共生型転生したけど共生対象の環境がヤバそうだから助けたい! 作:地底土竜
「どうしたの、捧ちゃん」
「どしたのぉ〜」
「簡易領域と落花の情の対策、教えてくれ」
更見に負けた後、そして再戦(負ける)の手前。捧己羽は師匠に教えを請いに来ていた。その横には佳成の姿がある。
師匠は全体を見て回るが、現在は最年少かつ術式持ちの佳成に掛かりきりになることが多い。佳成は適性把握期間の最中であり、術式所持者でもあるからだ。
「あー、そゆこと。いいよ!」
佳成の修練場所が大広間であることが多く、昨日の二人の戦いは修練場で行われたため直接見てはいないものの師匠な以上勿論知っているので快諾。同時並行で付いてくれるようだ。
ちなみに今日も更見と佳成の場所関係は変わらずなので授業内容がバレる心配はない。
団の師匠とは全てが高水準に秀でたかつての団所属者から選ばれる。そのため簡易領域も落花の情も扱える···かは代にも依るが当代師匠の
「
「わかった!」
佳成の術式は
佳成が片手に持っていた木板を投げる。
「えい」
声と共に手を振ると反対の手にある木製の小刀が木板にひとりでに突き刺さった。木板は空中で縫い留められたように止まる。今の課題はその状態を維持することだ。
「良いよ、その調子! じゃあ、こっちもやろうか」
『(本体から一定範囲までの対象になら術式起点···今回で言うところの小刀は自動で追走する。それに突き刺さった対象は固定出来るなんて効果もある。今は対象に選択できるのは一つだけらしいけど、これからは増えていくだろうし成長が楽しみだ)』
「簡易領域に落花の情を付与。
最初に行うことになったのは実戦戦闘。「身体で覚えるのが手っ取り早いよね」という提案の下、選ばれた。
「それ以前に両方使えるって段階で驚きだ」
「ふふっ、そうね。次代の師匠も狙えちゃいそう」
師匠が基本的に扱っているのは槍だが、今回は仮想敵の更見に合わせてくれたようで木刀に持ち替えていた。
前日の更見と同じように構える。そして、展開される簡易領域。
「昨日と同じ、か」
「その通り。昨日聞いてから試してたんだ。呪力出力も更ちゃんに合わせてるから、気兼ねなく来なさい」
落花の情は接触した相手または物体にカウンターで呪力を解放するプログラムではあるが、単なる呪力の解放と侮ることなかれ。力量差があればそれだけでも相手の指が千切れ飛ぶこともあり得るのだ。
『(威力の調節はありがたいけど更見が時間をかけて作り上げた技術を昨日今日でどうにかするのはどうかと思うなぁ···)』
「そうさせて貰う」
昨日自室で対策については考えていた。同じ力量で手札の多い更見。前提からしてあちらが有利だがその上で何ができるのか。
接近して武器の投擲。隙を作らず落花の情を付与した簡易領域を破るためにはこの工程は外せない。
次の師匠の行動も昨日に倣っていた。まずは復習ということなのだろう。その後も同じように進んでいく。そして、やはり来るのは決め手となった最後の落花。
「おおお!」
飛来する二振りの木刀。それを腕を頭の前でクロスしながら突進し正面から弾き飛ばす。
不意打ちとしては上出来だが、落花の情で弾くのでは投げるより威力が落ちる。このように強引な突破も可能ということだ。そして、落花の情の発動には足を止める必要がある。強引な突撃でもその隙をつくことができなくなる。
『(いよっしゃあ! これでイーブン! インファイトなら!)』
右腕で繰り出される一撃。それを師匠は軽く、しかし当たる間際で躱すと。
「はい、落花の情」
「いづぁ!?」
掠めた腕を落花の情が弾き飛ばす。腕に引きづられるようにして姿勢を崩した捧己羽に立て直す術はない。
「くうぅ、それ強すぎるだろ···」
落花の情の発動に必要な掌印などの構えはかなり簡易だ。
呪術を極めることは引き算を極めること。という言葉がある。それは術式の発動手順や構造を省略することが手の速さを決めるから。術師の戦いは基本的に中近距離戦闘を主とすることが多く、つまり手の速さが生き死にを決めるのだ。
落花の情は呪術名門の御三家の秘伝であり、その御三家が長い年月を掛けて研鑽した無駄なき術式である。だからこそこうも強い。同じ実力でもこの有無で捧己羽と更見の間には大きな差が生まれていた。
