簡雍酔夢   作:高島智明

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今回は、閑話らしきものを1話挿入します。


第50席 翡翠めぐり会い

龐徳(真名翡玉)はやっとのことで、長江から這い上がった。

だが、自軍の陣地は、すでに地上も水上の船団も区別できないまでに炎上していた。

 

先刻の関羽も、見覚えの無い訳でも無い翡玉に気付くまで、何合か撃ち合った程の乱戦なのだ。

その何合かの間に首を取られなかっただけでも、好運だったのだろうか?

けれども、あの乱戦に今1度飛び込んでも、主君に追い付ける希望は少ない。

現在の主君である曹孟徳に報いる恩義が未だ在るなら……

翡玉を突き落とした蜀の将はと言えば、もはや魏軍を虐殺する呉軍を手伝うまでも無いとばかり、

自慢の「汗血馬」の馬首を返した………。

 

……。

 

…蜀軍の今回の基本戦術は、呉軍の火攻から逃れる曹魏軍の追撃である。

だが、近未来の戦略としては、勝利を得たら得たで、その勝利の分け前の奪い合いに成るのは見えていた。

その最初の奪い合いに成るのは、先ず間違い無く荊州江陵。

 

したがって、追撃戦の後は江陵城の包囲戦に移行しつつ再集結する。

孫呉軍と並んで、長江南岸の「赤壁」に布陣していた本営も、その積もりで出撃時に引き払っていた………。

 

……。

 

…竜鳳の軍師をしても、想像の斜め上を飛び去る現実というものがあり得るらしい。

愛紗が合流した時、江陵を包囲している筈の味方は既に入城していた。

城内に入った愛紗は、帳(とばり)越しに報告を行った。

 

ここ江陵が「旧」劉表軍の「水軍基地」だった時から、おそらくは荊州の「小皇帝」だった劉表のために設けられていたであろう、城奥の最も上等の部屋。

4面に帳がめぐらされた豪華な寝台。

 

その帳の中に、主君たちである北郷一刀と桃香そして曹操いや今や真名で呼ぶべきだろう華琳と共に3人で引き篭っていた。

その状態で、愛紗たちの報告を受けるという其の事が、今回は其のまま勝利を意味していた。

 

複雑きわまる内心を複雑きわまる態度と表情に表した愛紗が、他の文官・武将の溜まっている場所まで下がってくると、その中に翠と蒲公英を見つける事が出来た。

 

「そうか。翡玉が居たか」

「翡玉姉さまの事だから、呉軍の小船を1艘ぶん取って、魏軍へ帰ろうとする位はするよ」

蒲公英の予想の通りの行動を取った翡玉だったが、やはりと言うか、江陵の近くまで来てみると、周辺の岸辺には孫呉水軍が進軍して来ていた。

その水軍のスキにつけ込んで上陸し、おそらくは江陵城を包囲しているであろう呉軍か蜀軍のスキにつけ込んで入城する。

そのスキをうかがっている間に、突然、孫呉水軍の統制が乱れ始めた。

 

(…好機…)

まさか、孫呉水軍の総帥が憤慨のあまりに気絶した、とまでは想像し切れないまま、敵の混乱につけ込んで上陸した翡玉だったが、何故か包囲している筈の敵軍に会う事も無く入城出来た。

奇妙に違和感のある城内で、奇妙にしょんぼりした沙和に出くわした。

「于文則どの。貴女が無事ということは、丞相もおいでなのであろう。

ご無事に違い無かろう」

 

連れて行かれた帳の前で、翡玉は放心する思いだった。

 

いや、実際に記憶が途切れていた。次の記憶では、蒲公英に介抱されていた。

「翡玉姉さま。お久し振り」

敵味方に分かれていたことも、何事も無かっったかの様に蒲公英と隣の翠は翡玉に微笑んだ………。

 

……。

 

…草原が懐かしい。

現在、翠と蒲公英、更には馬休(真名鶸)と馬鉄(真名蒼)の馬姉妹そして翡玉の前方には、見慣れた涼州の草原が地平まで続いていた。

 

「揃って、涼州の草原に戻って来れるとはな……」

あの大会戦の直前には、むしろ想像の斜め上だった現状。

しかし「現状」では「旧」魏陣営から続いて、涼州に隣り合う「旧都」長安を守護する鍾元常の援軍に来ている。

涼州軍閥の生き残りである韓遂は、日本戦国における斎藤道三とか、宇喜多直家の前世であっても有り得るぐらい、したたかな反逆者である。

 

その韓遂にとって、これまでの状勢は、決して不満足でもなかった。

 

他の涼州軍閥である「旧」董卓軍も「旧」馬家軍も、曹魏軍などの中原の軍に敗れた。

その曹魏軍が「赤壁」で不覚を取った。

涼州を取る好機の筈だった。韓遂にしてみれば。

 

ところが、長安を守護する鍾元常の立場は、そのまま動揺せず、したがってつけ込むスキが無かった。

おまけに、その鍾元常の援軍として、馬姉妹に龐徳まで揃って来ている。

計算違いどころか、想像の斜め上を飛び去っていた。

 

結果として、韓遂は「羌」(ラマ仏教が伝来する以前のチベット系部族と推定されている)に亡命してしまった………。

 

……。

 

…玉門関。万里の長城の西の端であり、後漢帝国の西北の角。

この関門を預かる「郡太守格」としての駐屯は、翡玉の出身からすれば「故郷に錦」だった。

 

だが、翠と蒲公英は、名残惜しそうだった。

姉妹はこれから、基本的には帝都洛陽の「北宮」で生活する事に成る。

だがしかし、翡玉は笑顔で見送った。これが今生の別れでも無い。

現在での洛陽と玉門間との「距離」よりも、赤壁と烏林を隔てていた長江の幅の方が遠かった。

あの時の、お互いの立場では。

現在は、実測値としての距離が隔てるだけだった。

 

そう「天の御遣い」たちだけは知っていた。

「正史」に於ける龐徳の「悲劇」からすれば、これは「ハッピーエンド」なのだと。




ラストにて、少しだけ次話からのフライングが在った様です。
次話にて、いよいよ『恋姫』らしい展開が始まります。
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