こうした言い回しは、歴史上に何回か登場します。
『三国志』関係だと、劉備が蜀の国を侵掠したとき、あるいは曹丕(曹操の後継者)が後漢を簒奪したとき、前王を殺しこそしませんでしたが、その身柄は都から追放しました。
その時、決断を迫る臣下が此の様に言ったと伝えられます。
南華老仙
『演義』での張「兄弟」は南華老仙の教えで道術を身に付け、教団としての「黄巾」を作り上げたとされています。
そこで『恋姫』世界での南華は名人「プロデューサー」として登場出来ないか、と考えてみました。
北郷一刀は俺こと簡雍と連れ立って『数え役萬☆しすたぁず』の「コンサート」にやって来ていた。
同性で年齢の近い友人同士が、こういった行動をするのは「天の国」なら、別に珍しい事では無い。
その意味も無い訳では無かったが、それだけで動ける立場でも無い事も確かだった。
この「天の御遣い」は時々、その点でアヤしい行動もするが。
そういった当てが、俺以外に見当たらないことも確かだった。
「俺が落ちて来た時は、もう「黄巾の乱」は始まっていたからな」
一刀はそんなことを言う。
「そうですね。「天の御遣い」様は”こんさあと”を真面に見ていないんじゃ無いでしょう」
一刀には確かめたい事が在ったのである。そして、確かめられた。
やはりこの「コンサート」は「天の国」のものに似過ぎていていた。
「俺たちみたいな、誰かが関係しているんだろうか。『演義』ならば南華老仙だろうけれど」
直接の疑問だけは、あっさりと解ける事になった。
『しすたぁず』の「マネージャー」らしきもの、無論もう「黄巾」は巻いていない、がやって来て舞台裏へ案内された。
そこに待っていた「怪人物」。
『しすたぁず』が上座に座らせていた、その人物を「南華老師です」と紹介された………。
……。
…今度は「南華」に会場から連れ出され、適当な飯店に落ち着いていた。
「お前はいったい?何を企(たくら)んで来たんだ」
一刀に見覚えがある謎の美女。
ある時は「貂蝉」を名乗り「天のお告げ」を先に立って導くように振る舞い、又、華佗を乙女たちを救う様に導いたのも彼女らしい。
それが「南華老仙」でもあるらしいとは、どういう事だ?
「私が黄巾の乱に関わっていたか、どうかは、貴方たちも知っているわよね」
「確かにな」
『演義』の「南華老仙」も、張角に道術を授けた時は「世の為人の為」と教え、乱の最中に病に倒れた張角には自分の教えに背いた為の「天罰」と宣告した。
「私はあの娘たちを「プロデュース」しただけよ。だけど、変なやつらがまわりをウロウロして」
「それはそうだろうな。だが、お前は知っている。
俺が『三国志』を知っている以上に“この”世界を知っている。
そのお前が「南華」を名乗って張角たちを教えたのは、ワザとじゃないのか」
「そうよねえ。そうして「外史」が始まったわね」
「“外史”とは何なんだ?そして、お前は何をして来たんだ」
「私はね、この「世界」で懸命に生きている、あの子たちを見守ってきただけ。
天和ちゃんたちもそう、桃香ちゃんたちも、華琳ちゃんたちも、雪蓮ちゃんたちもそう。
そして、あの子たちを守るのは「天の御遣い」の役目かもね」
「俺に何をさせる積もりなんだ」
「それこそ「天命」が決める事。そして、貴方が後悔しないようにする事」
結局のところ、水鏡先生の「好々」並にあしらわれてしまった。
*
『三国志』は「南華」に始まって、司馬仲達が終える。
いわば「皇帝官房」だから、皇帝に提出される公式文書は司馬仲達が作成する。
その仲達から提出された文書に、未だ少女の皇帝は驚愕した。
『天に二日無く、地に二王無し。又、民にも二王無し』
そう始まる文書には、この帝国の現状が率直に、全く率直としか形容出来ない程、率直に書かれていた。
その上で、聡明なる決断を、と結んであった。
その「聡明なる決断」が何を意味するかは、これだけ率直な文書からすら理解出来ない程、愚かでも幼過ぎも無い。
その周囲に居る者たち、前回、洛陽から許昌へ、そして今回、許昌から洛陽へと、したがった臣下たち、又「10常侍」事件から時が経(た)てば、皇帝の周囲に宦官や女官が居ない訳も無いが、そうした皇帝が個人的に相談出来る者たちも、皆、反対する意見は出さなかった。
出せなかったのである。
「董承事件」の記憶が薄れるどころか、その後の展開は今回の文書の如くであった。
*
「何だよ?これ」
