共生型転生したけど共生対象の環境がヤバそうだから助けたい!   作:地底土竜

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主人公たちの登場は次回からです。


200年前の戦い

 そこは木々に囲まれていて、そして血に濡れていた。

 

 周囲に散乱する死体は原型を留めぬほどの有様で、共通するのは突き刺さる青い羽根。

 下手人は降る雨に打たれながら未だその只中に立っていた。

 

 二つの腕、二つの脚。二メートルを超える巨体ではあれどその要素だけならば人と言えたかもしれない。しかし、それの背中からは二対の翼が生えていた。

 二つの目はあるが口はなく、目に瞳も眼球もない。ただ、瞳のあるべき場所で紫の光が揺らめいているだけでそこに生気はない。

 

 人ならざる異形、人はこれを呪霊と呼ぶ。

 呪霊は人の負の感情により生まれ、同じく人の負の感情より生成される呪力という超自然的な力を行使し人を害する生まれながらの人類の大敵である。

 

 呪霊は強さにより等級が分けられる。

 下限を四とし、一へと脅威度が引き上がる。そして、その更に上には特級という枠組みがあり、それが評定の極点である。

 

 この呪霊の名は捧己羽(ほうこう)

 

 等級は特級呪霊。

 

「いやはや、出遅れてしまった」

 

 声。発生源は捧己羽(ほうこう)の背後に生える木の枝の上で、刀のようなものを腰に佩いた小袖袴姿の男が一人立っていた。

 

 金属が捻れ曲がるような異音を響かせながら、一翼が水平に薙ぎ払われる。

 

 呆気なく切断される木。しかし、男の姿はそこにない。

 男は幹から跳躍し、捧己羽(ほうこう)の真上を経由して正面に降り立っていた。

 

「まあ、この短時間で殺されるのでは使う価値もなかったろうがね」

 

『『何ダお前ハ』』

 

「俺は鏡摂(きょうせつ)。君の術式に興味があってね、勧誘に来たという訳さ。どうだ、俺に付いてくる気はないかな?」

 

 次は四翼が突きのような形で男へ殺到する。先程の速さの比ではなく、瞬きより速く行動は終了した。

 

『『ボくたチはキサマに興味がナイ』』

 

「問いかけておいて酷い振り様だな。だが、振られてしまっては仕方ない」

 

『『!』』

 

 その攻撃も鏡摂(きょうせつ)には届いていない。体を低く落とし倒れ込むような姿勢で翼を回避し、そのまま踏み込み捧己羽(ほうこう)の至近に位置取った。

 

「手荒く行かせてもらおうか」

 

 接近した勢いのまま、がら空きの胴に右腕が振り抜かれる。殴り飛ばされた肉体は数メートルの浮遊の後、落着した。

 

 二メートルの巨体を跳ね飛ばした人並みならぬ膂力。これは鏡摂(きょうせつ)の単純な身体による力では到底あり得ることではない。これを可能にしたのは呪力。呪力により身体を強化し、超人的な力を引き出した。

 

 そもそも呪いは人から産み落とされる。だから、それを行使することもまた当然の摂理と言える。呪力を扱う人間は術師と呼ばれ、その中でも呪霊を狩り人を守る者を呪術師と呼び、人を害する者を呪詛師と呼ぶ。

 

 鏡摂(きょうせつ)はその中でも呪詛師に分類される。

 

『『·····』』

 

 捧己羽(ほうこう)の身体に傷はない。身体を跳ね飛ばすような一撃でも打撲はなく、痛みを感じた気配すらない。これは人と呪霊の身体構造の違いによるものではなく純粋な力の差を示していた。

 

 呪力を扱う者同士の戦いにおいて、重視されるのは呪力の総量と出力。総量は言葉のまま個人が持つ呪力の量であり、出力は大まかに言えば攻撃力である。そのどちらも呪霊が大きく上回っている。

 

「流石に硬いな」

 

 基本的にその差を覆すことは難しい。しかし、方法はある。

 

 術式と呪具。それらが一般的な己を引き上げる手段だ。

 術式は呪力を操作するプログラムである。呪力をただ操作するだけでなく、モノによれば呪力を雷などの他事象への変換や結界または独自法則の構築と強制を行うことまで可能となる。しかし、術式のゼロからの構築は困難を極める。日本の術師の結界の精度を底上げさせる浄界という結界があって尚、初歩の結界である通常の帳すら扱えない者もいるほどだ。

 

