簡雍酔夢   作:高島智明

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「涼州」または「西涼」
後漢帝国の13州のうち、もっとも北西の1州。
北は長城の向こう側へ、西はユーラシアの中央へと続く「草原」の中国側から見ての始まり。
そこに住むのは戸籍上は後漢帝国の臣民でも、草原の騎馬の民と言い切ってもいいかも知れません。
それゆえ「涼州兵」は騎兵としては優秀でも、中国本土の農民や都市の住民とは異質の民であり兵だった筈です。
彼らを統率し其れを自らの強みとしてきた西涼出身の武将たち、董卓・呂布・張遼・馬超といった面々もまた、名前こそ中国風(記録したのが中国の史書)だけれども、彼ら自身が草原の騎馬の民だった可能性が高く、中国本土の豪族出身の支配階級である「名士」出身の知識人等とは、価値観も発想も異なっていて当然だったかも知れません。



第9席 優しき魔王

幽州北平郡の太守公邸。

先日、帝都の官職を引退して来た、高名の儒学者である盧植(真名風鈴)を上座に迎えて宴会が催(もよお)されていた。

太守で此の地方の軍閥である公孫賛(真名白蓮)はかつて盧植門下に学んでいたので、引退して故郷に返ってきた恩師を早速、礼をつくして招待したのだ。

この北平を中心に1地方を実効支配する軍閥でも、今回は弟子らしく下座で姉妹弟子の桃香と並んでいた。

 

問題は「引退」の事情である。直近の帝都の有様に憤慨したという。

元々、白蓮たちを教えていた当時も、10常侍たちの跋扈する皇宮で媚(こび)を振れず、田舎に引っ込まされていたのだ。

その風鈴を憤慨させた事情。恩師から聞いている白蓮や桃香を仰天(ぎょうてん)させていた。

尤(もっと)も「天の御遣い」だけは「来るものが来た」と心中で思ったのだが。

曹操(真名華琳)と袁紹(真名麗羽)は、ようやく連れ出された皇帝を追うべく帝都の門外まで来たが、向こうから近付いて来る1軍がある。

「涼」に「董」の旗を立てた何か異質の雰囲気を伴った軍。

しかも、皇帝行幸の「プラカード」を押し立てている。

「(絶句)」

「(絶句)」

流石に華琳をしても、これは想像の斜め上を更に飛び去っていた。

風鈴は、皇帝を追っていった曹操から保護した大后の警護と、皇宮の消火を依頼されていた。

だがしかし、皇帝を「保護」して乗り込んで来た董卓軍に追い出されてしまった。

そもそも、2度も宦官の横暴で失脚する位である。早速、抗議に向かった。

それも儒学者らしく「礼」は完璧にして。

 

その時点では特に問題は無かった。だがしかし、そのまま涼州軍は居座ってしまったのである。

 

間も無く、風鈴のみならず帝都を仰天させる発表があった。

何と、少帝と後世呼ばれることに成る少年皇帝と生母の何大后が2人とも急死したのだ。

当然に裏が疑われた。特に、董卓軍によって占拠され封鎖されたのも同然の皇宮の現状では。

 

だがしかし、董卓というか董卓軍の軍師は、強引に朝廷を取り纏めた。

こう成っては、残った妹の皇女(真名白湯)を新皇帝に押し立てるしか無いと。

この、今や只1人と成った此の幼い皇帝を盛り立てるのが、臣下の道であろうと。

このこと自体は、他にしょうが無いことである。けれども、その前に疑惑は疑惑だ。

先頭に立って疑惑を言い立てたのが外戚、何1族とその取り巻きの生き残りだったが、その結果は新帝の即位に反対したとされ、1網打尽に捕らえられた。

 

この結果、外戚勢力と宦官勢力が共倒れして、両者とも消えた結果に成ったのである。

後漢王朝の慢性疾患は、誰も予想しなかった荒療法という結末を迎えたのだ。

 

ここまでは風鈴も受け入れらなくも無かった。元々、正統的なエリート官僚であり知識人だ。

外戚や宦官が権勢を奪い合い弄ぶ朝廷から、1度は追い出された位なのだから。

 

