スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~   作:如月斎

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第2章 第12話 星の記憶と母の微笑み/第13話 クリスマスの招待状、揺れる心

 

星の記憶と母の微笑み

 

夜10時、ホグワーツの天文塔。

 

吐く息が白くなるほど冷え込んだ空気の中、生徒たちは防寒ローブを羽織り、天文道具を手に塔へと集まってきた。石階段を上る足音が響く。セリクスは人の流れの少ない裏階段を選び、最後に現れた。

 

空には、無数の星が瞬いていた。見上げていると飲み込まれそうになる。冬の夜空は透き通るように澄んでいて、一つ一つの星がはっきりと輝いていた。

 

「今夜は冬の星座を記録します。オリオン座、ぎょしゃ座、そして……、シリウスのあるおおいぬ座です。みなさん注目して」

 

オーロラ・シニストラ教授の声が響く。生徒たちはざわめきながら、各自の望遠鏡を覗き込んだ。金属製の望遠鏡が寒さでひんやりと冷たい。

 

星空の下で、セリクスは静かに空を仰ぐ。いつもの無表情に星の光が落ちて、彼の横顔を神秘的に照らしていた。スリザリンとレイブンクローの一部の生徒がこっそりチラ見している。

 

「ベテルギウス、オリオン座。シリウス、おおいぬ座。プロキオン、こいぬ座。……次はカペラ、ぎょしゃ座」

 

淡々と呟きながら、望遠鏡も使わず記録を進めていく。その手は迷いなく、星座の名前と位置を書き記していた。ラメ入りのインクが流麗な筆記体を形作り、星空のように瞬いている。羊皮紙の上で濃い藍色の文字が輝く。

 

「……本当に全部覚えてるんだな」

 

ふいに隣から声がして、セリクスが振り向く。

 

そこには、レイブンクローのロジャー・デイビーズが立っていた。手には整然と並べられたカラーペン、コンパス、綺麗に手入れされた軽量の望遠鏡──完璧主義者らしい道具一式。

 

「望遠鏡、使わないのかい?」

「必要ない。覚えている」

「すごいな。僕なんて北斗七星とオリオン座くらいしか分からないよ」

「北斗七星はこの季節、北の空の低い位置にある。あそこだ」

 

セリクスが指差すと、ロジャーも視線を向けた。北の水平線近くに、柄杓の形をした星々が並んでいる。

 

「本当だ。よく見えるね。ちょっと目を凝らせば分かるもんだな」

 

しばらく2人で夜空を見上げていると、ロジャーがふと言った。

 

「そういえば、君のミドルネーム、アストラルって言うんだよね。星みたいで綺麗だよな」

 

セリクスは少しだけ目を伏せた。途端に彼の無表情に何かしらの感情が宿ったように見えた。星明かりの中で、その表情に僅かな影が落ちる。

 

「……ああ。語源は"星の"という意味だが……。母は、"星の下で巡り逢う魂"という意味で名付けたらしい。死してなおまた巡り逢えるように、と」

 

ロジャーは驚いたように瞬きをした。

 

「へえ、詩的だね。僕のは"槍使い"って意味だから、あまりロマンはないな。響きは悪くないけどね」

 

ロジャーの軽口にセリクスは応えず、再び夜空を見上げる。冬の星座が、静かに輝き続けている。

 

「母の名はセレスティア。"天の光"という意味だ。……星は、生まれたときから身近だった。幼少期にはよく母と天体観測をした」

 

淡く語られた言葉に、ロジャーは思わず息を止めた。普段無口なセリクスから、こんな風に個人的な話を聞くのは初めてだった。寒風が2人の間を吹き抜ける。

 

「……そっか。そりゃ、星に詳しくもなるよね」

「……覚える価値はある。星は決して裏切らない」

「へぇ……。君みたいな優秀な子がいたら、お母さんもさぞや鼻高々だろうな」

 

ロジャーの何気ない言葉に、セリクスの表情が曇った。軽く目を伏せ、手元の万年筆に視線をやった。一瞬ロジャーはセリクスが泣くかと思った。それは彼の錯覚で、セリクスの目は乾いていたが。

