簡雍酔夢   作:高島智明

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万能の天才と言うべき曹操は戦争、政治、文学と多方面に1人で功績を残し、更には酒造方式の「マニュアル」まで後世に残しました。
若き日“黄巾の乱以前”の県令時代に皇帝に献上した『九蒕春酒法』と呼ばれる酒造「マニュアル」は、現在の日本酒における「段掛け方式」という醸造法にまで受け継がれているとも言われます。


第51席 華琳酒歌 後宮の小ばなし(その1)

曹操陣営に皇帝が迎えられて以来、帝都だった許昌の丞相”だった”曹操(真名華琳)の公邸だった屋敷。

「天の御遣い」こと北郷一刀は其処に踏み込んでいた。

 

公邸に入ってきた一刀の姿を見て、屋敷の留守を預かっていた関係者たちがは如何にも複雑そうで微妙な態度と表情をした。

無理も無い。

片手に劉備こと桃香が抱き付いているのは理解出来ない訳でも無いが、もう片手には屋敷の主だった筈の華琳がぶら下がっている。

これでは、微妙な表情にも成りそうな光景だ。

 

その「3人」の後ろに御供しながら、俺こと簡雍は微笑と苦笑を隠すのに苦労していた。

前世は一刀同様に、1夫1妻が常識の「天の国」での普通の市民だったのだから。

 

その俺は、この頃にはすっかり、何時の間にか酒の味を覚えた一刀と飲み仲間の仲に成っていた。

一刀の方でも、乙女たちばかりの中に囲まれて、貴重な男仲間とでも思っている様だ。

まあ「聖フランチェスカ学園」でも「乙女の園」で、数少ない男友達との友情に重きを置いていた、とは”あの”「ゲーム」中でも印象出来ていた。

 

そんな、何時しか気安く話せる仲に成っていた同士の気安い話し方で声をかけた。

「これでは、曹魏軍も抵抗の気力が無く成りそうですな。

流石に奇策を思い付いた、と言うべきですか」

「これはだな」

「分かっていますよ。いや、その積もりでしたけど。

桃香みたいな可愛い素直な娘と子供まで作ったら、他の女に手を出すとも思わなかったんですけどね」

 

「それは「天の国」での話でしょう。向こうには「後宮」とかは、無いそうね」

「華琳さん(俺たちも真名を許されていた)には、驚かされますな。

むしろ、今までの貴女からは考えられない。魏の誰かは大号泣しただろうに」

俺は、あえて簡雍らしい遠慮の無い口をきいたが。

 

「あら、私は美しい女の子“も”好きだけど、地上の男全部がブ男だとも考えていなかったわよ。

私と共に覇道を歩む価値の無い男どもをブ男だと考えていただけ。

コイツは「天」から落ちて来た時よりは結構成長していたわ。

劉備が筵(むしろ)織りの小娘から成長するのに合わせてね。

でも、私の処に落ちて来て、私とともに成長させていなかったのが残念かしら」

 

桃香が珍しく、後宮のある国の王族であれば、はしたないと教育される様な河豚に成っていた。

こうした話は、さておいて。

「三国」の英雄と成れば、やはりヤボな用件といったものも在る。

 

現在、この許昌には皇帝が居る。

その皇帝の命令という形式で、以下の布告が発せられた。

「益州州牧劉玄徳に対し、丞相曹孟徳の職務代行を命ずる」

「丞相府に代わって、旧都洛陽の「北宮」を貸与する」

 

曹操の首を刎ねる、あるいは免職として新たに劉備を丞相にするよりも、間違い無く「スムーズ」に、丞相曹操の元で整備された官僚「システム」を、新しい主宰者の元に委譲出来る便法だった。

しかも、当人が「北宮」に囚われていれば。

後漢の「帝都」だった洛陽には「皇宮」と呼ぶべき宮殿が2つ在った。

主に「後宮」としての機能を受け持つ「北宮」と、それ以外の「官邸」と「公邸」の機能を持つ「南宮」の2つの宮殿が、直接に隣り合う事も無く城内に並存して居た。

 

それは、建前では「南宮」をその場とすべき国政が、何時しか「北宮」に移動していた後漢帝国の歴史を象徴するのかも知れない。

この場合「北宮」が「後宮」として周知であった事。これが政略上で大きい。

 

どういう方法で「蜀」が「魏」を飲み込み、その「王国」を1気に拡大したか、それを認識させる効果が在った

 

かつての「北宮」は、10常時と大将軍何進が共倒れした場であり、その際に火災にあっていた。

その後、少年皇帝が自らの後宮を持つ前に急死していた。

更に、その後を即位した少年皇帝の妹、歴史上は献帝と呼ばれる皇帝(真名白湯)が、曹操に迎えれれて許昌へと移動していた。

こうして、洛陽自体が「帝都」では無くなっていた為、荒れていても不思議の無い「北宮」だったが「後宮」である事の価値を、意外な「プロセス」から取り戻したのである。

そして、後漢が統一帝国だった時の「帝都」だった洛陽には、それだけの地理的、交通的な有利がある。

“董卓の乱”の際の戦災を免れたこともあって、都市機能や「インフラ」は温存されており、現在は許昌に奪われている繁栄を取り戻すことも可能だろう。

 

結局、許昌は予州潁川郡の地方軍閥の拠点だった。

今や、江東の「呉」と幾つかの弱小軍閥を除いて、ほぼ全国を接収しようとしている広域政権にとっては、洛陽を無視出来なかった。

 

