この色男の権勢家である西門家当主と“6人”の夫人との、爛(ただ)れた「性」活は”その”後は別の作品として、発展しながら描かれました。
遂には『水滸伝』其の他と共に「四大奇書」とも呼ばれる『金瓶梅』にまで発展します。
俺こと簡雍(真名絆(きずな))と馬謖(真名希望(のぞみ))の「上林苑」での「ハネムーン」は何事も無く日時が過ぎて行った。
そして、帝都に戻った俺たちが挨拶の為に皇宮へ出向くと、何やら不穏な情報が待っていた。
「巫蠱(ふこ)?」
「卜占」の類が「科学」である時代、呪殺が殺人であると法的にも認められている。
だから逆に、政敵を落し入れる冤罪事件としても「正史」に残っている。
「干吉と左慈たちに依頼した、何者かが居る事までは確からしいのです」
帝都の治安を担当する中堅“クラス”の官僚が1人居て報告していた。
「当然ながら、直接接触したのは使いの者に過ぎず、真の依頼人は目下不明です」
「それで「誰」を呪う積もりだったの?」
同行していた希望が疑問を呈した。
「それが、断る積もりだった道士たちは、相手の名前も聞いていないそうです」
報告者を下がらせた後で、皇帝は側近に対して相談を持ちかけた。
「俺たちの感覚だと、巫蠱で処罰はしたくは無いのだけれども」
「そうは言っても、向こう側は本気で殺す積もりで行動しているんだろうだからな。
あくまでも冤罪で無かった場合だが」
俺としても不穏だった………。
……。
…何となく不気味な感じを残して、城内の私邸に帰って来た俺と希望だったが、
「現代人の感覚からすると、巫蠱なんかは、本当に有効でも他の手段が無くなったから使うものだろうけれども」
この問題に関する限り、俺も歯切れが悪かった。
「その問題は真面目に取り組むべきだけど……」
結論は、簡単には出なかった。
*
帝都洛陽の西の門内。
ここに近辺の庶民の住居とは「格差」を見せ付ける様な「邸宅」が敷地を拡げている。
前漢時代、当時の帝都だった長安西門の番人から成り上がった、そして後漢の時代と成れば例えば「4代3公」の袁家ほどでは無くても何代も朝廷の高官を出しもすれば、地元では広い領地を持つ豪族だった勢力家。
しかし、初心を忘れていないという“ポーズ”のためか、今尚「西門」の姓を名乗り、帝都の西門近くに邸宅を構えている。
そうした権勢家らしく(?)現在の西門家当主は「第6夫人」まで揃えており、生ませた何人もの子供をあちらの「名家」こちらの「名士」と縁付ける事で権勢を維持し、とうとう、直近の乱世まで乗り切っていた。
その西門家からすれば、簡雍は狙い目だった。
当人が皇帝の側近であるだけでは無い。
「第1夫人」が昔からの許婚だったのも、むしろ好都合だ。
「馬家の5常」と呼ばれる姉妹全員が朝廷に仕えている、その末娘。
”この”コネまでも利用出来るかも知れない。
どうせ、西門家の側の「手札」は多い。
「第2夫人」「第3夫人」……と異母姉妹でも送り込めば……
*
ジュリオ・チェーザレとかいう“羅馬”の英雄は名セリフを幾つも残したそうである。
「人は、自分が見たいと思う現実だけを、見たいと思う」
*
さて、今日の俺こと簡雍は馬家の私邸に希望の姉たちを訪問していた。
先送りに成ったのは、やはり”この”時代では皇帝を優先するのが当然だったからに過ぎないが。
「これを持って帰ると好いわよ」
そういって瓶に入れた「お土産」を持たせてくれた事自体は、善意を疑う事が出来ないが。
「最近の「北宮」では“はにい”風味の“きす”だとかが流行っているみたいよ」
姉たちの誰かが、そんな乙女らしい噂をした。
流行らせたのは「蜂蜜大好き」のあの『恋姫』だろうか?
「俺は「味噌汁」味が好いかも知れませんね」
勿論、俺は冗句を言った積もりである。