 

「母はもう死んでいる」

「………」

 

空気が凍りついた。ロジャーは気まずさから口元をもごもごさせ、苦し紛れに空を見上げて言う。

 

「君のお母さん、きっと星になって見守ってるよ。……ほら、あの星とか綺麗じゃない?」

 

ロジャーが指差したのは、北の空で美しく輝く星座だった。微かな白い光が瞬く。Wの形をした、優雅な星の並び。

 

セリクスが視線を上げ、無表情のまま続けた。

 

「……あれはカシオペアだ。5つの星がWの形を作っている。ギリシャ神話のエチオピア王妃の名を冠した星座で、北の空に1年中見える」

 

少し間を置いて、静かに続けた。

 

「死者は星にならない」

 

そう分かっている。それでも、夜空を見上げるたび、母の笑顔がどこかで光っている気がした。

 

(でも……いつか死んだら、母上に巡り逢えるのかもしれない。母上ももしかしたらどこかで待っているのかも……。そんな訳はないのに)

 

しかし、その後でふっと優しく微笑んだ。母を思い出したのか、普段の無表情とは違う、柔らかな表情が一瞬浮かんだ。星明かりの中で、その微笑みは静かに輝いていた。

 

「だが……母はいつも星を見ることが好きだった。夜空の美しさを教えてくれたのも母だ」

 

その微笑みを見て、ロジャーが「……っ」と一瞬固まった。暗がりでも分かる程に顔を赤くしている。セリクスの意図的ではない、自然な優しい美しさに心を奪われたのだった。星空の下、その横顔はいつもより穏やかで、どこか遠くを見ているようだった。

 

「そ、そう、なんだ……」

 

ロジャーがどもりながら言う。セリクスは再び星図に視線を落とし、いつも通りの無表情に戻った。

 

「ペルセウス座の観測も終わらせないと」

「あ、ああ……。そうだね。早くやらないと睡眠時間がなくなるしね」

 

ロジャーはその横顔を見ながら、それ以上は何も言えずにノートにペンを走らせた。しかし、観測データではなく、意味のない線を描いているだけだった。手が震えて、文字がまともに書けない。

 

「デイビース君、集中しなさい」

 

シニストラ教授の注意が飛んできて、ロジャーは慌てて星図に集中しようとした。しかし、隣で静かに作業を続けるセリクスの存在が、どうしても気になって仕方がなかった。

 

「あ、あのさ!」

「なんだ?」

「もし良かったら……セリクスって呼んでもいいかい?」

 

ロジャーは勇気を振り絞りそう言ってみた。教授に叱られない程度の声量で。セリクスは少しの間黙っている。羊皮紙にペンを走らせる手も止まらない。ロジャーはだんだんと焦燥感に駆られた。冷や汗が頬に滲む。

 

「……別に好きにすればいい」

「本当かい? あ、僕のこともロジャーでいいよ!」

「それは……気が向いたら」

「えっ? それって遠回しの断り文句?」

「……」

「そこで黙っちゃうの!?」

「デイビース君! ゴーント君の邪魔をしない!」

「あっ、先生。すみません……」

 

ロジャーは慌てて口を閉じた。しかし、隣からは僅かに笑みを含んだ気配が漂ってきた気がした。振り返ると、セリクスは相変わらず無表情で星図を書いている。

 

夜風が天文塔を吹き抜け、星々が静かに瞬いている。セリクスにとっては母との思い出を静かに振り返る夜だったが、ロジャーにとっては全く違う意味を持つ夜になっていた。

 

冬の星座が、2人の頭上で変わらず輝き続けている。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

ロジャーはその後、何を話してどう寮室へと戻ってきたのか全く記憶がなかった。気が付いたら自分のベッドに突っ伏していたのだ。制服すらまだ脱いでいない。

 

このままでは、しわくちゃになって明日自分が困る。ロジャーは慌てて起き上がって、ゴソゴソと寝巻きに着替え出した。その時締め切っていたベッドカーテンの外から、遠慮がちな声が聞こえてきた。

 

「ロジャー、起きた? 君、大丈夫? どうしたんだい?」

「あっ、マーカス」

 

