共生型転生したけど共生対象の環境がヤバそうだから助けたい! 作:地底土竜
領域展開。その対策として幾つかの手段が存在する。
簡易領域も領域展開も国落望は扱えた。どんな出方だって選べたはずだ。だというのに、国落望は何も選ばなかった。
世界は変容し、領域は完成する。それはつまり、術式の必中を意味していた。
「不全呪法。その左手で触れたものが持つ機能を歪める。歪める対象は指定可能で、領域に付与した術式は呪力を練るという行為を対象としている、か」
『『!』』
すらすらと術式について説明していたのは呪霊ではない。敵相手に手札を語る慢心などなかった。今の言葉は国落望から発されたのだ。術式の詳細を知るはずがないというのに。
何らかの方法で、視ている。
しかし、その程度で臆する呪霊ではない。確かに術式は命中している。今この瞬間、国落望は呪力が練れず呪力強化すらままならない。好機であることに間違いはないのだ。
手段はあるのだろうが、その手段を圧倒的な速度と力で捻じ伏せる。それが呪霊の結論だった。触れさえすれば戦いは即座に決着するのだから。
今度こそ右手の異形を振りかぶり、前へと踏み出すその時だった。
「時間切れだ」
領域が崩壊する。
原因は外殻の崩壊。半可に壊した程度で解ける領域ではないが、外殻その全てが花に変換されるという形で消滅した。
国落望は力を使えない。本人の力でないのなら、考えられるのは呪具になる。だとしても、ここまでの威力と範囲を併せ持つ呪具など特級を冠するものですら手に余る。
強大な手札への警戒と同時に、目下迫る危機は術式の焼き切れだ。領域展開という極大の呪術行使を終えた疲労により術式行使は一時的に困難になる。
領域崩壊により不全が解除された国落望と術式の焼き切れを起こした呪霊。状況は瞬時に逆転した。
「彩植術式」
『『なに?』』
「その術式の名だ。最初期は接触物を花へと変換する術式だったが、今や接触の必要ない遠隔発動の領域に至っている。時を掛けてやった甲斐があった。術式の拡張など態々私の手でやるのは面倒だったからな」
『『説明か。舐めているな貴様』』
その名が花を造ることを表すのではなく、彩りを植え付けることを表す理由は花を造る工程にあった。
「こんなもの、吐いて捨てるほどあるからな。さて、領域は崩れたがどうする。策がなければ潰れて死ぬぞ」
『『!!』』
花は消えていない。彩植術式は花を生み出し、花を操る。空の彩が殺到した。
二百年も前のことだ。捧己羽という呪霊がいた。その呪霊は双子の如き近しい魂を二つその身に宿していた。
だとしたら、類する存在が他にいないなんてことがあり得るだろうか。
千里と現在の捧己羽とは違い原初の捧己羽と呪霊の生得領域はとある術式により半融合状態にある。そうありながら、そのとある術式の元の機能に由来する歪みにより、二つは二つの存在のまま一つの体に収まっている。
だからか、存在の主体を切り替えることにより脳構造が切替わり、術式の焼き切れから抜け出した。
ここでようやく、国落望の瞳に未知が映る。
『『貴様にも映らぬ景色があるらしい』』
それを察した呪霊が口端を歪めた。対する国落望は密かに、まるで恥じるような声色で言葉を紡ぐ。
「そうだとも、これはあの方の力の一端しか刻めていないのでな」
ドロリと国落望の右目の黒が零れ落ちた。奥に覗くのは銀の輝き。右眼窩に嵌まっている球形は眼ではなく呪具であった。
呪具の名は
かつて、この場所を支配していた鏡摂の術式である写身操術は鏡世界を操り、正の呪力を用いた術式反転で鏡世界での変動を現実へと適応する。それにより、本来現実の現象に追随するはずの鏡世界を逆に追随させる側に変えることを可能とした。
しかし、その追随は万能でない。
鏡が対象をどれだけ正確に写しているか、対象と自己の呪力量または呪力出力の差はどれだけあるか。その二つが鏡世界の適応の成功失敗に大きく関与する。
呪力系の多寡による影響度は大抵共通しているが、どうして鏡の写し取りの正確性が適応に影響するのか。
