りがありません」
「私は子瑜を疑ってなぞ居ないわ」
蓮華は微苦笑していた。
(…まったく、罪な報告を寄こしおって。お互い妹で苦労するわね…)
*
「希望が出てきたぞ―」
成都では、姉を悩ましていた妹が喜んでいた。
シャオは一刀も桃香も大好きだもん。そして、3人で…
在り得るよね。この前は愛紗と鈴々。つい、この間は朱里と雛里。
しかも桃香は、それで祝福しているし、だから、今度は、シャオと桃香と一刀で…
それに、見た目も桃香みたいじゃなくても、一刀は大丈夫だよね。
だって、4人のうち3人までがシャオと同じだもん……
その頃、北郷一刀はというと、落ち込んでいた。
「俺は「ロリコン」じゃない筈だ……桔梗や紫苑が成熟した美女に見えるんだから」
「あら、有り難う御座います」
当人に聞かれてしまうのもお約束だったりする。
「ところで“ろりこん”とは何でしょうか?「天の国」の言葉ですか」
「何て言うか……(うう、璃々ちゃんを見て、胸が痛む)」
蜀は平和だった。まだこの時は。
無謀と思いつつも、書き始めて、第1部・第2部……といった構成でなら第2部「完」に当たるところまでは、どうやら辿り着けたみたいです。
これから「三国」の直接対決が始まります。