共生型転生したけど共生対象の環境がヤバそうだから助けたい! 作:地底土竜
主人公たちの登場は次回からです。
そこは木々に囲まれていて、そして血に濡れていた。
周囲に散乱する死体は原型を留めぬほどの有様で、共通するのは突き刺さる青い羽根。
下手人は降る雨に打たれながら未だその只中に立っていた。
二つの腕、二つの脚。二メートルを超える巨体ではあれどその要素だけならば人と言えたかもしれない。しかし、それの背中からは二対の翼が生えていた。
二つの目はあるが口はなく、目に瞳も眼球もない。ただ、瞳のあるべき場所で紫の光が揺らめいているだけでそこに生気はない。
人ならざる異形、人はこれを呪霊と呼ぶ。
呪霊は人の負の感情により生まれ、同じく人の負の感情より生成される呪力という超自然的な力を行使し人を害する生まれながらの人類の大敵である。
呪霊は強さにより等級が分けられる。
下限を四とし、一へと脅威度が引き上がる。そして、その更に上には特級という枠組みがあり、それが評定の極点である。
この呪霊の名は
等級は特級呪霊。
「いやはや、出遅れてしまった」
声。発生源は
金属が捻れ曲がるような異音を響かせながら、一翼が水平に薙ぎ払われる。
呆気なく切断される木。しかし、男の姿はそこにない。
男は幹から跳躍し、
「まあ、この短時間で殺されるのでは使う価値もなかったろうがね」
『『何ダお前ハ』』
「俺は
次は四翼が突きのような形で男へ殺到する。先程の速さの比ではなく、瞬きより速く行動は終了した。
『『ボくたチはキサマに興味がナイ』』
「問いかけておいて酷い振り様だな。だが、振られてしまっては仕方ない」
『『!』』
その攻撃も
「手荒く行かせてもらおうか」
接近した勢いのまま、がら空きの胴に右腕が振り抜かれる。殴り飛ばされた肉体は数メートルの浮遊の後、落着した。
二メートルの巨体を跳ね飛ばした人並みならぬ膂力。これは
そもそも呪いは人から産み落とされる。だから、それを行使することもまた当然の摂理と言える。呪力を扱う人間は術師と呼ばれ、その中でも呪霊を狩り人を守る者を呪術師と呼び、人を害する者を呪詛師と呼ぶ。
『『·····』』
呪力を扱う者同士の戦いにおいて、重視されるのは呪力の総量と出力。総量は言葉のまま個人が持つ呪力の量であり、出力は大まかに言えば攻撃力である。そのどちらも呪霊が大きく上回っている。
「流石に硬いな」
基本的にその差を覆すことは難しい。しかし、方法はある。
術式と呪具。それらが一般的な己を引き上げる手段だ。
術式は呪力を操作するプログラムである。呪力をただ操作するだけでなく、モノによれば呪力を雷などの他事象への変換や結界または独自法則の構築と強制を行うことまで可能となる。しかし、術式のゼロからの構築は困難を極める。日本の術師の結界の精度を底上げさせる浄界という結界があって尚、初歩の結界である通常の帳すら扱えない者もいるほどだ。
続いては、呪具。呪具とは、術師の持つ呪力や術式を通し続けることや特殊な手段で生成した呪力溶液に漬け込むなどの手段で自ら呪力を持つようになった器物である。
「では、こいつを使うとしようか」
これもまた呪具であり、呪具にも呪霊同じ等級がある。
二級呪具、
『『何ヲシよウガ同ジことダ』』
「!」
意図しない変動だった。
直撃。首が折れるような音と共に四翼による推力が加算された一撃は
『『とどメダ』』
更に、
これまでの相手であれば確実に終わっていた攻撃だった。しかし、呪霊は気を緩めない。まだ終わりではないと本能が告げていた。
『『殺シそコねタカ』』
「ご明察。しかし『何をしようが同じことだ』等と言いながら随分と狡い真似をするじゃないか、呪霊」
羽根の雨により発した煙が晴れる。その先には一切の傷がない
『『何故生きテいル』』
「反転術式さ。人の呪いたる呪力を掛け合わせ反転させる。そうなると呪力は負ではなく正の力となり、人の肉体を癒し得る。呪いの塊である君たちはこれを喰らうと死に目を見るよ? まあ、俺にそれは不可能だがね」
