共生型転生したけど共生対象の環境がヤバそうだから助けたい! 作:地底土竜
捧己羽が血を吐いて、崩れ落ちた。
胸は大きくへこんでいて、確かめるまでもないほどの致命傷だった。
「────ぁ」
死んだ。
何もできなかった。
戦って勝てば守れたはずの命が零れ落ちてしまった。命に代えてでも守らなければならなかった一人の弟子の命が。
身体は先刻の打ち合いで受けた痛みで動けない。視界は倒れた捧己羽に縫い付けられたように離れない。思考は後悔と絶望で溢れている。現実が受け止められない。しかし、状況は何も終わっていなかった。
『『領域展開』』
簡易領域を超越した呪術の極致。蓮でさえ一度として目にしたことがない領域展開が呪霊の手で発動されようとしている。動けない以前にこの距離からでは止めることにすら間に合わない。
「さ、させない!」
そんな中で一人動いてみせたのは灯恪だった。だけど、彼の力では呪霊には届かない。
蓮を除いた最強の多毘すら一撃で気絶させるほどの力量で、蓮でさえ数度の打ち合いで声を出すのすら痛みを伴い立ち上がれなくなっている。
「
呪霊の腕は四本。両手での掌印を行って尚、通常の人間程度には自由が利く。
灯恪が繰り出した拳をその腕ごと上右腕の手刀で斬り落とした。
痛みで絶叫するより疾く裏拳が右胸に突き刺さる。右肺を押し潰されながら遠方へと吹き飛んだ。
『『【
そして、領域が完成する。
必中は、来ない。
発動しているのかもしれないが効果を感じられない。
『『ワタクシの領域は身と魂を留め、繋ぎ、そして統べる界。此度の侵攻に選ばれたのもこの力あってこそ。ですが、未熟故完全発動には時間を要してしまうのですよ。フフフ、ですのでアナタたちは手ずから葬って差し上げましょう。アナタたち程度繋ぐ価値もありませんのでねえ、フフフフフ』』
完全発動には時間を要する。そんな呪霊の言葉を明確に聞き届けながら、蓮の頭の中では数秒前の灯恪の姿が繰り返されていた。視線は残る弟子たちに向いている。
(────まだだ)
何も終わってなんていない。そんな分かりきった事実をあの瞬間、捧己羽の死の衝撃で失念してしまった。肉体なんて無理矢理にでも動かしてでも立ち上がらなければならなかった。一人でも守りたい弟子がいるのなら。
「ぐ、うあ」
もっと早くに動き出せていれば、領域を止めることだって叶ったかもしれない。
そんな後悔を噛み潰す。
「あ、ああああああああぁぁぁ!!!!!!」
噛み潰して叫んだ。
叫びで体中に喝を入れる。最大効率で呪力を練りながら限界まで肉体を強化していく。
動けない体を意志で前へ押し出す。
ギリギリと異様な音を立てて、肉体は漸くゆっくりと動作を始めた。
立つ。それだけの行為に恐ろしいほど精神が削られていく。だとしても、蓮は立った。
『『その精神力、感服するほかありませんね。傷が癒えたわけでもないでしょうに』』
呪霊の目には憐れみが混じっていた。
立ち上がったところで状況は終わらない。状況は変わらない。それどころか、領域展開による強化で悪化している。
「簡易領域」
領域に対してはあまりにちっぽけな透明の球形が蓮を包む。負荷はさておいて体の動きは時とともに正常さを取り戻している。
「更ちゃん! みんなを集めて簡易領域で包んであげて!」
呪霊は領域展開時に発動には時間が掛かる、とそう言っていた。つまり、術式自体は必中している。簡易領域による必中の中和が必要だ。
「あ───え」
反応は鈍い。でも、仕方がないことだ。
今日の強襲は唐突な出来事だった。生まれて初めて会う呪霊に襲われ、家族のような友人を目の前で殺されて正常でいる方が難しい。
『『アナタは素晴らしくとも仲間はそうではないようですね。足を引くものが多いと苦労が絶えないでしょう』』
「足を引かれたことはないし、逆に助けてもらってばかりだったよ。今だって灯心ちゃんの行動がなかったら立てなかった」
更見はいつだって一直線に高みを目指そうと努力する人間だ。この時期としては異例の速さで二つの領域対策を習得し、その応用まで成立させた。その後も成長を続けている。
折れずに、直面した壁を乗り越えて。
だから、少しだけ時間は掛かるとしても立ち直ることを確信していた。
『『そうですか。では、その助けとやらの元を断ちましょう』』