 続いては、呪具。呪具とは、術師の持つ呪力や術式を通し続けることや特殊な手段で生成した呪力溶液に漬け込むなどの手段で自ら呪力を持つようになった器物である。

 

「では、こいつを使うとしようか」

 

 鏡摂(きょうせつ)の腰に佩かれたそれが引き抜かれる。引き抜かれたそれに鍔は無く、刀身の形状も刃というよりは巨大な針のようだった。

 これもまた呪具であり、呪具にも呪霊同じ等級がある。

 

 二級呪具、粋梯廊(すいていろう)鏡摂(きょうせつ)の愛用呪具である。

 

『『何ヲシよウガ同ジことダ』』

 

 捧己羽(ほうこう)が地を蹴って鏡摂(きょうせつ)へと前進する。そして、ある程度近づくと四の翼を羽ばたかせさらに急速に加速し、右拳を繰り出す。

 

 鏡摂(きょうせつ)は動じずに最小の動作で躱し粋梯廊(すいていろう)を突き立てようとするが、その軌道が逸れる。

 

「!」

 

 意図しない変動だった。粋梯廊(すいていろう)を持つ右腕に突如内側から衝撃が走り、刺突を妨げたのだ。

 捧己羽(ほうこう)の前進の勢いは消えている。動きの止まった鏡摂(きょうせつ)の顔面にいつの間にか近づいていた左拳が振り抜かれた。

 

 直撃。首が折れるような音と共に四翼による推力が加算された一撃は鏡摂(きょうせつ)の身体を十メートル以上吹き飛ばした。

 

『『とどメダ』』

 

 更に、捧己羽(ほうこう)は翼を振るった。翼に生えていた無数の羽根が鏡摂(きょうせつ)へと飛来する。そして、爆発染みた衝撃を伴って羽根の雨が着弾した。

 

 これまでの相手であれば確実に終わっていた攻撃だった。しかし、呪霊は気を緩めない。まだ終わりではないと本能が告げていた。

 

『『殺シそコねタカ』』

 

「ご明察。しかし『何をしようが同じことだ』等と言いながら随分と狡い真似をするじゃないか、呪霊」

 

 羽根の雨により発した煙が晴れる。その先には一切の傷がない鏡摂(きょうせつ)が立っていた。

 

『『何故生きテいル』』

 

「反転術式さ。人の呪いたる呪力を掛け合わせ反転させる。そうなると呪力は負ではなく正の力となり、人の肉体を癒し得る。呪いの塊である君たちはこれを喰らうと死に目を見るよ? まあ、俺にそれは不可能だがね」

 

『『····』』

 

 ゆったりと楽しそうに笑みを浮かべたまま鏡摂(きょうせつ)捧己羽(ほうこう)へと歩み寄る。

 

「それにしても、ようやく術式を見せてくれたね。先程の粋梯廊(すいていろう)の軌道を逸らしたあの攻撃、あれが君の術式だろう。想定以上に面白い。もっと確かめさせてくれ」

 

 術式はゼロからの構築が難しい。とはいえ、ゼロからの構築でしか利用できないという訳では無い。

 生得術式というものがある。名前の通りに生まれ得た術式で、脳に刻まれる。誰にでも刻まれる訳ではなく術式を持つ者は限られる。

 

『『確かめルナド不可能ダ。オマえはモう近づけなイ』』

 

 捧己羽(ほうこう)が跳躍する。木々を超えて更に高くへと飛び上がった巨躯は翼を広げて、空で停止した。

 

「羽は飾りじゃなかった無かったらしい」

 

『『手ト脚しカナい人間にぼクらは倒せナイ』』

 

「どうかな?」

 

 鏡摂(きょうせつ)も跳ぶ。

 そして、呪力で強化した脚力での超跳躍で真っ直ぐに接近するそれへと再び羽根の雨が降る。

 

 人間に空中での回避は不可能。しかし、鏡摂《きょうせつ》の身体が何かに引かれるように逸れた。羽根は当たらず、直線ではなく空に弧を描くようにして勢いを落とさずに突き進む。こちらも再び至近で粋梯廊(すいていろう)を振りかぶる。

 

 そこで、意識が途絶えた。

 

「——がっ!?」

 

 顔に走る痛みで意識を取り戻した鏡摂(きょうせつ)の前に呪霊の姿はない。そして、上へと上がっていたはずの身体が横へと流れているのを身体を叩く風から感じ取る。

 

(殴られた、か。しかし、この威力は——)

 

