スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~ 作:如月斎
その名を呼ぶということ
午後の陽が差し込む石畳の廊下。授業の合間、セリクス、セドリック、コーウェンの3人は、壁際で何気ない会話を交わしていた。窓から入る柔らかな光が、石の床に明るい影を落としている。
「2年生から飛行訓練なくなっちゃって残念だな」
「セドリックはそうだろうね。僕は箒苦手だから正直ほっとしてるよ……。箒は怖いし、煙突飛行は煤で汚れるし、付き添い姿くらましはちょっと気分悪くなるし……。マシな移動手段とかないかな」
「でも煙突飛行はちょっと楽しくない? スリル満点だったよ」
「ごめん、分かんない……」
コーウェンが悲しそうに眉を下げる。セドリックも友人と分かり合えず残念そうな表情をしていた。
「付き添い姿くらましは術者の技量にもよる。あとは本人が姿くらましする時は気持ち悪くない」
セリクスがぽつっとそう言ったので、コーウェンとセドリックが意外そうに瞳を見開いた。
「じゃあうちの父さんはちょっと姿くらまし下手なのかも……」
「なんでセリクスは姿くらましが気持ち悪くないって知ってるの? まだ出来ないよね?」
セドリックがじっとセリクスを見つめる。セリクスはすっと視線を逸らした。
「……父上から聞いたんだ」
「本当かなぁ?」
「セリクスなら既に姿くらましを習得してても意外じゃないよね」
コーウェンとセドリックが顔を合わせてうんうんと頷き合ってるのを見て、セリクスが居心地悪そうに咳払いした。3人は話題を変えることにした。
「あと、DADAが憂鬱。難しくない? 実技なくなっちゃえばいいのに」
「えー。DADAすごい楽しいよ? セリクスもそう思うでしょ?」
セドリックに同意を求められ、セリクスは首肯した。
「DADAの実技は難しくはないだろう。──ただ教授とは合わない」
「セリクスめちゃくちゃ気に入られてるよね。加点いっぱい貰ってるし。でも分かる。あの教授ちょっとテンション高過ぎるよね……」
「なんであの人すぐ『マーベラス!』とか『パーフェクト!』とか言うのかな? いや、褒められて嬉しくない訳じゃないけど、難易度低いことにも言うからさ……」
「授業内容がまだまともなのが救いだ」
3人の脳裏に、闇の魔術に対する防衛術のいつも愉快そうな男性教授の顔が同時に浮かんだ。ハイテンションな笑顔と大袈裟な拍手が思い出される。
その時、向こうから通りかかった数人のハッフルパフ生たちが、軽やかに手を振った。
「セド! もうすぐ次の授業だぞ! 先行ってるからな!」
「あ、エディ! うん、すぐ行く!」
セドリックが笑顔で応じる。ハッフルパフ生たちの後ろ姿を見送ったコーウェンが、ふと首を傾げた。
「そういえば、僕たちって……、愛称で呼び合わないね?」
「……そういえば呼ばないな。必要性も感じないが」
セリクスが、特に興味もなさそうに呟く。コーウェンは少し何事か考えた後、笑顔でセドリックの方へ顔を向けた。
「ねぇ、僕もセドって呼んでみてもいい?」
コーウェンが遠慮がちに聞くと、セドリックの顔がぱっと明るくなった。
「もちろんいいよ! じゃあ僕もコウって呼んでいい?」
セドリックが何の気なしに言った。当然の返事とも言えよう。
しかし───
セドリックの言葉が響いた直後、廊下の空気が少しだけ張り詰めた気がした。コーウェンの笑顔が固まる。瞳の奥の光が、一瞬で遠ざかっていく。
「……っ!」
目に見えてコーウェンの顔から血の気が引いた。肩が小刻みに震え、まるで何かに絶望したかのように蒼褪めていく。息が詰まったように、喉が動くが声が出ない。
左手首のバングルに嵌められたアクアマリンの石も、まるで光を失ったかのように急速に鈍く曇っていった。
「……コーウェン!?」
セドリックが驚いて声を掛けるが、コーウェンの震えは止まらない。少しずつ呼吸が乱れていく。足に力が入らずよろめいた。すぐ横にいたセリクスにぶつかる。セリクスは動揺よりも先に、脈拍の乱れを感じ取った。コーウェンの指先の冷たさ。呼吸の浅さ。──魔力の乱れではない。恐怖だ。
咄嗟に横から支えると、セリクスはそっと背中に手を添え、低く、静かに耳元で囁いた。
「コーウェン。大丈夫だ。落ち着け」
───その声に応えるように、コーウェンの震えがぴたりと止まった。荒い呼吸が少しずつ整っていく。