更見へと踏み出した呪霊を横合いから蹴りつける。
「今度こそ、誰にも指一本触れさせない」
ここからは一対一の戦いだ。
拳と拳が交錯する。
先に蹴りでよろけさせていた蓮の一撃が一瞬早い。拳が───
『『フフフ』』
防がれた。
呪霊の腕は四本。それに簡易領域発動の都合上片手で対処しなければならない。
圧倒的な手数の差は致命的な戦況と絶望的な未来を指し示していた。
一度攻撃を繰り出す。その度に四度の攻撃が飛んでくる。
攻撃を右腕で叩き落とす。それだけで、骨が軋みを上げる。
単純な足し引きすら必要ない。一撃の威力を比べてすら蓮が負けている。
攻撃は一度として受けていない。なのに、焼き切れるように熱い。全身が炎と化している錯覚に襲われる。痛みがもはや痛みとして分からない。
そんな一秒先には死んでもおかしくない状況下でも体は動いていた。ありえないことに感覚が研ぎ澄まされている気さえしている。
何かが成せそうだと感じた。
眼前にまで迫っていた拳を首を傾け既で回避し、倒れ込むように接近する。残る三本の腕は二本が迎撃、残りが防御に割り振られている。
攻撃をしても受け切られ、返しの手で殺される。理性はそう告げている。そのはずなのにどうしてもそう思えない。
本能に導かれるままに全力の拳を振り抜く。
『『ここまでのようですね』』
二腕の手刀が至近に迫る。その前に────
黒き閃光が呪霊の体躯を貫いた。
『『グ、ブガァ···?』』
黒閃と呼ばれる現象がある。打撃と呪力の誤差が百万分の一秒以内であった時に生じる空間の歪みであり、その際呪力は黒く輝く。
黒閃発生時の一撃の威力は二・五乗。その恩恵で蓮の一撃は呪霊の防御ごと腹部を貫通した。
そして、黒閃は発動者の潜在能力を解放する。それにより蓮は掌印なしでの簡易領域完全展開に至っていた。
戦いの図式が書き換わる。
一方で国落望の自室での戦いは呪霊が圧されるという形で状況は終始していた。
「威勢の良さはどうした?」
手で触れなければ術式を発動できない呪霊に対して、彩植術式や手に持つ大剣状の呪具で中遠距離を制する国落望。大気への術式発動により軌道を逸らすことこそ可能でも全方位から休みなく迫る攻撃に着々と被弾が増えてしまう。呪霊は部位を欠損しても自らの呪力により再生する。だとしても、疲労は明確に蓄積していた。
「とはいえ、彩植術式はここまでか。呪力量も底をつく頃合いだ」
『『呪力が底をつく、そう言ったか貴様···呪具でないのは確実。一体何か、その力』』
「は、気になるか? 気になるだろうな。良いだろう。教えてやる」
大剣呪具を右へと振るう。火の斬撃が壁を切断した。そして、奥の景色が晒される。奥には幾つもの奇形が蠢いていた。ドクリ、ドクリとまるで臓腑のように規則的に。
命のように振る舞うそれは呪力を持っていた。
類似物を目にしたことがあった呪霊はその正体を看破する。
『『人か』』
「ああ、それをここを回すための呪力生成用に私が整えた」
あれは人だ。人だったものの成れの果て。この場所に敷かれる団というシステムの行く先に待つ結末だった。
しかし、呪力タンクがあったからと言って、それだけで力になるほど単純じゃない。
あれほどの力ともなれば生得術式によるものであることは明白で、その力を扱う術者はあくまで持ち主であることが自然だ。
実際、国落望はあの肉塊を力の正体として指し示したのだから術式保有者でもあるのだろう。
ここまで彩植術式による攻撃に晒されてきた呪霊だが、その行使に明確な指向性を見ていた。あの状態でそれほどのことが可能とは思い難い。かつて呪霊が見た新世呼の検体はそうだった。
そして、あのような状態とはいえ寿命からは逃れられない。術式持ちは多く現れないのだから国落望でも本来慎重に扱うべき対象だ。だというのに、口振りからして使い捨ての道具程度にしか見ていない。
口振りと合致せず、解答としても要点を欠いている。だが、その欠けた要素に対する足掛かりは呪霊の記憶に存在した。
捧己羽。同じ呪霊だったはずのかの存在はいま人の姿をしていると聞いている。
『『───捧己羽と同じ手立てか』』
「この場所を嗅ぎ付けたこともそうだが、随分と知られているな。捧己羽内にまだ新世呼とやらの破片が残っていたということか。だが、まあその通りだ」