 身体の流れの逆へと目を向ける。捧己羽(ほうこう)の姿は拳を振り抜いた状態で止まっていた。だが、次の瞬間には躰が消える。羽を動かすこともなく忽然と、始めから存在しなかったかのように。

 

 消えた姿は鏡摂(きょうせつ)が乗る流れの先にあった。一瞬の硬直の後、拳を引き絞っていく。目線は一方的で、そこには完全な隙があった。

 

 それでも、拳は空を切る。

 跳躍時と同じ不自然な軌道で拳の横をすり抜ける。邂逅は一瞬、だが翼は既に動いていた。二翼による二段階の追撃。最初の一翼は難なく避けられるが、回避の先を潰す二翼目は避けきれず腕を掠める。

 

 そして、時間が飛んだように状況が変わった。

 捧己羽(ほうこう)は振り抜いていた筈の右腕で鏡摂(きょうせつ)の足を掴んでいる。一瞬の硬直の後、急速に降下し鏡摂(きょうせつ)を叩き付けた。

 

「ぐあっ!?」

 

 衝撃は地を割り、辺りの雨を吹き散らす。

 

『『モう、逃ゲられナイ』』

 

「ごほっ、ごはっ···っははは」

 

 呪力強化の上からでも持て余す威力に血を吐きながらも男は愉しげに笑っていた。

 

『『何ヲ笑っテイル?』』

 

 表情はないが声に不快を滲ませる捧己羽(ほうこう)は空いた左拳で追撃を加えようとするが、磨り潰すような音と共に握っていた筈の脚の感覚が消える。

 

『『!!?』』

 

 鏡摂(きょうせつ)の身体がまた引き摺られるが如く動き出すと空で姿勢を正してゆらりと降り立った。その片足は細くなるように潰されていたが、反転術式によりみるみる内に元の形を取り戻していく。

 

「君の術式が想定以上でね。視ていた時から先程までは転移こそが君の術式の本質だと思っていた。粋梯廊(すいていろう)を防いだ際の現象は自身の移動指向を相手へと転移させる応用、拡張術式だと。だが、違う。遥かに素晴らしい術式だった。俺の予備として招く予定だったがこれは思わぬ収穫——」

 

 羽根の弾丸が声を遮った。

 回避した先へ捧己羽(ほうこう)が突撃する。鏡摂(きょうせつ)の回避には限度があった。単発の攻撃ならともかく、複数度の攻撃には対応し切れない。ならば繰り返すだけで良い。反転術式を続けさせればいずれ呪力が底をつく。

 

 両手四翼の六連撃。数度の回避には成功してもそれ以上は被弾が増えていく。捧己羽(ほうこう)の考え通りに事は進み、直撃を狙える最後の一撃は首を狙う。呪力の起点は腹の下にある丹田、反転術式などの呪術の処理は頭脳により行われる。その繋がりを断てば呪力の底を見るまでもなくこの戦いは終了する。

 

 最初の一撃と同じ、翼による横薙ぎの一閃。

 

 しかし、それが赤に染まることはない。大地も、木々も、捧己羽(ほうこう)も。それどころか男の姿も消えていた。

 

『———な二』

 

「こちらだ」

 

 翼の先から五メートルの位置に居合が如き構えを取ってそこに在った。

 

 自分のような転移か、それとも空で羽根を避けた際の術由来の何かか。男のまるで自らの術式が転移に関連しているかのような発言とこれまでからして異質な謎の構え、空で曲がることなどのこれまでの原理不明の動き。捧己羽(ほうこう)には判断が付かなかった。

 そして、判断する必要も無いと考えていた。

 

 また、時が飛んだように位置関係が切り替わる。

 

『『ッ!?』』

 

 しかし、結果は先刻とまるで異なった。

 手は男へ到達することはなく中途半端な位置で硬直する。呪霊が原因と察した事象は二つ。一つは目の前の男を中心として球形に囲み、呪霊の半身と接している透明なナニカ。二つは自身の身体にある違和感。

 

『『ソ、れはナンだ』』

 

「簡易領域。領域とは全ての人間が体の内に持つ独自世界、生得領域で世界を塗り潰す術を指すが、簡易領域とはその生得領域を結界術で区切った界の内に薄く展開する技術さ。だから、塗り潰すとまでは行かない。だが、生得領域とは自分の在り方、心そのものだ。それにより世界がある程度でも満たされているのなら、世界は自己を後押しする。そして、他者を阻害する。その結果、ある程度術式を弱められるという訳さ。君の在り方からしてこちらの術式は効きが悪そうだったからね、使わせてもらったよ」

