スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~ 作:如月斎
禁書庫の遺影
「……19世紀末におけるホグワーツの内部構造改築では、サラザール・スリザリンがかつて所有していた書斎の存在が示唆されている。だが、その位置も目的も記録から完全に抹消されている。また、かつてその書斎には、分類不能な魔法生物や、今では禁じられた魔法・魔道具に関する私的な記録群が保管されていたとも言われている。ほとんど神話のようなものであり、実際には誰も見たことがないのでその存在自体を疑問視する声も多い」
単調な声で語るビンズ教授。しかし、その一言にセリクスの指先が一瞬止まった。
───サラザール・スリザリンの書斎。
子守唄のような教授の声に周囲の生徒がノートすら放棄し始める中、セリクスだけがそのエメラルドグリーンの瞳を細めた。
◆ ◆ ◆
その夜。
セリクスは寮の皆が寝静まるのを待ってから、静かにベッドを抜け出した。透明マントは持っていないが、彼には別の方法がある。目くらまし呪文を自分に掛けると、体が薄らいでいくような感覚に包まれる。足音を消す魔法も重ね掛けし、存在そのものを闇に溶け込ませた。
石造りの廊下は夜の冷気に包まれ、革靴を通して伝わる床の冷たさが背筋を走る。壁に掛けられた肖像画の住人たちは深い眠りについており、時折小さないびきや寝言が聞こえてくる。『勇敢なるガドガン卿』の鎧姿も、今は静かに胸を上下させているだけだった。
廊下の向こうから、ピーブズの甲高い笑い声が響いてきた。セリクスは足を止め、壁に身を寄せる。しかし、ポルターガイストは彼の存在に全く気付くことなく、別の廊下へと消えていった。目くらまし呪文が完璧に機能している。
やがて図書館の重厚な扉が見えてくる。昼間とは打って変わって、夜の図書館は威圧的な静寂に包まれていた。
禁書庫の重厚な扉の前で、セリクスは杖を取り出した。
「《
小さな光と共に鍵が開く音がする。
扉の向こうに足を踏み入れると、禁書庫特有の重い空気が鼻を突いた。古い羊皮紙とインク、そして何か形容しがたい不穏な匂いが混じり合っている。棚に並ぶ本の背表紙からは、微かに魔力が漏れ出し、まるで生きているかのように
『血を求める書』、『闇の呪詛大全』、『悪霊召喚の手引き』──どの本も触れることさえ躊躇われるような禍々しい題名が並んでいる。中には、まるでセリクスを見つめているかのように、表紙の目玉がギョロギョロと動く本もあった。
セリクスは棚を辿り、手探りで一冊ずつ背表紙をなぞっていく。目指していたのは、スリザリンの書斎にまつわる何らかの手がかり。事前に調べていた古い目録には、『編者不詳・魔法生物の特異個体について』という記述があった。
奥へ奥へと進むにつれ、本の質感も変わってくる。より古く、より危険な魔法が込められているのが分かった。指先に伝わる魔力の波動が、次第に強くなっていく。
やがて、遂にそれを見つけた。厚い革装丁で、背表紙には確かに『魔法生物の特異個体について』と記されている。しかし、それを手に取った瞬間───
本は軽すぎた。中身が空洞になっている。
そっと開くと、くり抜かれたページの中に、小さな地図と暗号文が隠されていた。地図には禁書庫の見取り図が描かれ、奥の壁面の一角に小さな×印が記されている。暗号文を解読すると、『蛇と茨と月の下に、真実は眠る』とあった。
地図に従って進んだ先、誰も足を向けない奥の壁面に───
漆黒のベルベットで縁取られた、古い肖像画が掛けられていた。
セリクスは息を呑んだ。それは予期していなかった発見だった。心臓の鼓動が早くなり、手のひらにうっすらと汗が浮かぶ。
肖像画はほとんど動かない。魔力が薄れ、まるで深い眠りについているかのようだった。描かれているのは、気品ある女性。冷ややかな色彩の瞳、整った輪郭。そしてその面差しは───
(この顔は……私にそっくりだ)
頬骨の高さ、眉の形、唇の線。どれもセリクス自身の特徴と驚く程似通っていた。家系の血筋を色濃く受け継いでいることを、ヒシヒシと実感させられる。
フレームの下縁には、ほとんど消えかけた文字でこう彫られていた。
Noctua G.