それは鏡が被写体を理解するこそが対象を支配するに必要な条件だからだ。鏡に写る虚像と写される本体との接点を作るには本人を本人たらしめる情報という楔がなくてはならない。
かつてあった200年前の戦いの際に鏡摂は数多の雨粒を鏡として、それぞれに写る捧己羽を対象とすることで多重に術式を掛けて効果を発動させている。多くの角度から観測し、形状などのより多くの情報を写し取ることで同格以上の相手に条件を満たしたのだ。
領域展開では鏡の情報を写し取るという側面が強化されている。外殻内面に現れる鏡面は被写体の見て取れる以上の情報をも写し取ることを成すに至った。
鏡眼はその情報解析能力の内の術式解析部分を刻んだ呪具である。
呪霊の術式は鏡眼により割れている。領域は発動しても崩される。それでも、呪霊の目から闘志は消えていなかった。
『『ならば、その不全に勝機を見出してみせよう』』
花に左手で触れることによる不全呪法の介入によって花の制御は歪曲した。これで国落望による花の制御は不可能。その上で空間と流れる風の軌跡を歪めて差し向ける。
国落望は迫る花たちを前に傍らの大剣のような呪具を振り抜いた。
「面白い」
軌跡から炎が迸り、花は灰へと焼き切れる。
そして、捧己羽の自室へと視点は切り替わった。
「────っ!」
ようやく、捧己羽が目を覚ます。
思考なんて挟まずに跳ね起きて地を蹴り、戸へと手を伸ばす。謎の黒い目玉によれば現在、この場所には危機が迫っている。だとすれば、悠長に考えている暇なんてあり得ない。
そうやって伸ばした手が、後ろに弾き飛ばされた。
捧己羽へと飛んできた
戸は横へと開くものだ。前にも後ろにも開かない。扉ごと壊した誰かがいる。目の前に。
「なっ···」
在ったのは異形の呪霊だった。
両手足を地面に付け、獣のように唸っているソレの背からは二つ目の頭が半分ほど露出しており、加えて二本の腕、脇腹からは二本の脚が生えている。
まるで、二つの肉体を無理矢理合わせたような姿をしていた。
『『ギィァァァアア!!!!!!!』』
「うぁ!?」
咆哮が耳をつんざく。思わず耳を押さえようとしたところに呪霊が飛び込んでくる。
「ぐうっ!!」
激突して部屋の奥の壁に叩きつけられた。呪力強化の上からでも痛みは大きい。これまで受けたどんな一撃よりも遥かに重かった。
「ごほっ、がはっ」
『大丈夫!?』
「あ、ああ···」
『って、前!』
痛む腹部を押さえながら、一瞬薄らいだ意識を何とか保って壁を使って体を起こす。その時には接近した呪霊が背中の両腕で同時に攻撃を繰り出していた。
「ぐっ、ああぁぁ!」
そこを敢えて半身になりながら前へ飛び込む。攻撃は単純な殴りだった。背中の腕は背中の両端に付け根がある。呪霊の図体は捧己羽の二倍以上に大きく、殴りのために一直線にこちらに伸ばそうとする両腕には三角形状の捧己羽が滑り込むには十分な隙間が生まれていた。
一気に背中へと取りつくと二つ目の頭を上から殴る。小さな叫びと共に背中からの両腕の動きが鈍った。その隙にさらに攻撃を加えていく。拳には術式を乗せておき相手に呪力を貸与することも欠かさない。
殴打の回数は六発にも及びこのままワンサイドで決着するかと思われたが、そうはいかない。
『『ィィアアアア!!』』
もう一つの頭が叫ぶと地面についた四本の手脚で飛び上がったのだ。呪霊の上にいる以上、真っ先に天井にぶつかるのは捧己羽だった。
「が!?」
頭に走る衝撃で思考が一瞬白く濁る。その視界には首を百八十度回転させて口に呪力を蓄えた呪霊の顔が写っていた。
呪力放出が捧己羽を押し流す。
空中へと投げ出された体が落下するまでに呪霊は背中の両手を天井に突き刺し、それを支えに背が下を向くように転身して追撃を加える為に天井を蹴って突撃した。
次は避けられない空中で仕留めるつもりだ。
捧己羽は呪力放出を防御もできずに受けたダメージで動けない。だが、既に術式の発動条件は満たしている。
『『ギィ!??』』
時が飛んだように状況が変わった。呪霊は横へと弾かれ、捧己羽の拳は振り抜かれている。