「ご、ごめん……。なんで、こんなに……。なんか急に怖くなって……」
コーウェン自身も、何故あんなに怖くなったのか分からずにいた。ただ、「コウ」という響きが、どこか遠い記憶の奥の恐怖を呼び起こしたような気がした。
……手を引かれた。優しいはずの声が、ある日を境に恐怖へと変わった。銀の指輪が、頬に触れた冷たさだけを覚えている───
コーウェンは何かを思い出そうとした。しかしその霞のような記憶を覗こうとすると、頭の奥に鈍痛が響くようだった。まるで何かが記憶を閉ざそうとしているかのように。頭に微かに響く声が遠のいていく。
「ごめん……。そんなつもりじゃ……」
セドリックが申し訳なさそうに俯く。彼に悪気などあろうはずもない。お互いに愛称で呼び合えば楽しいと思っただけなのだ。グレーの瞳に罪悪感が滲んでいる。
「いや、君は悪くない」
セリクスが静かに言った。
「そうだよ、セドは何も悪くない。僕が勝手に───」
コーウェンも必死に笑顔を作ろうとする。その蒼褪めた顔に痛々しい笑みが浮かんだ。
セドリックは少し考えてから、空気を変えるように明るく言った。
「じゃあ……、コーウェンだったら、どんな愛称がいいのかな? 呼ばれたいのとかある?」
その問いに、まだ完全に動揺が抜けきらないままのコーウェンが、ゆっくり顔を上げた。
「……さぁ? 特に考えたことないけど……。父さんも母さんも兄さんも僕をコーウェンって呼ぶし」
「じゃあ……、コウィって呼んでいい?」
セドリックが、ほんの少し照れくさそうに言う。
先程まで震えていたコーウェンが、今までの動揺を忘れぽかんと目を瞬かせた。
「……コウィ?」
そして、突然「ぷっ」と吹き出してしまった。
「ご、ごめん……。可愛すぎて無理……!」
コーウェンが笑いながら言うと、セドリックが困ったように笑った。
「えっ、だめ?」
「だめじゃないけど……」
コーウェンが滲んだ涙を拭いながら言う。
「なんか、仔犬みたいで……」
「えー、仔犬可愛いじゃないか。僕は好きだけどな。──コウィ?」
セドリックが茶目っ気たっぷりにウインクして言う。照れ屋の彼にしては珍しい動作だ。
「あはっ! やめてったら!」
「ふっ、コウィ」
「セリクスまで! もう!」
その場は温かい笑いに包まれた。先程までの重苦しい空気が嘘のように消えていく。しかし結局「やっぱり、コーウェンで」ということになった。全員が納得した様子だった。
バングルのアクアマリンも、笑いと共に元の美しい青色を取り戻している。並んでいるエメラルドと琥珀も嬉しそうにキラキラと輝いていた。
それを確認したセリクスが、安心したように目を伏せた。僅かに肩の力が抜ける。
「愛称は難しいものだな」
セリクスの呟きに、2人が笑った。
「セリクスは何て呼ばれたい? セイ? それともちょっと格好付けてルクスとか?」
セドリックが聞くと、セリクスは首を振った。ルクスなどと呼ばれても絶対に返事しないだろう。
「セリクスでいい」
「やっぱりね」
「まぁその方がセリクスっぽい」
コーウェンとセドリックが苦笑いした。彼は格好を付けないし、シンプルな物事を好む。
廊下に生徒たちの足音が響く中、3人は何気ない会話を続けながら、教室に向かって歩き出した。
コーウェンの歩幅が少しだけ狭くなっている。セリクスは何も言わず、隣に並ぶ足音を合わせた。
もうすぐ休憩が終わる鐘が鳴るだろう。遠くから先生の声が聞こえてくる。
小さな出来事だったが、コーウェンの過去には触れてはいけない何かがあることを、3人ともが理解した。
それでも、彼らの友情に変わりはない。
むしろ、互いを思いやる気持ちが、より深くなったような気がした。
3人の左手首で、仲良く並んだ宝石たちが静かに温かな光を放っていた。
◆ ◆ ◆
湖畔の祝福
ホグワーツの昼休みは、すっかり秋色に染まっていた。空は高く澄み渡り、湖面には橙と金の光がキラキラと踊っている。風が吹くたびに、湖畔の木々が静かに葉を落とし、地面に柔らかな絨毯を敷いていく。
コーウェンは、少し緊張したような面持ちで大広間に入ると、友人たちと談笑しているセドリックを見つけて声を掛けた。
「ねぇ、ちょっとだけ付き合ってくれない?」
「ん? いいよ。どこ行くの?」
「こっち来て」
「OK。──みんな、ちょっと行ってくるね」
「おー」
セドリックが快諾すると、2人は大広間を抜けて湖へ向かった。
◆ ◆ ◆
セリクスは既に湖の