「落花の情は近接戦闘でも重宝するんだよね〜。少しでも隙があれば今みたいに差し込める」
「どう対処すりゃいいんだそんなの」
「発動する隙を作らせないよう立ち回るしかないね。幸い簡易領域を使うための縛りは必要みたいだからそこにさえ気を配れば戦える。今日は私と戦ってどこが隙になるか、どうその隙を潰せるかを探していこう」
「承知した。やっぱ、地道にやるしかねえか」
そこから二人の戦いはしばらく続いた。
結果は見るまでもなく連戦連敗。しかし、一戦闘の時間は少しではあるが伸びていた。
「よーし、ちょっとは良くなったかな」
「はぁ、はぁ···まだ全然だ。まだやれる」
「駄目ー、一旦休憩してなさーい」
続けようと立ち上がる捧己羽を手で制すと背を向けて佳成へと歩いていった。
『ねえ、アレ使ったら勝てるかな?』
千里が漂着した最初の日の最後に二人(?)は捧己羽の術式の新しい可能性を知った。
術式により与えた呪力を消費することで、自分の起こそうとした行動を
(無理だな。今の練度じゃ戦闘中の呪力貸与が安定しない。一発分貯める前に敗北するだろうさ)
起こそうとした行動を起こったことにできる。それ自体は強いのだが、現時点では前段階でブレーキがかかっている状態だ。
捧己羽はこれまでに術式を戦闘で扱ったことがない。それに大して呪力操作に秀でている訳でもない。普段やっている平手で行う貸与ができるならその隙に普通に殴ればいいため、殴りに乗せて呪力を貸与するのが理想的だがそれも今はまだ難しいようだった。
『でも、別の物体に呪力を付与すれば発動はできるでしょ。それで背後を取れば···』
(キツイだろ。発動後には呪力が凪ぐ。一度背後を取れたとしても立て直す前に避けられる)
一応、他物体への貸与でいつでも発動はできるのだがその場合、付与物体以外への干渉ができない。そして、発動の後に隙が生まれてしまう。実はこの力には発動した直後に呪力操作がリセットされる。そんな明白な隙、狩ってくれと言っているようなものだ。
(それに、使う予定もねえんだ。考えるだけ無駄だろ)
『いやいや! 考えといて損はないでしょ! どっかで使うかもだし!』
(···まあ、無駄じゃないにしろ今じゃないな。アイツを倒す策を練るのが先だ。現在はさっきの打ち合いの···おまえで言う反省会ってヤツをする時間でもあるんだからな。それに、そういう話をするのならここじゃなく生得領域での方が適している)
『あ! そうだね!?』
生得領域。千里と捧己羽が初めて話し合った場所であり、最近では術式の修練場所として使われている。
生得領域内に居座る千里の意識は寝てる間も完全に覚めていて、目を瞑ることはできても眠ることはできない。
それがここに来てからの生活で分かったが、千里的にはとてつもない苦痛になっていた。最初の数日は自身の生得領域の景色の不思議さに目を輝かせながら歩き回っていたものだが、流石に長すぎる。代わり映えのしない世界でただ一人居続けなければならない現実とそれがこれから死ぬまで続くであろう未来に打ちのめされて早々に音を上げた。
そんな訳で唯一話せる捧己羽に泣きつくと、捧己羽は生得領域への再突入方法の模索を試みた。
結果、再突入は成功し一人は二人になった。
歓喜に震えていた千里を余所に捧己羽はそこで新しい発見をした。なんと、生得領域内でも術式を扱うことが可能だったのだ。
外に影響が出る訳でもない生得領域内での術式行使の呪力消費量は少ない。何故だか呪力消費を気にしている捧己羽は外で術式を使いたがらないが、この場でなら色々検証してくれる。
『(なんで呪力消費をああも気にするんだか。貯めてる素振りもないし···あ、もしかして国落望が呪力無駄にするなよーとか言ってるせい?)』
捧己羽は転生のことをひどく嫌っている風だった。転生はおそらく国落望がしようとしている何かに関わっていて、それを嫌っているというのなら国落望に敵意を持っていてもおかしくはない。