『よ、よーし上手くいったぁ』
呪力さえ貸与すれば避けるすべはない。発動後の硬直と呪力操作のリセットも攻撃を受けてそれどころではない呪霊につけ入ることはできない。
「助かった」
『いや、ごめん。術式使っちゃった』
「捕まれば殺されていた。気にすんな」
この呪霊は一体何者なのか。それは分からない。国落望がここを視ているのかも。視ていられたら一巻の終わりだ。皆への呪力貸与はまだ全然十分と言える水準にない。視られていないとしても手札を晒すのは得策ではない。
千里はそこまで知らないが呪力消費やら何やらで使いたがっていないことは知っている。だから極力使わないようにとは思っていたがあの追撃を喰らえば地面と呪霊に挟まれ身動きが取れなくなる。行動省略の術式は時を飛ばすような動きを可能とするが力そのものを上昇させる効果はない。
つまり、呪力を貸与して干渉できる相手に省略しようが力量差のある相手に掴まれたら逃げられない。あの瞬間は分水嶺だった。
捧己羽が体制を立て直した頃、呪霊も立ち直っている。
『『ギギギギ···』』
未知の攻撃を警戒してか呪力放出という飛び道具を構えて呪霊は距離を取っていた。
『『ギァ!』』
呪力の奔流を身を逸らして回避する。肩を掠めた呪力が服を焼く。走った痛みに顔を歪めながらも視線は敵から離さない。
『このまま打たれ続けるのはマズイし使うよ』
「任せた」
二つの顔は両方とも前を、より正確に言えば捧己羽を見据えている。なら、背後に周れば晒した隙は突かれない。
消費呪力を他所への貸与分に切り替えて身体モデルの動作と感覚を入力する。
捧己羽の姿が呪霊の視界から消滅した。辺りを見渡す呪霊がその姿を認識するより先に硬直は終わり、意識外からの強襲は成功を果たす。次は呪力放出の可能な口の露出した方の頭への攻撃を優先した。
すると、今度は背中の両腕が怯むことなく攻撃を繰り出してくる。咄嗟に標的としていた方の顔の顎側に手を掛けて、届かない呪霊の下へと身を引っ張り込んだ。
真下からさらにもう一発打ち込む。地についた両手足は身悶えするように震えたが、脇腹から生える両足はものともせずに捧己羽へ蹴りを繰り出した。その攻撃を呪霊の頭を蹴りつけた反動で回避して、そのまま距離を取って構える。
「こいつ、意識が二つあるのか」
『みたいだね。埋まってる方の頭は背中から生えてる方の腕と脇腹から生えてる方の足に連動してて、もう一つの頭は他の四本と連動してる。両方の頭を攻撃しないと動きは止められなそうだよ』
「あの図体じゃ、二つの頭を同時に攻撃できねえ。どうしたもんか」
『『ギ、ギィィィ···』』
呪霊の声は少し弱々しくなっていた。意識が二つあっても肉体は一つだ。幾度となく受けた攻撃は確かに蓄積している。
『上に乗れば呪力放出。下に回れば足での攻撃。どちらかで言えば、呪力放出の方が攻撃自体は弱くなるしそっちのが良いとは思うけど···大丈夫? ダメージの方は』
「ダメージ···痛みだとかだったか。まあ、そうだな。そう何度も受けられねえ」
『そんな···今貸与した呪力だけじゃ多分倒し切れないのに···』
全ての呪力放出の回避は不可能。ここまで喰らった攻撃は初手の追突と天井衝突と呪力放出という三回。天井衝突はあくまでも間接的なダメージだ。もうダメージは残ってない。だが、他二つは今も深く残っている。肉体による攻撃力を伴わない呪力放出であってすら、だ。もう一度の直撃だけで倒されかねない。
「が、やらなけりゃ死ぬだけだろ。なら、やるだけだ」
絶対的な死が定まった訳じゃない。生存の可能性はまだ残されている。立ち向かえば拾える可能性が。それなら、迷う余地などどこにある。
「だから、行くぞ!」
呪霊が呪力放出を発動した。背中の頭は背後を警戒している。無闇な術式行使は致命的。
『! ···ああ!』
そこを埋まった頭上に呪力放出を回避する軌跡での移動し、殴ることで干渉するまでを省略するという最適で対処する。
『『ギア!?』』