 

 球形に世界を区切る透明なナニカ、簡易領域が消える。

 

「それにしても、思った通りだった。君の術式は他者または他物体への接触による呪力貸与と、それを消費して行う行動の省略だね。それに、呪力に対する省略可能行動量の予測も大方当たっていたようだ」

 

 鏡摂(きょうせつ)捧己羽(ほうこう)の接触は四度あった。鏡摂(きょうせつ)からの殴打、捧己羽(ほうこう)からの一撃、翼による掠り傷、そして最後に両手四翼の六連撃。それに対して術式と思わしき特殊現象は粋梯廊(すいていろう)を逸らした衝撃、空中で貰った最初の一撃、転移、空中で脚を掴んだ時、そして今。この五度が挙げられる。

 

 推定術式事象の一度目の時点では転移の派生だと考えていた。二度目にはその考えの間違いに気づきつつ、喰らった一撃の威力に違和感を覚えていた。首を折るほどの一撃を放てるというのにただ吹き飛ばす程度に成り下がっていたからだ。三度目の後の攻撃の際、自身に呪霊の呪力が付着したことに気が付き、そして四度目に発動と同時に付着した呪力の消滅を確認。それにより鏡摂(きょうせつ)の術式推察は今のような解を得るに至る。

 

「あの転移からして呪力貸与対象は複数選択できるようだが、貸与量に上限はあるのかな? それでは少々困るのだがね」

 

 術式発動の三度目、転移。これだけは鏡摂(きょうせつ)への直接的な干渉をしていない。態々通り過ぎてその先に位置取った。最後の四度目は自身に付着した呪力量からどれだけの省略が行えるかの検証だったが、それから見て転移を行うには付着呪力が足りていない。

 つまり、鏡摂(きょうせつ)以外への貸与による省略だと考えられる。

 

 だとすると、何故それを使って攻撃しないのかという疑問が残る。そこで思い当たったのが直接貸与対象にしか干渉はできないという可能性だ。これまでの術式発動時には不自然な硬直があった。ならば、攻撃を伴わないただの転移では距離を潰せても結局できた隙で距離を取られるか、反撃を受ける。

 それならば使う意味がない。

 

『『知ルか』』

 

 鏡摂(きょうせつ)の攻撃が再開される。だが、その動きは精彩を欠いていた。その上で鏡摂(きょうせつ)の速度が遥かに上がっている。もはや影を捉えることすらできない。

 

「何故そうも身体が重いか、気になるだろう」

 

 転移。しかし、終了後の瞬間的硬直が終わる頃には攻撃範囲から消えている。

 

「ふむ。君からの頼みの声が欲しかったところだが、まあいいか。これから長い付き合いになるんだ。君の術式を知るだけ知っておいてこちらから何も明かさないというのも不公平だからね。俺の術式を教えてやろう」

 

 笑みを深めながら、しばらく勿体ぶって告げる。

 

「俺の術式の名は写身操術。鏡世界を操る術式だ」

 

『『····』』

 

 鏡摂(きょうせつ)の推察は合っていた。そして、捧己羽(ほうこう)にこれ以上の手立てはない。術式を明かそうとしているということは言ったところで問題ないと判断したからだと捧己羽(ほうこう)は認識した。

 つまり、ここから新たな可能性を提示しなければ勝利はない。

 

「そこの水溜まりを見てみると良い。そこには君が映っているだろう。もし、それが本当に君だったのならどうなると思う?」

 

 水面に映る自分。それが本物であった場合、自分が二人いることになる。

 

「呪霊。思い当たることがあるだろう? 特に君のような双子のような特性を持つ存在としては」

 

『『!!』』

 

「双子。世界そのものからは同一人物として扱われる他人。才覚が均される哀れな二人」

 

 才覚を水とし、個人を容器とするのなら、本来才覚は一つの容器に注がれるだけだ。しかし、双子は容器が繋がっている。個々人の才覚という液体の水位は同じように均されていく。

 

「まあ、完全に均される訳では無いのだがね。人間はただの物質ではない」

 

『『····写身ヲ双子の片割レトして扱ウとイイタいのカ』』

 

「物分かりが良いな。素晴らしい。とはいえ、大した受け皿にはなり得ないがね。二分の一は望めない。術式だからこそ成立しているが、かなりの無理を通している。君なら尚の事だ。写身はあくまで双子だろうが写身を一つとして扱う。増設される容器は一つだ。つまり、二に対する一ではなく、三に対する一になってしまう」

