簡雍酔夢   作:高島智明

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左慈
「正史」にすら(そういう時代に記録された歴史ですから)曹操に対してあれこれと摩訶不思議な悪戯(いたずら)を仕掛けたと、そう記録された道士。
これが『演義』に成ると、曹操に権力を手放せ、と言い放って激怒させた挙句に体調不調へとさせます。
これが「前ふり」になって管路が登場したりします。

管路
「正史」においても、この時代を代表する「占者」です。
「卜占」が「科学」だった時代の「科学者」に相応(ふさわ)しい活躍が「正史」に記録されています。


第42席 天下3分 新たなる動乱への誘い

曹操は詩人として、文学者としても、後世に“魏武”の名を残した。

例えば、初めて海を見た時、それは遼東の手前まで遠征した時だったが、その感動を「歩出夏門行」と題して歌ったのである。

 

……東のかた碣石(けっせき)(名山の1つ)に臨み 蒼海(そうかい)を見渡せば ゆらゆらと波は穏やか

島山は水面にそびえ 樹木は叢り生え 緑なす草は豊かなり

秋風のさっと吹けば 海原に大波は湧立つ

日も月も その中より出ずるがごとし 星漢(ぎんが)は燦爛(さんらん)として その中より出ずるがごとし

ああ幸いなるかな 歌いて以て志を詠べん……

だがしかし、現在の華琳は只の感傷から回想に心を委(ゆだ)ねている訳でも、回想の為だけにひと度歌った詩を口にしているのでも無かった。

 

冀州の魏城。その1角。

「正史」では「銅雀台」と名付けた壮麗な宮殿を、曹操が築いたとして有名になる場所だが”この”時点では「予定地」に過ぎない。

そこを散策しつつ「歩出夏門行」を口にした華琳だったが、内心では決断を迫られていた。

 

この詩を歌った時、袁紹勢力の残党を追って遠征していたのであり、その遠征の結果、ほぼ天下の北半分を制圧出来たと言えるだろう。

けれども、その結果として曹魏勢力の内部も変化せざるを得なかった。

 

かつて帝都を洛陽から許昌に移したが、その後、急速に拡大した曹魏陣営の勢力圏では許昌は中心から外れていた。

特に河北の袁紹勢力を飲み込んだ現在、曹魏勢力の地理的、交通的中心は此の魏城と考えて好い。

 

曹魏政権としての事だけ考えれば、許昌から魏城に拠点を移す事自体は、華琳いや曹操ほどの決断力の持ち主が迷うような事ではない。

現在の曹魏は、許昌のある予州潁川郡を中心とした地方軍閥では無いのだから。

 

だが、皇帝を目と手の届く位置から放すのは危険だ。

と言っても、今度は魏城へ連れて行くべきだろうか。

 

更に、許昌の南には蜀と呉が在る。それゆえに危険だとも言える。

許昌では、魏城に比べれば蜀や呉に近いのだ。

天下の北半分はほぼ制圧した。

だがしかし、南半分の西は蜀。東は呉に制圧されつつある。このままでは……

 

 

華琳は何時しか「天の御遣い」に思いを馳せていた……

 

……今、天下は三分されつつある。魏と呉と蜀。

この「三国」が互いに安定すれば、この乱世も取り敢えずは……

 

取り敢えずは、どうなるとでも言いたいの。

「三国」同士での争いが無ければ、もう民衆を犠牲にしなくても済む様に成る、とでも。

それで、天下は誰のものに成るの……

 

「天の御遣い」が付いている訳でも無い華琳は知らない。

魏も呉も蜀も最後の勝者には成れない。

「三国」の何れでも無い新しい帝国が最後に出現するとは。

 

華琳は更に思う。

華琳自身も蜀も孫呉も、本当は戦う理由にそんなに違いは無いかも知れない。それでも…

「根幹では違わないからこそ、決着はつけないと終われないのよ」

交州。

後漢13州の1つだが「当時」では「南蛮」と意識する諸民族を支配するために置かれた「州」と言っても好い。

だがしかし蓮華たちは、あえて交州を侵掠する決断をした。

西を侵掠すれば蜀と、北を侵掠すれば魏と衝突する危険があるからこそ、その前に、南を固める選択である。

東は海だし。

 

呉の側からは順調、「南蛮」の側からすればどうだろう、ほどの成果をあげた。

その成果は、朝廷を手中にしている、曹魏への外交にも使う事にした。

孫呉から、許昌に居る皇帝と魏城に居る華琳へ「天の御遣い」なら“とろぴかる”とでも言うあれこれが送られて来た。

更に、当時は「呉」の特産品だったミカンが40箱分届けられると予告された。

ところが…

 

「何よ?これ!」

皮をむくまでは何のキズも無いミカンが、剥いてみると身が入っていない?