警戒外からの殴打。呪霊のカウンターは間に合わない。加えて、立ち直り様に一発打ち込むことにまで成功する。しかし、それだけで呪霊は次の手に出ていた。
攻撃一撃分当てた程度では一撃分の省略に必要な呪力消費を賄うことができない。今の相手を怯ませるに足る威力を出すために必要な攻撃回数は四回。最初の六発と背後に回った後の三発と今の一発の計十発が総数だが、背後に回る時の他所への貸与利用を省けば二度、つまり八発分を消費してしまっている。現状では次がない。
呪霊が繰り出した一手とは天井との衝突を狙うようなジャンプだった。本当は呪力放出には貯めが必要で即座に二射目は放てないが、捧己羽たちはその行動を前のように激突で隙を作りそこを呪力放出で突こうとして起こしたのだと考えた。
「二度は喰らわねえよ!」
天井が近づく前に背中の頭から前方の頭へと飛び移り、頭を掴み空中へ上がりながら攻撃を継続する。呪力放出のリチャージタイムを知らない捧己羽の空中での狙い撃ちを警戒した行動だった。
呪霊は衝撃を腕でガードすることで頭から逃がすと
しかし、何故呪霊は片腕だけで攻撃したのか。
「な——」
空中の捧己羽の表情が驚愕に変わる。残った片腕は背中に半ばまで埋まった頭を引き出すために使われていたのだ。埋まっているだけで頭は頭。引き出されれば呪力放出の行使が可能になる。
呪霊は学び、そして試していた。自分を阻む謎の現象の解明のために。発動は三度。後ろ二度の行動はテレポート染みたものだったが、最初の一度はそうじゃなかった。ただ単純に殴るだけ。その違いを認識し、検証することを目的に今の一連の流れを計画していた。
この攻撃は避けられない。行動の省略はあくまで省略でしかない。行動不可な空中での省略は意味を成さないのだ。
苦し紛れに腕で庇うが直撃。地面に叩きつけられた。
受けた両腕が痛みでガタガタと震えている。これまでに二度攻撃を喰らった腹部も未だ激痛が走ったままだ。呪霊は天井に指を突き立てて空に留まっている。
「く、そ···」
呪霊は空では避けられないことを学び、次は地を空で隔てた場合どうなるかを試すつもりだ。
片方の頭が呪力放出のリチャージを終える。捧己羽はすぐに動けない。呪霊は部屋の中央に陣取っていて、跳んで届く距離じゃない。
呪力が放たれた。仮想の熱量が大地を焼く。
『『ギ?』』
千里は他所への呪力消費に切り替えた。呪力貸与対象以外は干渉または破壊できない。それは貸与対象のものでない場合、省略時に呪力放出を足場にできるということを指している。
しかし、そうして上へ移ってもただ乗ったままなら場所がバレる。加えて、こちらの動きを都度対策している呪霊だ。後ろに回る行為も危険だろう。だから、手が届く範囲の後ろでない空中で待つことがこの状況の最適解だ。干渉できない以上、逆にあちらが感じ取ることもできないのだからそれだけで硬直をやり過ごせる。
後方への攻撃は予測通り発生した。そこからは背中の頭での目視。見つかるまで時間は掛からなかったが、もう遅い。放たれる呪力放出が着弾するより前に術式は発動した。腕を焼かれる一幕の前の連撃での攻撃数は三発。発動分は満たしている。
地面へと呪霊を叩き落とした。呪霊を掴むことで空に置き去られぬようにして。
『———は、あ』
極限的な集中状態から抜け出してようやく息をつく。
「感謝する」
呪霊はもうかなり弱っている。
『『ギ、イ』』
それは捧己羽も同じ。双方手札を出し尽くした先に待つのはどちらが先に死ぬかの根比べ。もはや捧己羽にも呪霊にも一歩たりとも退く気はなかった。
「オオォォォォ!!!」
『『ギィアアァァ!!』』
両者の行動自体は大きく変わらない。頭を狙い怯ませる捧己羽にそれを呪力放出や手脚で潰しにかかる呪霊。しかし、そこに仕切り直しはない。限界も近く動きを鈍らせながらもインファイトは続く。
そして。
最後に立っていたのは捧己羽だった。
「かっ···た?」
そんな現実を認識するまで時間が掛かる。それだけ長く、重い戦いだった。
『勝ったんだよ! やった!』
「そ、うか。なら···」