国落望には術式を保存し別の人間に与える力がある。正確には鏡摂の写身操術に、ではあるが。
写身操術の順転で鏡世界を操り、反転で順転による変化を現実に適応する。そして、領域展開ではその外殻内面の特殊鏡面で相手の情報を解析する術を鏡摂は得ていた。その解析能力を持ってすれば対象の身体構造の把握も可能だ。それにより、若き鏡摂は生得術式が脳に刻まれていることを知ることになった。
その事実から"それを切り取り他者へ植え付ければその術式を他者に行使させることが可能になるのではないか"という考えが生じる。
実際に試したところ、第一段階となる切り出しまでは特殊鏡面のおかげで成功したが、植え付ける工程は困難そのものだった。
特殊鏡面により付与対象と術式持ちの脳を解析して不自然なく接合する。そのために多くの死と時間が積み重なった。完成はオリジナルの鏡摂の晩年も近い頃。その力を死後にも残すために複数の呪具に機能の一部ずつを刻みその力を残すことで現在術式を保存し別の人間に与える手段を確立した。
鏡眼もその時に生まれた呪具で、領域展開時にあえて結界の外殻を構成せず物理的な外殻で代用することで物理物体面に特殊鏡面を接させて術式を刻むことによる呪具化を行い造られた。
『『であればその詳細、ここを調べ突き止めよう』』
「ここにいる私に訊かぬのか?」
国落望は明かすつもりでいた。
知られて揺らぐ盤面ではとうになく、完遂は間近に迫っている。万全を期していたが、始めてしまっても構わないほどで、それに自らを造った鏡摂について話すことは楽しくさえあったからだ。
『『貴様の死期がもはや目前であるが故』』
しかし、呪霊の目的は既に終わっている。
いつの間にか、国落望の足首を掴む
不全呪法は完全を不完全へと崩す術式だ。それにより機能不全に陥らせる。
基本的には触れている空間の流れを歪めて軌道を変えることで相手の攻撃逸らすという使い方をしているが、領域展開時には必中効果で相手に触れて呪力を練るという行為を不可能にしているように実際に触れた場合の効果はその比ではない。
自身に効果を発動させて定形という完全を不定形という不全へと変えることも、現在の自身の力を完全とし不全とすることで弱体化させることも可能だ。尤も、後者はかなり無茶で今は自身への発動が限界な上に強化に使うことは不可能なためそうそう使い道はない。
しかし、今の状況を作ったのはその力だった。弱体化により、低級の呪霊と化すことで行えることこそが光明だったのだ。
低級呪霊の特権であり、特級呪霊であれば本来扱えない警戒外の力。だからこそ、不意を突いた。
呪霊は長く存在している。遠隔への術式発動こそ習得していないものの、対象選択能力の練度において群を抜いていた。国落望との会話の間、地面と接する自身の一部にその力を適応し壁抜けで下を経由して国落望に気取られずに足を掴んだ。
呪霊の現在の右手は本来の右手ではない。この異形は新世呼の術式を刻んだ呪具だ。オリジナルの右手は術式により有る位置が歪められて表出していない。それを応用して伸ばした部位に手を移動させ術式を国落望に行使した。
領域展開時には呪力を練るという行為を歪めるという形で発動しているが、これは対呪霊を考慮した術式効果だ。人間を致命に至らしめるにはもっと単純な手段が存在する。
即ち、内臓への機能不全だ。
呪霊はその構造の違いから脳への術式発動は通り辛いが、人間ならそちらも通りやすい。反転術式は不可能、即死は免れ得ない。
「───────」
まだ最後にやらなければならないことがある。それは新世呼の呪具による接触だ。
『『終わりだ』』
音もなく接近して、右腕の呪具を、
「これで終わりだと?」
掴まれた。
横合いからの国落望の左手で。
生存はありえない、はずだった。
『『馬鹿な。いや、だが!』』
国落望は呪具に触れている。発動条件は満たしているのだ。
呪霊はその発動を待った。しかし、待てども何も起こらない。それどころか、
「【
それは国落望の術式の名であり、鏡摂がこの場所を造ることを決心する切っ掛けとなった力の名前を指している。
術式効果は発動対象状態の逆行。
それにより、呪霊の呪具は
『『──っ!!!??』』