3人が合流すると、コーウェンは少し恥ずかしげに、遠慮がちな小声で言った。
「ハウスエルフ、前にお願いしておいたティーセットを出してくれるかな……」
途端にポンッと乾いた音がして、屋敷しもべ妖精が現れた。生徒に頼られたのが余程嬉しいのか、ニコニコと機嫌良さげだ。大きな耳をパタパタと揺らしている。
長細い指をパチンと鳴らすと白い丸テーブルと揃いの椅子が出現し、綺麗な布が広がった。その上に銀のポットと繊細なカップ、そして3人分のティースタンドが並んだ。3段の皿には、スコーンやサンドイッチ、そしてテーブル中央に、手の込んだデコレーションケーキがひときわ目を引く。濃い色のチョコレートケーキだ。ほろ苦いビターチョコレートの香りが漂ってくる。
「え!?」
セドリックが目を丸くする。セリクスは不思議そうに小さく首を傾げた。いつもよりも豪華なお茶会のようだ。本を閉じて、視線をティーセットに向ける。
「座って、座って」
コーウェンは、そのケーキの前に手を伸ばすと、セリクスの前にそっと差し出した。
「ハッピーバースデー。セリクス」
「今日誕生日なの!?」
セドリックが驚いて立ち上がった。椅子が軋んだ音を立てる。
「言ってくれたらよかったのに! おめでとう!」
セリクスは、数回瞬きをしてから、静かに口を開く。どことなく
「気にしなくていい。でも……ありがとう」
コーウェンは、用意していた包みを差し出した。リボンのかかった黒地の紙箱。セリクスは慎重にそれを解いて、中を覗く。丁寧にリボンを解き、紙を破らないように開けていく。
中には、繊細な銀細工が施された本のしおりが入っていた。中央には小さな緑の石が埋め込まれている。エメラルドのようなそれは、光の角度で微かに色を変えた。
「手作りじゃないけど、細工師の人に頼んで作って貰ったんだ。……いつも本を読んでるから、何か使えるものがいいかなって」
セリクスはそのしおりを、しばらく見つめていた。銀細工の模様を指でなぞり、緑の石の輝きを確かめる。そしてふと、ぽつりと尋ねた。
「君たちの誕生日は?」
その質問に、セドリックとコーウェンが顔を見合わせた。
「セリクスが僕たちの誕生日を気にするなんて……!」
「感動した……!」
何故か謎の感動を見せる2人に、セリクスの目が据わった。この2人はセリクスのことをなんだと思っているのか。余程、友達甲斐のないやつだと思われていそうだ。
「僕はもう過ぎちゃったよ。10月13日なんだ」
セドリックが苦笑いしながら答える。
「えっ! 言ってよ!」
コーウェンが理不尽な抗議をした。自分だって言っていないというのに。
「そういう君は?」
「3月14日……」
コーウェンが何故か恥ずかしそうに答える。別に恥ずかしがる要素はないのだが。頬を僅かに赤らめている。
「じゃあ来年お祝いしないとね」
セドリックが明るく言うと、コーウェンが嬉しそうに頷いた。
「君のは今度また改めてやるよ。何かリクエストはある?」
「うーん、ケーキもいいけど僕はお肉食べたいな」
「お茶会じゃないねそれは」
「チキンソテーを挟んだサンドイッチはどうだ?」
「いいね! それ美味しそう!」
セドリックがテーブルの上を改めて見回した。
「これ全部さっきのハウスエルフが用意してくれたの? 彼らってこんなこともしてくれるんだね」
「そうそう。他寮生は知ってる人あんまりいないのかな? ハウスエルフたちは生徒の頼み事を聞くのが生き甲斐だから、頼めば大抵のことは喜んでやってくれるよ」
「へー! 何か食べたい時とかわざわざキッチンまで行ってた」
コーウェンはふふんと自慢げに笑った。
「行かなくても誰かしらは聞いてるみたいだよ。みんなも活用すればいいのに」
「よく知ってるね」
「……まぁそれをコーウェンに教えたのは私だがな」
セリクスがボソッと呟くと、コーウェンがぷくっと頬を膨らませた。
「わざわざバラすことなくない? セドリックに何か教えられるのって珍しいことなのに」
「はは。教えてくれてありがとう。──なんか頼んでみようかな? ……じゃあこのサンドイッチもう1切れだけ追加で欲しいかも……。わっ!」
セドリックが一口齧っていたキュウリとクリームチーズのサンドイッチを軽く持ち上げて言った瞬間に、ポンっと軽い音を立てて新しいサンドイッチが3切れも出てきた。驚愕と困惑に目を見開く。
「多くない? 僕、1切れって……」
「サービスかな? ちょうど3人いるしね」
