簡雍酔夢   作:高島智明

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第1次世界大戦World WarⅠの最中、インフルエンザの感染爆発に因って、WWⅠの戦死と戦災死に倍する以上の病死者が出ました。
この戦争の本当の勝者は、何れかの国家ではなくウィルスだったとも言えます。
英雄でもある名将や知略優秀な軍師が敵より先に見えない病原体に敗れる、それが歴史に成るのはWWⅡの最中のアメリカでペニシリンが大量生産されてからでした。


第45席 争論斬卓 赤壁へと続く道(その3)

華琳は檄文を発した。

「漢」の丞相の名分で、今回の荊州に於ける軍事行動を改めて正当化し、更に呉と蜀に降伏勧告した。

竜鳳の軍師が解説する。

「上手なのは、我が蜀と呉に対し、それぞれ個別に降伏勧告している事です」

「もしも、呉がこの勧告に従って魏と呉を同時に相手にする事に成ったら、苦戦します」

孫呉の拠点。建業。

蓮華の御前では大激論に成っていた。曹操の檄文は其れだけの効果を持っていたのだ。

これまで、孫呉を支えてきた江東「名士」グループ出身の重臣たちの多くが降伏論に傾いていたのである。

だがしかし、武将たちの中には戦わずしての降伏を受け入れられない者も居た。

 

蓮華は迷っていた。重臣たちの主張する降伏論が、現実的である事も理解出来る。

だが降伏すれば母である炎蓮や姉の雪蓮の諸行が無駄に成ってしまう。

 

「私が荊州の様子を見て参りましょう」

議論が煮詰まった頃、魯粛(真名包(ぱお))がそう言い出した。

「5個師団」に分割されて順次、許昌を進発してきた曹魏軍は順次、荊州に到着した。

 

州都襄陽の進駐は後続の「第5師団」に、江陵の守備は「第4師団」を残留させ、残る主力の「3個師団」と接収した旧劉表軍で更に進軍する。

次の目標と成るのは、当面は夏口。

江陵の接する長江本流と襄陽を流れる漢水の合流点でもあり、旧劉表勢力のほぼ西の端に位置する。

夏口を確保すれば「旧」劉表勢力の勢力圏をほぼ確保した事になる。

江陵を「基地」として進発し、荊州水軍と長江の水運を利用した後方支援を受けながらの進軍なら、夏口までの距離は攻勢終末点に成らない筈だった。

距離だけなら。

冥琳の預(あず)かる孫呉水軍は、蓮華の命令あり次第で出撃する準備を既に整えていた。

 

その前方では、夏口の「旧」劉表軍はどうやら様子見の様だった。

上部の政権が既に降伏し、その主力を接収した曹魏軍が進軍してくる以上は当然の態度だろう。

長江は広い。

それならば北岸の夏口を“スルー”して、長江の南岸沿いに進軍する事も不可能ではない。

 

現に、蓮華の使者となった包は夏口を“スルー”して、洞庭湖に逃げ込んだままの蜀軍に接触していた。

洞庭湖に逃げ込んだ蜀軍は、そのまま成都に退却せず、援軍を呼び寄せる事にした。

長江北岸を曹魏軍が進軍している以上、戦機を逃す訳にはいかなかった。

 

北郷一刀の知る「正史」と異なり「現状」の蜀軍は「正史」の呉軍程度の援軍は自力で動員出来る。

それでも「正史」の「赤壁」をそのままなぞった方が、曹操が同じ失敗をしてくれた時に有利だ。

一刀はそう考えていた。

 

そして、竜鳳の軍師は「天のお告げ」を全て聞かなくても、具体的な戦略を組み立てる事が出来た。

やはり、呉とは、この際だけでも連合するのが最善と結論していた………。

 

……。

 

…華琳の発した檄文に続き、どうやって繋ぎを付けたか?

