スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~ 作:如月斎
ハロウィンの災難
朝から寮の寝室は、まるでお菓子工房のようなかぼちゃの香りに包まれていた。廊下も談話室も、ホグワーツ中がハロウィンの香りに満たされている。
「わあ! 良い匂い!」
コーウェンは嬉しそうに鼻をスンスンさせながら、ベッドから飛び起きた。普段起こさないと起きないコーウェンが、よほど楽しみだったのだろうか寝起きからニコニコしている。
その隣で身支度をしているセリクスの頬は、いつもより微妙に引き
「朝ご飯は何が出るかな〜? かぼちゃプディングとか出ないかな?」
「……さぁな……」
「……なんか元気なくない? もしかして甘い匂い嫌い?」
「甘すぎるのは好きじゃない」
「……可哀想」
甘いのが嫌いな人間に、ハロウィンのホグワーツ城にはどこにも逃げ場などない。
朝からぐったりしているセリクスは気の毒だが、匂いを無効化する魔法などコーウェンは知らなかった。魔法の得意なセリクスが何も対策していないということは、そういう魔法自体存在しないのかもしれない。
2人は気を取り直して朝食を摂りに大広間へ向かうと、巨大なジャック・オー・ランタンや蜘蛛の巣、コウモリの装飾が天井から吊り下げられ、テーブルには特別なハロウィンメニューが並んでいた。いや、装飾だけではなく、本物のコウモリも飛び交っているではないか。ホグワーツのハロウィンが初めての1年生たちが、大口を開けて天井を見上げている。
いつも静かで冷静なスリザリン生たちも、今日ばかりはどこか浮ついたような様子で、オレンジ色のかぼちゃプディングやかぼちゃパイを楽しそうに食べている。
「おお! これ美味そう!」
グラハム・モンタギューがかぼちゃプディングをスプーンで掬って口に運んだ瞬間。
「キ—————!!」
モンタギューの声が甲高く変わり、まるでネズミのような鳴き声になった。テーブル中が騒然となる。
「何これ。声変わりプディング?」
「グラハム、おい大丈夫か?」
「チュチュチュ———! ジュジュッ!」
「落ち着け! 何言ってるか分かんないから!」
モンタギューを挟んでいたピュシーとヒッグスが、慌てながら皿を押しやった。ワリントンはそれを見ながら食べ続けている。豪胆な男である。
セリクスはその騒動には一切頓着せず、静かにキドニーパイに手を伸ばした。しかし、一口食べた瞬間。
───ポンッ!
軽快な音と共に、セリクスの周りに紫色の煙が立ち込めた。
「セ、セリクス!? 大丈夫!?」
コーウェンが隣で慌てふためいている。
煙が晴れると、セリクスの頭に可愛らしい銀色の毛の猫の耳がちょこんと生えていた。耳の先がふるるっと小さく震えている。
「「「「きゃあああ!!」」」」
女子生徒たちが黄色い悲鳴を上げる。可愛さに悲鳴を上げているのか、驚きなのかは定かではないが、大広間が一気に騒がしくなった。
セリクスは表情一つ変えず、相変わらず無表情でパイを食べ続けている。
「「イタズラ大成功!!」」
そこに楽しそうなフレッド&ジョージ・ウィーズリーが登場した。リー・ジョーダンも一緒に、満足そうな笑顔を浮かべている。
「どうだ、スリザリンの坊ちゃん! いや、仔猫ちゃんか? 似合ってるじゃないか!」
フレッドが馬鹿にするように笑う。
セリクスは猫耳を生やしたまま、淡々と答えた。
「猫ではなく、スリザリンなら蛇だろう」
大広間が一瞬静まり返った。周りの生徒たちがドン引きしている。フレッドの笑顔も凍り付いた。
「……なんだって? 蛇?」
しかし次の瞬間には気を取り直したフレッドが、再び悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
「だ、第2弾もあるんだ! それ! 《
フレッドが大袈裟に杖を振ると、天井からドロドロとした緑色のスライム爆弾が降ってきた。狙いはセリクスと、不幸にもたまたま通りかかったスネイプ教授の頭上だった。
セリクスは持ち前の反射神経で、瞬時に椅子から立ち上がり華麗に避けることが出来た。まるでダンサーのような動きで横に移動する。セリクスのローブがバサリと
しかし、スネイプ教授は完全に不意を突かれてしまった。彼の黒い瞳が大きく見開かれる。
───ドロッ。
緑色のネバネバとしたスライムが、教授の黒髪と黒いローブに容赦なく降り注いだ。
「…………」
大広間が死の静寂に包まれる。
スネイプ教授の顔が、見たこともないほど恐ろしい表情に変わった。歯茎が見えるほど歯を食いしばっている。怒りのあまり顔色がどす黒くなっている。
「ウィーズリ—————!!!」
教授の怒声が大広間に響き渡る。大広間の天井がビリビリ震え、頭上を飛び交っていたコウモリが1羽落ちた。
「グリフィンドールから30点減点!! それに加えて、今夜から1週間、我輩の個人指導を受けてもらう!! 覚悟しておけ!!」
「ぎゃ—————!!」
フレッドの悲鳴がホール中に響いた。ジョージの顔からも血の気が引いて真っ青になっている。スネイプ教授の「個人指導」がどれほど恐ろしいものかは、全校生徒の知るところだったからだ。
セリクスは未だに猫耳を生やしたまま、何事もなかったかのように再び席に戻り、残ったパイを食べ続けた。
ハロウィンの朝は、こうして波乱の幕開けとなった。
◆ ◆ ◆
「これ感覚あるの……? 動く……? 痛くない?」
「触るな。くすぐったい。……自分の意思では動かせないようだ。………あの双子も変な才能があるな……」
「……今、あの双子のこと褒めた?」
「褒めてない」
「え、褒めたよね?」
「褒めてない」
「えー。でも……」
「褒めてない」
【あとがき】
コーウェンは甘党、セリクスは辛党(まだお酒は飲めない年齢ですが)です。セリクスは甘すぎるスイーツは食べませんが、控えめで上品な甘さの物なら大丈夫です。
セリクスは双子の魔法の腕前を認めるようなことを言っていますが、悪戯の正体はフレジョが開発したのではなく、悪戯専門店で先輩が買ってきたのを譲り受けた物だったりします。でも屋敷しもべ妖精や教授たちの目を掻い潜って仕込むこと自体、難易度の高い行動だと思いますけどね。2年生くらいになると、悪戯グッズを改良(改悪?)し始めます。
《ディセンド》だけはフレッドの純粋な技術です。あれは1年生では習わない魔法なので、双子の才能は普通にすごいってことですね。