セリクスの指が止まった。
その名は、家の記録にも存在しない。
「……ノクチュア。家系図にはなかった名だ」
低く呟くと、肖像画の女性が微かに瞼を動かした。まるで長い眠りから覚めたような、茫洋とした表情をしている。セリクスの存在には気が付いていないようだ。
やがて、肖像画がブツブツと呟き始めた。
「蛇は
ゴーント家の家紋そのものを表す言葉だった。続けて、別の言葉が紡がれる。
「書斎が……私たちを呼んでいる……」
「真の力が……そこに眠っている……」
「サラザールの遺産を……」
しかし、話す度に肖像画の色彩が少しずつ薄れていくのがわかった。まるで最後の力を振り絞って言葉を紡いでいるかのように。魔力の糸がゆっくりと切れていく様子が、セリクスにも感じ取れた。
ふと、ノクチュアがセリクスに目を向けた。
「……あなたは……」
「……」
「お願い……書斎の秘密を……真の力を……」
ノクチュアはセリクスを誰かと誤解しているようだった。しきりに何かを訴えてきているが、絵画の魔力が消えかかっているらしい。
そのうち動かなくなってしまった。
セリクスは肖像画のフレームを詳しく調べ始めた。すると、小さな引き出しを発見する。引き出しの中には、丁寧に巻かれた紙片があった。
魔法で保護された羊皮紙には、短い文章が走り書きされている。
【血は門を開かず、取り返しのつかない痛みのみが鍵となる。後悔したくないのなら引き返すべきだ──O.G.】
セリクスは眉をひそめる。
羊皮紙の下部に記された署名──O.G.。
……そのイニシャルに、すぐに一人の名が浮かんだ。
オミニス・ゴーント。
セリクスの曾祖父。家系図にも記されている名だ。
家の中では語られることの少ない人物。父も祖父も、その人生についてほとんど語ろうとしない。
(……オミニス。あなたは、そこに辿り着いたのか)
ノクチュア・ゴーント。
家の古い記録にも残されていない名。だが、この肖像画の存在、そしてO.G.が残した警告の言葉───
全てが、自分の一族に隠された何かを物語っていた。
セリクスは羊皮紙を丁寧に巻き直し、引き出しの中へと戻した。今はまだ、その扉を開く時ではない。無理に踏み込めば、何かを壊してしまう──そんな直感があった。
◆ ◆ ◆
翌日、セリクスは父へ手紙をしたためた。深い藍色のインクの端正な筆致で、簡潔に、しかし正確に昨夜の出来事を記す。
禁書庫で見つけた古い肖像画のこと。
"ノクチュア・ゴーント"という名。
そしてO.G.と署名された羊皮紙に残された警告の言葉。
返事は3日と経たずに届いた。いつものように、黒と銀の封蝋で厳重に封じられた手紙。
封を切ると、セリクスは一瞬だけ手を止め、深く呼吸を整えた。
───────◇───────
セリクスへ
お前の発見は重要だ。
しかしその名には、決して触れるな。
ノクチュア・ゴーントは、我が家にとって封じられた過去だ。
記録にも、会話にも、その名を残してはならない。
その先に待つのは、誇りではなく、代償の大きい後悔だ。
時が来れば、全てを話そう。
今はただ、学業に専念せよ。
父より
───────◇───────
手紙を読み終えたセリクスは、長い沈黙の中で封書を折りたたんだ。自室のカーテンを引き、灯りを消し、ベッドに深く腰を下ろす。
月光が窓から差し込み、枕元の銀の懐中時計を静かに照らしていた。
そこには、三日月に巻き付く蛇───
そして、その周囲を囲む茨の家紋が、微かに浮かび上がっていた。
「……分かっている。今はまだ、動かない。今は───」
懐中時計をそっと掌に包む。
だが心の奥底には、確かに火が灯っていた。失われた栄光。隠された血の記憶。
それがどんな結末を迎えようとも──自分だけは、真実を見届ける。
セリクスは静かに目を閉じた。深く、眠りに沈むように。だがその瞼の奥では、既に次の夜の訪れを見据えていた。
【あとがき】
今回ホグワーツ・レガシーの要素をぶち込んでみました。セバスチャン編をやってない人には「ノクチュア誰やねーん!」って感じですよね( ̄▽ ̄;)
オミニスとセバスチャンのスリザリンコンビ、めちゃくちゃ大好きです! なんか彼らの友情って湿度高めですよね。レガ主はよくあの2人の間に入れたなぁと思います。