スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~   作:如月斎

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第1章 第13話 万年筆の秘密

 

万年筆の秘密

 

夕暮れが近付く図書館は、西の窓から差し込む金色の陽光に包まれていた。高い書架の間を縫って届く光が、古い羊皮紙や革装本(かわそうぼん)を温かく照らし、(ちり)の粒子がゆらゆらと舞い踊っている。

 

図書館の奥の静かな席で、コーウェンとセリクスは薬草学のレポートに集中していた。『マンドレイクの成長段階と魔法的性質について』というタイトルの下に、美しい文字が流れるように(つづ)られている。

 

向かい側に座っているコーウェンが、ふと顔を上げて声を掛けた。

 

「前から思ってたけど、君って羽根ペン使わないよね。それって万年筆ってやつ?」

 

(僕が使ってる羽根ペンも安物じゃないけど、セリクスの万年筆の方が価値がありそう……)

 

コーウェンは内心で自分の羽根ペンと比較しながら、セリクスが握る黒い万年筆を見つめた。

 

セリクスの手が止まり、彼は羽根ペンの代わりに握っているその万年筆を見下ろす。

 

「羽根ペンは好みじゃない。これは書きやすくて気に入ってる」

「珍しいよね。魔法界ではあまり見ないし。羽根ペンじゃなくても先生たちに怒られないの?」

「……スネイプ教授にだけは、それは家族の仕立てかと聞かれたが……」

 

セリクスは万年筆を軽く回しながら、いつもより饒舌(じょうぜつ)に語り始めた。

 

「母方の親戚の、兄のような人が昔プレゼントしてくれた物だ。とても良くしてくれた人で、魔法の腕も素晴らしかった。私の師のような存在だ」

 

セリクスの無表情な顔に、僅かに柔らかな感情が浮かんだ。記憶の中に、優しい声が蘇る。

 

『これをセリクスに。セリクスは頭が良いから、これを使って沢山お勉強するんだよ』

 

「これには魔法が掛かっていて、インクを補充する必要がない。それに───」

 

セリクスの瞳に、別の光が宿った。

 

「インクの色が感情によって変化したり、(きら)めいたりする」

 

コーウェンは内心驚いていた。セリクスの目がいつもより優しく感じられたからだ。無表情なのは変わらないのに、どこか温かみがある。その人のことを思い出しているのだろうか。

 

「感情で変わるって……不思議だね」

 

コーウェンはセリクスのレポートを見つめた。濃い藍色で、細かい星屑のようなラメがかった美しい筆記体が羊皮紙に踊っている。

 

「でも、君のレポートっていつも同じ色だよね? 感情がいつも一定で変わらないってこと? ……確かに表情はあんまり変わらないけど」

 

セリクスは一瞬何かを考えるような表情を見せた。夕日に照らされた横顔が、いつもより物憂げに見える。

 

「そういえば、小さい頃はもっと色んな色が出ていたような。赤とか緑とか……」

 

声が少し遠くなった気がした。

 

「この色から変わらなくなったのは、つい最近だ……」

 

その時、カツカツという足音が近付いてきた。マダム・ピンスが書架の間を巡回している音だった。2人は咄嗟に声をひそめ、コーウェンは身を乗り出すようにして(ささや)いた。

 

「そうなんだ……。でも、とても綺麗な色だよ。まるで星空みたい。君に似合ってると思う」

「……」

 

コーウェンと見つめ合っていた瞳が、すっと横に逸らされた。何を考えているのか読み取れないが、不快には感じていなさそうだ。

 

マダム・ピンスの足音が遠ざかると、セリクスは再び普通の音量で話し始めた。

 

「コーウェン、ここが間違っている」

 

淡々とした口調で、セリクスがコーウェンのレポートを覗き込みながら指摘を始める。

 

「マンドレイクの発芽から成熟までの期間を『約3ヶ月』と書いているが、正確には『6ヶ月から1年』だ。それに、若いマンドレイクの鳴き声が『錯乱』を引き起こすと書いているが、実際は『失神』だ」

「えっ、本当?」

 