『(ツンデレ的なあれじゃないんなら、いつもの態度とか言葉とかからしてどう考えても嫌いなはずなのに、あんな警告をスルーせずにいるなんて。あっちから感知する方法があったりするのかな)』
国落望と捧己羽の話は初日以外も何度か聞いたが国落望の底は掴めない。何らかの方法で呪力消費を監視している可能性も無くはないのかもしれない。
『(いやホントどうやってって感じではあるけど、僕が呪術について知らなすぎるし可能性があるのが怖いな)』
捧己羽が手にした新たな力は捧己羽の呪力を貸与され続けている国落望に対してかなり強い手札になる。前段階として難易度を上げている呪力貸与という要素を相手から排除してくれているからだ。
呪力操作のリセットと純粋な力量不足から今の時点で勝ち目は見えないが、術式をより深く理解して呪力操作がリセットされる原因を掴み地力を上げれば倒せる可能性が生まれるかもしれない。
国落望の術式と持っているであろう呪具の効果。そして、捧己羽は国落望をどう思っているのか。それらが知ることができたならば国落とし阻止に近づくだろう。
『(そーは言ってもそこが難しいんだけどね)』
これまで長い時間をかけて呪具は蓄えられてきた。団で扱っている呪具はほんの一部に過ぎないのだ。
あの部屋で見たものだけでも、大型の剣のようなものに国落望の背後にあった巨大な装置のような呪具らしきものがあった。
それらですら未だ未知数だというのに、その全てを調べて対処法を考えるなんて無茶としか言えない。
ここでは術式を刻むことによる呪具化が主流ということは敵対した場合に無数の術式がこちらに牙を剥くということだ。これは新しい力の欠点だが、起こったことにした行動を起こすためにあったはずの過程の行動中に受けるダメージは同じく起こったことになる。
もし、落花の情の上位互換的な超火力オートカウンターを相手が発動していた場合に殴りを起こったことにしようとするとこっちの右腕が弾け飛んで相手は無傷の状態で捧己羽の術式の新しい力は停止する。
相手の術式のバリエーションが多いだけこっちが負ける可能性があまりにも高くなる。この力を極めても倒せる可能性が生まれるかもしれない、今は本当にそれだけだ。
その可能性を確実にまで引き上げる発想が必要だ。
『(そんなのある? そもそもの話、捧己羽がどう思ってるのかも分からない。国落望と戦おうと思っているのか、そうでないのかすらも。そう思ってくれて、その上で僕に手を貸してくれるっていう二つの条件がなければ僕は国落望を止める土台にすら立てない)』
そこまで考えて、思い出す。
『(って、これじゃいろいろダメだろ。捧己羽たちを危険にさらさないために国落望をどうにかしたいって思ってたのに捧己羽を危険にさらすことを望むなんて。でも、僕の発想程度だけで何ができる)』
考えても答えは出なかった。
『(今はまずできることをやろう)』
捧己羽の術式は千里が起こそうと思ったことを貸与した呪力を消費し、起こさせる。捧己羽は千里にそう説明した。何やら術式の仕様は正確に分かるようでその説明に間違いはないらしい。
『(けど、僕にはそれができなかった。起こそうと思っただけじゃ、術式は発動しなかった。実際に体を動かしてようやく捧己羽の起こったことになる)』
本来なら思考の速度で済むことが、何らかの理由で千里の実際の行動を必要としてしまっている。それではあまりにも遅い。
『(何もできないどころか足を引っ張るなんて言語道断だ)』
同時刻、修練場では更見が次の戦いに備えて新たな手を考えていた。
更見が秀でているのは術式構築である。
だからこそ、簡易領域の習得は早かったが、まだ成立に必要な縛りは多い。現状、簡易領域の発動中に身動きが取れないのだ。
(だから、そのために落花の情を組み込もうと考えたのよね)
結果、前の戦いは勝利で終わった。次も勝てる可能性は高い。なにせ落花の情は近接戦闘で無類の強さを発揮するのだから。
(···何だか落花の情が本命って感じね。元々、簡易領域の欠点を埋めるために覚えたものだってのに)
思わぬ収穫だった。
習得には骨が折れたが簡易領域ほどではない。その差は結界術要素の有無にある、と更見は結論付けている。同じ術式構築を基幹とする技術にも細かい得手不得手があるのだ。