 

 捧己羽(ほうこう)の呪力量などの機能そのものの減衰は絶望的なものではない。未だ上は呪霊だ。全身に走る違和感に精彩を欠くことはあってもここまで圧倒的な筈はない。男の術式にはまだ先がある。

 

「それでは、ここから俺のこの移動について教えよう。ここまでは写身操術の副次作用のようなものだったが、ようやく術式の名に相応しい説明ができるな。写身操術は名前の通りに写身を操るだけの術式だ」

 

 ほら、見てみろ。と再び水溜りを指差す。そうすると、水面の像が呪霊の動作に関わらず動き出す。

 

「これだけだ。これが術式順転【鏡界乖離】、あの動きの前段階にあたる。少し前に反転術式について語ったがあれに用いる正の呪力は術式行使にも利用できる。それが術式反転【鏡界転写】。効果は【鏡界乖離】による乖離をこちらの世界に適応すること。生憎こちらは基本的に他者に使うのは難しいがね」

 

 自身の手の内を明かす度、鏡摂(きょうせつ)の呪力量と出力が上がっていく。捧己羽(ほうこう)は知らないが、これを術式の開示と言う。自分にリスクを与えるかわりにリターンを得る。この世界にある縛りという摂理による効果だ。

 

 今はまだ力の逆転は起こっていない。しかし、このまま開示が続いていけば、それは時間の問題となる。速さでは追いつけない。これまでの手の内はとうに明かされている。詰みとも言える状況。だが、現状を打破する糸口を捧己羽(ほうこう)は今、作り上げようとしていた。

 

 

『『()()()()』』

 

 

「!?」

 

 男が見せた簡易領域、そしてその説明から呪霊は自らの内の生得領域の把握に全力を尽くしていた。

 簡易ではない領域。それを男は生得領域により世界を塗り潰す術と言い表していた。世界を塗り潰すことができたなら、世界の後押しは今の無くなりつつある力量差をもう一度突き放すに足るものになる筈だと、呪霊は考えた。

 

 領域展開。それは呪術の最奥であり、術師間の戦いにおける究極の一手でもある。簡易領域での生得領域の空間密度を十とするなら、領域展開は百。空間を自分そのものへと変異させ、空間を完全に支配する。

 

 捧己羽(ほうこう)の意識が確かになったその時から、意識は二つ存在していた。初めからそう在ったからか術式の行使においても貸与と消費は片方の意識で行えない。片方は貸与を、片方は消費と省略を司っている。だからこそ、捧己羽(ほうこう)は自己の内面を視るという行為を普遍的に繰り返してきた。お互いの存在を常に確かめる為に。

 

 心象風景、生得領域の把握には成功した。

 行うのはその展開。世界をどのようにして自己へと変えるか。内にある貸与を司る意識は領域の展開を自己を他者(世界)貸与す(あたえ)る行為だと解釈した。

 

 同時に、術式対象が拡張される。

 現在の術式適応対象は生物と無生物どちらも対応していたが、実体として触れられるものに限定されていた。その対象が空間にまで及ぶ。

 

 全身が触れている大気への呪力貸与が始まった。空間が持ちきれなくなった呪力はさらに先へと拡がり、呪霊を中心として簡易領域と同じく半球状に拡がっていく。呪力で満たされた空間。それはある種の界となり、満たされていない空間との境界を擬似的な外殻とした。続くように生得領域が上乗せされ、簡易領域を超越した重さを伴い世界が急速に変質し始める。

 

「惜しいな」

 

 男の言葉が聞こえたその時、領域が軋んだ。

 呪霊の領域は領域展開においての最終要素を欠いていた。すなわち、外殻の()()()形成。外殻には一定以上の強度が必要になる。簡易領域には必要なかった要件。では何故強度が必要なのか。違いは重さ。生得領域の密度の違いとその上に領域へ術式を付与したことにより生じる重さが外殻の弱さを許さない。

 

 生得領域が、外殻から溢れ出す。

 

 呪霊にはもう、何もない。この先に男に勝つ展望が。領域を崩壊させる訳には行かない。維持に全力を賭してもみるみる内に空間が元の姿を取り戻していく。

 

((コンな、トこロで———))

 

 白熱する思考。呪術操作を担う脳が領域展開という極大の呪術行使に悲鳴を上げる。そんな中で——

 

『我は新世—、主——の術———える。——填製による術——性を用——ば————』

 