星の元に稟と風から届け物が在った。

名剣「青釭」を収める鞘(さや)や背負う為の佩紐(おびひも)である。

添えられた手紙には、彼女らの主君が如何に「長坂」で感嘆し評価したかが、臆面(おくめん)も無く認(したた)められていた。

 

星も苦笑しつつ其の手紙を軍議の席に提出したが、実はさり気無げにとんでもないことが書き添えられていた。

 

蛍の母親が曹魏軍に保護されていた。

「やっぱり」

「ご主人様は、ご存知でしたか?」

桃香が振り返った。素直に蛍の心配をしている。

「“天の御遣い”だからな。

ここは蛍自身に任せよう。義理堅い蛍が、俺たちの不利になるような事はしないと思うよ。

ただし、蛍はお母さんと一緒に、出来るだけ早く戦いに巻き込まれない様に避難すべきだと思う」

 

蛍は決断した。

だがしかし、せめてもの置き土産と思ったか、手紙を持ってきた使者から、母親の心配をする振りをして、この孝行娘には振りばかりでも無かっただろうが、聞き出せるだけの事を聞きだした。

その中には、やがて重要と成って来る情報が含まれていた。

曹魏軍の兵士たちの病状、とかである。

 

名残惜しげに、それでも現状での精1杯の見送りを受けて蛍が出立するのと、丁度入れ違いの様に魯粛(真名包)が蜀軍を訪問した。

 

包とてこの時代の外交官である。

蜀と連合して魏と戦うなら戦うで、例えば荊州、少なくとも旧劉表勢力の勢力圏は呉に占領させたいと思っていた。

まあ、蜀と分け取りぐらいは交渉の余地在りと考えている。

何れにせよ、現在の孫呉の勢力圏は最低でも防衛しなければ成らない。

その為に蜀軍が役立つかどうか。それを見極める事が重要だった。

蜀軍の方でも、呉が魏と戦うのなら連合の意味は在る、と結論は出ていた。

だがしかし、包1人の承諾で連合までは出来ない。決断するのは蓮華なのだ。

 

竜鳳は行動を決意した。

「魯子敬どのと一緒に、呉へ行かせて下さい」

洞庭湖から北の長江両岸は、雲夢大沢(うんぼうだいたく)と呼ばれる、山林藪沢(さんりんそうたく)も名高い大湿原である。

荊州出身者が同志に多い蜀軍は、前回の荊州南部侵掠にしろ今回の退却にしろ、さほど難しくなく長江から洞庭湖に入れたが、北方出身者が主導権を持つ魏軍は見事に迷子に成っていた。

道案内の「旧」劉表軍とも逸(はぐ)れて、湿原を迷走してしまった。

孫呉の拠点。建業。

包が蜀の竜鳳を連れて戻った時点で、尚も大激論が続いていた。

 

だがしかし、竜鳳の軍師は、あえて其の論戦に加わろうとしなかった。

却って、

「連合を説得に来たんじゃ無いのか?」

と、包の方がいぶかしんだ。

雲夢湿原をやっと抜けた魏軍は、その東側の出口付近で長江北岸の烏林に停止した。

補給の問題とかでは無い。江陵から長江の水運で支援されているのだから。

では、何が起こっていたのか?

 

北郷一刀が三国志ファンでも、現代先進国の医療事情の中で言わばヌクヌク育った、しかも未だ学生の経験しか無くては想像出来なかったかも知れない。

 

英雄でもある名将、知略優秀な軍師といえども、敵より先に見えない病と戦わなければ成らなかった。

それが歴史に成るのはWWⅡの最中のアメリカで、ペニシリンが大量生産されてからである。

20世紀のWWⅠですら、インフルエンザの感染爆発に因って、戦死と戦災死に倍する以上の病死者が出ているのだ。

 

広い中国の他の地方出身で、まったく免疫が例え等では無く本当に医学的に無い、そんな者にとっての雲夢湿原は、悪病の魔物がひしめく「ダンジョン」に他ならなかった。

遂に「水軍基地」を一旦、離れた冥琳が御前会議の場に姿を現した。

「曹操の檄文はハッタリです」

冥琳は断言した。

「許昌から連れて来た大軍も、今は20万も居ません。

しかも、その過半は降伏させたばかりの河北から引き抜いた兵です。

その上に慣れない南方の水辺で、今頃は風土病にかかって戦力を失っておりましょう。

(本当にそう見抜いていたのか?事実はそうだったのだが)

