共生型転生したけど共生対象の環境がヤバそうだから助けたい! 作:地底土竜
国落望と初めて会ったあの日から少しの時間が経った。
ほぼ毎日の訓練メニューに定期的な国落望への呪力貸与。その間隙に情報を集めて千里の呪術に関する知識もちょっとはマシになってきたところだ。
とはいえ、マシになった程度でどうこうできることがあるわけじゃない。毎日呪術に没頭する団の皆の足元が見えた程度だ。国落としは今も進んでいる。一刻も早くそれを妨げる何かを発想しなければならない千里だが方策はまるで立っていなかった。
光明は差し込まず、それでも日々は巡っている。今日はそんな一日。
「ねえねえねえねえ!! 聞きなさい! あたしさ!!!」
外からの大声が響く。捧己羽の視界を通して外を見ると長めの髪を薄っすらツインテールっぽい感じに纏めた少女が捧己羽に話し掛けていた。
彼女も団の一員で当然千里も知っている。名前は
「簡易領域! 使えるように! なったの! よ!!」
簡易領域。領域展開という千里のいる生得領域を実世界に押し出す技術の名前のとおりの簡易版だ。今の団で使える人間は師匠一人だったのでとても凄い。
「本当か! 凄いな、それは」
「ギッタギタにしてあげるから覚悟してなさいよ!」
「はっ、受けて立ってやるよ」
今は修練の時間でその内容は一対一の実戦戦闘。素手か、木刀のような稽古用の武器を用いるか、術式はありかなしか。団に所属してすぐの適性把握段階では身体に呪力を上手く流すための訓練としての側面が強く素手での軽い組手程度だが、ある程度経験を積んだあとならそういう細部は互いで決めることができる。
今回の二人は武器ありだ。千里としては危ないし武器なしデフォでいいのでは? という感じで捧己羽に聞いてみたことがあるのだがその時の回答は「使い続けられた武器には呪具化もしくは術式が刻まれる可能性がある。だから極力使った方が無駄がない」とのこと。
使い続けたものに術式は刻まれる。例えば火を発射する術式があったとして、その火の発射口を何でもない木の棒にして使い続ければその木の棒に術式が刻まれるのだ。
刻まれるか、呪力を通して使われ続ければ普通の物質が呪力を持ち、呪具というものになるのだとか。呪具の作り方は他にもあるようだが、ここでは専らそうやって呪具を生成しているらしい。
『(調理用の火とかも呪具で出してるヤツって話だもんなー。ガスとかいらないのは色々夢みたいな話だよね)』
世代を通して呪具を増やし、生活を豊かにしていく。今の生活は過去の積み重ねがあったからこそ。今の世代も積み重ねてさらに豊かに。
『(ここって、やっぱり結構長いみたいだ)』
佳成が読んでいた料理本以外にもこれまでの団の呪術の知識を書きまとめた分厚い書物もあり、それ以外にも過去の生活の痕跡は様々な形で残っている。
だというのに大人がいない。今までの間に他の団による機会があったが皆若かった。
『(何かしらのカラクリは確かにある。きっと、捧己羽はそれを知ってる)』
彼は隠した。聞いても答えてはくれないだろう。
『(無理強いも嫌だし、どうしたものかな)』
途方に暮れている千里の外で二人の戦いは始まっていた。
「ふっ———」
先に動いたのは更見。姿勢を低くし左足で踏み込んで獲物の木刀による水平一閃。捧己羽は一閃を同じく木刀で上へ払いカウンターで打ち倒すために刀身斜め下へと向けて構えた。
「なんて、ね!」
しかし、捧己羽に見舞われたのは左足による蹴り。脚での防御は間に合った。それでも虚を突いた一撃は捧己羽の姿勢を崩す。
「ぐっ」
その隙を追撃の突きが穿つ。
胴の中心を狙った一撃に木刀を合わせる。だが、崩れた姿勢で踏ん張りが利かず着弾点を肩口にずらすことが精一杯だった。
「がっ、ああぁ!!」
「あ」
直撃。木刀が肩から右半身を後ろへ吹き飛ばす。その勢いを利用して強引に転身し渾身の蹴りを放つ。
「痛った! やるじゃなの!」
蹴りを食らった脇腹を擦りながらも愉しげに更見は捧己羽を褒める。対する捧己羽もまた愉しげだった。
