正式な名称は「正史」三国志の中の魏書・東夷伝・倭人条。
日本史が神話の形で伝えられている時代でもある「三国」時代の頃の、おそらくは日本についての第3者の視点で記述されている、と評価されています。
「あれが碣石(けっせき)山だ」
幽州の出身で各地を旅した星は、この名山を初めて見る訳では無い。
その星と風と3人で見聞の旅を続けていた稟は、だがしかし、碣石山を見るのは初めてだった。
風は見ている。その時には稟は黄河に近い魏城で療養していた。
そして、風とともに碣石山を見た「詩人」の歌った「歩出夏門行」を、星がメンマを片手に口ずさむと、稟と風に睨(にら)まれた。
その時、風は物見遊山で旅していたのでは無い。
華琳に従軍して袁紹勢力の残党を追って遠征していた。
この周辺までが、その時、曹魏軍が平定した勢力圏であり、現在の星は蜀の「5虎大将」の1人として、その勢力圏の接収に来たのであり、稟と風は「旧」魏から接収に立ち会いに来たのである。
ここから先は、遼東公孫氏という地方軍閥の勢力圏に成っている。
前回の華琳は遼東までは深入りと考えて、そう進言したのは稟でもあったが、遼東の手前で引き返した。
今回の星たちはどうするか?洛陽の「主君」の決断を仰ぐ間、待機していたのである。
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洛陽「北宮」
「なあ?華琳は此れで好いと思うかい」
「今の時点で、私が余計な口出しをしたら、その方がややこしくなるわよ」
確かにその通りではある。その意味では微妙な時期ではあった。
結局、竜鳳の軍師にも相談して、最後は北郷一刀と桃香の2人で決断した。
「華琳さんはいいですね。小さくて」
華琳は一刀の膝に乗っていた。
そんな事を言う桃香は一刀に寄り添って微笑んでいた。
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基本。遼東よりも長城に注意せよ。
前回の華琳も決断の根拠にした基本条件は変化するものでは無かった。
具体的な処置としては白蓮が幽州州牧に任命されて返り咲いた。
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「白馬長史」公孫賛の手強さは、遼東公孫氏も長城の向こう側の騎馬の民も経験済みだ。
その強敵を袁紹が滅ぼしてくれたとも言える。
華琳に追われた袁姉妹が遼東に逃げ込んだのも、そこを恩着せがましく振る舞っての事だった。
その白蓮が、袁紹よりも、曹操よりも巨大化した政権の後ろ盾で復帰すれば抑止力には成る筈だった。
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結果としては成り過ぎてしまった。
脅威を感じ過ぎた遼東公孫氏は(現代ならば中国・ロシア国境あたりのウスリー地方の)辺りの、森林の狩猟民族を引き込んで幽州を襲撃させる、という暴挙に出た。
これで、手を焼く辺境とでも思ってくれれば、手を引いてくれるとでも思ったか。
けれども、白蓮に加えて星、稟、風が揃っていては、地方軍閥には自殺行為だった。
たちまち、拠点の襄平城に追い込まれていた。
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「こうなると計算していたの?」
「はわわ…過大評価ですう」
「あうぅ…可能性が在るとは思っていましたけどぉ」
だがしかし、又1つ竜鳳の軍師の伝説が後世に残った。
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襄平を包囲中の白蓮たちの陣に倭国からの使節が出くわした。
倭国などの「東夷」にとっては「窓口」に成っている「中国」は遼東だったのだから、突発事態とも言い切れない。
むしろ、倭国側が上手な「タイミング」で来たというべきだろう。
稟と風が、洛陽に倭の使節を連れて行くべきだと進め、星も同意して説得した。
これからは、白蓮が幽州州牧として「窓口」に成るのだから。
*
現在の或(ある)いは当面の人事は、原則として「旧」蜀と「旧」魏の出身を適当に混成していたが、権力の移動を認識させる為には、譲って貰う必要のある「ポスト」は在った。
例えば「帝都」と皇帝を警備し、この拠点の治安を預かる役目を「旧」魏の「3人娘」に其のまま続けさせる事は出来ない。
洛陽と許昌に離れていれば猶更。
その為、許昌の警備責任者はは魏延(真名焔耶)と交代に成った。
そうした人事の中で、俺こと簡雍は適当な文官職と同時に「天の御遣い」の個人的な話相手の「ポジション」に収まった。
尤(もっと)も、一刀にはこの方が有り難かったかも知れない。
同性の、しかも何故か「天の国」の話が通じる話し相手というのは、今の北郷一刀の立場では愈々(いよいよ)貴重だった。
尤も俺は、何故話が通じるのか、という「真相」については未だ誤魔化していたが。
そんな俺と一刀の或る時の対話。
「史実の劉備は桃香みたいな「お人好し」じゃ無かった、なんて解釈をする作家や歴史家も居たけれど」
「そういう解釈をすればするほど、劉邦そっくりに成って行くんだよね。不思議な位」