勝利の余韻に浸るでもなく、気が抜けて倒れそうになる体を壁で支えて部屋の外へと這いずるように進む。皆に会いに行かなければならない。それが一番の目的だった。
部屋の外に出る。
「捧ちゃん! 傷だらけじゃない!?」
そこに師匠が合流した。その姿を見て捧己羽は少し涙しそうになったが、堪えた。
「師匠。他の皆は無事か?」
「ええ、安心しなさい。みんな大広間に集まってる。動くのが辛いでしょう···背負うから、はい」
背を向けて身を少し低くしてそう言う師匠。
「良いよ。歩ける···ほら、な?」
気合で立って、そんな師匠を通り過ぎて逆に先を促す。
「···無理はしないでね」
「勿論だ」
『強がりすぎだよ?』
(うるせえ)
移動の中で情報共有は済ませた。
やはり呪霊は部屋にも外にも複数現れていたようで、その各所の呪霊を師匠が蹴散らして周辺の安全を確保したらしい。そのおかげで歩いた道に呪霊はおらず安心して歩けている。
団の自室の位置関係は片端が師匠で逆の端が捧己羽。自室から向かい来る呪霊を祓いつつ近くの団員の安全を確保するためその区画の呪霊殲滅を行い安全を確保していく。そうなればここへ至るまでかなり時間を要したことは想像に難くない。
(あれだけの強さだ。呪霊一体残すだけでも師匠や多毘でもなければ相当に危険になる。本当に有り難えな)
『全くだよ』
師匠の強さに戦々恐々としつつ同時にとても頼もしかった。
大広間に到着する。
皆の姿があった。皆の声が出迎えてくれる。それでようやく、心の底から安心できた。
なのに、
『『フフフ』』
それは現れた。
命を削るような戦いで辛勝を手にしたあの呪霊とは次元を異にする存在の圧を伴う化け物がいつの間にか大広間の中心に。
『『見つけましたよ』』
四本の腕を持つその呪霊は真っ直ぐにこちらを見つめてそう言っている。あの黒い目玉と同じく。
「やっぱり黒い目玉の関連者か。おまえも、さっきのやつも」
『『
「収か───」
呪霊の動きがブレた。
激しい衝突音が部屋に響く。
「くっ」
『『この場所の者としては中々やるではないですか』』
片手で掌印を結び、簡易領域を発動させている師匠と目の前にまで迫り伸ばそうした手を弾かれて仰け反ったような姿勢になっている呪霊。
認識すらできない攻防が発生し、もう終わっていた。
『ステージが違いすぎる···』
だけど、師匠は攻防を成立させられるだけの能力がある。なら、まだ────
『『片腕では、限界も近いでしょうが。フフフ』』
二者の速度が捧己羽の認識を超過した。
不可視の重音が鳴り響く。
どれだけ続いたのだろう。永遠にも続くかと思われた連弾は突如途切れる。衝突音は二つ。見てみると師匠と多毘が壁に激突した音だった。多毘もあの戦いに参戦できたようだが、それでも勝利を掴んだのはあの呪霊。圧倒的な隔たりがそこには横たわっていた。
「捧ちゃん!」
声で名前を呼ばれて思い出す。あの呪霊の狙いが自分であったことを。
次の瞬間、衝撃と形容するのが生温く思える圧倒的な力が体を貫いた。体がボコンと音を立ててへこむ。心臓と肺が一息に押し潰された。
「がふ」
血が口から溢れ出す。
呆気に取れていた。まるで非現実的な痛みに、傷に。圧倒的な情報量を頭が受け付けていない。世界がゆっくりと巡っていて、それをただ木偶のように見ている。
そして、ほんの少しずつ現実感が追い付いてくる。加速した時の中に一人取り残されて恐怖という溶液に溶かされていく。絶望だけが深まって、だけど声は上げられない。心臓も肺も潰れている。
不可能な呼吸。今頃喉を掻き毟っているのかもしれないと思うほどの苦しみの中で師匠や団の皆、そして千里。これまで会った人たちとの記憶が頭を巡る。何も成せなかったことを思い出して後悔が膨れ上がった。
血が流れている。流れれば流れるほど意識は暗くなって、まるで血とともに意識まで流れ出しているみたいだと恐怖した。
そうして、いつしか白と黒に明滅するだけになった意識は長らく空転して────
───────────消えた。