『『····』』
ゆったりと楽しそうに笑みを浮かべたまま
「それにしても、ようやく術式を見せてくれたね。先程の
術式はゼロからの構築が難しい。とはいえ、ゼロからの構築でしか利用できないという訳では無い。
生得術式というものがある。名前の通りに生まれ得た術式で、脳に刻まれる。誰にでも刻まれる訳ではなく術式を持つ者は限られる。
『『確かめルナド不可能ダ。オマえはモう近づけなイ』』
「羽は飾りじゃなかった無かったらしい」
『『手ト脚しカナい人間にぼクらは倒せナイ』』
「どうかな?」
そして、呪力で強化した脚力での超跳躍で真っ直ぐに接近するそれへと再び羽根の雨が降る。
人間に空中での回避は不可能。しかし、鏡摂《きょうせつ》の身体が何かに引かれるように逸れた。羽根は当たらず、直線ではなく空に弧を描くようにして勢いを落とさずに突き進む。こちらも再び至近で
そこで、意識が途絶えた。
「——がっ!?」
顔に走る痛みで意識を取り戻した
(殴られた、か。しかし、この威力は——)
身体の流れの逆へと目を向ける。
消えた姿は
それでも、拳は空を切る。
跳躍時と同じ不自然な軌道で拳の横をすり抜ける。邂逅は一瞬、だが翼は既に動いていた。二翼による二段階の追撃。最初の一翼は難なく避けられるが、回避の先を潰す二翼目は避けきれず腕を掠める。
そして、時間が飛んだように状況が変わった。
「ぐあっ!?」
衝撃は地を割り、辺りの雨を吹き散らす。
『『モう、逃ゲられナイ』』
「ごほっ、ごはっ···っははは」
呪力強化の上からでも持て余す威力に血を吐きながらも男は愉しげに笑っていた。
『『何ヲ笑っテイル?』』
表情はないが声に不快を滲ませる
『『!!?』』
「君の術式が想定以上でね。視ていた時から先程までは転移こそが君の術式の本質だと思っていた。
羽根の弾丸が声を遮った。
回避した先へ
両手四翼の六連撃。数度の回避には成功してもそれ以上は被弾が増えていく。
最初の一撃と同じ、翼による横薙ぎの一閃。
しかし、それが赤に染まることはない。大地も、木々も、
『———な二』
「こちらだ」
翼の先から五メートルの位置に居合が如き構えを取ってそこに在った。
自分のような転移か、それとも空で羽根を避けた際の術由来の何かか。男のまるで自らの術式が転移に関連しているかのような発言とこれまでからして異質な謎の構え、空で曲がることなどのこれまでの原理不明の動き。
そして、判断する必要も無いと考えていた。
また、時が飛んだように位置関係が切り替わる。
『『ッ!?』』
しかし、結果は先刻とまるで異なった。
手は男へ到達することはなく中途半端な位置で硬直する。呪霊が原因と察した事象は二つ。一つは目の前の男を中心として球形に囲み、呪霊の半身と接している透明なナニカ。二つは自身の身体にある違和感。
『『ソ、れはナンだ』』
「簡易領域。領域とは全ての人間が体の内に持つ独自世界、生得領域で世界を塗り潰す術を指すが、簡易領域とはその生得領域を結界術で区切った界の内に薄く展開する技術さ。だから、塗り潰すとまでは行かない。だが、生得領域とは自分の在り方、心そのものだ。それにより世界がある程度でも満たされているのなら、世界は自己を後押しする。そして、他者を阻害する。その結果、ある程度術式を弱められるという訳さ。君の在り方からしてこちらの術式は効きが悪そうだったからね、使わせてもらったよ」
球形に世界を区切る透明なナニカ、簡易領域が消える。
「それにしても、思った通りだった。君の術式は他者または他物体への接触による呪力貸与と、それを消費して行う行動の省略だね。それに、呪力に対する省略可能行動量の予測も大方当たっていたようだ」
推定術式事象の一度目の時点では転移の派生だと考えていた。二度目にはその考えの間違いに気づきつつ、喰らった一撃の威力に違和感を覚えていた。首を折るほどの一撃を放てるというのにただ吹き飛ばす程度に成り下がっていたからだ。三度目の後の攻撃の際、自身に呪霊の呪力が付着したことに気が付き、そして四度目に発動と同時に付着した呪力の消滅を確認。それにより
