スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~   作:如月斎

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第1章 第21話 寮杯の夜/第22話 貴公子の帰還

 

寮杯の夜

 

大広間は学年末の華やかな雰囲気に包まれていた。頭上にはホグワーツの四寮を象徴する旗が風もないのに優雅に揺れ、魔法の天井は美しい夏の夜空を映し出している。満天の星が瞬き、時折流れ星が横切っていく。学年末の晩餐会に初めて参加した1年生は一様に口を開けて上を見上げていた。

 

全ての生徒たちが着席を終えると、ダンブルドアが立ち上がった。ガヤガヤと騒がしくお喋りに興じていた生徒たちはすぐに口を閉じた。

 

「さて──皆さん。今年度の寮杯の発表をいたしますぞ」

 

ダンブルドアの言葉と共に、生徒たちが各寮の砂時計を一斉に見上げた。

 

4つの巨大な砂時計が宙に浮かび、それぞれの寮の色の砂で満たされている。グリフィンドールのルビー、ハッフルパフのトパーズ、レイブンクローのサファイア、そしてスリザリンのエメラルド。

 

「第4位、ハッフルパフ、392点」

 

ハッフルパフのテーブルから控えめな拍手が起こる。競争心が少ないハッフルパフ生は少しがっかりしながらも、あまり気にしていないようだった。

 

「第3位、レイブンクロー、411点」

 

レイブンクローの生徒たちが穏やかに拍手する。大体の生徒たちが面白くないと言いたげな顔をしている。

 

「第2位、グリフィンドール、434点」

 

グリフィンドールのテーブルから一瞬大きな歓声が上がったが、まだ1位の発表が残っていることを思い出し、やや複雑な表情になる。

 

「そして第1位……」

 

ダンブルドアが一息置く。

 

「スリザリン、544点」

 

スリザリンのエメラルドの砂時計は、まさにギチギチで、今にも逆流しそうな勢いで砂が詰まっていた。

 

大広間にざわめきが起こる。圧倒的な点数差だった。

 

「ちょっと待って……」

「100点以上差ついてるじゃん」

「誰のせい?」

 

スリザリンのテーブルから大歓声が上がる中、他寮の生徒たちの視線がセリクスに集中した。彼がこの異常な点数の主因であることは、誰の目にも明らかだった。

 

「あの1年生のせいで……」

「ずるいよ、あんなの」

「1人で何点取ってるのよ」

 

ひそひそ声が他寮のテーブルから聞こえてくる。明らかな敵愾心が向けられていた。

 

しかし、ハッフルパフのテーブルでは、セドリックだけが屈託のない笑顔で拍手していた。純粋にセリクスの実力を認め、祝福している様子だった。

 

一方、スリザリンのテーブルは喝采に包まれていた。ほとんどのスリザリン生が立ち上がって拍手していた。ゴブレットをテーブルに叩きつけている人間までいる。

 

「ゴーントくん、君のおかげだ!」

「素晴らしかったよ!」

「流石ゴーント家の跡取りだ!」

 

上級生たちも含めて、セリクスの周りに人だかりが出来ていく。しかし、当の本人はどの声にも興味なさそうな表情で、短く頷くだけだった。

 

「私の! 私の寮杯よ! これで5年連続の快挙よ!」

「ジェマ……! 落ち着いて! ゴブレットからジュース零れるから!」

「さすが私のスリザリンよ!」

「君のではないよ……!」

 

相変わらずファーレイが盛り上がり、ウィントリンガムが必死に制御しようとしているらしい。ファーレイの隣で、ウィントリンガムとは反対側に座っていた女子生徒が、かぼちゃジュースがかからないように思い切り体を引いているのが見えた。

 

「───ちなみに」

 

ダンブルドアが続ける。大広間に一瞬だけ静寂が満ちた。

 

「クィディッチもスリザリンの優勝です」

 

優勝なのは前もって分かってはいたが、改めて言われると喜びもひとしおなのかもしれない。スリザリンのテーブルから更なる歓声が上がった。ヒッグスの兄が感涙していて、チームメイトから小突かれている。

 

教職員席では、スネイプ教授が珍しく口角を上げている。普段の厳格な表情からは想像出来ない程、満足そうな顔だった。おもむろに立ち上がって校長から寮杯を受け取る。

 

「今年は波乱のない、しかし見事な努力と研鑽の年じゃった」

 

ダンブルドアが全体を見回しながら言う。

 