おそらく、結界術の側面を含む技術を苦手としている。
(はーあ、あいつどうせ蓮師匠に弱点でも聞きに行ったんでしょーし万が一への対処は必要よね。灯恪に聞いてみましょうか。何か知っているでしょうしね)
思い立った更見は灯恪に声をかける。
灯恪は反転術式を扱う。反転術式とは人間の負の感情から生まれる呪力を文字通り反転させ、呪う力から癒す力へと変えるものだ。しかし、まだ自己を対象とした反転術式しか使用できず、その拡張に時間をかけている。
「ねえ、灯恪。ちょっと知恵、貸してくんない?」
「ん? 更かい。良いとも」
「——てことなのよ」
「ふうむ、それなら水波という方が記した書物を持ってこよう。術式構築の非結界術系についての記載が多くあったはずだ」
「流石ね」
団の書物の量は相当なもので、一人で見切れる量ではない。それでも、灯恪は多くを知っている。
反転術式での他者治癒を目的としているが、その境地に達した者は過去を見渡しても限られる。
そして、その大半は先天的な感覚でそれを為していた。
そのため、灯恪はより多くの知識を取り込むことにしたのだ。呪術の知識すべてを叩き込むことで、僅かに残された理論を補うために。
「取ってこよう。待っていて」
「感謝するわ」
書物は対応する部屋に置いてあるものだが、術式と呪術修練の主となるこの場所には書物が最も多い。目的の書物もその中にあったのだろう。灯恪は修練場の書庫へと歩いていった。
「なんだなんだ! 悩み事か!」
横から声をかけたのは多毘。呪力操作に秀でている多毘ではあるが、二番目の年長かつ純粋な呪力操作には術式ほどの拡張性がないため、呪力操作の修練時間はいつも暇そうにしている。
だから、その時に何かあると真っ先に首を突っ込みに来るのがこの男だ。
「そうよ。で、術式構築について灯恪に聞きに来たってわけ」
今回もその例に漏れず、両手の五指から呪力を球形に固めた呪力球を作り、それぞれを指の周りで回転させながらやって来た。
「ほう! 術式構築! 懐かしいな!」
「いや、なに懐かしんでるのよ。今もやってる修練でしょうが」
団は得意を伸ばす育成方針ではあるが、修練内容がそれ一辺倒になることはない。
「そうではない!
「薄って···あたしと入れ替わりで抜けたって言う?」
団の構成員は新しい一人が入ることになった場合、元々いる内の非術式持ちの最年長の一人が抜けて入れ替わることになる。
団員の名前は捧己羽を除いて師匠が付けるが、薄は一代前の師匠が名前を付けている。一代前の師匠は花の名前を団員に付けていたらしく、師匠こと蓮の名も花の名前らしい。
(私たちが花ってやつを見ることはないんでしょうけど、一体どんなものなのかしらね)
そして、蓮が師匠に変わり、最初に名付けたのが多毘である。
「そう! その人だ! ···そうか、ならば更がまだいない頃だな?」
「そういうこと。分かるわけないじゃない」
半目の更見と苦笑いの多毘。そうしている間に書庫から灯恪が帰ってきた。
「薄は術式構築でも結界術系統に長けていたからね。更見の要望に完全に応えられたかは分からないけれど、彼女の知識量は素晴らしかった。僕たちよりも遥かに助けになったのは確実だろう。できることなら、また教えを請いたいものだよ」
団から抜けた先には、また一段階上の天という集団があり、次はそこで修練を重ねることになるようだ。
(だとしたら、どうして術式持ちは残されるのかしらね。上があるならそこに送ったほうが上達も速いでしょうに)
疑う余地はあり過ぎる。でも、だからといって逆らえる力はない。そもそもからして今は逆らった後なのだ。しかも、一度や二度ではない。その度にこともなく殲滅され、また新しい団に入れ替わるというのは聞いた話だ。
「どうぞ」
目的の本が差し出された。
「もっかい感謝しとくわよ」
ありがたく受け取って開く。
目録から見たいところに当たりをつけて捲っていくと、該当の記載があった。
(何々···)
記される幾つかの術式とその構造指南の文言。その中に気になる文字があった。
「
呪力消費効率化術式のための術式構造に関する記載の中に六眼とやらの呪力効率を再現するための試行錯誤について書かれていた。
