簡雍酔夢   作:高島智明

48 / 50
実は「正史」だと、曹操や劉備は孫堅とほぼ同年代で、孫策や孫権そして周瑜や孔明は其の子供の世代でした。
当然、100戦して100勝して来たと形容出来る曹操とは、経験値に大差があって当然だったのです。
この「事実」が「赤壁」での油断に繋がった可能性は在ります。


第48席 赤壁水火(前編)100勝して不覚在り

「「降伏だ!降伏するぞ―!!」」

そう叫びながら、接近してくる船団。

だがしかし、華琳や其の側近が其処まで油断し切っている訳も無い。

水陣に招き入れる前で「臨検」を行う様に命令したのである。

只、水軍に直接命令は未だ出来ない。

荊州水軍ごと降伏してきた蔡瑁・張允を通じての命令に成ったのだが、危機感までは共有出来ていなかった。

名も無い中級指揮官に「臨検」の実施を任せてしまったのだ。

 

その中級指揮官は、ぶつぶつ言いながらも「駆逐艦」級の汎用船をホンの数隻、尤(もっと)も、大型の「主力艦」はどうせ動けなかったのだが、それだけ率いて水陣の外に出た。

そして、船団の先頭にいる大型の輸送船らしきものに接近したが、停船を命じる寸前で、ほぼ同じ「駆逐艦」級の快速船に割り込まれた。

先に其の「駆逐艦」に文句を付けようとした時、その舳先(へさき)に立ちふさがる美丈夫に気付いた。

夜の闇を通して。

「げえ?!関羽」

悲鳴を上げ終わる前に青龍偃月刀が引き裂いていた。

「黄公覆どの!参られよ」

愛紗の声がまるで導火線になった様に其の船は――爆発した………。

 

……。

 

…1隻又1隻と爆発炎上する大型船が、そのまま烏林の水陣へ突進して行く。

当然だが祭は完全に風上を選んでいた。

無論、寸前に祭たちは脱出している。

その無人となったまま突進する様に真艫(まとも)に風を帆に受けている。

その帆にまでも火炎は巻き込み始めたが尚も突進する。

 

これに対して、水陣からは矢の雨と言うより連弩の嵐と形容すべく反撃するが、例え海栗(うに)の様に矢を命中させても、こう成っては燃料を増やすだけだった。

やはり「苦肉の策」に気付くのが遅過ぎた。

 

遂に、水陣を形作る大型艦船に炎上船が衝突した。

そして、鉄鎖に繋がれたまま逃げようの無いままに、1隻又1隻と順に延焼して行く。

その惨状は、夜目であるだけに陸上の本営にある楼閣上からも明々と見えた。

「してやられたわ」

華琳は決断した。

炎上船から脱出した祭たちを収容し、同じ目的で追走して来たのだろう明命に引き渡して、さて、愛紗は魏軍の側を振り返った。

 

既に水陣の外側から、内部へ類焼しつつあり、火の粉は烏林の陸上まで飛び始めていた。

そして、闇の中から孫呉水軍の主力が迫り始めた。

烏林の陸上陣地を伝令と督戦が走り回り、病み上がりの兵たちを寝床から引きずり出して撤退を急がせる。

 

その間にも、水陣では延焼に類焼が続き、岸辺から陸上へも火炎は迫り続けた。

その火炎に呼応して上陸し追撃戦に移るべく、孫呉水軍の主力の陣頭に立つ冥琳は「タイミング」を見切ろうとしていた。

その冥琳に対して、撤退を急ぐ魏軍の動揺は隠せなかった。

遂に冥琳は烏林への上陸と総攻撃を命令した。

それでも、蔡瑁・張允は何とか消火するか、鎖を解いて船団を逃がすか、しようとしていたが遂には水陣の全体が殆ど1本の巨大な火柱と化してしまった。

荊州水軍の兵たちには水陣の外へ逃亡するか、焼死か溺死の3択を強制されるという事だった。

しかも、烏林の陸陣も既に炎上しており、その上、孫呉の総攻撃が始まりだしていた。

先陣を切って上陸した梨晏が後続の上陸の為に踏み止まっていると、冥琳の主力を追い抜かんばかりに上陸して来た1軍があった。

拠点の建業から駆けつけて来た蓮華の援軍である。

無論、蓮華は思春にしっかり護衛されていたが。

病み上がりが多い上に、撤退する背中から火と煙と呉軍に追い立てられている魏軍の兵士たちにとっては、もはや虐殺だった。

溺死が選択に入っていないだけで、水陣の荊州水軍よりマシとは言えるものでは無い。

 