「全員に拍手を──特に、黙って努力を重ねた者たちへも」

 

ダンブルドアはその言葉と共に、セリクスの方にちらりと目をやった。しかし、セリクスは何の反応も示さない。相変わらず無表情で、まるで自分のことを言われているとは思っていないようだった。ダンブルドアは片眉を上げたが、それ以上は何も言わなかった。

 

スリザリンのテーブルでは祝勝の雰囲気が続いているが、セリクスはコーウェンと静かに話していた。

 

「すごい点数差だったね」

「そうか」

「君がいなかったら、きっとスリザリンは首位じゃなかったよ」

「それは言い過ぎだろう」

 

コーウェンが苦笑いする。首位じゃなかったというのは言いすぎかもしれないが、セリクスの加点がなければ、確実にここまで圧勝ではなかっただろう。

 

周囲では相変わらずセリクスに声を掛ける生徒が後を絶たないが、彼は適当にあしらっている。表情に変化はないが、ほんの少し辟易した空気が漂っていた。よく見ないと分からないくらいに眉間に皺が寄っている。

 

スリザリン生たちが賑やかに盛り上がる中、セリクスの元へ1人の生徒が歩いてくる。

 

セドリック・ディゴリーだった。スリザリン生たちが(いぶか)しげな顔をしながらも、セドリックに道を譲ってやっていた。セリクスのすぐ前まで歩み寄ってくる。

 

「セリクス、おめでとう」

「ありがとう」

 

静かで暖かな祝福に、セリクスも珍しくすぐに応じる。

 

「君がいなかったら、今年は違う結果になっていたかもね。……本当に、すごかった」

 

セドリックの言葉に、周囲のスリザリン生たちが注目する。ハッフルパフ生が敵の勝利を純粋に祝福している姿は、印象的だった。

 

「来年も、よろしく。……君と同じ年に生まれてよかったよ」

「……そんなことは考えたこともない」

 

セリクスは一瞬だけ瞬きし、そして──ほんの僅かに口元をゆるめた。

 

「でも、そう思うなら、そう思っていてもいいんじゃないか」

 

セリクスなりの照れと肯定が滲んだその言葉に、セドリックは柔らかく笑った。

 

大広間の喧騒の中で、セリクスは静かに1年目の終わりを迎えていた。圧倒的な実力で寮杯をもたらした彼だったが、その表情には達成感も満足感も見えない。

 

ただ、淡々と時を過ごしているだけだった。

 

夏の夜空が美しく輝く中、ホグワーツでの最初の年が静かに幕を閉じようとしていた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

祝宴の喧騒が去り、地下の寮に戻ったセリクスは、寝室で静かに椅子に腰を下ろした。コーウェンが荷物整理をしている横で、屋敷しもべ妖精が2人分のナイトティーを運んできた。

 

「ミントティーと、ラベンダービスケットでございます」

「ああ。そこに置いてくれ」

 

セリクスは魔法で寝巻きに着替えると、椅子に深く腰を下ろし、ゆっくりとカップを手に取った。

 

「……今日は、すごかったね」

「何が?」

「寮杯、544点。あれ、きみ1人で何点取ったの?」

「知らない。計算してない」

 

コーウェンは微笑して、ビスケットをひとかけら齧った。

 

「でも、ちょっと誇らしいよ。同室がそんなやつだって」

「そうか」

 

セリクスはティーカップを口元に運びながら、静かに瞬きをした。

 

夜の空気は冷たく澄んでいて、寮の寝室は魔法で心地よい温度に保たれている。

 

コーウェンがふと思いついたように言った。

 

「来年も、こうして一緒にティータイム出来たらいいな」

 

セリクスは、それには答えず、ティーカップの中で揺れる液面を見つめたまま小さく息を吐いた。

 

───静寂と、余韻と。

スリザリンの1年間が、音もなく、しかし確かな輝きを残して幕を閉じた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

貴公子の帰還

 

寮の寝室では、帰省の準備が始まっていた。コーウェンは大きなトランクの前に座り込み、一生懸命荷物を詰め込もうとしている。しかし、魔法の道具や教科書、着替えなど、1年分の荷物はどんなに頑張っても入りそうにない。

 

「うーん、このトランク小さすぎるかな……」

 

コーウェンが困った顔で荷物を押し込もうとしていると、ふとセリクスの方を見た。彼は相変わらず本を読んでいて、荷造りをしている様子が全くない。

 

「セリクス、帰る準備はしないの……?」

「すぐ済む」

 