他には、これも降伏させたばかりの荊州兵が数万。

このような敵を恐れる必要は在りません。

わが、孫呉の精鋭をこの周公瑾にお預け下されば、確実に撃滅して見せましょう」

 

蜀の竜鳳は議場の隅で頷き合っていた。

周瑜の主君は、孫権以前に孫策であると言える。

その孫策なら、主君自ら同じ事を宣言しているだろう。

だから、周瑜がこう言うだろう事は予想出来た。

 

よそ者の彼女たちでも理解出来る事だ。

案の定、降伏派の列席者の中でも重臣である、張昭(真名雷火)が冥琳に噛み付いてしまった。

 

ここで、蓮華が休憩を命令した。

只、退出する部下たちの中で、さりげなく包だけが出遅れていた。

その包を主君が呼び止めるのを蜀の竜鳳が見止めていた。

 

「包。私には、どちらも理が在る様にも思えてしまうのだけど」

「私や冥琳どののような、この江東の名士でもあり名家豪族でもある出身ならば、曹操は其れなりに待遇してくれるでしょう。

また、有能な人材とか有益な人物とかなら、元は敵の部下であっても寛容の様ですし。

ですが、貴女様はそうは参りません」

 

「我が“孫家”は、母が江賊退治から成り上がった、名士でも名家でもない出身だからか」

「そればかりではありません。

敵の国主であるからこそ、その待遇は寛容ばかりでは決められないのです。

姉上様に対する袁術の待遇の失敗は、おそらく曹操は繰り返さないでしょう」

包の予測は蓮華に何事かを考えさせた………。

 

……。

 

…会議は再開された。ここで初めて蓮華は蜀から来た軍師に発言させた。

「全ては簡単明快です。

孫呉の武力で曹魏軍に勝てないと御思いでしたら、降伏されるのは当然です。

我が蜀は蜀の意志で戦います。

呉は孫太守のご意志で、戦うも降伏されるも御決断下さい」

 

それは其の通りである。確かに、只それだけの問題なのだ。

ただし、蓮華の「キャラクター」と冥琳の進言や包の言葉に対する反応が重なった処へ、こう決断を迫ったのは竜鳳の軍師ならではの「タイミング」だった。

 

蓮華は「南海覇王」の愛剣を抜き放つと、華琳の檄文を持って来させた。

持って来られた書状が、目前の卓(つくえ)に乗せられると「南海覇王」を振りかぶり、卓ごと書状を真っ2つにしてしまった。

抜き身を手にしたまま部下たちを振り返る。

「これが曹操に対する返答だ!もう2度と降伏などとは主張するな!!」

曹魏軍は烏林で完全に停止してしまった。

軍中においての、悪病の蔓延(まんえん)は、もはやこれ以上の進軍を許さなくなってしまったのだ。

 

華琳と部下たちは、やむなく烏林に布陣して取り敢えず守備を固める事にした。

長江の北岸を荊州水軍に守らせ、その後方の陸上に強固な陣地を構築する。

1見すれば油断も隙も無い防御戦術だった。

 

この時点で、対岸にあたる長江の南岸が何と言う地名で呼ばれているかまでは、関心を引かなかった。

長江は広い。北岸の烏林からは南岸は見えなかった。

その南岸が赤土を曝(さら)け出した断崖に成っている事等未だ知らない。

その景観ゆえに呼ばれている名等は。

そう「赤壁」と

蓮華から、改めて孫呉水軍を預けられた冥琳は長江を遡(さかのぼ)った。

いまだ、夏口に曹魏軍が到達していないことを知るや、夏口に立てこもる「旧」劉表軍は「スルー」して、更に遡る。

 

烏林に敵軍が布陣していることを確認すると、その対岸の南岸に自軍を集結させる決断を下した。

同時に蜀軍にも合同を呼びかける。

「赤壁にてお待ちする」




遂に「赤壁」の“地点”には到着しました。
これから、いよいよ「赤壁」へのCount Downが始まります。

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