「あの転移からして呪力貸与対象は複数選択できるようだが、貸与量に上限はあるのかな? それでは少々困るのだがね」
術式発動の三度目、転移。これだけは
つまり、
だとすると、何故それを使って攻撃しないのかという疑問が残る。そこで思い当たったのが直接貸与対象にしか干渉はできないという可能性だ。これまでの術式発動時には不自然な硬直があった。ならば、攻撃を伴わないただの転移では距離を潰せても結局できた隙で距離を取られるか、反撃を受ける。
それならば使う意味がない。
『『知ルか』』
「何故そうも身体が重いか、気になるだろう」
転移。しかし、終了後の瞬間的硬直が終わる頃には攻撃範囲から消えている。
「ふむ。君からの頼みの声が欲しかったところだが、まあいいか。これから長い付き合いになるんだ。君の術式を知るだけ知っておいてこちらから何も明かさないというのも不公平だからね。俺の術式を教えてやろう」
笑みを深めながら、しばらく勿体ぶって告げる。
「俺の術式の名は写身操術。鏡世界を操る術式だ」
『『····』』
つまり、ここから新たな可能性を提示しなければ勝利はない。
「そこの水溜まりを見てみると良い。そこには君が映っているだろう。もし、それが本当に君だったのならどうなると思う?」
水面に映る自分。それが本物であった場合、自分が二人いることになる。
「呪霊。思い当たることがあるだろう? 特に君のような双子のような特性を持つ存在としては」
『『!!』』
「双子。世界そのものからは同一人物として扱われる他人。才覚が均される哀れな二人」
才覚を水とし、個人を容器とするのなら、本来才覚は一つの容器に注がれるだけだ。しかし、双子は容器が繋がっている。個々人の才覚という液体の水位は同じように均されていく。
「まあ、完全に均される訳では無いのだがね。人間はただの物質ではない」
『『····写身ヲ双子の片割レトして扱ウとイイタいのカ』』
「物分かりが良いな。素晴らしい。とはいえ、大した受け皿にはなり得ないがね。二分の一は望めない。術式だからこそ成立しているが、かなりの無理を通している。君なら尚の事だ。写身はあくまで双子だろうが写身を一つとして扱う。増設される容器は一つだ。つまり、二に対する一ではなく、三に対する一になってしまう」
「それでは、ここから俺のこの移動について教えよう。ここまでは写身操術の副次作用のようなものだったが、ようやく術式の名に相応しい説明ができるな。写身操術は名前の通りに写身を操るだけの術式だ」
ほら、見てみろ。と再び水溜りを指差す。そうすると、水面の像が呪霊の動作に関わらず動き出す。
「これだけだ。これが術式順転【鏡界乖離】、あの動きの前段階にあたる。少し前に反転術式について語ったがあれに用いる正の呪力は術式行使にも利用できる。それが術式反転【鏡界転写】。効果は【鏡界乖離】による乖離をこちらの世界に適応すること。生憎こちらは基本的に他者に使うのは難しいがね」
自身の手の内を明かす度、
今はまだ力の逆転は起こっていない。しかし、このまま開示が続いていけば、それは時間の問題となる。速さでは追いつけない。これまでの手の内はとうに明かされている。詰みとも言える状況。だが、現状を打破する糸口を
『『
「!?」
男が見せた簡易領域、そしてその説明から呪霊は自らの内の生得領域の把握に全力を尽くしていた。
簡易ではない領域。それを男は生得領域により世界を塗り潰す術と言い表していた。世界を塗り潰すことができたなら、世界の後押しは今の無くなりつつある力量差をもう一度突き放すに足るものになる筈だと、呪霊は考えた。
領域展開。それは呪術の最奥であり、術師間の戦いにおける究極の一手でもある。簡易領域での生得領域の空間密度を十とするなら、領域展開は百。空間を自分そのものへと変異させ、空間を完全に支配する。
