簡雍酔夢   作:高島智明

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荊州は「原典」『三国志演義』の前半中では、比較的平和な他地方の難民や知識人の避難場所ですが「赤壁」以降は北に「魏」東に「呉」そして西に「蜀」と囲まれた、三国による争奪の地と成って行きます。
このことを予見した孔明は「まさに用武の地」と評価しました。


第43席 覇王襲来 赤壁へと続く道(その1)

荊州州牧の劉表は錯乱する気力も尽きる思いだった。

北は「魏」東は「呉」更には西の益州から南の荊州南部は「蜀」に取り囲まれ、気が付けば「天下3分」のど真ん中に位置してしまったのである。

 

おまけに、自分を支えてくれている「荊州名士グループ」が信用出来ない。

流浪の「傭兵隊長」を蜀の国主に仕立てたのは、彼女たちの「仲間」なのである。

 

しかも、そういう状態の主君に取り入る、そんな部下も居るものであって、劉表にある事を吹き込んだ。

蜀の成都。城中の「会議室」である。

「荊州州牧は、表向きは阿斗様の誕生をお祝いしたいと言っています」

ところが、その「名目」で、桃香と一刀に阿斗を連れて荊州を訪問して欲しい。と要求してきていた。

おまけに、護衛の兵は最小限でと。

その滞在中だけは蜀からの侵掠が在り得ないという、露骨に恐れての要求だった。

無理も無い。朱里。雛里。蛍。胡蝶。そして紫苑。

何(いず)れも、現在も劉表が其の上に乗っている軍師や文官と同じ「荊州名士グループ」の出身である。

それだけに、劉表の側近もその優秀さを知っている。

それに「グループ」繋がりから疑えば、劉表政権の内部すら蜀の間者だらけに見えかねない。

 

反対に蜀の側でも、劉表側の情報は豊富に入っている。

荊州州牧の劉表は錯乱する気力も尽きる思いでいるらしい。

「まさに兵を用(もち)いるべき地、というべきね」

華琳は地図を囲む部下たちを見回した。

現時点で魏、呉、蜀の「三国」に囲まれているだけでは無い。

元来、後漢13州のほぼ中央に位置し、西の益州以外の方向は平野が開け、長江、漢水、洞庭湖の水運が4方に延びる。

華琳ほど積極的な群雄が荊州に拠点を置いていれば、ここから4方に出撃しているだろう。

 

だが現在の荊州州牧劉表は錯乱する気力も尽きる思いでいる様だった。

それならば、三国による荊州争奪戦に成るだけだ。

 

三国中、荊州を確保した勢力が他の「2国」を中央突破した形に成る。

いや、それ故に荊州が三国の決戦の地に成る可能性も少なくない。

「渡せないわ。呉にも蜀にも。

この曹孟徳が覇王と成るか、成れないかが、この荊州で決定するわ」

 

華琳の宣言に部下たちが呼応する。

だがしかし、その中には「天の御遣い」は居なかった。

荊州の東の境に近く、長江と漢水が合流する夏口の地。

孫呉の初代、孫姉妹の母でもある炎蓮が、無念ながら戦線離脱した因縁の地である。

何度目かの孫呉の夏口侵掠が、冥琳の指揮下、陸路と長江の水路から迫りつつあった。

結論として、蜀では劉表からの要求を受けた。

ここまで、露骨に蜀からの侵掠を恐れている以上、拒否すれば魏に降伏とかしかねない。

むしろ、向こうから呼び出したこの機会を説得する好機にすべきだろう。

軍師たちの何人かが、そう提案し桃香も賛同した。

 

北郷一刀は内心、いやな予感がしないでもなかったが、主君たちの決断が割れるのはもっと危ないと思い「天のお告げ」は控えた。

まあ完全に「歴史」通りなら、危険だが何とか助かるだろう。

 

俺こと簡雍には、そんな一刀の内心が見えていた。

予州潁川郡にある「現在の」帝都、許昌。

暫く、冀州の魏城に居た丞相曹操が許昌に戻って来ていた。

 

