共生型転生したけど共生対象の環境がヤバそうだから助けたい!   作:地底土竜

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追憶と平穏の終わり

 

 どれだけ見送ることになったのだろう。これから、どれだけ見送っていくんだろう。 

 

 団の所属者は時とともに入れ替わる。それは師匠も変わらない。だけど、師匠は多くを見送ることになる。師匠には基準があり、その基準を満たすものは多くないのだから。

 

 蓮は先代の師匠に思いを馳せる。

 

 先代師匠は萎れた花のような人だった。あの日目にした花たちのように。

 

 この建物の中に本来、花はない。しかし、先代の師匠がいた頃は違う。当時、佳成のような生得術式持ちが一人所属しており、持っていた術式は彩植(さいしょく)術式。その術式は花を創造してみせた。

 

 彩植術式こと花の術式の所有者の名前は(とう)。先代師匠最初の弟子だ。

 苳がいた頃は部屋は花で彩られていたようで、その美しさを先代師匠は蓮によく語って聞かせていた。先代師匠の命名が花の名を冠するようになった理由は苳の術式に魅せられたからこそだった。

 

 そして、花の日々は終わりを迎える。

 団の入れ替え対象は基本的に非術式持ちかつ非師匠でも、いつかは術式持ちも入れ替わる日が来てしまう。

 

 苳は多くの花を遺していった。

 彩植術式による花の生成は呪力消費が少なく、攻撃性がないためか、ある程度遠くでもその人物は術式を維持し続けられる。だから、団を彩る花々をこれから団へ訪れる数多くの後人たちにも見せて心の安らぎの一助にしたいと考えて、これを遺した。

 

 だけど、苳が去ってしばらくの時間が過ぎた後にその大半が消え去った。まるで使い手がこの世から姿でも消したかのように。

 

 消え残った花もあったが、それは日に日に弱って行き腐り落ちて消えてしまった。その最期は蓮もこの目で見て知っている。

 

 あの日はあれが何故残ったのかわからなかった。

 

 死んでしまったのなら全て消え去るはずで、生きているのなら消す必要も、残りが萎れていく所以もないはずだ。

 

 しかし、今なら推察程度はできる。

 

 "死を原因に強まった呪い"。

 

 呪力とは人の負の感情から生まれる。感情こそ、呪いの起点だ。そして、死とは根源的な恐怖。つまり、死に瀕すれば恐怖や絶望は膨れ上がり、強大な呪いを残す可能性は高い。

 

 それこそ、死した後にすら残る呪いを。

 

 生得術式持ちは少なく、死の瞬間を目にすることがない蓮たちに観測の手段はない。それでも、呪力の根底を鑑みて考えられていた可能性ではあった。

 

 かつての師匠によれば、術式で構築した花は苳が生きていた間、一度として萎れたことがなかったそうだ。

 

 使い手が元気だからそうだった。そういう風に考えていたこともあった。しかし、術式書を見たところそもそもからして現在の使い手に萎れるなどという機能を再現すること自体不可能だったと理解する方が自然な文章で示されていた。

 

 術式で表した花が、本来ならばあり得ない程に真に迫っている。それは術式の力そのものが死を原因に強まり一段上の領域へと押し上げられていることに他ならないのではないだろうか。

 

 そして、苳の師匠である先代師匠はすぐに同じ考えへと思い至っていたことは想像に難くない。

 

 先代師匠はあの時点で多くの人を見送っていた。あまりにも怪しい体制に疑いを掛けた数は両手でも足りなかったはずだ。それでも、疑いだった。生きている可能性に縋り付けた。

 

 その希望が砕けてしまった。

 その可能性は著しく低くなってしまった。

 信じることが難しくなる程に、事実が突き付けられた。

 

 それは、長い間削られて弱った心を崩すには十分な衝撃で、その日から枯れた花のようだった師匠はますます弱り果てていった。

 

 蓮も、当時共に過ごした団の皆も、その姿を見ていられなくなった。

 

 そこで、団の皆で国落望に仇を成す計画を立てて、死を招き続けるこの仕組みを破壊しようと考えた。しかし、その計画は決行はされずに終わる。同時期に先んじた他の団の惨状を目にしたからだ。

 

 反逆した団の構成員は一人残らず消えて、一夜にして入れ替わった。何もかもがなかったかのように。

 

 他の団と接する機会は限りなく少ないが、力の差はさしてない。その上であの団には生得術式持ちがいて師匠も健在で、蓮たちにもある程度の策はあったが他の団でも可能な範疇だった。

 

 勝ち目は見えない。

 

 仕組みが壊せなければ、死の連鎖は止まらない。

 

 それでも、解法は見つからなかった。最初は他の団との協力という手も考えたが、こんな見せしめのような一件があったら自他の団ともに足が竦む。

 

 皆で逃げるというのも不可能だ。外には結界が張り巡らされていて確実に察知される。そうなれば逃げ切れない。

 

