共生型転生したけど共生対象の環境がヤバそうだから助けたい! 作:地底土竜
「成果はどうだ。少しは呪力量が増えたのか」
国落望は捧己羽に問い掛けた。
表情に感情を感じ取れる程の変化はない。ただ少し退屈したような雰囲気を千里は声音から感じ取った。
「実感できるほどじゃねえな。てめえこそ国落としとやらは進んでんのか?」
ぶっきらぼうに言い放つ捧己羽。あまりの態度に『大丈夫!?』と内心で戦々恐々とする千里だったが、目の前の男は特に気にした様子もなく続けた。
「下準備は終わりが見えてきた、と言ったところだな。尤も、私はその先を見据えているが」
男の目に迷いは見えなかった。退屈そうな雰囲気はそのままに何の揺らぎも見せずにそう言った。
国家転覆。それに完了させるということを当たり前のように捉えている。それどころかその先を見据えている。
「先?」
「ああ、国を滅ぼした後は外を滅ぼそうと考えている」
『!!』
国落としの先、外の世界の転覆。国の次は他すべて、言葉で言うなら簡単だ。だが、これは現実で起こすこれからの計画の話であるはずだ。
『(この人···言ってることの意味分かってる?)』
世界の広さは一国の比ではない。呪力という力があったとしてもそれでどうこうできるような想像はまるで出来なかった。
捧己羽と修練の間に呪力の話をさらに深掘っていた。その時の話によると術師の攻撃力は本人の呪力出力に依存する。呪力出力は修練により少しは伸ばせるらしいが先天的な要素が強く際限なく伸ばせるものではないと言っていた。
それでは人間の持つ兵器を打倒し尽くせるとは思えない。
『(捧己羽の術式みたいな例外的な力でもあれば可能性はあるかもしれないけど···)』
捧己羽の術式は他者の呪力量を自分の呪力で引き上げる。使用すればそれっきりの使い捨てタイプにはなるらしいが、呪力量も呪力出力と同じく先天的要素が強いらしい。それを考えると他者から見て素晴らしい術式ではあった。
国落望の術式がそれに対して呪力出力を底上げするタイプであるのならあるは成せるのかもしれない。一撃で地平の彼方まで薙ぎ払えるのであれば何であれ対抗できないのだから。しかし、捧己羽によると力を増強する系統である可能性は低いようだ。
そうなると搦手を使う必要があるが、その行動に適した術式である可能性は一体どれほどなのだろう。そもそも国落望はそういう振る舞いが可能なのか。
『(···情報が不足しすぎてる)』
一度思考を打ち切り、外の声に耳を澄ませた。
「世界? まあ、何にせよだ。まだ掛かるってことで良いのか」
国を知らない捧己羽は当然さらに外も知らないようで視界を傾げながら流して必要部分だけ抜き取った。
「そう思ってもらって構わん。呪力量が多いに越したことはない、そうだろう?」
それを聞いて千里は少し安堵した。猶予はゼロではない。何も分からないまま事が動く、なんて最悪の事態は免れたようだ。
「全くもってその通りだよ。じゃあ、手出せ」
言葉に手を差し出すことで応じた国落望。その伸びた手を乱雑に掴んだ捧己羽から呪力が移動していく。部屋全体を包む莫大な呪力のせいで大きな差は感じられないが、確かに他者への呪力貸与は成立していた。
しばらくして、一気にくたびれた様子の捧己羽がため息を吐きながら手を離した。
「終わりだ。帰るぞ、良いな」
口早に言って背を向けると戸の方へと歩き出した。
「良いとも。呪力は十全に回復させ、無駄事に使わぬのなら私はお前を制約しない」
そんな声を背後に受けて部屋をたった。
部屋を出て少し歩くと捧己羽は立ち止まって一息つく。
呪力を底まで消費して疲れたようで足取りは重かった。
『大丈夫?』
(これまで何度もやってきたんだ。慣れている)
『···それなら良いんだけど』
再び歩き始めた方向は食処に向いていた。昼も夜も分からないが起きてからの大まかな時間感覚的に夕食だろうと推察する。
食処に千里が来るのは初めてではない。修練時間の休憩の際に訪れていた。その時には玄米、味噌汁、大根の漬物という典型的な一汁一菜が出てきて謎の感動が千里を貫いたものだ。
『(味覚共有してないし味わかんないんだけどね)』
残念ではあるが手段がない以上仕方がない。
いつの日かの味覚共有の可能性に夢を見ながら透明の地面に横たわった。
そのせいで上に前進しているような不思議な感覚を味わっていると食処の入り口が見えてきた。
捧己羽が中に入ると···。
「
おかっぱ頭の少女と目が合った。
「おー捧だあ。みんなぁ帰ってきたよ!」
すると少女はぱたぱたと歩き回って団の皆を呼んで回る。
捧己羽が言った通りこの子供の名前は佳成だ。名前の厳つさとは裏腹に団の最年少でしかも二人目の術式持ちだったりする。
