スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~   作:如月斎

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第2章 第14話 マルフォイ邸のクリスマスパーティ/第15話 無意味な叱責と、記されぬ過去

 

マルフォイ邸のクリスマスパーティ

 

クリスマスパーティの朝、ゴーント邸の応接室は冬の陽光に包まれていた。暖炉の前で、セリクスとマウリシオが静かにセルウィン親子を待っている。

 

2人とも漆黒のシックな礼服に身を包み、セリクスの胸元には小さなゴーント家の家紋が銀糸で刺繍されていた。マウリシオは威厳に満ちた立ち姿で、セリクスは相変わらず無表情だが、どこか緊張している様子だった。

 

「そろそろ来るだろう」

 

マウリシオがそう言った時、暖炉の炎の中にぱちりと火花が走る。その直後、炎が緑に染まり、煙突飛行粉(フルーパウダー)の渦が巻き起こった。空気が揺れ、甘い煙の匂いが立ち込める。

 

次の瞬間、2つの人影が暖炉から現れる。

 

先に現れたのは、薄いミルクティー色の髪の男性。続いて、同じ色の髪を持つ少年が現れる。セルウィン親子──エドモンドとコーウェンである。

 

エドモンド・セルウィンは息子によく似た控えめな印象の男性で、灰色の礼服を着ている。コーウェンは普段より髪を整えたのか少しこざっぱりとしているが、明らかに緊張で顔を蒼褪めさせていた。

 

「マウリシオ様、本日はお誘いいただき、誠にありがとうございます」

 

エドモンドが深々と頭を下げる。コーウェンもそれに(なら)って丁寧にお辞儀をした。

 

「どうぞお気になさらず。こちらこそ、お越しいただき光栄です」

 

マウリシオは礼儀正しく応じつつも、どこか鷹揚(おうよう)な風格を崩さない。そのやりとりを見ながら、セリクスは内心で首を傾げていた。

 

(同じ聖28一族なのに、卑屈すぎではないか?)

 

確かにゴーント家は古い血筋だが、セルウィン家も由緒ある純血家系のはずだ。ここまでへりくだるものだろうか。

 

「時間まで少し余裕がある。お茶でもいかがですかな?」

 

マウリシオの申し出にエドモンドは恐縮しながら頷き、一同は応接室の小卓を囲んだ。銀のポットから紅茶が注がれ、温かな香りが立ち昇る。ティーカップとソーサーが軽く触れ合う音が響く。

 

しばしの雑談の後、マウリシオがふと視線を上げた。

 

「エドモンド殿は魔法省の記録管理部でいらっしゃいましたね。現在はどのようなお仕事を?」

 

マウリシオが興味深そうに尋ねた。紅茶のカップを優雅に持ち上げる。エドモンドの表情が微かに曇った。少し言いにくそうに話し出す。

 

「ええ……『旧法・記録の再評価プロジェクト』というのに関わっていまして。私は主に……、証言記録や、尋問記録の整理などを。まあ地味な仕事ですよ」

 

紅茶を口に運びながらも、マウリシオの視線は彼の言葉にぴたりと留まっていた。

 

「なるほど。それは……さぞ重要な任務でしょう。過去を記録する者が、未来の指針を決める。よく言ったものです」

 

エドモンドは僅かに苦笑した。褒められているというのに欠片も嬉しそうではない。むしろどこか痛々しささえ漂っている。

 

「指針というよりは……後始末に近いですね。血縁の関係もあって、多少……事情に通じていると見なされておりまして」

 

エドモンドの声がか細くなる。コーウェンの手が膝の上でぎゅっと握りしめられた。

 

「血縁の関係、ですか」

 

マウリシオが更に興味を示すと、エドモンドは困ったような表情を浮かべた。言うか言うまいか悩むような間があった。空気が重くなる。

 

「───実は……妹のシルヴィラが……」

 

その名前が出た瞬間、コーウェンの顔が真っ青になった。左手首のバングルのアクアマリンが不安に呼応するように、僅かに曇って見えた。セリクスの肩が反応するように揺れたが、マウリシオは気付かなかったようだ。

 