ロジャーは慌ててカーテンを開けた。まだシャツは着ているので、別に見られても大したことはない。カーテンの外にルームメイトであるマーカス・ターナーが立っていた。

 

マーカスは心配そうに眉を垂らしてこちらを見ている。ロジャーは無意識のうちに自分が何かやらかしたかと焦りを感じた。

 

「ごめん、僕なんかしちゃった? 気が付いたらベッドにいた」

「えっ、何それ怖い。……天文学終わってから心ここに在らずって感じで、声掛けても生返事だし……。あの"蛇の王子様"に何か言われたの? イジメられた?」

「セリクスから!? そんな訳ないよ!」

 

ロジャーは心底驚愕した。あの"下界には興味などありません"みたいな顔をした男が、イジメなど低俗なことをするはずがない。マーカスは下らない噂を鵜呑みにして、偏見を持っているようだった。

 

「そうなの? 彼って実は優しいとか?」

「……優しいかどうかは……自信ないけど。でもイジメとか『なんでそんな無駄なことを私がしないといけないのだ?』とか言いそうじゃない?」

「何それ。物真似? 似てないよ」

「うるさいな」

 

ロジャーは慣れないことをして案の定滑ってしまい、顔面が熱くなる思いをした。やるんじゃなかった。

 

「別に大したことは話してないよ。親の話とか名前の由来とか、それくらい。──それよりあいつらは? もう消灯時間とっくに過ぎてるよな?」

「あぁ、いつも通りさっき習った天文学の復習するんだって、まだ談話室で自習してるよ。そろそろ寝かさないと。明日も授業あるし」

「マーカスは相変わらずだな」

 

ロジャーとマーカスのルームメイト2人は、レイブンクロー生特有の変わり者で、睡眠時間を犠牲にして勉強に邁進するやつらであった。ロジャーはそこまでやらなくても大抵のことは理解出来るので、その勉強会に参加したことはあまりない。

 

そしてこのマーカス・ターナーという男。心優しいのだが、如何せんクソ真面目で規則破りを見つけると必死で止めるような、また別の意味で変わり者であった。ちなみに華やかでミーハーで社交的なロジャーとはあまり根本的な相性が良くないので、特別親しい訳ではない。

 

「……マーカス。僕、天文学これからマジで極めるわ」

「えっ、今まで逆に手を抜いてたの? でもなんで? あっ、お母さんが天文学者だから?」

「逆。母さんが天文学者だったから、逆にあんまりやる気出なかったの。だって意味分かんなくない? マグルの天文学者って。天体学者ならまだ分かるけど……」

「その偏見もよく分かんないけど……。でもじゃあなんで?」

「……うーん、なんとなく! ま、でも天文学頑張れば母さんも喜ぶかもね。──僕もう寝る。おやすみ」

「……おやすみ」

 

マーカスはしきりに首を傾げながら寮室を出ていった。ルームメイトを引きずって来るつもりだろう。ロジャーはさっさと寝巻きに着替え終わると、ふと窓の外の夜空を見上げた。

 

レイブンクローの寮はホグワーツ城の最上階にある。天はいつも近い。今夜も窓の外は満天の星空が広がっていた。ロジャーの濃い青の瞳に星屑のように星の明かりが散っていた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「……もう寝よ……」

 

星の観察に満足したロジャーがベッドに潜り込んで目を瞑ると、途端に天文学の授業中に見たセリクスの微笑みが浮かんできてしまった。母を想う優しくも美しい無意識の微笑み。

 

ロジャーは更に力を入れてぎゅうぅっと強く目を(つむ)る。

 

「う……うぉぉぉぉ……」

 

(あんなの……違う! 僕は絶対認めないぞ……! 散れ散れ! 僕が好きなのはほんわかした可愛くて柔らかい女の子! あんな氷みたいな冷たくて硬そうな男じゃない! 違うったら! もう寝る! ムーンカーフが1匹、ムーンカーフが2匹、ムーンカーフが3匹、ムーンカーフが………………)

 

ロジャーはどうしても眠れず、脳内で呑気に草を()んでいる大量のムーンカーフをひたすら数えながら、何回も何回も寝返りを打った。

 