少女である皇帝の御機嫌を伺(うかが)い、溜(た)まっていた政務を片付ける。

その間にも、曹魏軍が続々と集結していた。

 

旧袁家勢力圏からも黄河を超えて動員されており、天下の北半分から集結した兵数はすでに20万余に達していた。

 

華琳にしても、初めて率いる大兵力である。無論、武将・軍師に不足はしていない。

只「天のお告げ」を告げるものだけが居なかった。

巴郡から荊州の江陵まで、蜀の水軍が長江を下って来ていた。

しかし、荊州の主城、襄陽まで直に水軍で向かうには、漢水と長江の合流する夏口の孫呉軍が問題だった。

余計な摩擦を避けるため、江陵からは陸路を取る事になった。

 

江陵から襄陽へと行軍する蜀軍の兵数は、荊州側を刺激しない程度に抑えてある。

だがしかし、指揮の方は「5虎竜鳳」を揃えて来たから、戦力としては決して弱くは無い。

少なくとも、劉表の側近に妙な考えを起こさせない程度には成っている。

中軍には、阿斗を抱き締めた桃香と寄り添う一刀。

各所に愛紗、鈴々、朱里、雛里、星、紫苑、翠が配置され、堂々と進軍して行った。

魏軍は出撃の時を迎えていた。

皇帝の周囲での妙な事、先だっての「董承事件」のような妙な事を、思い止まらせる程度の抑止力になる程度の兵力は置いて行く。

それでも、20数万余の大軍で、進発して行く事に成る。

荊州の主城襄陽。

「おお、これは可愛い」

桃香の胸の中の阿斗に微笑みかける劉表は、全くの好人物とも見えた。

ただ、やけにやつれた様にも見えるが………。

 

……。

 

…早速、荊州側から、許昌での動員についての情報が開示された。

あれだけの大軍を天下の北半分から集めていれば、隠せる筈も無い。

たとえ移動中でも「伏竜鳳雛」が見逃す情報でも無かった。

揚州合肥城に駐屯する揚州州牧劉馥(りゅうふく)の活動が急に活発になり始めた。

この情報を得た呉の蓮華は、当然ながら許昌の大軍と関連付けた。

その結果、夏口の冥琳を呼び戻していた………。

 

……。

 

…冥琳は蓮華の御前で断言した。

「これは陽動でしょう。

陽動で無かった場合は、曹操に取っては下策です。

上策は、荊州を直撃する事です」

「では引き揚げさせたのは間違いだったとでも」

「いいえ、この建業の守りが手薄になれば、下策では無くなります。

それを見逃す曹操でも無いでしょう」

荊州襄陽城。

蜀軍と劉表陣営との協議は、双方の軍師や側近が「荊州名士グループ」で繋がっている事も手伝って、それなりに進捗してはいた。

だがしかし、結論と合意に至るか、どうかは別の話だった。

 

要約すれば、劉表の側近たちの言い分は、

「蜀軍が援軍として、当てにならないようなら魏に降伏する」

である。

 

「だったら、連れてくる兵数に文句を付けるな。

こっちに乗っ取られる心配と、曹操の脅威のどちらが怖いんだ」

とでも言い返したいところだが。

 

ともあれ、やっと後続を蜀の勢力圏から動員する件について、荊州側からの同意を取り付けた。

この時点ではまだ間に合うだろうと、協議ではそう推測していた。

20数万余の大軍では、それだけ機敏には動けなく成る筈だ。

幾ら華琳や、その軍師・武将が優秀でも、20数万余の大軍は適切に分割して指揮する必要が在った。

そのため5個の「師団」に分割した。

(“師団”に当たるヨーロッパ語を直訳すると“分割”である)

そして「1個師団」ずつ順番に進発する手はずを整えた。

 