心象風景、生得領域の把握には成功した。
行うのはその展開。世界をどのようにして自己へと変えるか。内にある貸与を司る意識は領域の展開を自己を
同時に、術式対象が拡張される。
現在の術式適応対象は生物と無生物どちらも対応していたが、実体として触れられるものに限定されていた。その対象が空間にまで及ぶ。
全身が触れている大気への呪力貸与が始まった。空間が持ちきれなくなった呪力はさらに先へと拡がり、呪霊を中心として簡易領域と同じく半球状に拡がっていく。呪力で満たされた空間。それはある種の界となり、満たされていない空間との境界を擬似的な外殻とした。続くように生得領域が上乗せされ、簡易領域を超越した重さを伴い世界が急速に変質し始める。
「惜しいな」
男の言葉が聞こえたその時、領域が軋んだ。
呪霊の領域は領域展開においての最終要素を欠いていた。すなわち、外殻の
生得領域が、外殻から溢れ出す。
呪霊にはもう、何もない。この先に男に勝つ展望が。領域を崩壊させる訳には行かない。維持に全力を賭してもみるみる内に空間が元の姿を取り戻していく。
((コンな、トこロで———))
白熱する思考。呪術操作を担う脳が領域展開という極大の呪術行使に悲鳴を上げる。そんな中で——
『我は新世—、主——の術———える。——填製による術——性を用——ば————』
声がした。途切れ途切れで意味はまるで解せない。だというのに、変化があった。無かったはずの経験が、知識が、溢れ出すのではなく。
音もなく、完全な外殻が構築される。噴出は止まり——
——領域が完成した。
『『【
完成し、閉じられた領域。内は
((何故せイリつしタ?))
領域の完成と同時に感じ取れていたはずの技術と知識、声が聞いたという事実から消滅していた。故に、もはや
ここで勝負を決めなければ後がない。そう確信しながら初めてとなる領域の利用を開始する。
領域へ術式は付与されている。その利点は領域内における術式必中。生得領域という自己の内にいるからこそ術式の発動に接触は必要ない。この場では接触なしでの貸与省略が可能になっている。
不可視の蹂躙が始まる。この状況が、このままであったなら。
「土壇場で領域をモノにするとは末恐ろしいな! だが——」
技能、知識。その面において男は
「領域展開」
そんな一言で、
「【
球形の完全な鏡面が呪霊と男を閉じ込めた。黒い瞳が上から、白い瞳が下から世界を見渡している。
『『ッ——』』
「ここまでだ」
勝敗はここに決した。
それでも足掻こうとする
「【鏡界転写】は基本的に他者に使用できないと話したが、どうすればその基本から外れるのか教えよう。この術式の発動可能対象足り得るかを決める要素は二つだ。術師間の力量差と鏡面がどれだけ被写体を正確に写しているか。君は領域展開で大きく消耗している。そして、この領域の鏡面は対象を正確に写し取る。だから、君は基本から外れたという訳だ」
領域展開【
「呪力の貸与。もしそれに上限がないのなら時間をかけることで無限の呪力を持つ術師を生み出せる。そうなればあとは出力の高い個人の割り出しと彼の
領域が解かれる。
「そろそろ、彼らが来る。ここで待っていよう」
『『······』』
「領域は解いた。もう喋れるだろう? ははは、負けて喋りたくもないのだろうが俺もかつて国に挑み手酷く負けを晒したことがある。同じく敗残者だ。仲良く行こうじゃないか」
『『········』』
「まあ、仲を深めるのは追々の楽しみにしようか。言ったろう? 『長い付き合いになる』と。俺は死んでいるかもしれないが類する者たちと計画の終わりまで共にあり続けることになる。その時は術式だけになっているかもしれんがね」
楽しげに笑う男を表情のない呪霊は目だけで睨みつける。
『『いずれ殺してやる』』
「国を落とした後でなら、お好きに」
彼らは最後の手札を手に入れた。雨の降る木々の中で、この日彼らの国落としは本当の意味で始まった。
そして、時は200年は経過する。