コーウェンが慌てて自分の羊皮紙を見直す。

 

「あと、ここも。『マンドレイクの復活薬は石化した患者にのみ有効』と書いているが、正しくは『変身させられた者や呪いを掛けられた者にも有効』だ」

「うわぁ……。もう書いちゃったよ。全部書き直しかぁ」

 

コーウェンが頭を抱える。羊皮紙二巻き分、3日もかけて書いたものをまた一から書き直すのは、さすがのコーウェンも気が滅入ってしまった。

 

セリクスは無言で杖を取り出し、一振りした。すると、コーウェンのレポートの間違った箇所のインクだけが綺麗に消えていく。

 

「間違えたところだけ消せばいい」

「ありがとう! 君って本当にすごいね」

 

コーウェンがほっとした表情で笑う。それを見てセリクスもほのかに口の端を上げた。

 

セリクスは再び自分のレポートに向き直った。万年筆の先から流れる濃い藍色のインクが、星屑のように煌めきながら美しい文字を紡いでいく。夕日がその文字を照らし、まるで夜空に輝く星座のように見えた。

 

コーウェンは、セリクスが『親戚の兄のような人』について語る時の表情を思い出していた。あの時だけ、彼の瞳に別の光が宿っていた。そして、小さい頃のインクの話をする時の、どこか寂しげな横顔も。

 

図書館に夕暮れの静寂が深まっていく中で、2人は再び自分たちのレポートに集中し始めた。2本のペン先が奏でる小さな音だけが、穏やかな時間を刻んでいる。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

やっとのことでレポートを書き上げたコーウェンは、深く椅子に腰掛け溜息をついた。片やセリクスはとっくに書き終わり、分厚い本を読んでいる。

 

「でも不思議だよね。なんで羽根ペンなんだろう? あんまり詳しくないけど、マグルの世界にはなんか色んなペンがあるんでしょ?」

「そうだな。マグルではもうほとんど羽根ペンなんて使われていない。単純に書きにくいしな」

「いちいちインクを付けるの面倒だし、インク壺重いし僕も万年筆にしちゃダメかな……」

「……コーウェンの好きにしたらいい、と言いたいところだが……。万年筆のペン先や専用インクを買い足すのが難しいかもしれない」

「あっ、なるほど」

「マグルの通貨に換金して、マグルの格好をして、ロンドンに買いに行くしか──」

「やめとく」

 

コーウェンが食い気味にそう言うと、セリクスはまた微かに笑った。今日は機嫌が良いらしい。

 

「冗談は置いておいて」

「冗談だったの? 分かりにくっ」

「──羽根ペンの方が魔力が通りやすいんだ。1年生ではまだやらないが、魔法陣やルーン文字を書く時は羽根ペンの方がいい」

「あっ、だから学校では羽根ペンなのか」

「そう。万年筆でも出来なくはないが。魔法使いが作った専用の万年筆はあまり数がない。マグル製では魔力が込められないんだ」

「なるほどねー」

 

コーウェンは納得はしたが、セリクスの万年筆に対する好奇心は消えなかった。それからたびたび彼の万年筆を借りるようになる。

 

しかしコーウェンが文字を書くと、万年筆は色とりどりの線を描き出すので、結局レポートには使えないのであった。

 

 

 

 

 




【あとがき】
またほんの少し2人の仲が深まりましたね。まだまだぎこちないですけど、これからどんどん仲良くなっていきます。

作中でほのめかされたセリクスの親戚は、そのうち再登場します。しかもチョイ役じゃなくて、結構ちょくちょく登場する予定です。

羽根ペンってロマンはありますけど、めちゃくちゃ書きにくそうですよね。いや、使ったことないですけど。万年筆とかボールペンじゃ駄目なの??? まあさすがにボールペンとかだと格好付かないかな?(笑)

セルウィン家なら魔法使い製万年筆くらい買えそうですけど、結局いろいろ考えた結果、そのまま羽根ペンを使い続けることにしたようです。ちなみにセリクスの万年筆は特注で、びっくりする程お高いです。
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