「基本的に彼らは過剰サービスが常だ。頼み方とあしらい方を知っておくと便利だぞ」
「な、なるほど……」
3人で穏やかなやりとりを交わしているうちに、セリクスは再びしおりへと視線を戻していた。その横顔は、少しだけ柔らかい。
「誕生日会など、母上が生きていた頃以来だ」
その声だけ聞くと寂しげなのに、セリクスの表情はいやに穏やかに見えた。セドリックとコーウェンは、その様子を見て、互いに目を合わせて微笑み合った。小さく頷き合う。
湖の水面に、3人の影がゆるやかに揺れていた。
◆ ◆ ◆
「そうそう」
コーウェンが思い出したように言った。ポンっと軽く手を打ち合わせる。
「シーカーに選ばれたんだってね! おめでとう! 頑張ってね」
セドリックは少し照れたように笑う。
「うん。ありがとう。頑張るよ」
しかし、コーウェンの表情が少し曇る。
「……でもうちの寮生には、ちょっと気を付けた方がいいかも……」
「どういうこと?」
セドリックが首を傾げると、セリクスが静かに口を開いた。
「彼らは勝つためならなんでもする」
「えっ……。本当に?」
「冗談ではない。特にキーパーがな。セドリックにえらく執念を燃やしているように見えた」
「えぇ、なんで……? うん、覚えとくよ」
そう返しながらも、セドリックは肩をすくめ、どこか楽しげに笑った。
「まあ、僕も負けるつもりはないから。正々堂々と試合をするよ。空の上じゃ負けないさ」
その自信満々な明るい笑顔に、コーウェンもセリクスも、どこか安心したように小さく笑った。
「もう練習が始まってるんだ。週3回。でも僕は毎日でもいいのになぁ。早起きは得意な方だし、朝練もあればいいのに」
「週7ってこと? いつ休んだり宿題するつもりなの? あと僕らとお喋りも出来なくなるよ?」
「コーウェンたちと話せなくなるのは嫌だな」
「僕も寂しいよ。──あっ、練習の見学とか出来る?」
「うーん、僕はいいけど他のチームメイトがだめって言いそう。僕たち寮が別れちゃったからね……」
「残念……。応援には行けないけど頑張ってね! 試合はもちろん観に行くよ! セリクスと!」
「私もか?」
「当たり前でしょ?」
「…………」
セリクスは諦めたように小さく溜息をついた。もうコーウェンの満足するまで付き合うしか道はない。
湖の水面がキラキラと輝く中、3人の友情は変わらずにそこにあった。けれど、クィディッチを巡る対立の影が、静かにその関係の隙間へと忍び寄り始めていた。
セリクスはしおりをそっとローブにしまい、再び湖面を見つめる。緑の石が、最後にきらりと柔らかく光を放った。
秋の風が頬を撫で、金の葉がひとひら舞い落ちる。
【あとがき】
コーウェンくん、トラウマ発動の巻。
穏やかで優しいハッフルパフ気質の彼ですが、どうやら過去に何かあったようです。詳しくは今後のお話で少しずつ触れますので、ネタバレは控えますね。
作中で描かれるパニックや過呼吸の描写には、現実の疾患を貶める意図は一切ありません。もし読んでいて苦しく感じたら、どうか無理をせずブラウザバックしてください。
誕生日について
●セリクス/1977年10月24日(月)
星座:蠍座
誕生石:ツァボライト(グリーンガーネット)、インディゴライト、ホワイトサファイア
誕生花:プロテア、ウメ、ガーベラ
●コーウェン/1978年3月14日(火)
星座:魚座
誕生石:カラーレススピネル、ツァボライト、エメラルド
誕生花:カモミール、ブルーデイジー、オオアラセイトウ
●セドリック/1977年10月13日(木)
星座:天秤座
誕生石:ヘマタイト、オレンジダイヤモンド、パライバトルマリン
誕生花:シモツケ、ネリネ、リンドウ
星座・誕生石・誕生花の意味を全て照らし合わせて、3人の性格や生き方に合うように考え抜いて決めました。
調べてみると驚くほど一致していて、まるで最初からそう決まっていたかのようです。
コーウェンの誕生石にエメラルドがあるのも運命的で、まるでセリクスの瞳の色を宿して生まれてきたみたいだなと、少しだけロマンチックなことを考えてしまいました(˶ᐢωᐢ˶)
また、ツァボライトは10月24日と3月14日の両方の誕生石として挙げられることがあります。
偶然にもセリクスとコーウェンが同じ石を持つのは、2人の"運命的な繋がり"を象徴しているようで、とても気に入っています。
これから毎年この子たち3人で誕生日のお茶会を開くと思います。女子会みたいですね(笑)