ここで、細かい情報の中で、曹魏軍が徹底的に秘匿した情報が2つ在った。

それは、最初に進発する、いわば「第1師団」に関してである。

まず、幹部クラスについては、華琳以下、春蘭・秋蘭・桂花・季衣・流琉・稟・風・凪・真桜・沙和や霞たち、最も優秀な軍師・武将が揃っていた。

さらには、騎兵の割合が高い。

「旧」董卓軍「旧」呂布軍の涼州兵や「旧」袁紹軍でも長城近くに出身地を持つ騎馬に馴染(なじ)んだ兵を集め、歩兵や補給部隊とのバランスぎりぎりまで、騎兵の割合を高めていた。

 

この編成の結果「第2師団」以下を置き去りにする速度で進撃が可能に成っていた。

そして、竜鳳の軍師すら予想を裏切られる速度で荊州に接近していたのである。

流石に「5虎竜鳳」が、完全に奇襲を受ける筈は無かった。

情報を掴んだ蜀軍は、劉表陣営との協議の末、荊州北部の博望へと急行した。

 

(…マズイぞ。どんどん「正史」の「赤壁」に近付いている…)

北郷一刀は、内心、次第に焦(あせ)り出していた。

一刀の態度に、先ず桃香が不審を覚え、他の同志も妙に思い始めた。

それを半分誤魔化す様にして、こう言った。

「襄陽の情報に気をつけて欲しいんだ。特に…もしかしたら、劉表に何かあるかも知れない」

この「天のお告げ」は「正史」通りの結果に成ったのである………。

 

……。  

 

…劉表の側近の1人でもあるが「水鏡」と親しい「名士」でもある、伊籍という文官が自分で急報を運んで来た。

「わが主が急逝(きゅうせい)されました」

「それで、残った荊州政権はどうなっている」

「蔡瑁・張允といったものたちが、降伏論に傾(かたむ)いています」

蔡瑁・張允は地元の有力豪族である事もあって、劉表を支えてきた政権内の有力者でもあり、荊州水軍を指揮している荊州軍閥の実力者でもある。

それが降伏論に傾いているとなると、ここ博望あたりにグズグズしている間に、敵中に孤立する危険すら在る。

 

「急いで、退却しましょう」

竜鳳の軍師の献策に異議は無かった………。

 

……。  

 

…退却中にも、今後の戦略を模索していた。

 

「いっそ、襄陽を此の際に乗っ取って」

等といった過激な意見も出たが、竜鳳が断言した。

「そんな無理をしても、荊州軍が我が軍の指揮に従う確実性が在りません」

「今最も確実な策戦は、蜀の勢力圏まで退却する事です。

蜀水軍を待機させてある江陵まで急ぎましょう」

こう成ると、襄陽に残して来たら人質にされかねない阿斗や璃々を陣中に連れて来ていた事が幸いだった。

「そう。降伏するのね」

華琳は、上機嫌だった。

「孫子の兵法」曰く「戦わずして降伏させるのが善の善」なのだから。

 

「劉備はどうしたの」

「ひと先ず襄陽に立ち戻り、我が旧主である劉表の棺に挨拶すると、そのまま立ち去りました」

「それだけ?」

 

それだけでは、実は無かった。

何故か、曹魏軍はかつての黄巾軍並みの暴虐な軍だという流言飛語が、襄陽とその双子都市に流れ、多数の難民が蜀軍の後を追いかけて行っていた。

 

華琳ですら瞬間は絶句し、それから宣言した。

「分かったわ。

誰がそんな流言を流したかは知らないけど、本当の魏軍は民衆を虐めたりしないわ。

銅銭1枚を略奪しても打ち首。直ぐに全軍と城内全部に布告しなさい」

少なくとも、蜀軍が流した流言では無いだろう。この結果を見れば。

蜀軍は余りにも多数の難民を抱えた結果、退却離脱しようとする軍事行動からすれば、ノロノロとしか言いようのない速度にまで落ち込んでいた。

(…マズイぞ。本気(マジ)で「長坂」に成り始めている…)

”その”知識のある北郷一刀は焦り始めた。

俺こと簡雍は、江陵に待機する蜀水軍を采配しながら待機していた。

そして「長坂」に思いを馳せていた。




次回は「原典」『三国志演義』通りなら、趙雲と張飛の見せ場になる筈です。
力不足かも知れませんが、出来る限り書きたいです。

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