これが始まりだった。

その空っぽ(?)のミカンを、ふらりと現れた怪人物が剥くと中身が在るのである。

その怪人物は左慈と名乗った。

 

その後も手を変え品を変え、華琳たち曹魏の英雄たちを翻弄(ほんろう)し続けた。

その挙句(あげく)にこう言い放った

「曹操。あんたも名山に入って修行でもしたらどうだ。こんな事に驚くならな。

天下の事など、蜀か呉にでも勝手にさせておけ。

出来ぬか。覇王気取りの小娘には未練が在り過ぎるか」

 

聞き逃(のが)せる事では無かった。元々、邪教には容赦ない華琳でもある。

直ちに、左慈を捕らえさせたが、何と数100人の左慈そっくりの罪人が引っ立てられて来た。

こうなったら構うものかとばかり、片っ端から斬り始めたが、1人斬る度に傷口から黒い煙か霧が立ち昇り、何時の間にか辺りに立ち込めて視界を閉ざし始めた。

 

その無視界の中で、何者かが魏の諸将に襲いかかっていた。

強い。

魏が誇る無双の英雄たちと比べても、互角以上に戦いかねない強敵が見えない中で襲ってくる。

 

視界が晴れた時、勿論というか、左慈の姿は無くアヤシげな紙人形が散らばっていた。

「上手くやりましたね」

「ふん」

「これから「赤壁」に成る筈です。

曹魏軍は風土病に悩み、そのため曹操は失敗する事に成っているのですからね。

そして「正史」通りに”この”外史の天下も3分に成って欲しいものです」

「そんなに都合好く行くか」

「そこが「正史」のというか、自然修復の恐ろしさと言うか、その傀儡である立場からは、便利な設定ですね」

「しかし、その自然修復が当てに成るとも限らないだろう」

「だから、我々が干渉するのですよ。

余計なイレギュラーが無ければ「正史」通りに失敗するのは魏ですからね」

「孫子」(用間篇)は情報の重要性を説く。その後に続いて、こうも言う。

 

情報は、神頼みでも、占いに頼っても得られない。必ず“人”を使って入手せよ。

 

「卜占」が「科学」だった時代に、こう主張するリアリズムが「孫子」であり、この「書」を後世に残した曹操だった。

 

それでも、華琳も時代の子だった。

今回の事件は、華琳をしても「卜占」に頼る気にさせていた………。

 

……。

 

…華琳に招待された「占者」管路は断言した。

「左慈とやらが使った術自体は、目くらましの幻術に過ぎません」

「そう」

取り敢えず、華琳は平静を取り戻した。

 

「もう1つ、何時かは聞きたいと思っていた事が在るのよ。

貴女は「天の御遣い」について、予言したわね」

 

「私はこの世界の理(ことわり)を知りたくて「卜占」を学んできました」

この時代の「卜占」は「科学」であるというのは、こういう意味ででもあった。

「その結果、この世界は何かが歪んでいるという事に気が付きました」

 

「歪んでいる?」

「乱世を招く様な、世の不条理と言う意味ではありません。

私が学んできた「卜占」とは異なる何かが、この世界に干渉しているとしか思えないのです。

その何かは、まだ私にもはっきりとは分かりません。

ただ、この世界に干渉している何かは、この乱世をどこかへ収束させていこうとしているらしいのです。

その何かが「天の御遣い」の予言から、この乱世の収束が始まると、私に教えました。

私の「卜占」には、そう示されたのです」

 

「歪んでいる。そうね。私のような「小娘」が、そもそもこんな権力を持てる筈は無いわね。

それも何10人もそんな「小娘」が群がって出てくる。何処かが歪んでいるわね。

でも、だからと言って、私が自分の「天命」を今更捨てられないわ」

管路には、適正な報酬と礼を示した………。

 

……。

 

…華琳は「銅雀台(予定地)」を今ひと度訪れていた。

「「天の御遣い」貴方が言った「天のお告げ」は、やはり聞けない。

この天下は誰かが統一しなければ為らないのよ。

例え、劉備も孫権も、私と大して変わらない理想の為に戦っていたとしても。

もしもそうなら、その中で勝利したものが理想を実現すれば好いのよ」

 

この時の華琳の決意を知っていたか、どうか。

彼女の「ライバル」たちは、まだ平和だった。

「子瑜。貴女は其れで好いの?」

蓮華の方が気を使っていた。

「これで好いのです。妹は蜀に忠誠を尽くし、私は呉に忠誠を尽くす。

この乱世には、これでこそ、心置き無く呉に奉公出来ます。

いっそ、魏にも諸葛1族の誰かが仕官しておれば、いよいよ心残りがありません」

 

「私は子瑜を疑ってなぞ居ないわ」

蓮華は微苦笑していた。

(…まったく、罪な報告を寄こしおって。お互い妹で苦労するわね…)

「希望が出てきたぞ―」

成都では、姉を悩ましていた妹が喜んでいた。

 

シャオは一刀も桃香も大好きだもん。そして、3人で…

在り得るよね。この前は愛紗と鈴々。つい、この間は朱里と雛里。

しかも桃香は、それで祝福しているし、だから、今度は、シャオと桃香と一刀で…

それに、見た目も桃香みたいじゃなくても、一刀は大丈夫だよね。

だって、4人のうち3人までがシャオと同じだもん……

 

その頃、北郷一刀はというと、落ち込んでいた。

「俺は「ロリコン」じゃない筈だ……桔梗や紫苑が成熟した美女に見えるんだから」

「あら、有り難う御座います」

当人に聞かれてしまうのもお約束だったりする。

「ところで“ろりこん”とは何でしょうか?「天の国」の言葉ですか」

「何て言うか……(うう、璃々ちゃんを見て、胸が痛む)」

 

蜀は平和だった。まだこの時は。




無謀と思いつつも、書き始めて、第1部・第2部……といった構成でなら第2部「完」に当たるところまでは、どうやら辿り着けたみたいです。
これから「三国」の直接対決が始まります。
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