佳成は最年少というのもあって火元も包丁を使った調理も任されてはいない。代わりに手元には一冊の分厚い本があった。本というのははかつてこの団に所属していた人たちが記した調理に関する本で、それにより今は学びを深めている段階とのこと。
「捧ちゃん! 少し待っていてね!」
団の皆(佳成除く)は絶賛調理中だ。休憩時間の際には捧己羽も参加していたのだが、国落望に呪力貸与した捧己羽を慮ってその日は他の皆でご飯を作ってくれるらしい。
「毎度のことだが悪いな」
「構わないさ。疲れに疲れた捧を働かせる方が心が痛いよ」
そんな風に言うのは短髪の少年だった。名前は
「包丁で手切っちゃいそうになるかもだもんねぇ。おそろしー」
ピョコンと頭を出した佳成は少しだけ意地悪そうな表情を浮かべて言った。
「ぐぅ」
『こんな綺麗にぐうの音でることあるんだ』
感動しながら同時に会話の流れで推察する。
『君、もしかしなくても今の体調のまま無理言って料理に参加しようとした感じ?』
(···まあ)
聞いてしまったのが申し訳なくなるぐらいとてつもなく歯切れの悪い返事が返ってくる。
今の体に欠損はない。恐ろしい話ではあったが何事もなかったことは既に分かっているので千里としては一安心だ。
『手は無事だった? って聞こうとしたけど呪力あるし危なくはないか』
呪力は肉体の強化にも使える。強化を行えば包丁の刃を受けても大した傷にはならないだろう。
(···疲れで呪力操作は死んでいた)
安心が爆速で剥がれ落ちた。
『いや、え、大丈夫だったの!?』
(多毘のおかげでな。あいつが呪力では包丁を弾かなけりゃ切り落とされていた)
身体、物体、術式などを介さずとも呪力はそれ単体で攻撃に使える。効率的な面で推奨はされないらしいがその非効率が捧己羽を救ったことに千里は感謝した。
『こ、こわぁ。ホント、無事で何より過ぎるね』
(ああ)
「あの時は魂が抜ける思いだったよ」
そんな灯恪の言葉に捧己羽の気配が一際小さくなった気がした。
それから、料理の完成まで会話は続いた。
千里はその会話を聞きながら話しながらもテキパキと料理を続けている灯恪の様子を『器用なもんだねー』と思いながら眺めていた。
『(そして待ちに待った実食! ···食べれないけど!)』
夕食は前とは違い一汁二菜形式で漬物は大根ではなくカブに、そして増えた枠は煮豆、他は据え置きとなっている。
『(前ほどじゃないけどこの量だとお腹空かないのかな)』
千里から見てその食事はひどく質素だった。これも外とは違う点なんだろうか、と考えながら先刻まで佳成が持っていた調理の本に意識を向けた。
あの本は代々継がれてきたものなのかかなり古びていた。
『(ここは一体いつから始まったんだろう)』
この本からしても相当な時間が経過しているはずだ。
『(それにしてはあの人が若すぎる気もするけど)』
国落望は見た目から大人と分かるほどではあったが、それでも高く見積もって二十代後半あたりだった。
『(すべてを始めたのがあの人ならここを作るっていう段階でかなりの時間を消費しているはず)』
修練時間中の捧己羽に聞いたところ他の団は両手じゃ足りない数も存在しているとのことだった。一つの団には同じような部屋がそれぞれに用意されているという話も聞いている。
『(広すぎるんだけど。適した術式とかあったとしてもハチャメチャに時間かかりそうだよね、作るの。今度こそ若さを維持する術式かも)』
この本、この建物。諸々の面から考えて国落望が長命か、同一ポジションの先代がいたという可能性に思い当たった。
『(もしも先代がいた説が正しいならあの人にも今みたいな時間を過ごした時期があったかもしれないんだ)』
捧己羽と同じように生まれて、同じように育つ。しかし、そうなると捧己羽における団のみんなのような他の人間はどこにいるのかというのが気にかかった。
『(というか団のメンバーって最終的にどうなるんだろう?)』
師匠は生得術式を持たない人間が選ばれる。生得術式持ちは一生をその修練に費やす。とはいえ、それだけではないはずだ。
術式持ちは多くない。捧己羽の他にも実は一人いたりはしたがその人を除いて生得術式を持っていない。術式所持者は多くないのだ。未来の区分がそれだけならば師匠こと指導者の枠はもっと多くあるべきだ。教える側が多い方が効率だってきっと良い。
あまりにも数が合わない。
『(先に、何があるんだ)』
師匠でも若すぎるぐらいだった。ここがあり続けた時間からして大人が国落望の他にいないというのはおかしな話だ。
『(国落とし絡みだろうけど、一体何を? 捧己羽なら分かるのかもだけど···)』
捧己羽は団の皆と会話に花を咲かせている。流石に今こんな疑問で水を差すほど千里は情報に飢えてはいなかった。
『(またあとに聞かせてもらおっか)』
一つ伸びをして目を瞑った。一日新しい情報を取り込むために思考回路を回し続けていた千里も割と疲れていたのだ。生得領域内で疲れるのかも意味があるのかも分からないが。