「シルヴィラ・セルウィン……。確か戦後に少し問題になった……」

 

マウリシオが続けようとした時、セリクスが静かに口を開いた。

 

「父上、そろそろお時間です」

 

セリクスの声には、確かに警告の響きがあった。マウリシオはセリクスの視線に気付き、そしてコーウェンの様子を見て理解した。コーウェンの顔から血の気が引き、今にも倒れてしまうのではないかとセリクスは心配になった。唇の色さえ失われている。マウリシオが咳払いを一つして話に区切りをつける。

 

「そうだな。では、移動しよう」

 

それぞれが立ち上がり、暖炉へと向かう。緑の炎が再び燃え上がると、順にその中へ身を投じていった。

 

最後にセリクスは、隣に立つコーウェンを見た。顔色が悪く、唇の端がまだ微かに震えている。普段の穏やかな仮面が、今にも崩れ落ちそうだった。

 

セリクスは無言で、そっとその肩に手を置いた。温かな重みが、僅かに震えを和らげる。

 

「……」

 

その一瞬だけ、コーウェンの眼差しが彼を見た。言葉はなかったが、それで十分だった。

 

静かに緑の炎が包み、2人の姿は暖炉の中に消えていった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

煙突飛行ネットワークで辿り着いた先は、半年ぶりのマルフォイ邸だった。暖炉の前では既にルシウス・マルフォイ、ドラコ、ナルシッサが待機していた。ルシウスは真っ先にマウリシオに歩み寄った。プラチナブロンドの髪が優雅に揺れる。

 

「マウリシオ、今日はよく来てくださった」

「礼には及ばない、ルシウス。君の招きとあらば、応じるのが礼儀というものだ」

 

貴族同士の一歩も引かぬやりとりのあと、ルシウスはようやく隣に立つエドモンドに目を向けた。明らかについでと言った様子である。

 

「……セルウィン卿も、お変わりなく」

 

どこか見下したような光の宿るその瞳に、エドモンドは愛想笑いで応じるしかなかった。

 

「ええ、まあ……。お招きありがとうございます、マルフォイ卿」

 

ナルシッサは形式的に微笑み、ドラコはソワソワとセリクスの方を見ていた。

 

大人たちの挨拶が終わると、子供たちが順番に礼を述べる。ドラコは灰色の瞳を輝かせながらセリクスに近寄った。

 

「やっと会えたね、セリクス! また来てくれて嬉しいよ」

「ドラコ。ああ、久しぶりだ」

 

セリクスはいつもよりほんの少しだけ柔らかい声で返す。続いて、彼は隣のコーウェンを紹介した。

 

「彼はコーウェン・セルウィン。共に学ぶ寮の友人だ」

「ふうん……」

 

ドラコの反応はどこか曖昧で、視線はコーウェンを値踏みするように上下に泳いだが、そのまま何も言わずにパーティ会場へと歩を進めてしまった。明らかに礼を逸した態度にコーウェンは気まずげに俯き、セリクスはドラコの背中を冷たく見下ろしたのだった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

マルフォイ邸の広間は、まさに魔法そのものの華やかさだった。壁には雪が降るような魔法装飾が施され、巨大なクリスマスツリーが宙に浮かぶ星々を映している。料理のテーブルには、まるで生きているかのように湯気を立てる料理が並んでいた。甘い香りと食欲をそそる匂いが混ざり合う。

 

「大人たちは大人の話があるから、君たちは子供同士で楽しみなさい」

 

マウリシオの指示に黙って頷き、セリクスたちは会場の一角へと移動した。足音が大理石の床に響く。

 

その時、小柄な少年が駆け寄ってきた。黒髪黒目の少年──セオドール・ノットである。

 

「……セリクスさん!」

 

そう嬉しそうな声を上げたかと思えば、次の瞬間にはドラコの後ろに隠れてしまった。どうやら見知らぬ人間──コーウェンである──に人見知りをしているらしい。小動物のように警戒している。

 

セリクスは軽く頷き、セオドールの視線を導くようにコーウェンを紹介する。

 