だがしかし、2点だけは見過ごせなかった。

先ずは、董卓自身が「相国」という地位に就いたことである。

前漢においても、創業の功臣2名のみがついた人臣最高位、以後は臣下の分を超える者が嫌われたた為、その次席ともいう「丞相」までしか、しかも後漢では丞相ですら無く、3公までしか就任せず、空席が伝統だったのだ。

 

同時に、少帝と何大后に対して皇帝と皇后に相応しい「大葬」を、死後に格下げしてまで行わなかったこと。

中国人にとっての伝統的思想では、子孫によって正式に祭られない死者は「キョンシー」に成る。

この思想は19世紀まで残ったのである。

だからこそ、祭る子孫を断絶するのは本人1人の死刑以上の極刑となっていた。

 

「礼」を論ずる儒学者としては、見逃せない。

だがしかし、董卓軍の軍師は風鈴の抗議に対して別の返答をした。

外戚や宦官の権勢の下で公正な人事を受けられなかった人材を抜擢する。それには異論は無い。

その中に風鈴こと盧植自身を入れた事で、地位で釣る積もりか、といわばカチンと来たのである。

実の処、董卓の与党を朝廷に作る狙いでもあることは隠してもいなかった。

帰郷した風鈴が、弟子たちに「報告」したのは此処までである。

だがしかし、帝都ではこれでは終わらなかった。

董卓軍の軍師は、皇宮で“クーデター”を実行した袁紹と妹の袁術には、未だに黄巾の乱に便乗した変なやつらがウロウロしている地方の太守職を宛てがって帝都から送り出した。

更に現在、袁家の長老格の姉妹の叔父には、3公より格だけは高い名誉職を宛がって、帝都に留(とど)めた。

 

片や曹操に対しては、空洞化した「西園8校尉」より将軍に昇進させて、帝都に留めようとした。

ただし、彼女の母親は霊帝の生前に十常侍から「買った」三公が少帝の即位のドタバタで有耶無耶に成った時点で、曹家の故郷である沛国に呼び戻されていた。

流石に沛国に居る曹家の当主、華琳の祖母の華恋、曹夏侯1族の繁栄の基礎を築いた曹騰は大ムジナだった………。

 

……。

 

…麗羽と袁術(真名美羽)姉妹は、出立の挨拶の為に華琳を訪問した。

この人事を好機としか思っていない。まあ、確かにそうだろう。拠点を手に入れられる。

「4代3公」の間に蓄えた底力をもってすれは、難しいとは限らない。

黄巾も残党に成り果てているのだし。

 

「(でも、その後は)」

天下を争うライバル同士に成る。そこまで考えて、今日の挨拶に来たのだろうか?

 

華琳の方は校尉からの昇進を謝絶し続けている。

董卓の徒党に監視され続けている帝都で拠点から引き離されるような、ミエミエの小細工に掛かる積もりも無い。

(…結局、問題は逃げ出すタイミングだけね……)

董卓軍の軍師賈駆(真名詠)は自軍の武将たち、張遼(真名霞(しあ))華雄(真名猫(まお))そして呂布(真名恋)とその参謀陳宮(真名音々音)と言った面々に詰め寄られていた。

尤(もっと)も、普段から無口な恋は、もっぱら、音々音に代弁させていたが。

 

ひと言で言えば

「兵隊の統制がつかんのや!」

元々涼州兵は、帝都のような中原の「土の都」とは、価値観も行動原理も異なる草原の騎馬の民である。

それを「土の都」に連れてきた以上、統制は細かく眼を届かせなければならない。

それを怠(おこた)って「草原の掟」のままに行動させれば、どう成るか。

「狼」を「羊」の群の中に放置するようなものだ。

 

略奪される物を持っている者からは略奪する。

富裕階級でなくとも、帝都なら庶民でも、草原の素朴な生活からすれば奪うものがあった。

また、身1つでも女だったら…霞たちには吐き気すらするが。

霞たちも放置しているわけではない。だがしかし、兵たちの方が言うことを聞かない。

むしろ霞や音々音みたいに五月蝿(うるさ)いことを言わない、むしろ先頭に立って「草原の掟」を実践している李傕(りかく)とか郭汜(かくし)とかの連中の方へ脱走していく始末だ。