セリクスは本から顔を上げ、杖を一振りした。

 

「《パック(詰めろ)》」

 

瞬間、部屋の中にあった彼の荷物が宙に舞い上がり、まるで訓練された軍隊のように整然とトランクに収まっていく。本は大きさ順に並び、ローブは美しく畳まれ、魔法の道具は種類別に分けられて、完璧にパッキングされた。

 

「生活魔法は便利だから、君も使ったらいい」

 

セリクスが何気なく言うと、コーウェンの目が点になった。

 

「出来るならとっくにやってるよ! どこでそんなの習うの!?」

「父親から教わらないのか……?」

 

セリクスが首を傾げると、コーウェンが珍しく拗ねたような声を出した。

 

「このお坊ちゃんめ……」

 

その様子を見て、セリクスは静かに立ち上がった。コーウェンのトランクの前にしゃがみ込み、杖を振る。

 

「《パック》」

 

コーウェンの散らばった荷物も、セリクスのものと同様に美しく整理されてトランクに収まった。余裕を持って全て入り、まだスペースが残っている程だった。

 

「わあ……! ありがとう!」

 

コーウェンが感激の声を上げる。

 

「来学期教えてね……」

 

唇を尖らせながら言うコーウェンに、セリクスは軽く頷いた。

 

「構わない」

「───あっ!」

 

コーウェンが突然手を叩いた。

 

「夏休みの間に君のところへ遊びに行ってもいい?」

 

セリクスは少し考えてから答えた。

 

「……父上に確認してみる」

「セドリックも呼んでいい? きっと彼も来たがるよ」

「構わない」

 

セリクスの短い返答に、コーウェンの顔がぱっと明るくなった。

 

「楽しみだなー」

 

そう言いながら、コーウェンは鼻歌を歌い始めた。軽やかなメロディーが寮室に響く。

 

セリクスは窓辺に近寄り、外を見つめた。水の向こうでは、月の蒼白い光がゆらゆらと揺れている。魚の群れが一閃し、静けさが戻る。1年前、この学校に初めて足を踏み入れたときのことを思い出していた。

 

あの時は1人だった。でも今は───

 

コーウェンの鼻歌が続いている。無邪気で楽しそうな歌声だった。

 

セリクスの口元に、僅かな笑みが浮かんだ。気付かれない程小さな、しかし確かな笑みだった。

 

「家に友人を招くのか……」

 

セリクス自身も、それは初めての経験だった。父がどう反応するかは分からないが、悪い気はしない。

 

「明日には家に帰るのか」

 

セリクスは静かに呟いた。

 

窓の外では、魚たちが自由に水中を舞っていた。コーウェンの鼻歌が、温かなBGMのように部屋に響いている。

 

ホグワーツでの最初の年が、もうすぐ終わる。そして、新しい夏が始まろうとしていた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

ホグワーツ特急が終点に近付く頃、車内には名残惜しむような声があちこちで響いていた。別れを惜しむ笑い声、約束の言葉、そしてトランクを引きずる音。

 

セリクスは、いつも通り静かに荷物をまとめていた。反対側の席では、コーウェンが小さなメモ帳に何やら書き込んでいる。

 

「ねぇ、夏の間、手紙でやりとりしよう?」

 

ペンを止めたコーウェンが顔を上げる。

 

「週に1回くらいなら、僕、フクロウ飛ばせると思うんだ」

「……構わない」

 

短い返事にコーウェンはにっこりと笑い、今しがた書いていたメモを差し出した。

 

「これ僕の実家の住所ね。君のも、あとで教えて」

 

頷く代わりに、セリクスは鞄から自分の書いたメモを差し出した。そこには既にセリクスの実家の所在地が書かれていた。コーウェンはパッと破顔して受け取った。

 

ホグワーツ特急がゆっくりと停車する。蒸気が白く吹き出し、ロンドンのキングズ・クロス駅のプラットフォームに、迎えに来た親たちのざわめきと再会の声が響いていた。

 

「じゃあね、セリクス! 手紙送るから!」

 

そう言って、コーウェンが帽子を片手に振る。セリクスは軽く顎を引いて応じた。車内で交わした手紙のやり取りの約束が、少年らしい名残として温かく胸に残る。

 

人混みの向こうに、黒いローブの男が立っている。その周囲だけ、まるで魔法でも掛けられたかのようにぽっかりと人の流れが空いていた。

 

マウリシオ・ゴーント。ゴーント家の現当主にして、セリクスの父だ。

 