食事も終わり、自室に戻ってきた。
『聞いていい?』
(なんだ)
『団の皆って師匠以外には何になれるの?』
空間には一人だけ。質問するにはうってつけの状況だ。ウキウキで質問する千里だったが···。
(———さあな、知らねえ)
返答には不自然な間があった。明らかに何かに言い淀んだような数秒の空白が、あった。
生得領域で彼は言っていた。隠すこともある、と。思考を共有しているからできないのかと思っていたが、違ったようだ。
『(こっちかってこうやって聞かせずに考えることはできるわけだし、当たり前といえば当たり前かぁ)』
無理には聞きたくない。とはいえ、俄然気になる。何とか堪えて言葉を返した。
『そっか。了解』
団の未来には話せないほどの何かがある。おそらく、国落としに密接に関わることだろう。
『(···良い予感しないな)』
楽観視するのは難しかった。
捧己羽の声は暗く、悲しみすら混じっているように聞こえたからだ。
『(僕にも体があったらな。もっと助けになれたはずなのに)』
初めて出会ってから一日も経っていない。それでも、捧己羽が縛りを結ぶ際に見せた公正さや唐突な質問にもしっかり答えてくれる優しさ、団の皆と彼の家族のような関係性を見て彼らの今を壊すようなことが起きて欲しくないという思いは強くなっていた。
『(どうしてこんな形で転生しちゃったんだろ)』
今のままではただ心の中で喋ることしかできない。常識が違うという点はあるが、それが一体何の役に立つというのか。
歯痒かった。
だから、手を伸ばした。何ができると思ったわけでもない。ただ悔しくて外の景色を意識して、手が境界を越えることを願って。
「あ?」
困惑したような一音が響く。実際、捧己羽は困惑していた。理由は簡単だ。降ろしていたはずの腕が何故か前へと真っ直ぐに伸ばされていた、なんてあり得ないことが起こったからに他ならない。
意図しない挙動を、認識できない速度で終えていた。体が操られてその間の意識が飛んでいたのかと疑い、その候補となる千里に警戒を向けようとしたその手前で違和感を覚える。それを手繰ると一つの変化が感じ取れた。
捧己羽が千里に術式を見せたあの時、勿体なくて壁に貸与したままにしていた呪力が減っている。
消えた呪力と自身の動き。その二つに繋がりがあることを捧己羽は本能的に理解した。
同時に千里への警戒を数秒前までの基準に戻した。
この感覚により得られる理解が正しいものだと知っている。そして、この理解の発生理由が彼の術式であることも。
〘···術式の記憶。最初の頃はよく助けられたが、未開の領域があったってのか〙
より詳しく言えばこの現象は
(おい千里、おまえ何かしたな。白状しろ)
湧き上がる記憶により発動の原因が中の奴にあることを掴んで聞く。
『は、はいぃ。ちょっと手伸ばそ〜って動かしたらマジで動いちゃいました。そっちでも動いてるよね? 幻じゃないよね??』
生得領域の中には冷や汗をダラダラ垂れ流しながら気が動転しまくってる千里がいた。
(違う。確かに起こった)
『縛り結び直そう? 上手く行ってないんじゃ』
千里はこれが術式による現象だと分かっていない。縛りが口約束的アクションで完了してしまったことからその失敗を疑っていた。
(そちらに関しても問題ない。それより聞かせてくれ、目覚めてから生得領域内で体を動かしたのはこれが最初か?)
『それは違うよ。寝転んだりしたし』
(今回のと他で違いはあるか?)
『そーだね···さっきのは僕もご飯食べたかったなーって思いが籠もってた、けど。原因それかな?』
(それだ)
言葉から
『そうなんだ! これからほんっとに気を付けるからごめんね!』
(気にしなくていい)
本当に気にしてはいなかった。肉体の制御権は損なわれておらず、千里が肉体を使おうとしたのが今が初めてだと分かったことの方に価値がある。
そして、それ以上に手札が増えたことに意味があった。
〘制御者の選択権を残しておいて良かったな〙
瞬間的に肉体所有者を切り替えれば捧己羽でもこの効果は発生させられる。
〘しかし、千里ありきというのは気になるな〙
千里は完全に信頼できない。記憶がないということはある程度信じたが、戻った場合どうなるかは分からない。転生者という要素が捧己羽にとって絶望的なまでの不安要素だったからだ。
本人が知らなくてもその意識を通して観測しているという線だってある。その場合、この新しい手札も漏れたことになってしまう。
〘あいつの口振りからして事を起こすのはまだあとだ〙
国落望のこれまでの言葉と進捗の具合からして次の進展までにはかなり時間がある。
〘それまでにこちらも準備を進めなけりゃならねえな。限界が先に来ないといいが〙
不安定で不確実。それでも捧己羽には成さなければならないことがあった。