 

「それも誰かが、兵を扇動して回っている可能性もあるのです」

何時もなら音々音より先に、詠がそんなものを放置しない。

「それに盧先生が疑うのも尤もなのです。というより、詠さんはきちんと釈明していないです」

 

元々音々音は中原の知識人だったが、恋との個人的な縁(えにし)で涼州まで来た。

だから盧植の名声を知っている。詠の態度の方がおかしいことも分かる。

 

恋がボソっと言った。

「月(ゆえ)はどうしてる」

恋だけでは無い。ここにいる面々ですら、彼女たちの主君(真名月)に会うことも出来ない。

そもそも兵達の乱暴も、月の顔を見れば、少なくとももっと前だったら収まっている筈だった。

 

「大体、月があんな事をする筈が無いんや」

あんな事。

ある時、相国董卓の行列が城外に遊びに出た。

そこに行き会ったのが、日々の労働の中で1日の休みを村祭りに過ごして帰る普通の人々だった。

それを癪(しゃく)にでも触(さわ)ったか捕らえさせた。

相国の行列を遮(さえぎ)った。税を納めるべきものが怠けた。

たった其れだけの罪で裁判も無しに罰した。

それも「車裂(くるまざ)き」「腰斬(こしぎ)り」等という残刑酷罰で。

 

しかも、そんな事を隠そうともしていない。

李・郭といった連中は

「これで「調達」がしやすく成った」

等と言いふらしている始末だ。

本当に其処に月がいたのか。

それすら今の霞たちには分からない。

「そもそも前の陛下は本当にどう成ったんや。”あれ”からおかしくなり始めたんやないか」

「……」

 

空気の密度が増したような沈黙が暫く続く、そこに急使が駆け込んで来た。

「校尉曹操、脱走」

 

瞬間だけ詠は軍師に戻った。

「虎牢関と汜(し)水関を固めて。貴女たちの信頼する兵を率いて」

 

相国府。帝都の「独裁者」董卓の公邸。

その奥の室で詠はただ2人、大多数がひと目見て「人形の様だ」と言うであろう少女を抱き締めていた。

(月はボクが守る。どんな事をしても。この手を汚しても)

 

月こと董卓を天下の主にする。その野望は確かに持った。

幼い皇帝兄妹という形で好機が飛び込んだ時。

だから、皇帝を盾にして皇宮を占拠していた“クーデター”軍を追い払い、涼州軍を居座らせた。

なかなか、言う事を聞きそうも無い何大后と実子の少帝を軟禁しもした。

そこまでは、確かにやった。

ところが、その軟禁していた楼閣から何者かが母子を突き落として殺害したのた。

 

月は無論、詠ですら此の事だけは関与していない。けれども、そんな弁明が通るだろうか。

皇宮の状況から「董卓軍」の何者かのしわざなのは、詠も認めざるを得なかった。

それどころか、明らかな他殺死体を「大葬」などにして人目に晒せば、たちまち「大逆」の大義名分を、権力を狙うものに与えてしまう。

もはや、強引に事を進めるしか無い。

 

新しい皇帝、歴史上献帝と呼ばれる幼君を押し立て、相国「董卓」を実現させる。

そして、その権力を固める。

その1連の「陰謀」に熱中している間に、兵の統制が甘くなっていたのは確かだった。

元々、詠や音々音の様な中原の知識人とは行動も価値観も違うのが、草原の民である涼州兵だ。

今までは、その事を知っていて手綱を放したりはしなかったのに。

それが目を放している間に、1般兵のみか、李・郭のような幹部までが何者かの扇動に乗ってしまった。

 

もはや“魔王董卓”の名で行われた、悪行の数々が中原に知れ渡るだろう。

そして、それを「大義名分」として、あの曹操の様な野望を抱(いだ)いた姦雄が押し寄せて来る。

それでも、

(月だけは、守ってみせる)




今回の講釈に出てきた「丞相」といえば『三国志』では曹操か孔明ですが、これも董卓が「相国」として先例をつくったから復活した官職とも言えます。
やっぱり時代を切り開く結果には成ったのですね。

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