司馬仲達が皇帝の使者として「北宮」に齎(もたら)した、その「皇帝の意思」は、今度は北郷一刀を困惑させていた。
「禅譲(ぜんじょう)の御意(ぎょい)にございます」
「それ位は分かる。だけど、漢王朝の“お姫様”の桃香なら兎も角(ともかく)」
「分かってないわよ」
雪蓮と華琳が、見かねたように口を出した。
「あなたは「三国」の「国主」の上に立っているのよ。今は既に」
*
禅譲
天命を失った事を自覚した前王朝の皇帝が、自ら新たな皇帝にその地位を譲(ゆず)る。
中華の王朝交代では、武力で前王朝を倒す「放伐」より正統とされた。
それゆえに歴代王朝は、実質は「簒奪」であっても、禅譲の形式に拘った。
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今度は、仲達の報告を聞いて皇帝の方が困惑した。
元来「正史」の「禅譲」の形式では、最終的に皇帝を譲るまでに、何段階かの様々な『栄誉』が贈られる。
その1段階ごとに、2度以上辞退しては「現」皇帝の方が強く希望したという理由付けがされ、3度目に「仕方なくして」受ける、といった形式が順に踏まれて繰り返されて行く。
だから、最初の使者でいきなり皇帝を受諾する事は形式からも在り得なかったのだが「天の御遣い」からの返答は“形式”上の辞退どころか、はっきりした拒絶、
いや、“無かった事にしたい”という意味の、はっきり黙殺と「明言」しての「黙殺」だった。
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この何段階かの栄誉のうちの、最初の1段階目を曹操が獲得した時「王佐の才」と呼ばれた自らの軍師を失った。
軍師は主君に「簒奪者」の汚名を避けるように諫め、主君はそれに「無視」で答えた。
そして、悲劇は起こった。
「正史」では、そう記録されていた。
*
だから、桂花が決意を固めた態度でやってきた時、一刀は非難される覚悟は実は出来ていた。
それでなくとも、華琳に手を出して以来、殆ど罵詈雑言(ばりぞうごん)をぶつけられていたのだから。
だから、逆に相手の科白が信じられなかった。
「天に二日無し」
絶句してしまった一刀の代わりに、丁度、寄り添っていた桃香が聞き返した位だった。
「そうよ。私たちは華琳様こそ、日輪と信じた。その日輪を支えようとした。
でも、その華琳様が、自らを差し出してしまったのよ。
その責任を取りなさいよ!!」
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竜鳳の軍師をはじめとして「北宮」の乙女たちは表立って処か、あるLV以上は裏工作にすら関われなかった。
それほど、彼女たちに取っても、立場が微妙過ぎる問題だったのだ。
それだけに「天の御遣い」が「黙殺」した途端に、事態は動けなく成ってしまった。
*
事態を動かしたのは、やはり司馬仲達だった。
司馬氏は実の処、この時代を動かす「名士」の代表的な1員である。
後漢、三国時代の実相として、無双の英雄であっても「名士」という「手足」に支えられていた。
「最強」の呂布ですら「徐州名士」の裏切りで没落したのだ。
その「名士」同士の「ネットワーク」で動かしたのだ。
この状況で「鍵」と成り得る人物を。
*
「正史」では、劉備の恩師である盧植は「3顧の礼」や「赤壁」の頃には病死している。
そもそも「正史」でも『演義』ですら、董卓に抗議して引退してからは表舞台から消えていた。
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だがしかし”この”外史に於ける「年代」は、断言してハチャメチャである。
「正史」の「年表」での、黄巾の乱から盧植の没年までの年数すら、経過して居なかった。
その為”この”外史に於ける盧植(真名風鈴)は、故郷である幽州で引退後の余生を送っていた。
この時代の、そういう意味では「優等生」の桃香では風鈴には反論出来ない。
そして、華琳にも実は1人だけ、桃香にとっての風鈴とは異なる意味で反論出来ない相手が居た。
祖母、華恋である。
*
曹操の「祖父」曹騰は「正史」では没年不明であるが”この”時代に当たる頃には没していただろう。
だがしかし”この”外史は華恋が健在な内に、ここまで進行、あるいは暴走していたのである。
*
桃香が風鈴に、華琳が華恋に、それぞれ説得されている様子を雪蓮は蓮華やシャオとともに見守っていた。