 何も始められないまま時間だけが経過する。

 

 その中で、蓮の師匠としての資質が見出された。

 師匠とは呪力操作、術式構築、戦闘能力、知識、その全てを等しく高い次元で習得する者。唯一、師匠と同じ重みを背負える権利を手に入れた。

 

 時間が過ぎれば入れ替わり日は近づく。

 

 師匠はこの状況でこれ以上弟子の死を見過ごせるはずがない。弟子たちがそれを望まなくても。たとえそれが時間稼ぎに過ぎないとしても。

 

(素質を見出されたあの日から師匠が次の入れ替えに自身を選ぶことは察してた)

 

 それが嫌で仕方なかった。でも、否定したところで死者が他の弟子に代わるだけ。蓮にとって他の弟子たちも同じだけ大切だった。そして、師匠を継ぐ者が現れてしまった以上その上で弟子を送り出せば、師匠は弟子の死を選んだことになってしまう。それも、同時に察してしまった。

 

(優しい人だった。もう一度があったら、あの人はもう···)

 

 きっと、耐えられない。

 

 それに、蓮を指導している間の師匠は昔の姿に近くて、何も言えなかった。

 

 そうして、蓮は師匠になった。

 

 その日。蓮は師匠から貰ったものがある。それは一輪の花だった。

 この花は彩植術式を刻まれた呪具で、苳が団を抜ける際に師匠へと渡した贈り物だ。そして、最期に蓮へと託された。

 

 今、蓮の手の中にはその花がある。今日のように過去を思い出す日にはよく取り出していた。もはや、かつての友は消え去ったけれど、この花を手に取れば鮮明に頭に浮かび上がるから。

 

 今や、蓮はかつての師匠と同じ景色を見ている。

 

 ここはほとんど変わってない。

 

 変わったことがあるとすれば、捧己羽と名を持つ少年がこの団に所属していることだろう。

 

 捧己羽。団の始まりから今まで、そんな名前を与えられた別人が常に存在し続けているとされている。共通点は人に呪力を与える術式を持つこと。

 

 この団において捧己羽が所属することになったのは当代が初めてで、最初こそ国落望に深い縁を持つことから警戒していた蓮だったが、捧己羽は普通の少年で安心した。

 

(師匠の気持ちが今なら本当に、よく分かるなぁ)

 

 多毘、灯恪、更見、捧己羽、佳成。全員の成長を見てきた。共に過ごし、共に食べて、時には共に寝たこともあった。その友情も衝突も何もかも傍らで眺めてきた。

 

 全員に幸せでいてほしい。苦しみがあるのなら代わりたい。そう思った。

 

 だけど、師匠は次代の師匠がいなければ代われない。ただ見て、見過ごすことしか叶わない。

 

(···そういえば)

 

 捧己羽が最近不思議な行動をしていることを思い出した。戦闘の際にほんの少しずつではあるが、術式で呪力をこちらに渡している。

 

 あの術式で渡された呪力は気付きづらく蓮と多毘以外は気づいてもいないほどだが、その意図はどこにあるのだろう。

 

 普段との違いが呪力だけ、という点から一つの記憶が思い当たった。

 

(捧ちゃんは昔、国落望の"鏡"って言う物で私たちは視られているって言ってたけど···その"鏡"じゃ呪力は視えないとも言ってたよね)

 

 呪力だけなら監視をすり抜けられる。そうは言っても呪力だけで何をするんだろう。

 

(捧ちゃんのことだから考えあってのことだと思うけど、危ないことはしないで欲しいな)

 

 捧己羽の術式の真価も彼の考える計画も知る由のない蓮はただ安全を祈るばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

『よっし、今日も試行開始だね』

 

「ああ、頼む」

 

 頭の中に行動を浮かべる。まずは単純に上段蹴りから。

 

 服、骨、血、肉、そして呪力。体の動きの隅々までを意識して、思考の中に取り込む。そうして頭の中の仮想の自己モデルを構築し、過去の自己の行動から行動の際の感覚を取り出しモデルに入力する。

 

 入力した感覚とモデルにさせた蹴りモーションを同期させれば···。

 

 目の前にいた捧己羽の体勢が一瞬で大きく変わる。右脚は高く打ち上がっており、蹴りは完了していた。

 

『やった!』

 

 更見との戦いからまた更に時間が過ぎて、実際の行動を必要とした新しい術式の力こと行動省略の思考による発動はある程度の成果を見せていた。

 

「良い調子じゃねえか。次は呪力操作の方も見てやろうか?」

 

 生得領域内部では千里も呪力を使える。というか、使えるようになった。捧己羽をここに招いてから頼んで鍛えてもらっている。

 

 捧己羽は千里の師匠というわけだ。

 

『お願いしようかな』

 

 呪力操作を見るというのは要するに戦闘をするということだ。戦いを通して体への呪力循環やその割り振りの正確さを確かめる。

 

