「比翼連理」の2人の主君の下に「5虎竜鳳」の揃った蜀軍は、袁術軍や呂布軍相手の遠征も潜り抜け、曹魏軍の拠点に成っていた帝都許昌での足止めからも脱出して蜀の国での建国を進める日々を送っていた、筈だった。
ところが、荊州州牧の劉表から誘いが在ったのだ。
表向きは、桃香こと劉備と「天の御遣い」こと北郷一刀との間の最初の娘、阿斗の顔を見せて欲しい、と言うことだったのだが。
だがしかし、今や曹操の魏は袁紹軍を破って中華の北半分を手中にし、残る南半分のほぼ東半分は孫呉に、そして西は我が蜀と、気が付けば劉表の荊州は「天下3分」のど真ん中に成っていた。
おまけに、劉表自身を支えてくれている「荊州名士グループ」が信用出来ない。
流浪の「傭兵隊長」を蜀の国主に仕立てたのは、彼女たちの「仲間」なのである。
そんな状態の主君に何かを吹き込む誰かが居たのか、桃香たちを呼び寄せている間は蜀からの侵掠は無い、とでも考えた様だった。
それに、俺こと簡雍だけには一刀が何を心配しているのかが分かる。
「赤壁」そして其の前の「長坂」だろう。
とは言っても、俺や一刀が其のことを口には出せなかった。
「天の御遣い」の秘密に関わっていた。
結局の処として軍師たちは、このままでは劉表が魏か呉に降伏しかねない、という結論に達した。
荊州を訪問することにしたのである………。
……。
…結果は「正史」に引き戻される様に、曹魏軍の迫る中で劉表が病死し、後継者は曹魏軍に降伏してしまった。
急ぎ蜀軍は、蜀から乗って来た水軍を待機させている長江沿いの荊州水軍の拠点である江陵へと退却しようとしたが、曹魏軍を恐れる難民を多数抱え込んだこともあって、ノロノロとした行軍に落ち込んでしまった。
危険と見た軍師たちの献策によって、愛紗が「赤兎馬」で急報を江陵に知らせた。
その時、俺と希望は既に水軍の出港準備を整えていた。
当然ながら、俺たちには「長坂」の知識が在った。
「やけに用意が好いでは無いか」
「まあね」
愛紗の前は適当に誤魔化した。
その頃「長坂」では『三国志演義』通りと言うべきか、星が阿斗を守って曹魏軍を突破し、鈴々が殿(しんがり)に立ち塞がって敵軍を睨み後退させていた。
俺たちは、何とか危機を脱した蜀軍と難民たちが待っている処に駆けつけて、水軍に収容した。
そして、長江の南に繋がる洞庭湖に逃げ込んだ。
洞庭湖の周りの荊州南部は、この時点で蜀の勢力圏だった。
脱出には成功した………。
……。
…孫呉からの使者が蜀軍を訪問した。
曹魏軍を迎え撃つ連合が成立し、孫呉軍と蜀軍は「赤壁」に布陣して、長江を挟んだ北岸の「烏林」に布陣する曹魏軍と向かい合った。
「始まったな。「赤壁」が」
「正史」通りなら勝利は出来る。けれども、曹操は取り逃がす。
だがしかし、ここで「天の御遣い」が決断した。
「歴史」を変える決断を………。
……。
…華容道に追い詰められた曹操は、遂に観念した。
だがしかし、曹操(真名華琳)の決断は、想像の斜め上を飛び去っていた。
「華琳。私の真名よ。私が女で都合が好かったわね。首以外に奪える“もの”があって」
曹操軍が接収していた筈の、そして「赤壁」の直後には「三国」の係争地と成る筈の荊州江陵城。
その奥の、帳を廻らしたこの城の主の為の寝台。
何と、華琳自ら北郷一刀と桃香と3人で寝台の帳の中に引き籠もってしまった。
確かに、これが最も手っ取り早い手段だっただろうが。
こうして、曹魏の勢力圏だった中華の北半分は蜀、というよりも「天の御遣い」の手中に落ちた………。
……。
…後漢帝国の帝都であり続けた都市。その皇宮の内、後宮だった「北宮」
その主と成った「天の御遣い」は桃香たち「旧」蜀と華琳たち「旧」魏の乙女たちに加えて、孫姉妹たち「旧」呉の乙女たちをも加えた。
尤(もっと)も、孫呉の半ばは自爆する様な挑戦の結果だったが。
こうして「三国」の上に立つ「天の御遣い」が事実上の天下の主と成って、戦乱の時代は早くも収束されるかに見えた。
だがしかし、俺こと簡雍(真名絆)と馬謖(真名希望)だけは『恋姫』という「ゲーム」の『原作』を知る転生者だ。
そして「左慈」「干吉」と名乗るアヤしい道士たちの噂も聞いていた。
俺たちだけが知っていた。
やつらがラスボスだと。
いささか駆け足と御思いかも知れませんが、この外伝は『簡雍酔夢』の本伝を只なぞるだけで無く、簡雍と馬謖の「普通の恋愛」を書いています。
それはそれで、恋愛話らしく無い、とも思われるかも知れませんが、これから恋愛を書いて行く積もりです。