「本当に御先祖だったんだろうな。やっぱり」
こういった「正史」がらみの話は、当人は論外としても、他に出来るものが居なかった。
また、同性の酒飲み仲間だから出来る話が在ったりする。
「”天の御遣い”様の趣味が分かりませんね」
「どういう意味?」
*
幽州州牧として白蓮は政務とか、長城の向こう側の騎馬の民の相手とかにしっかりと復帰し、星、稟、風は倭国の使節たちを伴って洛陽へ戻って来つつあった………。
……。
…洛陽「北宮」
倭の大使、難升米の1行は、真珠・青玉をはじめとする倭国の特産品を献上していた。
これまでは、つまり「黄巾の乱」から以後は遼東公孫氏が受け取って「帝都」には送っていなかったが、一刀や桃香たちは許昌の皇帝の元に今回の献上品を送り届け、そのかわり「倭の女王」卑弥呼に対して皇帝の名で「金印」を贈る約束をした。
この行為、すなわち周辺国の承認が行われるという事は、乱世が収束しつつある事を外にも中にも示す事に成る。
これに対して、倭の大使難升米は「皇帝」とは別に、この「北宮」の「主」にも献上品を差し出す積もりに成った。
2本足の献上品つまり「生口」をである。
「天の国」では奴隷の存在は否定されている。
(…受け取っておいて、解放してやっても好いか…)
「この生口どもは、歌舞音曲が中華の者並にしっかり仕込まれております。
巫女王であられる卑弥呼様が「まつりごと」(国事行為としての神道儀式)を行う際に、大いに役立ちました。
それをあえて献上致します事を、卑弥呼様からの好意と御思い下さい」
大使がこう口上して「実演」を始めた、言わば「5人囃子(ごにんばやし)」を見てみると同席する何人かには見覚えが在った………。
……。
…難升米が退出した後、残された生口は奴隷らしからぬ口を開いた。
「お笑いなさい、お笑いなさい。華琳さん」
「その積もりは無いわ。それに麗羽たちの今の「ご主人様」は、私で無くて「天の御遣い」よ」
*
「旧」袁紹勢力圏、冀州・青州・并州・幽州の4州は、曹魏に降伏したばかりで今度は蜀軍の接収を受けていた。
どうしても「忠誠心」が中途半端な状態だった処へ「旧主」袁姉妹が、蜀の劉備、魏の曹操同様に「天の御遣い」の「後宮」に入れられた、との知らせが届いた。
この情報は、黄河から長城にかけての人心と治安を安定させる効果は確かに在った。
*
邪馬台国。
女王卑弥呼はまだ若い、というより幼いとすら見えた。
後漢帝国の迷走に誘われる様に、30余の小国が何とか「バランス」を取っていた倭国は大乱と成った。
その乱を静める知恵を誰かが思いついた。
この未だ幼い、だがしかし「カリスマ」をそなえた巫女を女王に戴(いただ)き、平和と共存の象徴とする事を。
その女王に、個人としての魅力や巫女としての神秘性以外にも権威を付けたい。
この平和を続かせたい者は、そう思っていた。
その意味からも、中華の乱世は収束してくれる事を此処倭国でも願っていたのである。
*
「しかしですなあ、いよいよ趣味が分かりませんな。
鈴々に朱里、雛里。
そして、聞こえたら怖いが、華琳さんに、今度は美羽ちゃんでしょう」
俺こと簡雍が酒のせいにしつつ言うセリフに、北郷一刀が反問した。
「何を指折り数えているんだ?」
「いや、そういう趣味で1貫しているなら、まだ理解出来るんだけど。
例えば、鈴々と愛紗とか、美羽ちゃんと麗羽さんとか、姉妹丼で喰ってしまうし、オマケに1番最初に孕ませた、そして今でも1番らしいのが桃香だから。
「ご主人様」の趣味は分裂してすらいるんじゃ無いですか」
「だから俺は「ロリ」なんかじゃ無い。実際、ああいうのを見れば…」
思わず指差してしまったのは、お約束か。
「ほう、お館様。何の御用じゃな」
桔梗だった。
「いや、コホン。桔梗の方こそ何か用かい」
「呉から使者じゃ」
*
蓮華の名で来た使者は穏だった。
軍師クラスの文官だから使者に成ったこと自体は問題では無い。
ただ、シャオとの「密談」の許可を求めた。
(…朱里のお兄さんとかじゃ無いのは、女の子同士の話が在るのかな?…)
一刀の顔に、そう書いて在りそうだった。
*
「もう~小蓮様は~「天の御遣い」様の御寵愛を受けられたのですか~?」
「(…赤…)」
「そうですね~そうかも知れませんね~」
「何が言いたいんだよ―」
「いえ~今の呉の国主は蓮華様ですから~。
蓮華様で無いと~曹操さんや~袁紹さんの様にはいかないです~」
「?!?!」
「華容道で~曹操さんが~こういう侵掠の仕方もあり~と示してしまいましたから~。
それで無くとも~あの「天の御使い」様には~残しているのは我が孫呉だけ~ですから~
大変なんですよ~冥琳さんなんか~
呉の国とか~蓮華様がそんな事に成ったら~自分で首を刎ねても雪蓮様に合わす顔が無いとか~
いっそ~錯乱とかでも出来た方が~気が楽に成りそうで~傍で見ているのも気の毒な位で~」
穏の言葉は、楽天的な筈のシャオをも考え込ませた………。
……。
…深夜、穏が「北宮」から洛陽城内の宿舎に引き取った後、シャオは1人南の空を見上げていた。
シャオには分かんないよ。冥琳はどうしたいの?
『恋姫』ファンの中でも「呉」ファン、特に冥琳のファンの方には申し訳在りません。
確かに、少し苛め過ぎているでしょうか。