 これにより様々な体の動きとそれに伴う感覚を学習し術式省略のレパートリーを増やしていく。

 

『(呪力を扱うのは楽しいし、一石二鳥って感じだ。···)』

 

 捧己羽が起きている間は生得領域の中で一人呪力を扱う修練をして、寝ている間は捧己羽と共に術式メインの修練を行う。できる限りのことはしている。

 

 それでも不安は消えない。

 

 明日がまた来るとも限らない完全な未明に千里は怯えていた。

 

 

 

 その怯えに呼応するかのように生得領域の一部が暗く翳った。

 

 

 

『え?』

 

 これまでになかった前触れのない異常現象の発生に思わず声が漏れた。生得領域はある種の精神世界ではある。心音に応じて変じることはあるかもしれない。しかし、これまでもこの程度の思い悩みはあった。これだけの変化はありえない。

 

「どうした」

 

 自身の背後に起こる異常に気付かない捧己羽を指で促す。その間にも暗がりは生得領域の外殻を包むように拡がって、生得領域が瞬く間に閉ざされる。

 

「な!?」

 

 遅れて捧己羽が反応する頃には生得領域の半分が黒く汚染されていた。そして、侵食がピタリと止まる。

 

 次は、侵食していた黒が染み出るように表出し一箇所に集まっていく。形を成していく黒塊は巨大な目玉のような形へと纏まり、ギロリと千里を見据えた。

 

《あり得ざる二つ目の魂よ。主は何者か》

 

 頭に直接響くような声で、黒い目玉はそう言った。

 

『あり得ざる、魂?』

 

「おまえこそ、何者だ!」

 

 呆気にとられる千里の横で捧己羽が動いた。空に留まる黒眼へと飛んで思い切り殴りつけたのだ。

 恐ろしげで強大な雰囲気を纏う黒眼だったものの、一撃を受けて墨液のように飛散した。

 

《今はその時ではない、か》

 

 その影響か、周りの翳りが晴れていく。

 

《ああ、だが心することだ。眠りに落ちるにはまだ早い。意識を定かにしておかなければ主らは全てを失うぞ?》

 

 そう言い残して翳りは完全に消え去った。

 

『消えた···』

 

「つってもあの口振りじゃあこれで終わりじゃなさそうだ。起きるぞ」

 

『任せて!』

 

 初めて千里が捧己羽と出会った時は生得領域からの脱出方法が分からなかった。しかし、今は正しい帰還方法を確立している。自分の生得領域の主導権を握るのが自分であるため、送り返すこともまた可能なのだ。

 

 目を閉じて生得領域全域へと感覚を拡げて内部にある元にはなかった要素こと捧己羽を把握する。生得領域の正しい空の姿を意識してそれに沿うように上塗っていくと再び目を開いた時には捧己羽の姿は消え去った。

 

『一体何が起こってるんだ?』

 

 国落望に対して色々と考えていたが、これは全くの想定外だった。国落望に関するものなのか、否かすら分からない。しかし、こんなことができたのなら既にやっていたはずだ。

 

 もし、国落望と関わりのない誰かが生得領域という心の中にまで侵食してきていたということなら。

 

『···怖いな』

 

 体のない意識に恐怖が湧き上がった。だけど今度は景色が変わらない。やはり、あれは感情に呼応した現象ではない。明確な意識を持って心を蝕んだナニカだ。

 

 その事実がますます恐ろしい。

 

 

 

 

 

 

 捧己羽が目を覚ますその少し前のこと。国落望本陣たる巨大建造物上空から謎の飛来物が多重結界を打ち抜いて国落望自室に侵入していた。

 

 飛来物は呪霊。天井に大穴を開けて現れたそれは球形に変形していた姿を人型へと戻しながら音もなく立ち上がった。

 

「ほう、随分と無礼な来訪だ」

 

『『簒奪者に礼など要らぬが故』』

 

 人型に近く、思考能力が高い呪霊は同時にそれだけ強力だ。

 姿と喋りの流暢さからして特級の領域に足を踏み入れていると考えていい。

 

 顔には口と思わしきパーツが存在しており、目は左側にだけ据え付けられている。

 

「簒奪者? 違うな。あれはもう私の持ち物だ。そうも惜しいなら縄ででも縛っておくべきだったな。放し飼うからこうなる」

 

『『心に留めておこう。貴様の、その遺言』』

 

 呪霊の右手首から先は歪だった。体色とは異なり、形状も捻じくれている。あからさまに目を引く特異。

 

『『()()()()』』

 

 しかし、戦端を開いたのは左だった。

 片手により結ばれた掌印。呪霊から溢れ出した心象世界が現行世界を塗り潰す。

 

『『【正或非極腑律歪隔(せいこくひごくふりつわいかく)】』』

 

「肩慣らしには丁度いい」

 

 それを国落望は笑みすら浮かべて、視ていた。

 

 

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