太陰暦8月、秋分の頃の満月を観賞する風習は中国から日本に伝わった。
中国では『中秋節』と呼ばれ、日本での「月見団子」に当るのは「月餅」と呼ばれる満月を象(かだど)った御菓子である。
尚、中国での「月見」の名所とされるのは大抵が水辺の観光地だった。
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そんな訳で、今年の「中秋節」の帝都でも、皇宮から庶民の各家庭までが太平を楽しんでいた。
何処かの観光地を「コピー」した様な庭と池を持っている様な邸宅ならば、池の畔(ほとり)の亭(あずまや)で今夜を過ごそうとするだろう。
「北宮」でも、そうだった。
尤(もっと)も、結構広い池の周囲を取り巻く様に、月見の席が並んでいるのが「当時」の「北宮」らしいと言えたが。
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帝都の簡雍邸でも、池の畔(ほとり)の亭(あずまや)で、俺こと簡雍(真名絆(きずな))と妻の馬謖(真名希望(のぞみ))が月餅をつつきながら密着していた。
「女の子」が「女」に成るのは、ある意味では3回程在るだろう。
いわゆる「思春期」そしてR18な意味で「女」に成った時、それから「母」と成る時。
最近の希望は、俺の目から見ても、そうした意味のどれかで「女」に変化しつつある様に見えた。
その俺からすると、最近の希望は「女」過ぎる様にすら見える。
「どうしたの」
こんなに近くで、変な態度に気が付かない事も無いだろう。
「いや、その……」
適当に誤魔化そうとして、斜め上を飛び去る様な話題を唐突に始めてしまった。
「俺は三国時代程、例えば古代ギリシアなんかは詳しく無いけれど」
「なあに?唐突に」
「例えばソクラテスの悪妻とか、ああいったゴシップめいた面白(おもしろ)可笑しい代物は、アヤしいと言えばアヤしいだろう」
「確かに笑えるけれど」
「相当程度に「パパラッチ」みたいなのが言いふらした代物が混じっていそうだよな」
「だけど結構、有名よね」
「有名なのは、ソクラテスが弟子から相談されて答えた、とかとされているセリフだろう。
そのセリフだけが1人歩きしているみたいじゃ無いか」
『結婚したまえ。良妻ならば幸福に成れるし、悪妻ならば哲学者に成れる』
「でも、ソクラテスと言えば、哲学者ぶっている知識人を捕まえては議論をふっかけて、それで恨みを買った事の方が有名だよな」
「そう言えば、それで殺された筈ね」
「それでいて『自分も何も知らない。只「知らない」という事だけを知っている』などと主張していて『自分が哲学者だ』とも言って居ない筈なんだよな」
「そうだったかなあ」
「俺だってギリシア哲学の知識は、この程度だけど、その俺でも思うんだよ」
「絆はどう思うの」
「そんなソクラテスが『“自分の様に”哲学者に成れる』なんて言い方をするだろうか、とか」
「面白い見解ね」
「実の処、さっきの1言以外では其れこそ面白可笑しい話ばっかりだものな。
悪妻伝説と言っても」
「じゃあ、この1言もアヤしいと思うの」
「いや、もしかしたら『私の様に幸福に成るか”あの”哲学者らしきものみたいに成れるよ』と言ったのかも知れないだろう」
思わずというか、希望は笑い出した。
「何。それ。それじゃ只の惚気(のろけ)じゃ無いの。
特に結婚について相談している相手にだったら」
「惚気かどうかは兎も角、ソクラテスは幸福だったかも知れないな。
ソクラテスが毒を飲む時、確か妻は…」
「どうだったの?」
「自分と子供を残して死ぬな、と言って泣きついたそうだよ」
「何。それで、潔くないから悪妻?
もしかして…だったら、悪い夫はソクラテスの方よ。
泣いてくれる相手を残して勝手に死んで」
「そういう解釈も在るかもな。
だけど、俺も「この」エピソードを読んで、悪妻は信じなく成ったよ」
「勝手よ。ドイツもコイツも…そうよ。私を置いて、勝手に居なくなった何処かのアイツも」
急に、何処か遠いものを見ている様に成った希望を引き戻す様に、俺は身を寄せた。
「俺は『今』ここに居るよ」
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そんな2人だけを、月は照らしているだけでは勿論に無い。
同じ帝都の「北宮」
今晩も賑(にぎ)やかな宴を、また月が照らしていた。
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幽州涿(たく)郡。「あの時」花も満開だった桃園。
今は実りの季節を迎えた「誓い」の桃園を、今夜も又、月は照らしていた。
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荊州襄陽。水鏡女学院。
「3顧の礼」に応えた軍師の其の妹弟子たちに囲まれて、水鏡先生は今年も天下泰平を祝っていた。
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益州成都。
黄権“今”の真名は霧花。彼女の見上げる月は、薄雲に滲(にじ)む見慣れた蜀の月だった………。
……。
…時は巡り、人の諸行は歴史と成っても、天上に月は戻って来る。
そして、その月の下で、親しい人と過ごす人の営みも繰り返される。
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今晩の俺と希望も、そんな繰り返しの1コマだった。