「セオドール。彼は私の同寮の友人だ」

「……初めまして。コーウェン・セルウィンと申します。お会い出来て光栄です」

 

コーウェンが丁寧に挨拶する。だがセオドールの反応は冷たかった。

 

「………………ご機嫌よう。セオドール・ノットです」

 

ドラコの背から顔を出したセオドールが、小さな声で応じた。笑みの欠片もない。毛を逆立てた仔猫のようなセオドールに、コーウェンは苦笑するしかなかった。どう見てもご機嫌ではなさそうだが、先程のドラコよりはマシだと思った。

 

「セオドール。君のお父上は? 前回挨拶が出来なかったから、させてもらえないだろうか」

 

セリクスが珍しく社交に気を向けたが、セオドールの顔は暗くなってしまった。黒い瞳が伏せられる。

 

「父は……。今日は、ちょっと体調不良で……。いえ、最近の社交には……。セリクスさんが挨拶したがってたことは伝えておきます」

 

セオドールはどこか奥歯に物が挟まったような言い方をしたが、セリクスは特に追及はしなかった。セオドールの顔色が思わしくなかったからだ。小さな肩が僅かに縮こまっている。

 

そのまま4人でホグワーツの話を始めたところへ、1人の上級生が姿を現した。

 

15歳前後のスリザリン生で、見覚えのあるような、ないような顔立ち。彼はまずドラコに丁寧に挨拶し、次にセリクスの方へと向き直る。

 

「やあ、セリクス・ゴーント君。覚えているかい? 組み分けの時、隣に座ってたんだけど。1年時に満点超えの首席を取ったとか。なかなかやるじゃないか」

 

どこか鼻にかけたような声音。セリクスは内心で(だから既視感があるのか)と納得していた。ドラコとセオドールの顔色がさっと変わったのに、彼だけは気付いていない。空気が読めないのか、それとも故意なのか。

 

そして、コーウェンに視線を移す。その目には、明らかな軽蔑が浮かんでいた。

 

「ああ、君がセルウィン家の。なるほど、優秀な人の傍にいれば、多少はお利口になれるのかもしれないな。羨ましいくらいだよ」

 

遠回しにセリクスの腰巾着だと揶揄(やゆ)する言葉に、コーウェンは反論せずに俯いた。腰巾着のつもりなどないが、周りからそう見られていることをコーウェンは敏感に感じ取っていた。拳を強く握り締める。

 

セリクスが静かに一歩前に出る。そして口角をうっすらと上げる。上級生の頬が僅かに色付いた。セリクスの優しげな笑みに見惚れて、言葉の意味を理解するのが一瞬遅れる。

 

「確かに、優秀な方の傍にいれば学ぶことは多いでしょう。しかし、それは『品格』を理解出来る方に限られます。残念ながら、全ての方がその恩恵に与れるわけではないようですが」

 

凍りついた空気の中、上級生は唇を噛みながら何も反論出来ず踵を返して去っていった。背中が怒りで強張っている。セリクスが微かに鼻を鳴らした。

 

「ありがとう、セリクス……」

 

涙ぐむような目のままコーウェンが囁いた。薄いブルーの瞳がきらきらと光を反射している。感謝と安堵が混じり合った表情。

 

ドラコとセオドールは尊敬の眼差しを隠しきれずにセリクスを見ていたが、セリクスはむしろ居心地悪そうに視線を逸らした。評価されることには慣れていても、こういう無防備な憧れを向けられるのは、どうにも扱いに困る。

 

「料理を取りに行こう」

 

気を取り直して、4人はパーティ料理のテーブルに移動した。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

向かった先の立食テーブルではクラッブとゴイルが豪快に料理を頬張っていた。かろうじてフォークを使っていることに安心していいのかどうか……。口の周りにソースがついている。

 

「ったく、食べすぎだお前たち……。もっと綺麗に食え。……セリクス、紹介するよ。こっちはビンセント・クラッブ、そっちはグレゴリー・ゴイル」

 

ドラコが呆れたように紹介する。セリクスは目を細めると、僅かに顔を背け、無言で一礼するに留めた。ギリギリ無礼になるかならないか際どい動作である。その冷たさに、空気が一瞬凍る。