その後、ようやくロジャーが寝入ったのは、夜空の端がうっすら白みがかった頃であった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

クリスマスの招待状、揺れる心

 

12月上旬の朝、大広間での朝食時間。暖かな灯りと朝食の香りで満ちていたなか、フクロウ便が次々と舞い込んできた。羽ばたきの音が天井近くで響き、生徒たちが歓声を上げる。

 

セリクスの元へ飛んできたのは、一際大きな黒いフクロウだった。その威厳ある姿は、まるで夜の帝王のようで、他のフクロウたちを圧倒している。鋭い琥珀色の瞳が、セリクスを見据えている。黒い封蝋(ふうろう)で封された手紙を受け取り、セリクスは静かに開封した。

 

手紙を読み進むうちに、セリクスの眉間に皺が寄る。いつもの無表情が、僅かに困惑を含んだものに変わった。

 

「どうしたんだい? 何か悪い知らせでも?」

 

向かいに座っていたピュシーが、咀嚼(そしゃく)の合間に軽く問いかけた。トーストを(かじ)りながら、興味深そうにセリクスを見ている。

 

「父からだ。今年のクリスマスは帰省するようにとのことだ」

 

セリクスの返答に、コーウェンと5人組──ピュシー、モンタギュー、ブレッチリー、ヒッグス、ワリントン──が「あー」と納得の表情を浮かべた。彼らはセリクスが去年ホグワーツに残ったことを知っている。

 

「今年は純血貴族のクリスマスパーティに出席しなければならないらしい」

「へぇ? それで?」

 

セリクスが続けると、モンタギューが興味深そうに身を乗り出した。がっしりした体格が前のめりになる。モンタギューはこういう純血貴族の話が大好きなのだ。

 

「マルフォイ家とノット家の子息が、是非ともとお願いしているそうだ」

 

その言葉を聞いて、6人がざわめき始めた。フォークやナイフの音が止まる。

 

「貴族だ……。すごい……」

「本物の純血貴族の集まりか」

 

ヒッグスとワリントンが感嘆の声を上げる。彼らは純血ではあるが、貴族ではない。

 

「ご馳走が出るのか?」

「カシウスはそればっかりだね……」

 

ワリントンの質問に、ヒッグスが呆れたように笑った。しかし、セリクスは表情を変えることなく、更に爆弾発言をした。

 

「コーウェン、他人事のような顔をしているが、父が君も来るようにと言っている」

「えっ!?」

 

コーウェンの顔が蒼褪めた。フォークを持つ手が震えている。皿の上のスクランブルエッグが微かに揺れた。

 

「そういうのっていつも兄さんと父さんが行ってるんだけど!?」

「そういえば、セルウィン家も聖28一族だったな……」

 

ピュシーが改めて認識したように呟く。他の4人も同様の表情だった。コーウェンの人柄が気さくで人懐っこいせいで、普段はあまり意識しないが、彼もれっきとした名家の子息である。若干没落気味ではあるが。

 

「前回の夏季休暇で、父は君に価値を見出したのだと思う」

 

セリクスの冷静な分析に、コーウェンが更に蒼くなった。『価値』という言葉にそれぞれが顔を見合わせた。空気が微かに張り詰める。

 

「えぇ……。どんな価値? 怖い……」

 

コーウェンは俯いて肩を落とす。薄いミルクティー色の髪が項垂れる。しかしセリクスはコーウェンの様子にも頓着せずに淡々と続けた。

 

「セドリックは招待されていないようだ」

 

その瞬間、ブレッチリーが意地悪そうに鼻で笑った。普段涼しげな目元が歪んで、細い顔立ちに陰険な影を落とした。

 

「ハッフルパフじゃあ、そりゃあね」

 

皮肉な笑みを浮かべるブレッチリーに、セリクスが冷たい視線を向けた。その氷のような眼差しは、まるで冬の湖面のように冷徹で、容赦がない。空気が一瞬で凍りつく。彼は自身を攻撃されるよりも友人を馬鹿にされる方が腹に据えかねる(たち)だ。