眼差しだけで無言の合図を送り合い、セリクスは迷いなくその人の元へと歩いていく。

 

「父上。ただいま戻りました」

「……」

 

マウリシオは頷くだけだった。必要な言葉はそれで足りる。2人は並んで歩き、少し人目の少ない場所で姿をくらませた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

足元が石畳に変わると同時に、セリクスの鼻先に微かな苔と冷気の匂いが届いた。そこはイングランド北西部、カンブリア州の湖水地方にひっそりと存在する、魔法で隠された湖『ミレヴィエル』の(ほとり)──その湖畔に佇むゴーント家の屋敷は、かつて放棄されていた家系の根城だった。

 

鋭く尖った塔と荘厳(そうごん)な石造りのファサードが、帰還者を無言で迎え入れる。

 

玄関の扉が開いた瞬間、小さな足音が響く。一斉にキーキー声が耳を(つんざ)いた。

 

「セリクス様! お帰りなさいませ!」

「おかえりでございます!」

「本日より再び、わたくしどもが給仕いたします」

 

先頭を切ったのはアゼル、ひどく大きな耳を揺らしながら跳ねるように駆け寄ってきた。肩には黒のカーテン生地を丁寧に畳んだようなものを巻き、銀糸で控えめに家紋の輪郭が刺繍されている。もう結構な年のはずなので、あまり走らないでほしいとセリクスは思った。

 

続いてティフル。古びたティータオルをスカーフのように巻きつけており、すり減った縁には自分で刺したと思しき魔法陣の模様。屋敷しもべ妖精の中ではまだ若手で、元気いっぱいなエルフである。

 

最後にノクティ。小柄で年嵩の彼女は、色褪せたブランケットの一片をローブ風にまとっていた。それはかつて、セリクスの母が使っていたものだった。

 

セリクスは彼らに向き直ると、静かに言った。

 

「……ただいま戻った。アゼル、ティフル、ノクティ」

 

その名を呼ばれた瞬間、3体の妖精の耳が震え、目が潤んだように見えた。

 

「光栄にございます……!」

「本当に……! 成長されました……!」

「お痩せになっておられませんか!? すぐに温かいものを……!」

 

彼らを制し、セリクスは軽く手を振った。

 

「落ち着け。荷物を部屋まで運んでくれ」

「はっ……!」

 

廊下を歩き、窓の前に立つ。そこからは湖の静かな水面が広がっていた。魚影が揺れ、時折、蒼白い光が湖底からぼんやりと昇る。

 

セリクスは目を細め、懐かしさのようなものを感じていた。

 

ここは、自分の"始まり"の場所。孤独を当たり前だと思っていた頃に戻ってきたはずなのに、どこか、何かが違っていた。

 

コーウェンの楽しげな鼻歌、セドリックのまっすぐで穏やかなグレーの瞳、にぎやかな食卓、そして───

 

セリクスは小さく息を吐き、背後で控えるノクティに一言だけ言った。

 

「ナイトティーを」

「かしこまりました、ぼっちゃま」

 

ノクティが頭を下げる気配を背中に感じながら、セリクスは静かに湖を見つめ続けた。

 

───戻ってきた。

 

その想いが胸の奥に、じんわりと広がっていく。

 

もう、かつてのように独りではない。今の彼には、確かに名を呼ぶ相手がいた。返事をする相手がいた。

 

ミレヴィエルの湖は、変わらぬ静けさで彼を迎えていた。

 

 

 

 

 




【あとがき】
寮対抗の点数は独自設定です。さすがにここまでの点差はないんじゃないかと思いますが、セリクスが鬼のように加点しました。
他寮からのヘイトを稼いでいますが、本人は毛ほども気にしていません。
高学年になるにつれてアンチよりもファンが増えていく予定です。まあそれも本人はあんまり気にしませんけどね( ̄▽ ̄;)

手紙のみで登場していたセリクスの父親、マウリシオの初登場です。セリクスの親だけあって、やはり超絶美貌の持ち主です。
あと、屋敷しもべ妖精のアゼル、ティフル、ノクティ。セリクスが1番親しいのはノクティです。乳母のようなものですね。
ティフルは1番歴が浅くて、マウリシオに従事してまだ6年ほどです。
アゼルが1番古く、マウリシオが物心付いた時には既に働いていました。
イギリスにあるゴーント家には人間の使用人が1人もいないので、屋敷しもべ妖精が全て取り仕切っています。
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