「だろ。で、簡易領域は使わねえのか」
「無しでも倒せるか試してたのよ。これから使うわ」
腰は低く、刀は納刀しているかの如く腰へ。更見はまるで居合でもするかのように構えを変える。
「簡易領域」
言葉とともに、変わる。更見の周辺空間二メートルが球形に区切られた。
外にはシン・陰流という呪術の流派があるようで、簡易領域はその流派に所属する者が主に扱う技術のようだ。なんでも呪術知識書によると団というシステムが形成される前にここに所属する誰かがシン・陰流の門下生の簡易領域を目コピで奪って勝手に体系化しているらしい。
呪術知識書は元々書物というより技術メモ兼日記的なものが転じたものらしく昔のこともある程度わかるようになっていた。
昔は外に出られないなんてこともなさそうで、外に呪術を使う勢力は確実にある。それだけでもかなりありがたい情報だった。
「領域内に入った相手への反射的反撃。それでも十分に恐ろしいがその場合——」
髪の毛を一本引き抜いて、呪力を通してダーツの矢のように投擲する。
簡易領域とは基本的に対領域展開用の技能である。領域展開には大体領域内にいる者への術式の必中機能が搭載されているが、簡易領域ならそれを打ち消せる。
ここまでの説明では今のような対非領域所持者には無価値に思われるだろう。しかし、領域には簡易であるに問わず使用者の呪力出力上昇効果が存在している。
加えて、領域には術式が付与できる。ゼロから構築した術式を領域に付与すればその保持も可能だ。
書物に記された簡易領域に付与される術式は領域内に入ったものを反射で迎撃するオートカウンター。領域による火力上げと反射による速度上昇という二つの恩恵を受けて放つ攻撃は強力だ。
利点は多いが同時に欠点もある。オートカウンターはオートであるが故に対象を選べない。
カウンターに動いた身体は隙を晒す。そこに攻撃を叩き込む。これがセオリー。
(だが、そんな分かりきった対処を想定してないとは思えねえ)
領域に髪が触れる。
「!!!」
弾けた。
領域が触れた途端髪が弾け飛んだ。
カウンターはカウンター。しかし、身体は動いていない。
「落花の情って知ってるかしら」
「御三家とやらの秘伝だったか」
外の呪術家系にはそう呼ばれる一族がいる。それに連なる者のみが知るはずの秘伝。それが、落花の情。
落花の情は領域対策で、必中する攻撃をその傍から呪力により叩き潰す。身体を使うより威力は落ちるが量に対して強い。そして、本体の隙が減る。
それを更見は簡易領域に付与したのだ。
「こりゃ、中々堅牢そうじゃねえか」
「そう、じゃなくて堅牢そのものよ。どこからでもかかってらっしゃい。潰してあげるわ」
落花の情は呪力のみによる攻撃だ。更見と捧己羽の呪力出力に大した差はない。全力で一撃を振るえば落花の情そのものの貫通は容易い。
(だが、減衰させられちまう)
更見はその緩みを狩りに来る。
(本命のカウンターに落花は使えない。てこたぁ回り込めば死角って思いたいが向き直られて再発動で終わりだろうな)
術式は使い物にならず、武器は同じ、単純スペックにも差はない。多少の出血は前提になる。
その上でリスクを最小にする手は···。
最大限の呪力強化で肉体、武器を強化。右手に持った刀を右肩に担ぐようにして構える。
(術式として構築されている以上、通常呪力操作より効率的かつ強力。呪力だからってこっちの呪力でどうこうってのは現実的じゃない)
前へ飛び込む。
簡易領域への接触を前にして刀を逆手に持ち替えた。
(だとしても、だ。あくまで呪力による反撃。実力が拮抗しているなら呪力強化した武器の投擲でも落花の情は抜ける)
至近での投擲。減衰はあったが、読み通り木刀は境界を越えた。もう武器はない。一度きりのチャンス。モノにできなければ敗北必至。
(要するに、ここで勝てば良いだけだ)
「ま、そう来るわよね」
更見が動く。簡易領域が、消える。
(アレをどう凌ぐにしろ、その間に素手の間合いに入ることが出来る。この状況を想定しちゃいるようだが···どう出る?)