 

ブレッチリーは慌てたように目を逸らし、急にトーストに集中し始めた。まるでそのトーストに何か重大な秘密でもあるかのように。気まずそうに肩をすくめている。セリクスは視線を(ゆる)めない。心做(こころな)しかそこだけ気温が下がってきた気がする。

 

テーブル全体に微妙な沈黙が流れた。ピュシーが場を取り繕うように咳払いをした。

 

「まあ、とにかく……、ゴーントもセルウィンも頑張って」

「うん……」

 

ピュシーの適当な励ましにコーウェンが力なく答える。ピュシーはまとめ役で気が利くが、どことなくノリが軽いのだ。空気を読んで話題を変える能力には長けている。

 

モンタギューとヒッグスも、何となく居心地が悪そうにしている。ワリントンは黙々と食事を続けているが、時折チラリとセリクスの表情を窺っていた。

 

「じゃあ、僕たちは次の授業の準備をするから。みんなも行こう」

 

ピュシーがそそくさと立ち上がると、他の4人も慌てたように席を立った。ブレッチリーは最後までセリクスと視線を合わせようとしなかった。彼の表情には後悔が滲んでいる。コーウェンがほんの少しだけ憐れむような目線を向けたが、ブレッチリーは気が付かなかったようだ。

 

残されたセリクスとコーウェンは、しばらく無言で朝食を続けた。

 

「セドにどう説明しよう……。仲間外れにされたって悲しむかな……」

 

コーウェンが小さく呟く。紅茶のカップを両手で包み込むように持っている。

 

「事実をそのまま伝えればいい。セドリックなら理解するだろう。逆にそんな堅苦しそうな場に呼ばれなかったことに安堵する気がするがな」

 

セリクスの言葉は淡々としていたが、どこか優しさも含んでいた。

 

テーブルに残った紅茶の湯気だけが、寒さを忘れさせるようにゆらゆらと立ち上っていた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

クリスマス休暇初日の朝、ホグワーツの玄関ホールは帰省する生徒たちで賑わっていた。石造りの大きな扉から差し込む冬の朝日が、生徒たちのトランクやマフラーを暖かく照らしている。話し声と笑い声が響き、別れを惜しむ声があちこちから聞こえる。

 

セリクスとコーウェン、そしてセドリックは、トランクを足元に置いて別れの挨拶を交わしていた。

 

「クリスマスの件、その……、なんて言ったらいいか……」

 

コーウェンが申し訳なさそうに言葉を探していると、セドリックが明るい笑顔で手を振った。冬の朝日を受けて、その笑顔がより一層輝いて見える。

 

「気にしないで。毎年クリスマスは母さんが張り切って七面鳥の丸焼きとかブッシュ・ド・ノエルを作ってくれるんだ」

 

その屈託のない返答に、コーウェンがほっと肩の力を抜いた。

 

「本当に?」

「うん。父さんも休暇を取って、家族でゆっくり過ごすのが我が家の伝統なんだ」

 

セドリックの温かい言葉に、胸の奥にひっかかっていたものがじんわり溶かされていく。コーウェンの表情が和らぐ。

 

「逆に、そんなに高貴な人たちが集まるパーティとか肩が凝りそうだけどね。2人とも頑張ってね」

 

セドリックが励ますように言うと、コーウェンが苦笑いした。

 

「本当だよ。いっそ代わってほしいくらい……」

「はは……。じゃあ何かあったら手紙ちょうだい。僕からも送るよ」

「ああ」

 

セリクスが短く答えると、セドリックはハッフルパフの友人たちと一緒にホグワーツ特急へ向かった。その後ろ姿を見送りながら、コーウェンは複雑な表情を浮かべていた。黄色と黒のマフラーが、人混みの中で揺れている。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

セリクスとコーウェンが乗り込んだコンパートメントは、他に誰もいない静かな空間だった。列車が滑らかに動き出し、森と雪の原野が車窓の外を流れていく。蒸気機関車の煙が白く空に溶けていく。

 

「気を遣わせちゃったな……」

 

コーウェンは背もたれに身を預けながら、小さく溜息をついた。窓に額を押し当てて、外の景色をぼんやりと眺めている。

 