同じく、自身の肉体にも術式をかけて不全呪法発動する前の状態に戻し続けることで死を免れていた。
「策自体は天晴と言う他ないが、逸ったな」
それどころか、天成回帰は自身の肉体年齢すら逆行させられる。対象選択も可能で記憶は維持したままだ。
そして、相当の力量差と呪力消費が必要になるものの他者にも効果を発揮する。ならどうして鏡摂は若返りを果たしていないのか。それは大元の術師の力量に起因する。
天成回帰は最初、無機物にしか作用しない術式だった。鏡摂はその術式拡張に可能性を見たが、国落望の前任者である本来の天成回帰の持ち主は終ぞ術式を進化させることができなかったのだ。
写身操術による他者へ術式を付与の完成が晩年にまで及んだことで後任の国落望の術式拡張はその死に間に合わなかった。
だとしても、彼の計画は今も続いている。目的は国落望がある程度変えてこそしまったが、彼が作ろうとしたものを構成するパーツ自体は写身操術による術式付与に生物にまで効果を発揮する天成回帰とその使い手、呪力量を無制限に増加させる術式の獲得、そして呪具を創出できる場の構築で揃っていた。
「少しでも様子を見ておけば気づいたろうに」
呪霊の頭を掴んで地面に叩きつける。そして、術式を発動した。
国落望がこれから呪霊に行うのは周りにある人間だった者たちにしたことと同じことだ。肉体はそのままに記憶を思考が成り立つ前にまで逆行させ、行動能力を奪い去る。
その後は鏡摂の呪具群を用いて脳構造を解析して術式関連部位だけを天成回帰の術式反転【
術式を剥奪されれば人は死ぬ。だが、天成回帰は死から間もない死体は蘇生できる。蘇生した個体は他の術式を付与して写身操術で操ることでこの場所の防衛システムとして扱っている。彩植術式で攻撃を続けていたのもそういう個体だ。
『『───』』
記憶の消失。そこで初めて呪霊は国落望がここまで何をしていたのかを理解する。そして、その理解が消失する前に───
『『領域展開【正或非極腑律歪隔】』』
自身の最終行動を決定した。
「領域は通用しない。それはお前とて分かっているはずだが···待て、何をした」
外殻の破壊に失敗する。加えて、術式による逆行が停止した。
空間が変遷する。未だ外殻すら形成されずに、ただ広く。
閉じない領域ではない。そんな絶技この時代に行使できる者など額に縫い目のあるとある術師を除き存在しない。本当に、広くしただけだ。成立不成立を考慮せずに無限遠まで領域を広く設定した。
だというのに、領域は未だ崩れていない。完成することは永遠にないだろう領域が建物を既に半ばまで覆い尽くしている。
呪霊が使ったのは
世界に敷かれたシステムである縛りを天成回帰は妨げられないのだ。
縛りは約束を強制する力もあるが、例えば今日の自分の弱くする代わりに明日の自分の強くする、という風にデメリットを負って代わりのメリットを手に入れる力としても扱える。
今呪霊が負ったデメリットは死。自らの死と引き換えに爆発的な呪力量と出力を手にしていた。それにより、領域展開は今も広がり続けている。
新世呼からの知識で死後に呪いが強まることを知っていた。呪霊が祓われても領域でこの場所に拡がった術式は残る。そうすれば、この場所の機能は停止して他の人間共も不全を受ける。無論呪霊も受けることになるが問題ない。今ここにいる呪霊程ではないものの、万が一の予備戦力として控えている呪霊もいるため簡易領域などで対処した少数は数で潰せる。国落望を除く他全てはこの一手で終わりだ。
しかし、自死の縛りと言えど一つ費やした程度では一度領域展開を行った状態でのこれだけの無茶は不可能。
それを覆した要素は
現在、呪霊は自死の縛りを二重に行使している。
もはや死は確実となったこの状況での最悪は術式を奪われること。自死の縛りの上に術式破棄の縛りも重ねている。それにより不全呪法の出力は一時的に国落望の天成回帰を超越し、自身にかけた不全呪法は天成回帰の干渉を跳ね除けていた。
呪霊の領域展開は片手掌印で発動する。偽の右は砕かれた。本来の右は既に自らに回帰している。
つまり、今右手は完全な自由を獲得している状態だ。
元々の目的は新世呼の術式の発動だったが、生かしておくには危険すぎると呪霊は判断を下している。躊躇いはない。
『『死ね』』
手が触れる。術式が発動した。