 

しかしクラッブとゴイルはそんなことにも気付かないまま食事を続け、コーウェンだけがその空気をひやひやと感じ取っていた。セオドールが軽蔑の眼差しを向け、ドラコが気まずそうに頬を掻く。

 

華やかな広間の隅で、口の周りにソースをつけた少年たちが皿を空にしていく。甘い焼き菓子の匂いも、磨かれた銀器の光も、どこか薄い膜を隔てたもののように感じられた。

 

セリクスは静かに料理を取り分けた。銀のフォークが皿に触れる音だけが、妙に大きく耳に残った。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

無意味な叱責と、記されぬ過去

 

セリクスたちはようやく落ち着いて、並べられた料理に舌鼓を打っていた。コーウェンが嬉しそうにトライフルを頬張っている。透明なジュレと生クリームと色とりどりのフルーツが綺麗な層になっているのを見て、宝石みたいだと微笑んでいた。銀のスプーンが小さな音を立てる。

 

「コーウェンは甘い物が好きだな」

「そういうセリクスはさっきからお肉ばっかり。ローストビーフ美味しい?」

「……」

 

セリクスは真顔で自分の皿を見下ろした。無意識だったが、確かに全体的に茶色い。グレービーソースの染みた肉の山。無言でポテトサラダを追加した。白と緑が加わる。それを見てコーウェンはくすくすと笑っている。

 

その時、料理のテーブルの奥で、大きな食器が床に落ちて砕ける音がした。

 

───ガシャーンッ!!

 

派手な音に、会場が一瞬ざわついた。魔法で暖かく保たれていた料理がこぼれ、皿の破片が床に散乱している。湯気が立ち昇り、甘い香りが広がる。近くにいた招待客が不快そうにその場を離れた。ドレスの裾を引き上げる女性たち。

 

「なに!? 汚いわ!」

「おいおい。どこの間抜けだ? ハウスエルフがなんでこんなところに出てきてる?」

 

不穏な空気が立ち込める。コーウェンがそっとセリクスに近寄ったのが気配で分かった。騒動の中心で、小さな影が縮こまっていた。

 

「ドビーは悪い子……! ドビーは悪い子……!」

 

悲鳴のような声とともに、ドビーというらしい屋敷しもべ妖精が床に額をぶつけている。ゴツン、ゴツンという鈍い音。どうやら料理を運んでいて、足を引っかけてしまったらしい。自分で自分に罰を与えているようだ。大きな耳が震えている。

 

「何してんだよ、お前!」

 

怒声が飛ぶ。振り返れば、怒りに顔を紅潮させたドラコが立っていた。

 

「父上だったら鞭をくれてやってるぞ、こんな時は! 役立たずめ、さっさと片付けろよ!」

「ひいぃ!」

 

ドラコが床を思い切り踏み付けた。ドスンという音が響き、周囲の空気が震える。ドビーは更に小さく縮こまってしまった。体が震え、大きな目に涙が浮かぶ。それを見てクラッブとゴイルがニヤニヤと笑っている。セオドールは冷たい眼差しで見ているだけだ。誰も止めようとしなかった。ただ1人、コーウェンだけがセリクスの後ろで蒼褪めた顔で立ち尽くしていた。

 

セリクスが静かに歩み出た。騒ぎの中心に近付くと、杖を抜き軽く振った。ドビーの大きな目が更に大きく見開かれる。テニスボール程もある緑色の大きな目玉がこぼれ落ちそうだ。

 

「《レパロ(直れ)》」

 

淡い光が散り、床に砕けた皿や料理がまるで時間を巻き戻すように元通りの形へと戻っていく。破片が浮き上がり、元の形を取り戻す。まあ一度床に落ちた料理を口にする者はほぼいないであろうが。クラッブとゴイルを除いて。

 

セリクスが振り返りドラコを見つめる。エメラルドの瞳が冷たく光った。ドラコは灰色の瞳を揺らして、不安そうにセリクスを見ていた。

 

「ハウスエルフは主人の命令には従う。だが、怒鳴られたところで能力が上がる訳ではない」

 