残る問題としては、当面は許昌に皇帝を置き去りにする形に成る事。

だが今は、洛陽と許昌の距離などよりは遥かに広い勢力圏を接収しようとしていた。

「上手く考えたものだな。だがしかし、上手過ぎる」

とか言う者も居たが、竜鳳の軍師の考えでは上手く考え過ぎているからこそ、これを言い出した曹操いや華琳の降伏は本気だと考えていた。

それほど、竜鳳をしてもウラは見抜けず何処までも都合が好かった。

 

「愛紗は焼き餅なのだ」

「妹」に言われるまでも無く自覚出来ている。

「鈴々は、悔しくないのか」

「鈴々だって焼いているのだ」

これまで「天の御遣い」の寵愛(ちょうあい)を受けて来たのは、一刀とともに桃香を主君とする蜀の同志たちだった。

 

これからは、おそらく華琳が桃香に次ぐ「第2妃」となるだろう。

どうしても複雑な感情があった。

それでも、一刀や桃香と共に追いかけて来た理想に向って天下が収束しつつある。

理性では其れは理解出来ていた。

流石は後漢帝国の、しかも後宮に権力が移っていた、その後宮である。

規模自体の大きさから修復は大規模に成るが、全体の規模相当の修復で洛陽の「北宮」は後宮としての機能を取り戻しそうだった。

その修復工事が慌ただしく実施されるのと平行して「旧」曹魏勢力圏の接収の為の各部隊が出立して行った。

 

許昌を守備していた曹1族の武将が無抵抗で開城した結果、この先の接収は軍事行動では無く行政手続きの筈だった。

少なくとも建前では。

 

接収に当たる各部隊の人事は「旧」蜀と「旧」魏の出身が適当に混成されていた。

華琳1人、洛陽の「北宮」で「天の御遣い」に抱かれていれば其れで好い筈だった。

「董卓の乱」の後、月や詠は「メイド」であり続けて来た。

同様に「北宮」に入った後の華琳も、基本的に政務からは遠ざかっていたが、彼女が退屈などしている訳も無い。

修復中の「北宮」で土蔵を確保すると『九蒕春酒法』の実験を始めていた………。

 

……。

 

…その酒蔵の中。

居るのは華琳本人に、護衛役であるとともに華琳が「食」に関係した何かを始めると「アシスタント」を務める流琉、そして「元」同僚たちが「接収」に立ち会う為に出立した後も華琳の側を離れない桂花の3人。

 

その桂花は、今だに「主君」の境遇に憤慨し、北郷一刀に対しての罵詈雑言、およそ百合百合な少女が「男」に対して思い付く限りの罵詈雑言を並べ立て続けていたが、華琳の方はといえば「利き酒」の合間に即興詩を歌っていた。

 

流石「魏武」の名を残す天才詩人でもある。

流琉や桂花を感動させていたが、その内容がまるでカナリアが人語で歌っているような恋歌だったのに又落涙する桂花だった。

 

落涙しつつ、尚も一刀を罵(ののし)っていたが、とばっちりが桃香にまで飛び始めた。

「大体、あんな無能者に「覇王」たる華琳様が…」

「“覇王”ね。そう名乗って「劉氏」の「無能者」を追い回していたのが昔も居たわね」

中華の歴史上、おそらくは最強かも知れない。

もしも同時代に恋や愛紗が居て赤兎馬に乗って挑戦しても、おそらくはあの「最強の覇王」だけは「別物」だ。

その「最強の覇王」と100戦すれば100回逃走した田舎侠客上がりの「無能者」。

中年ないしは初老の頃まで地方のケチな侠客でしかなかった其の「無能者」には、おそらくは個人としての魅力しか無かっただろう。

だがしかし、その魅力に引き寄せられた侠客の弟分や、敵からも寝返らせた部下たちに盛り立てられて最後の勝者と成った。

遂に皇帝にまで成り上がった、その祝いの席で自ら語ったと伝えられる。

 

有能か無能かならば、張良、蕭何、韓信と名指しした部下たちに自分は及ばない。と。

 

張良などは、華琳自身が桂花という軍師を得たとき、その例えにした程の名軍師。

 

その傑出した、自分より有能な部下たちを使いこなして天下を取った。と。

 

前漢の初代皇帝、高祖と諡(おくりな)された劉邦の事跡である。

「桃香(既にそう呼んでいる)は、高祖の子孫だと今は信じたくも成ったりするわ。

最初はね、何であんな無能者に愛紗や朱里がバカみたいに付いて行くのか、それが憎くすら成ったわ。

でもね。例えば、私自身が絶影より早く走る必要があったかしら。あの名馬を乗りこなす為に。

魅力だけの無能者は英雄に成れないなら“漢”王朝自体が無かったでしょうね」

 

桂花の頭が悪い筈は無い。

華琳の言いたい事は理解出来る。

けれども、納得出来るかは感情の問題でもある。

すっかり考え込んでしまった。

 

その「忠臣」を黙殺する様に、華琳は再び“恋”を歌いつつ酒を仕込んでいた。

そう、華琳は自分が恋をしていることを自覚し始め、そして、そんな自分を面白がり始めていた。

その「面白さ」を、酒とともに歌っていた。

北郷一刀と俺こと簡雍の会話。

「曹操、つまり「魏武」に“恋歌”が無いはず無いな。あれだけ情熱的な天才詩人に」

「ああ「天の国」まで伝わらなかっただけでしょう」

「どうせ、これから幾らでも聞かされる気がする」

「楽しみにしているんですね。“ご主人様”」

華琳は歌っていた。酒を歌い恋を歌う。

それも又、曹操孟徳だった。「覇王」であると同時に。




「後宮の小ばなし」と題しながら、色気の無い話に成ってしまったかも知れません。
それでも『恋姫』世界での『三国志演義』を、何とか辻褄が合うまで書いてしまう積もりです。

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