結果として再現は不可能ということになっていたが、そもそもその六眼とやらは何なのだろう。
「さあな!」
「あんたには聞いてない」
六の眼と書いて六眼。字面だけで言えば眼が増える術式か何かかと思いそうになるが、この項目が呪力消費効率化に関するものであるためおそらく違う。
「御三家が一家、五条家に発現する特異の目さ。それがあれば見るだけで術式の解明も行えて、呪力の操作精度も群を抜く」
「何よそれ···生得術式かなにか?」
「特異の目と言っているのだから違うのではないか?」
「生得術式には最初から呪具が備わってるものもあるわけだし、そういう例もあるかもしれないと思ったのよね。どうなの?」
一部の術式には呪具が組み込まれているものがある。五条家の六眼も五条家の相伝術式の中に組み込まれたものなのではないかと推察した。
「術式の産物ではないよ。生得術式が刻まれていれば併用も可能さ。五条家には六眼の発現を前提とした無下限術式が存在するけどね。そして、その記載に目を留めたということは見ているのは呪力消費効率化術式に関する項目かな」
「当たり。消費低減はまだ必要ないけれどね。使うなら、この呪力収束補助術式あたりが良さそうかしら」
横目に多毘を見ながらそう言った。
多毘が戦闘系の修練で戦うときは今のような呪力球を礫のごとく飛ばして来る。そういう飛び道具は団にあまり無く、あっても数に限りがあるので呪力が続く限り残弾が尽きない呪力球は猛威を振るっている。
多毘が作っている呪力球を同じように作り操ることは難しく、更に戦闘に耐えうる威力として構造することは困難だ。
そこを術式で補うことで呪力操作能力を引き上げるのは悪くない。多毘並は難しくともある程度まで補助すれば攻撃力のある呪力球という飛び道具が増えて戦闘をより有利に運べるだろう。
呪力収束補助術式は飛び道具の威力上昇に必要な術式だ。他にも幾つかあるが、まずはこれに着手することに決めた。
「良いんじゃないかな。多毘のように呪力での攻撃したいなら呪力の収束は不可欠だからね」
「術式での呪力操作補助か! くっ、俺にも使えたならば、なっ!」
呪力操作において団で右に出る者はいない多毘の苦手は術式構築だった。
呪力球は物体との衝突で砕けるが、高精度の呪力操作に術式による補助が加われば呪力による武器の構築への可能性にも手を伸ばせたかもしれない。
いつでも無手から武器を取り出せるとなれば脅威度は段違いだ。
「これ以上強くなってどうすんのよ」
「強くなって困ることはないぞ!」
今の時点でも呪力球のせいで師匠でもなければ戦いにならない多毘がさらに強くなる姿は想像もしたくない。
「あっそ···助言くらいはしてあげるわよ。術式構築の片手間でね」
「僕も手伝うよ。君に合う書物を取ってこよう」
「かたじけない!」
そうこうしている内に更見は術式を構築していた。構築と言っても今見ただけで完全に構築できたということではない。落花の情や簡易領域などの構成要素を取り出して繋ぎ合わせてそれらしくしただけのものだ。効率的という言葉とは程遠い代物ではあるが、一応動きはする。
(落花の情は触れたものに呪力を放って迎撃する。ならその条件を触れたものからある一点へ、そして無条件で放つように変更すれば呪力は一つの場所へ集まる。大枠は落花の情として条件変更のために必要なのは···)
構築した術式に呪力を流す。
目の前に点いては消える呪力球が出現した。
「え、もう構築したのかい!?」
「ええ。でも、簡単に成功してはくれないわね」
無駄な構造が多すぎる。それぞれの術式用の特注部品を使い回して即席でどうこうするのは無理があったようだ。自前の呪力操作よりマシという程度で構築に時間が掛かることを考えれば無い方が良いまであるのかもしれない程の出来栄えだった。
(簡易領域を組み直して術式を二重に発動すれば安定はするでしょうけど、これ一個安定させるために動けなくなるんじゃ無意味も無意味。位置固定も使いづらいし、この本を読み込んで最適化していかないと)
書物内に記される術式構造の把握と、より有利になる他術式との接合の可能性を模索していった。
