簡雍酔夢   作:高島智明

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外伝の7 面子とは中国語

ある晩、昼間は公務で忙しい、だからこそ夜の酒の時間は貴重だったのだが、その貴重な夜の酒の時間に、年長の飲み仲間である筈の夏侯翁から、とんでも無い、そう、俺にとっては、とんでも無い話を聞かされた。

 

縁談である。

俺には希望(のぞみ)が居る、と説得しても説得に成らない。

古代中国は、地主階級以上は1夫多妻である。

その上「天の国」は1夫1妻、と主張しても説得力が無かった。

肝腎の「天の御遣い」が”あの”有様なのだから。

 

結局、酒の席での話、ということで強引に打ち切った。

だがしかし、夏侯翁の筋での話が通じなかった、だけでは縁談の相手は諦めなかった。

更に、とんでも無い方向から、とんでも無い攻撃が来たのである。

1人の誠実な人物が居る。

「馬家の5常」の馬家は、荊州における其れなりの「名家」であり、それなりの部曲(豪族が私的に支配している民)も抱えていた。

その部曲の1人で、誠実に馬家に仕えてきた。

そして、ひと度は「天下3分」のど真ん中に位置してしまった荊州の復興に努めて来たのだった。

天下が太平に成り治安が回復されれば、帝都から益州に赴任する場合には荊州は順路に成る。

 

希望は益州に赴任する時と帰任する時に、生まれ故郷の荊州に立ち寄った。

そして、復興に尽力していた「忠臣」を「官」に推挙していた。

元来「コネ」を使うのは当然なのが歴史時代の中国である。

これ位は「ささやか」でもあり、推挙しない方が義理人情に欠ける話なのだ。

 

そんな訳で有難く任官を受けるべく、彼女が真面目だったとすれば受ける官職が荊州の地方官である事だろう、帝都に上って来た彼女だったが其の彼女に接触する者が居た。

 

馬家とは元々釣り合いが取れる様な「名家」で、彼女と似た様な立場の人物。

「幼常様を御説得頂けないでしょうか?」

 

正確には希望の縁談では無い。

「幼常様を簡憲和様の「第1夫人」として認めます。

その代わり、我が主家の御嬢様を「第2夫人」として認めて頂きたいのです」

 

残念な事に、荊州の復興に専念していた彼女が希望に再会したのは、益州に赴任する時だった。

その為、俺が俺自身と希望の「正体」を暴露した時には、帝都に居なかった。

したがって、彼女の「常識」からすれば此の申し出の方が常識的だったのである………。

 

……。

 

…馬家譜代の忠臣から懇々(こんこん)切々と説得されて、希望は困惑していた。

 

全く“この”忠臣が主張する通りなのだ。“この”時代の「常識」からすれば。

こうした場合、希望の方が嫉妬深くてワガママだという事にされてしまう。

そんな女は「化粧した虎」などと悪口を言われる時代。

 

トンだ「男尊女卑」の伝統が残っていたものだ。

よくもまあ、桃香や華琳、雪蓮が劉備や曹操、孫策に成れたものである。

(…そこが「外史」なのよね…)

とまで、メタな突っ込みをしたくすら成っていた。

困惑しているのは俺こと簡雍(真名絆)もだった。

いや、俺の困惑の方が有る意味では大きい。

「男尊女卑」の伝統が常識だからこそ俺の意志が優先される筈だった。

 

その俺にしてみれば、希望以外と結婚する意志など持った記憶も無い………。

 

……。

 

…その俺の前に、こちらの主観からすればノコノコと出現した相手が居た。

 

馬家の忠臣を説得した相手である。

しかもヌケヌケと希望のことを褒め始めた。

あくまで婦人に対する伝統的な評価らしく、説得を聞き入れてくれた(?)事を褒め始めたのだ。

 