その兵士たちを見捨てている事は承知で、華琳と側近の乙女たちは撤退の先頭で逃げていた。

あの兵士たちの仇をとる為にも、自分だけは生き残らなければ為らない。

その華琳の後を追走する魏軍と、その魏軍に襲い掛かる呉軍の中で、愛紗は赤兎馬を駆けさせていた。

確かに「天の御遣い」の「お告げ」に言う通り、ボロボロの落ち武者に成った曹操には情けをかけてしまうかもしれないが、今、この戦いの中でなら話は別だ。

そう考えて呉軍に混じって上陸していたのだが、乱戦の中で立ち塞がろうとする者が居た。

 

その相手の戦い方、馬の駆けさせ方に愛紗にも心当たりがあった。

「翠か蒲公英に似た流儀だな。では、龐徳か?」

確かに翡玉だった。

「翠も蒲公英も蜀軍に居る。曹操に仕える理由は在るまい」

「それを承知で某(それがし)を信じて下さった其の恩義には報いねば為らん」

「では、手加減は情けでは無い!」

 

だだがしかし、翠なら愛紗と互角に戦えただろうが、翡玉では翠のLVには達していなかった。

それに、涼州兵の強さは騎兵としての強さである。愛紗は赤兎馬に乗っていた。

結局、赤兎馬ごと体当たりされ、堤防から長江に叩き落されてしまった。

「翠や蒲公英に恨まれるまでもあるまい。それに、これで都合が好かったかもな」

曹操に情けをかける理由のない翠が、万に1つ躊躇う場合があるとしたら、翡玉が出てきた時だったろう。

尚も火炎地獄の続く烏林を後に、ようやっと雲夢湿原の手前まで逃げて来た。

振り返るまでも無い。背後からの灯りが行く手の湿原を照らし、断末魔が聞こえて来る。

 

本来、情熱的な詩人の華琳だが、その感情を振り切る様に愛馬「絶影」を進めようとした。

だがしかし、

「蜀の「五虎大将」がうち3の剣、趙雲子龍。見参―ん」

名剣「青釭」を抜き放ち星が追い縋って来た。

 

「ここで蜀に首を取られたりはしないわ!」

星の出現に逆に勇気を駆り立てられた様に、華琳は前方の雲夢湿原へと絶影を走らせた。

烏林の岸辺を、陸上を焼き尽くさんばかりの猛火は、上昇気流を呼び長江や雲夢湿原の水蒸気を巻き込んで、今度は夜空が落ちて来るばかりの大雨が降り注いだ。

 

その豪雨が湿原を更に柔らかくし、道を水没させ、夜の闇を深くさせて、何時もよりも尚、恐るべき「ダンジョン」に変えてしまい、ようやく火炎と呉軍から逃走してきた魏兵を消失させていった………。

 

……。

 

…だがしかし、明けない夜も、やまない雨も無い。

雨上がりの夜明けを、華琳と側近たちはトボトボ進んでいた。

けれども、夜明けと雨上がりは華琳たちに安心をもたらすとともに、どうしても前進する気力をうばっていた。

 

遂に、湿原の中でやや開けた乾いた場所で休憩を取る事にした。

周辺は山林藪沢だから薪には困らない。焚き火を起こし雨に打たれた衣装を乾燥させる。

流石に乙女たちだから、その火に架けた衣装を周囲にめぐらせて幔幕(まんまく)の様にした。

何頭かの馬が潰れてしまったため、解体して食事にした。

何時しか、まったりと寛(くつろ)いでいたが、それに気付いた華琳は愕然(がくぜん)とした。

 

「孫子」(その七)「軍争篇」は、敵の気力を奪っておいて、勝て。と説く。

そのための数種類の手段を列記すらする。

まさしく、その状態にハマっている?!