一日が終わり、捧己羽は自室に戻っていた。
落花の情対策はまだまだと言ったところで、あの後もたっぷりボコボコに伸されて今にも寝たいぐらいだ。
〘まだ生得領域内での術式修練が残ってんだよな···。願ってもないことではあるんだが、疲れる〙
千里により生得領域での活動が可能になった。これにより修練時間は飛躍的に伸び、成長は早まるだろう。
〘まだ佳成が来てからの時間は長くねえ。入れ替えは当分先に決まっている。そうなりゃ逃げるための仕込みは終えられる〙
国落望には遥か遠くを見渡す力がある。あの男はそれを"鏡"と呼んでいた。その力でこちらのことをいつでも監視できる。
〘さすがにあいつも人間だ。常に全てをっては行かねえだろうが、必ずどこかの瞬間を視られている〙
もしも、千里を介した眼が無いとしても外で術式は使えない。
〘そんでもって術式の新技を扱うには時間が要る。千里に見られずに錬磨するのは不可能だ〙
だから、この力の詳細を千里に教えた。自分の叛意は見せないように国落望の言葉を使った言い訳は用意したが。
〘逃げる際にはあの力を使うのが一番だ。しかし、皆を外へ連れ出すとなれば貸与する呪力量は相当に多くなる。どれだけ時間が掛かっちまうか。そして、どういう口実で呪力を渡すか〙
術式の新たな領域は呪力により時間の軛を飛び越える。やりようによれば一切感知されることなく外への移動も可能なはずだ。
〘張られているであろう結界をどう越えるかは考えなきゃならねえだろうな〙
結界術による結界。ある事自体は事態は知っているもののどういう効果の結界かはまるで判別がついていない。その対策も必要だ。
〘寝ている間の生得領域内なら肉体の主導権を入れ替えても簡単には目覚められない〙
つまり、ノーリスクで千里側の力の使い方を学べるという訳だ。逃げを決行する時には入れ替えを使い自分で皆を逃がすことに決めている。
〘できるだけ遠くに···そうするなら貸与の時間は掛けられるだけ掛けておきたい。直に視られている可能性のある俺が一緒に付いていくのは危険だ。一度の発動で送り届けと俺を更に別の場所へ移動させることの両方を成し遂げておかなければならない。"鏡"ってのでも全て見れるなんてありえねえ。そこまでやりゃ大丈夫なはずだ。あとは説明は文でも纏めておけば師匠が何とかしてくれるだろ〙
最後は自ら命を断ち術式を殺せば国落望の夢にも歯止めがかかるかもしれない。
〘あいつの力も死んで長いやつになら通じない〙
千里と捧己羽は痛みを共有していない。自殺をしても一片の痛みも受けはしない。その点には少し安心できる。
〘千里が国落望に与していないという話に嘘はない。あいつの嘘は声で分かる〙
生得領域内でも呪力は扱える。だから捧己羽は生得領域内で千里に稽古をつけてもいた。そこで何度か戦ってもみたがそこの駆け引きで隙を作るための嘘を聞いていた。他にも初めて会った日の最後での言葉など多くはないがある程度の数を。
それで分かったが千里の嘘は顔にも声にも出て分かりやすい。捧己羽が初めて会った時に感じた印象は間違っていなかった。
〘もし、欺いているのなら恐ろしいがな〙
自死すれば、共にただ何も知らない人間を道連れにすることになる。その事実は捧己羽の心に重くのしかかっていた。
〘何も知らない、か〙
捧己羽が団にある書物や武具などのあるものを多く見せてみたが、千里の記憶は取り戻す兆候すら見せなかった。
国落望にそういう記憶喪失という状態を付与されただけかもしれないが、記憶が本当にあるのだとしたらそれはきっと外にある。
〘結局、約束をまるで果たせてねえな〙
自死ではなく喪失した記憶を探す旅に出たならば或いは千里の記憶を取り戻すことが叶うかもしれない。
国落望に千里の意識を介して影響を及ぼされる可能性を否定できない今、団の皆の未来を考えるのなら道連れが正しい。
だとしても、自分が誰かもわからないままの人間を再び殺すことが正しいこととは思い難い。千里を生かし、術式だけを殺す。そうでなければまた継がれる。継がれれば術式の持ち主は死ぬ。
〘······〙
そんな手段はない。
手段がないのなら結末は一つだ。