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美周朗
「原典」『三国志演義』における周瑜は、こう呼ばれるほどの今日でいう“イケメン”であり、極めて「“カッコイィ”キャラクター」として描かれます。
そして、それ故に其の悲劇がより悲劇的に描かれます。
呉から陸遜が使者に来て以来のシャオの態度について、北郷一刀には心当たりがあった。
俺こと簡雍にも内心では。
「赤壁」で歴史が改変されても、まだ「天の御遣い」の知識が全て無価値に成った訳でも無い。
むしろ、この「改変」で「正史」以上に追い込まれているであろう、その人物の心当たりが在ったのだ。
「やっぱり周瑜だろうか」
一刀は、俺に言うとも、自分の考えを確かめ様とするかの様にとも言葉を発した。
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呉の建業。
冥琳と魯粛(真名包(ぱお))は主君である蓮華の御前で論戦に成っていた。
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洛陽「北宮」
「周瑜と孫策の間に結ばれた「断金の絆」
『演義』では「桃園の誓い」とか「3顧の礼」とかの陰に隠れがちだけど……」
「天の御遣い」の言葉が続く。
確かに、絆の強さでは決して劣らなかっただろう。
けれども、その絆の強さが周瑜の悲劇の始まりだった。
そうだ。
周瑜は何処までも「断金の誓い」のままに、孫策の「弟」である孫権に天下を取らせようとした。
その為には魏も蜀も最終的には倒すべき障害だったろう。だけど、その主君である孫権も……
それに、自分自身に何かあれば、代わって孫権を補佐して欲しいとまで期待した同志である魯粛もだった。
江東の地方政権を維持する事を優先とし、維持した上での着実な勢力拡大を目指していた。
その為には、孔明の「天下3分」の策をすら利用しようとした。
それに対して、周瑜は「3分」では無く「2分」を主張した。
“当時はまだ”蜀に手が届いて居なかった劉備を出し抜いて、呉と魏で天下を「2分」する。
次いで、今度こそ天下を賭けて、呉と魏が決戦する。
それこそが、周瑜の主張であり孫権や魯粛に対しても引こうとしなかった筈だ。
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呉の建業。冥琳は断言していた。
「今ならば好機です。ですが、この好機を見逃せば孫呉の安泰すら在り得なく成りましょう」
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洛陽「北宮」
「そして周瑜は」
前面の敵だけで無く、後方の味方からまで孤立してでも、蜀をそして魏を倒すべく出陣する、その直前に倒れた。
憤慨しつつの死だった。
当面は「天下3分」で、それぞれの主君を補佐する戦略を1致させていた魯粛と孔明が、密約するか、結託して死に追いやった等という、そんな説を唱える歴史家まで居るが。
「まさか”この”世界の朱里が、そこまで黒くは無いだろう」
「それはそうでしょうな」
俺こと簡雍の同意の意味を、どれだけ一刀は深読みしたか、更に「天のお告げ」は続く。
それだけ、周瑜が追い詰められていて、死んだのは「史実」だ。
通説通り、戦場の傷が元での病死でも其処まで無理をして戦っていたのは間違い無いし、解釈によっては、自殺も同然、あるいは孔明と魯粛と孫権に裏切られて、死なされたのも同然とも解釈出来る死に方だった。
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呉の建業。
遂に、冥琳は蓮華を説き伏せていた。
「分かった。全軍の指揮を預ける。ただし、孫呉の命運がかかっている事は忘れるな」
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洛陽「北宮」
「天の御遣い」の「お告げ」が続く。
“この”世界の周瑜が「正史」以上に追い込まれた心境になる理由は在り得る。
未だ「正史」では、魏も蜀も実は「3分」を完成するまでは到達しては居なかったから、付け込む隙も在った。
だがしかし、今や江東の呉をほとんど1つ残してほぼ天下を制圧されつつある、大き過ぎる敵が相手なんだ。
「それだけでも無いでしょうな。個人的には」
俺は、あえて指摘した。一刀に「正体」を疑われる危険を冒して。
何せ真の敵は、今や劉備でも曹操でも無く「天の御遣い」ですから。
この「天の御遣い」たるや、例えば孫権の首を取るかわりに、例えシャオちゃんが「天の国」で言う「ロリ」だろうが、姉妹で喰ってしまうような「鬼畜」と周瑜には思われているでしょう。
周瑜にしてみれば想像するだけで、自分の首を刎ねて孫策に謝りたい処でしょうな………
………落ち込んでいる余裕もないかも知れんですぞ。
真面目な話で“そういう結果”に成るか、それとも「天の御遣い」と此の「北宮」の女の子たちが首に成るか、2択の勝負を挑んでくる積もりじゃ無いのですか。
向こうさんは。
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出撃軍の編成を急ぐ。実は其の編成に秘策が潜んでいた。
建業を出撃する時点では、全軍の陣頭に冥琳が立っているとも見せる。
だがしかし、実際の編成は……