 声がした。途切れ途切れで意味はまるで解せない。だというのに、変化があった。無かったはずの経験が、知識が、溢れ出すのではなく。()()()

 

 音もなく、完全な外殻が構築される。噴出は止まり——

 

 

 ——領域が完成した。

 

 

『『【二重濔儀罹(にえのみぎり)】』』

 

 完成し、閉じられた領域。内は捧己羽(ほうこう)の心のままに完全に塗り替えられている。生得領域を含めた自己が肉体という器に収まるか、自己そのものと言える生得領域が外殻という器に収まるか。頭脳という違いはあれ、ある種もう一人の自己を創造するような究極技術の成功に達成感と勝利の確信を感じる中で疑問が生じる。

 

((何故せイリつしタ?))

 

 領域の完成と同時に感じ取れていたはずの技術と知識、声が聞いたという事実から消滅していた。故に、もはや捧己羽(ほうこう)に再度領域を成立させることは出来ない。

 

 ここで勝負を決めなければ後がない。そう確信しながら初めてとなる領域の利用を開始する。

 領域へ術式は付与されている。その利点は領域内における術式必中。生得領域という自己の内にいるからこそ術式の発動に接触は必要ない。この場では接触なしでの貸与省略が可能になっている。

 

 不可視の蹂躙が始まる。この状況が、このままであったなら。

 

「土壇場で領域をモノにするとは末恐ろしいな! だが——」

 

 技能、知識。その面において男は捧己羽(ほうこう)を圧倒している。ならば、最奥とはいえ捧己羽(ほうこう)が成立させられた固有技能でない技を鏡摂(きょうせつ)に扱えない道理があるだろうか。

 

「領域展開」

 

 そんな一言で、捧己羽(ほうこう)が今ある全てと奇跡のような後押しにより成立させた領域が塗り替わった。

 

「【界郭捉令諒(かいかくそくれいりょう)】」

 

 球形の完全な鏡面が呪霊と男を閉じ込めた。黒い瞳が上から、白い瞳が下から世界を見渡している。

 

『『ッ——』』

 

「ここまでだ」

 

 勝敗はここに決した。

 それでも足掻こうとする捧己羽(ほうこう)。しかし、動き出そうとしたその時には両手足と翼が千切れて落ちていた。地へ伏そうとする身体が空中で縫い留められたように止まる。

 

「【鏡界転写】は基本的に他者に使用できないと話したが、どうすればその基本から外れるのか教えよう。この術式の発動可能対象足り得るかを決める要素は二つだ。術師間の力量差と鏡面がどれだけ被写体を正確に写しているか。君は領域展開で大きく消耗している。そして、この領域の鏡面は対象を正確に写し取る。だから、君は基本から外れたという訳だ」

 

 領域展開【界郭捉令諒(かいかくそくれいりょう)】は術式の発動条件が相手を写すことであるため、必中要らずの必中領域である。そのため必中機能は領域に組み込まれておらず、その分のリソースは術式効果の向上に注がれている。

 

「呪力の貸与。もしそれに上限がないのなら時間をかけることで無限の呪力を持つ術師を生み出せる。そうなればあとは出力の高い個人の割り出しと彼の天成回帰(てんせいかいき)の成熟、そして写身操術の拡張で始められる。自然な生まれには見えないが、何にせよ構わない。君が生まれたことに感謝しよう」

 

 領域が解かれる。捧己羽(ほうこう)が地に落ちる。

 

「そろそろ、彼らが来る。ここで待っていよう」

 

『『······』』

 

「領域は解いた。もう喋れるだろう? ははは、負けて喋りたくもないのだろうが俺もかつて国に挑み手酷く負けを晒したことがある。同じく敗残者だ。仲良く行こうじゃないか」

 

『『········』』

 

「まあ、仲を深めるのは追々の楽しみにしようか。言ったろう? 『長い付き合いになる』と。俺は死んでいるかもしれないが類する者たちと計画の終わりまで共にあり続けることになる。その時は術式だけになっているかもしれんがね」

 

 楽しげに笑う男を表情のない呪霊は目だけで睨みつける。

 

『『いずれ殺してやる』』

 

「国を落とした後でなら、お好きに」

 

 彼らは最後の手札を手に入れた。雨の降る木々の中で、この日彼らの国落としは本当の意味で始まった。

 

 そして、時は200年は経過する。

 

 鑑等犠(かんらぎ)千里(せんり)捧己羽(ほうこう)という名を与えられた少年へと転生し、物語は大きく動き出す。

 

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