「気に病んでも仕方ない。セドリックが言っていたことも嘘ではないだろう」

 

セリクスは視線を窓の外に向けたまま静かに返す。

 

「それよりも、君は社交の経験はほぼないんだったな。気を抜くと痛い目に遭うぞ」

「脅かさないでよ……」

 

コーウェンが情けない声を上げる。

 

「今回兄さんは来てくれないし、父さんは兄さんより社交が苦手なんだ……。僕が頑張らないと……」

 

その言葉には、家族への責任感と不安が混じっていた。コーウェンの薄いブルーの瞳に、僅かな決意の光が宿る。

 

「私もなるべくフォローする。父上も声を掛けた責任を持って気に掛けるだろう」

 

セリクスの言葉に、コーウェンの緊張が少しほぐれた。

 

「うん……。ありがとう」

 

しばらく沈黙が落ちる。列車の振動が、床を通して僅かに響く。車輪が線路を叩く規則正しいリズムが、静かな音楽のように聞こえる。やがてセリクスが、ふと思い出したように言った。

 

「マルフォイ家とノット家の子息とは一度会ったことがある。紹介しよう。2人とも悪い子ではない」

「……うん」

 

コーウェンは小さく頷いたが、その表情はまだ固い。"彼らには近付くな"と言った父の顔が頭に浮かぶ。遠ざかっていくホグワーツを背に、彼の心は複雑な思いで揺れていた。

 

窓の外では、スコットランドの雄大な景色が流れていく。雪化粧をした山々と、氷の張った湖が美しく輝いている。太陽の光が雪に反射して、眩しいほどに白い。

 

セリクスは静かに景色を眺めながら、今回のパーティでの立ち回りを考えていた。コーウェンを守り、自分の立場も維持し、父の期待にも応える。簡単ではないが、やるしかない。

 

「セリクス」

「何だ」

「君がいてくれて、本当に心強いよ」

 

コーウェンの素直な感謝の言葉に、セリクスの表情が僅かに和らいだ。エメラルドの瞳が柔らかな光を帯びる。

 

「友人だからな」

 

短い言葉だったが、コーウェンには十分に伝わった。彼の表情が明るくなり、安堵の笑みが浮かぶ。

 

ホグワーツ特急は煙を上げながら、ロンドンに向けて走り続けている。車窓に映る冬の景色と共に、2人の不安と期待を乗せて。

 

純血貴族の社交界という、まだ見ぬ世界への旅路が始まっていた。

 

 

 

 

 

 




【あとがき】
セリクスのファーストネームは、父親が最愛の妻の名前の響きから付けました。セリクスのミドルネームは作中で述べている通り、母親が付けています。セリクスは両親からめちゃくちゃ愛されていたんですね。そしてその記憶も彼はきちんと覚えています。そこがハリポタの主人公ハリーとも、敵役のヴォルデモートとも違うところです。

初登場のマーカス・ターナー君。彼、実はpixiv版には出てきていません。ハーメルン版の加筆で追加したキャラクターになります。そして私のオリキャラではなく、公式キャラです。でも原作本編には未登場で、映画版のクレジットにのみ名前が出てきます。一生懸命探してみたんですが、どの人か分かりませんでした。残念( ´ . ¸ . )

5人組は聖28一族のことを"全部まとめて純血貴族"だと思っていますが、実際の生活水準は家系ごとに全く違います。1930年代に出版されたリスト時点では純血でも、1990年代にはもう純血を維持していない家系もあるようです(例:ミリセント・ブルストロードは半純血)。

お金持ちで華やかな生活を送っている家もあれば、庶民とほぼ変わらない家もあります。
ちなみにポッター家は純血で裕福ですが、カンタンケラス・ノットが個人的な判断で一族から外した、という話もあります(笑)

5人組はそこまで詳しくないので、単純に「貴族だ〜すげ〜(º ロ º )ホエー」となっています。可愛いね(∩ˊ꒳ ˋ∩)
(ちなみに英国で爵位を持っている訳ではないので、厳密には"貴族"ではないんですけどね……)
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