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例え「天のお告げ」が無くとも、この乱世を勝ち上がって来た軍師たちが情報や情勢に不注意な訳が無かった。
現時点で「北宮」に残留していた軍師、武将が集まっての軍議が開催されていた。
その席上、流石に竜鳳の軍師は、ほぼ孫呉軍の戦略をかなりの正確度で読み取っていた。
現在の情勢、そして、あくまで孫呉の天下を諦めていないという、その目的。
それらを兵法に当てはめる。この場合、敵将が優秀であるだけに最良の選択をする確率が高い。
だから、ある意味では、その戦略を読み取る事自体は可能だ。
こうして、敵の戦略が読み取れれば、その延長でこちらの対応策及びおそらくは敵が目を付けているであろう、こちらの問題点も浮かび上がる。
おそらくは、周瑜との決戦場は荊州江陵。
浮かんで来た問題は派遣する人材だった。
現に、この軍議の場にも欠席が目立つ。
各地方の接収、その後の「安定化」の為の任務で出払っている。
そして、安定するまでは最も中枢となる面々である一刀と桃香、愛紗、鈴々、朱里、雛里や、最重要の「人質」である華琳、麗羽、美羽は、この洛陽「北宮」から動かせない。
こう成ると、派遣出来る武将、軍師は陣容的にギリギリだった。
この為、通常ならば後方部隊の采配に徹している俺こと簡雍が従軍を申し出ても以外とは思われなかった。
「旧」魏軍からも兵や武将を動員しなければ成らない現状では、桃香や一刀に近い「お目付け役」を従軍させるのは、むしろ自然だった。
その条件下で、曹仁(真名華侖)曹洪(真名栄華)曹純(真名柳琳)といった曹の姓を持つ「旧」魏の将たちが出陣を認められた。
「お目付け役」は付くのだし、華琳は「人質」に取ってあるのだし問題は無し、とされた。
俺は心中で思っていた。
(…この戦略(予想)からすると「正史」の方へ、又近付けようとしているみたいだ…)
確か「正史」でも、周瑜の最後の戦いの相手は曹の姓を持つ魏の将だった。
周瑜は「正史」通りの悲劇を辿ってしまうのか?
この、もう既に改変されている”この”歴史の中で。
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孫呉の拠点、建業。
冥琳が陣頭に立ち孫呉水軍は出撃した。赤壁以来の全力出撃である。
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荊州江陵城。
「旧」劉表政権以来の荊州水軍の「基地」であり、孫呉が江東から勢力を拡大する場合、最初に確保すべき要地。
したがって、冥琳も江陵を攻撃せざるを得ないのだが、孫呉軍が包囲するのと前後して洛陽からの急援軍が到着して戦線はとりあえず膠着した。
しかし、孫呉軍は、実は「2個師団」に分割されていた。
穏と亞莎が預かる「第2師団」は1気に長江溯(さかのぼ)り、益州そして其の只1つといっていい出入り口である三峡渓谷を目指していた。
これが冥琳の秘策だった。
現在の敵は、江東を除く天下の大部分を得た形だが、荊州より北は曹魏の降伏にしたがって接収したばかり。
黄河以北に至っては、その曹魏に対しても袁家勢力から降伏したばかりで、又も降伏したのだ。
「赤壁」以前の従来の勢力圏と同様の信頼度で統治出来ているとするには早過ぎる。
この状態で本来の蜀の拠点である益州を失う、最低でも洛陽との連絡を切断してしまえば、根を断ち切られた花も同然だろう。
けれども、その為には最低でも江陵と三峡の2ケ所を占領する必要が在った。
逆に言えば、今ならこの2ケ所を占領するだけでも充分に大打撃を与えられる。
そして、余りに急膨張した勢力圏の接収の為、この弱点を守る兵力や人材が空洞化している事も計算していた。
まさに、今が好機だった。孫呉が尚も天下を狙うなら。今しか無いとも冥琳には思えていた。
偶然なのか、必然だったのか?冥琳が穏を三峡に向わせたのは。
「正史」で「天下3分の策」を挫折させ、劉備本人にもトドメをさす大敗の舞台と成ったのが、この三峡周辺。
その相手が陸遜だった。
だが「今」の穏の前に待っている相手は「正史」の蜀とは様々な条件が改変され過ぎていた。
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孫呉の拠点である建業。
所属する陣営に関わらず切れることの無い、それゆえに外交官としての価値も在るのだが「名士」同士の「ネットワーク」を通じて包に通報がされていた。
「天の御遣い」を存在させている向こう側では、今回の出兵すら待ち受けている?
やはり、これが「天命」なのか?
「美周朗よ。貴女の「断金の誓い」は、同日に死す盟約だった方が、幸福だったかも知れない。
私は私の信念で、現在の主君への忠誠を貫くしか無い」
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荊州江陵の城外。
攻囲する冥琳の孫呉軍を牽制するように布陣した、俺こと簡雍の従軍する救援軍。その本営。
(…これが「正史」の報復なら、俺や北郷ではなく、貴女に被って貰うのは不条理だろうが…)
俺は、心中で思っていた。
だがしかし、今更「正史」より早く終わってくれる筈の、乱世に戻って貰う訳にはいかない。
野望の時代は、もう終わりだ。
最後における周瑜の無念。
おそらく「正史」では「五丈原」での孔明が誰より理解出来ていたでしょう。
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