何とも、ここで戦線離脱していた筈の孫姉妹の母親である孫堅(真名炎蓮)がしゃしゃり出て来た………。
……。
…元々「礼」を重んじる儒学者として名声のあった風鈴である。
自分自身、半分は渋々の説得であることは見えていた。
それに、説得される方も、劉氏つまり漢王朝の建て直しを唱えて来た劉備である桃香だった。
その桃香の悩む姿は、面と向って自分が説得されるよりも、一刀の内心に効果があった。
何と言っても、最初からの「メインパートナー」なのだから。
片や、華琳と華恋の場合は、もっと決心はすんなり行った様だった。
そして、雪蓮も炎蓮以来の野望を捨てたことを詫びつつも、炎蓮に説き伏せられていた………。
……。
…遂に桃香、華琳、雪蓮が揃って一刀を説得し始めた。
*
俺こと簡雍は、ある陰謀の為に暗躍した。
その暗躍の相手は、司馬仲達である。
暗躍であっても、これ以上動くと、今の立場からは事態をややこしくする危険が在った。
そして、俺には仲達にも「天の御遣い」にも隠している「正体」のことが在った。
*
遂に「天の御遣い」が「北宮」を出て「南宮」を訪問した。
劉備玄徳。曹操孟徳。孫策伯符。三国の英雄たちと共に。
北郷一刀にとっては、実は始めての皇帝への正式訪問だった………。
……。
…未だ少女の皇帝(真名白湯(ぱいたん))が、はっきりと自分の意思で語った。
「皇帝としての責任を何1つ果たす事無く、ここに至った。
ここに、ただ1度のみであろうと、皇帝の責任を果たしたい。
「天命」を受けて「天子」として認められて、万民を治めるのが「皇帝」である。
「天の御遣い」と、この時代を動かす無双の英雄たちに認められた、その「天の御遣い」の元に天下は平定された。
これが「天命」である」
北郷一刀は何とか皇帝である白湯への礼を保ちつつ、だがしかし、はっきりと意思を表明した。
「俺は、俺の意思で「天の御遣い」をやって来ました。
だから、力の無い名も無い民衆の為に、俺に出来ることをこれからもやって行きます」
けれども、勿体ぶった禅譲の形式は不要だとした。
「そんな形式を必要とすること自体、無理があるという事ではないでしょうか。
そんな無理がある事に拘るよりも、それぞれの責任から逃げない事が大切でしょう」
この時、一刀の後ろから桃香、華琳、雪蓮の3人が、一刀の肩にある衣装を着せ掛けた。
次期皇帝である太子が、公式の場で纏う衣装である。
*
実の処、勿体ぶった形式の段階を踏む事も無く、1気のクーデターで禅譲まで辿り着いた「史実」はある。
それも、前漢・後漢に匹敵する、統一長期王朝の成立で。
ただし「三国」よりも後世。『北宋』王朝(水滸伝で有名)の場合である。
それに“インスパイア”を得て、かつ、やや衝撃度を柔らかくした方式だった。
この方式を思い付ける程には、俺こと簡雍の「前世」も中国史ファンだったのである。
そして、司馬仲達と謀議していたのだ。
仲達には「天のお告げ」であるかの様に匂わせながら。
一刀本人と、今だに「メインパートナー」である桃香が知らない処でというのがミソだった。
華琳と雪蓮が左右から一刀の肩に着せ掛けた時、瞬間だけ迷った桃香は正面に回って、一刀と向かい合った。
そして、次の瞬間で決断すると、桃香が前から手伝って一刀に着せ掛ける。
未だ少女の皇帝には確かに太子は居ないが「本物」の太子が居る、居ないに関わらず、本来は極刑に値する行為の筈だった。
皇帝が許さなければ。
だがしかし、皇帝は許した。
それは「天の御遣い」が次期「天子」を受け継ぐ太子として、現在の皇帝から認められたという事だった。
そして、皇帝の代行者としての資格を、これまでの形式上はあやふやだった状態から形式としてもその資格を得たということでもあった………。
……。
…その太子としての、つまり皇帝代行としての、最初の正式な布告は次のものだった。
「劉備玄徳を蜀王に、曹操孟徳を魏王に、孫策伯符を呉王に、正式に任命する」
ただし、それは「太子妃」という王族の資格で、である。
実力者によって3分された天下を、最も混乱無く再統一する、実に上手い方式だったのである。
益々もって、ご都合主義な展開だ、と言いたいかも分かりませんが、何とか完結に向けて辻褄だけは合わせないといけないという事で、お見逃しください。
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