更見は木刀を逸らすでもなく、真正面から受け止めた。両の手で柄を握って。
隙だらけだ。その選択はあまりに不可解。止まりそうになる思考を何とか動かそうとするが、次の動作で完全に止まる。
更見が木刀から両手を離した。
「は——」
衝突する二振りの木刀は勢いのまま更見へと進んでいく。
「落花の情」
捧己羽の視界が暗転する。
直後に感じる痛み。頭と腹に落花の情で呪力に弾かれた木刀が命中していた。
「あ、ぐ」
「あたしの勝ちね」
揚々と言う更見を妨げることもできず、捧己羽は敗北した。
「ぐぬう」
「あーっはっは! 見たかあたしの新技達を!」
「次は目にモノ見せてやる···」
「そ、励みなさいねー」
「ああ、待ってやがれ。それにしても、おまえ落花の情まで覚えてやがったのか」
「ふふ、驚いたかしら。習得には骨が折れたわよ」
「そりゃあそうだろうな。簡易領域に落花の情。領域対策二つを覚えきったんだぞ。俺はまだどっちの足掛かりも得られてないってのに」
団での年齢順は上から師匠→多毘→灯恪→更見→捧己羽→佳成となっていて更見は下から三番目、そして佳成と比べても捧己羽と団の所属時期が近い。つまり、最も等条件で競い合える関係という訳だ。
だからかこういう風に戦うことも多いようで、口調も砕けていて一番気安い関係性だと千里は感じていた。
「今日の術式構築はあたしがついてあげよっか?」
修練時間の内容は幾つかあるがその内の結界術や簡易領域のようなゼロからの術式構築を含むものを纏めて術式構築と呼んでいる。
「頼む」
更見が手を差し出す。その手を掴んで捧己羽は起き上がった。
戦いの後は互いに教え合って、それぞれがそれぞれを強くする。
『(高め合う存在か。僕にもそんな人が···いなそうだ)』
直感は絶望的なまでに反応を示さない。どうやら友人の多い人間ではなかったらしい。
「次は夕餉の真菜を賭けましょうよ」
「そりゃ良い」
「決まりね。真菜もーらい」
「もう勝った気か。気が早いな」
「ふふふ、逆に勝てる気かしら? 今のあたしに」
「勝つさ。今はそうやって笑ってろ。度肝を抜いてやる」
「あーっはっはっは!!!」
「うるさい」
「笑ってろって」
「そうやってっつったのが聞こえてねえのか? さっきはそんな馬鹿笑いしてなかっただろ。あとそういう意味じゃねえ、そのまま取るな」
「えへ」
『度肝を抜くとか言ってたけど秘策がお有りで?』
(······)
『まさか、ないの? 意地張っただけ!?』
(引き下がるのは癪だろ。それに戦いに最初から負け腰で臨むつもりもない。あのぐらいの意気込みはして然るべきだ)
『まあ、それはそうなんけど』
ああ言って同じ負け方するのは中々恥ずかしくないかな。千里は内心でそう思った。
しかし、同時にこうも思った。それでこそのライバル関係なのだろう。見栄を張るまでに相手を意識し、負けないように努力を尽くす。そうして切磋琢磨していくことにこそ千里の知らない素晴らしさなのかもしれない、と。
後日、普通に負けた。