「本当に自分で聞いたのか?」

俺が何を言い出したのか理解していたのか、

「馬家の側に接触したのは某(それがし)に御座います」

などと俺からすれば斜め上な答えを返した。

「希望本人から返答を聞いたのか」

「馬家ほどの名家の御令嬢が「虎」の真似など為さりはされないでしょう。そんな非常識な」

如何にも在り得ないとばかりにニタニタしやがった、と俺には見えた。

ジュリオ・チェーザレとかいう“羅馬”の英雄は名セリフを幾つも残したそうである。

その1つに、こんなものが在る。

「人は、自分が見たいと思う現実だけを、見たいと思う」

目の前の相手が「天の国」から落ちて来た、などという元々からして非常識な存在という現実よりも、自分が経験して来た伝統的な常識という現実の方を、見たいと思ってしまっていた。

その事に気が付く前に、相手の方が「非常識」な行動に出てしまったのだ。

 

つまりは気が付かないままに、致命的な(とは本人は気付いていない)セリフを口にしてしまっていた。

はっきり言って、俺はキレていた。

「天の国」の“常識”ならば、恋人に対する侮辱だ。

それでも”この”時代では、自分たちの方が少数派で、相手の方は自分が正しいと思っている、と頭では理解しているから我慢していたのだが。

それも、ここまでだった。

銀河時代の民主共和主義の政治家は言ったらしい。

「怒るべき時に怒ってこそ、人間は尊厳を保つ事が出来る」

ここは『帝国』である。民主国家とは「法」の基準が異なる。

だがしかし、恋人の尊厳を優先して行動する決心をしてしまった。

相手の胸倉を引っ掴むと、相手の主家である「名家」の邸宅まで引っ立てて行って、門内に放り込んでしまったのである………。

 

……。

 

…元々「面子」という言葉は中国語である。

もはや俺こと簡雍の行動は、相手の主家である「名家」そのものの面子を潰していた。

 

こう成ってしまったら簡家も相手も其れなりの豪族同士だけに、調停出来るのは皇帝か皇帝の命令を受けた高官だけだった………。

 

……。

 

…皇帝は、事がヤヤこしく成る前に、判決を下していた。

 

「事情はどうあれ、相手を侮辱する行為に出た簡雍は、別命あるまで無期限の謹慎を命じる」

「馬謖は無関係とも言えない。よって簡雍が謹慎に背く行動に出た場合は連帯責任」

「侮辱を受けた側は、いっさい御咎め無し。こちら側に関しては、無かった事にする」

 

「南宮」で調停を含めた公務を済ませて、皇帝が「北宮」に戻って来くると、何人かが不機嫌だった。

だがしかし「第2妃」でもある「魏王」が文句を付ける側に加担しなかった。

 

「絆が、ご主人様とは個人的にも親しい事は天下に知れ渡っているわ。

元々、今回の事だって無関係でも無いのよ」

確かに、そうだった。

尤(もっと)も、何故そこまで皇帝の信任が厚いのか、は正確に理解されているだろうか。

「天の御遣い」北郷一刀にとって「天の国」の言葉で話せる、しかも同性という貴重な存在、だから公私ともの相談相手だ、とは。

 

そして、この問題に対して、流石に華琳は曹操だった。

「完全に平等に両方を処罰しても、逆に両方が御咎め無しでも、ご主人様が絆を庇った事に成ってしまうわ」

 

竜鳳の軍師とかは頷いている。

「残念ながら、ここで本当にご主人様が絆さんを庇ったりしたら…はわ…絆さんが「10常侍」に成ってしまいます」

「後漢王朝は、そこから腐ったのよ」

華琳に断定されて、文句を言おうとしていた何人かも沈黙した。

 

「皇帝とか側近とかも、不便だよな。真面目にやっていたら」

如何にもな感じの「天の御遣い」の溜息だった………。

 

……。

 

…だがしかし、真面目に皇帝をやっていればムジナにも成るのだ。

 

問題の「名家」は、もう面子からも俺こと簡雍に接触は出来なかった。

更に、他の「名家」「豪族」が俺に接触しようとしても、門前払いだった。

「謹慎」と「連帯責任」を大義名分にした希望に邪魔されて。

 

それに、真面目に皇帝をやっていれば、側近を謹慎させている暇など実際には在り得ない。

直ぐに緊急事態を名目にして、俺たちの謹慎は解除されてしまった。

緊急事態というのも、全くの名目だけでも無かったのだが。




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