 

「蜀の「五虎大将」がうち2の矛、張飛益徳!曹操―ここまでなのだ―!!」

 

ショック死する兵が出ても当然だったろう。それほど最悪だった。

それでも華琳を逃がさなければ為らない。

絶影に飛び乗った華琳を側近たちが囲む様にして鈴々から離れようとする。

その円陣から1騎が飛び出した。霞だった。

続こうとする真桜を凪と沙和が引き止める。今は華琳を逃がす事が優先だ。

 

「何だ?愛紗のマネか―」

なるほど、霞の得物は愛紗と同じ青龍偃月刀だが、

「愛紗より弱いのだ」

例え、霞が「ベスト」の状態でも、鈴々や愛紗以上のLVとなれば恋ぐらいだろう。

しかも「ベスト」どころか、元々が文官の桂花や稟、風たちなどは絶影に付いて行くだけで力1杯の有様だ。

霞だって消耗していない筈が無い。

そんな状態で鈴々と戦うこと自体、自殺行為だとは承知の上だった。

それでも、華琳を逃がす時間を作ろうと、防戦優先で引き延ばしていた。

 

「面倒なのだ―。曹操が逃げるのだ―」

1丈8尺(4m40cm)の長さ1杯に蛇矛を振り回して霞を追い払おうとしたが、その手元に「飛翔体」が飛び込んで来た。

蛇矛を逆に振り直して「飛翔体」を打ち落とす。

「身を張って、華琳様を逃がすのは此の“悪来”の役目だ!!」

“デンジヨーヨー”を巻き戻して、再び流琉が投げ付ける。

 

“ヨーヨー”の特長は、刀や矛よりも射程が長く、巻き戻しては投げられる事。

その長射程からの連続攻撃に対して鈴々は、飛んで来る度に打ち落としては突撃して行く。

遂に、蛇矛の有効範囲に捕らえた、その寸前で今度は流琉を支援する様に矢が飛んで来た。

 

元々、草原の民である涼州兵は騎兵だけでなく弓兵としても優秀だ。

恋の「方天画戟」とか、霞の偃月刀が目立っていても。

霞の狙いは正確だ。少なくとも、鈴々の出足を止める位には。

例え、鈴々の蛇矛に矢を叩き落とされようとも。

その間に、今度は流琉が“ヨーヨー”の射程1杯まで後退した。

道は塞がっていた。ものの見事とすら言って良い崖崩れで。

例え、疲れた兵を死なせるつもりで工事を命じても、開通する前に敵が追い付いて来るだろう。

したがって、華容山を越えるこの道は使用出来ない。

霞と流琉は交互に「援護射撃」しつつ、逐次、距離をとって、とうとう鈴々から逃げ切った。

 

「なんちゅうこった。うちら2人で逃げるのが精1杯やなんて」

状態が「ベスト」でなかったという、弁解は成立するにせよ。

「長坂で“1騎打ち”を華琳様が止めた訳やな。

あんな右にも左にもかわせん、2人がかりなんて論外な橋の上でなんて。ゾッとせんわ」

 

流琉も同意見だったが、華琳を追走する事が優先だった………。

 

……。

 

…その主君が、道が2つに分かれている場所まで引き返して来た。

事情を聞けば唖然とする。まさか?

 

通れる道は、華容山の麓を通る、もう片側は雲夢湿原になっている1本道。

それしか残っていない。

相手が周瑜や竜鳳たちでは、誘い込まれたかも知れない。

 

しかも、グダグダ説明するまでも無くボロボロの状態。

「ここで、関羽とかでも出て来たら、泣き付いて許して貰うしか無いわね」

それでも、この華容道さえ抜けてしまえば、未だ戦える。いや、大国に成った魏の優位に戻る筈だ。

「この曹操孟徳が覇道、未だ終わっては居ないわ」




とうとう、この「外史」が「正史」から動いていく、その時に成ってしまった様です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。