セリクスの声は静かだったがよく通った。パーティホールが静まり返る。シャンデリアの輝きだけが、冷たく会場を照らしていた。

 

「……無意味な叱責は指導ではなく、ただの発散だ」

 

ドラコは何かを言い返しかけて口を開いたが、ふと視線を逸らし口ごもった。

 

「ち、父上は……、いつもこうしてたから……だから……」

 

その呟きにクラッブとゴイルの表情が揃って曇った。普段から父親が屋敷しもべ妖精を虐げているのを見ているのだろう。ドラコが特別と言うよりは、純血貴族たちは屋敷しもべ妖精をとことん下に見てこき使うのが普通なのだ。セリクスはそれ以上は何も言わず、静かに背を向ける。黒いローブが翻った。

 

ドラコが見捨てられた仔犬のような寂しそうな表情をしたのを見たのはコーウェンだけだった。

 

庇って貰ったと思ったドビーは一瞬、感激の面持ちでセリクスを見上げたが──次の瞬間、何かに気付いたようにその大きな瞳に恐怖の色を浮かべ縮こまってしまった。まるで恐ろしい存在と相対してしまったかのような反応だった。体が小刻みに震え後ずさる。

 

セリクスはそれには一切構わず、テーブルへと戻った。手にした皿の上に静かに料理を盛りながら、誰の視線にも応じなかった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

パーティが一段落し、談笑の輪があちこちに分かれ始めた頃。

 

「コーウェン。少し席を外す」

 

短く言って、セリクスはその場を後にした。コーウェンが心配そうに見送ったが、セリクスはただ静かに頷いただけだった。黒い影が人混みに消えていく。

 

屋敷の廊下を歩いていく途中、ふと別の部屋の扉が僅かに開いているのに気付く。中から声が聞こえてきた。低く、落ち着いた男性の声。

 

マウリシオとルシウスのものだ。

 

セリクスは一瞬足を止めた。薄く開いている扉からは葉巻の薫りが漂ってきた。どうやらこの部屋は『シガールーム』らしい。

 

「あなたの息子が、"あの"セルウィン家の坊やと親しくしているとは……。少し意外だったよ、マウリシオ」

 

ルシウスの声が響く。

 

「"かつての"セルウィン家だ。今や彼の父親は、記録の山に埋もれた地味な部署の一員だと聞く。君が言うような"血の勢い"は、とうに失せたのでは?」

 

マウリシオの返答。その声には、微かな軽蔑が混じっているようにセリクスには聞こえた。

 

「それでも"記録"というのは、時に面倒な証拠になるものだ。……例えば、過去の同盟関係や"許し難い呪文"の記録などね」

「我が家はその手の"記録"からは縁遠いつもりだ。君と違って、私があの時代、イギリスにいなかったのは幸運だったかもしれないな」

 

マウリシオの低い声が響く。皮肉が込められている。ルシウスは一瞬黙った後続けた。空気が重くなる。

 

「──あなたが"幸運"で済ませるのなら、それもまた結構。……セルウィン家の娘──あの女、"シルヴィラ"の記録も、まだ消えてはいない……」

 

その名前が出た瞬間、セリクスの眉が僅かに動いた。

 

「名家の子女が過ちを犯すのは、珍しいことではない。だがその影に、導く者がいたとしたら……?」

「……まさか疑うのか? 私を?」

 

ルシウスが微かに笑ったようだった。乾いた笑い声だ。

 

「君を疑っているのではない、ルシウス。ただ"子供たちには同じ(てつ)を踏ませぬように"と願うだけだ。──それに、彼女を(そそのか)した男のことは把握している。彼は既にアズカバンで獄死したと聞くが」

「……ふむ、彼もまだ若かった。父親が"ああ"ではなかったらまた違ったかもしれないが───」

 

セリクスは目を伏せた。言葉の意味を噛み締めるように、しばしその場に佇む。石の床が冷たい。セルウィン家の娘、シルヴィラ。コーウェンが先程聞いて怯えていた名前だ。彼女は何をしたのだろう。アズカバンで獄死した男とは誰か。今のセリクスには何も分からなかった。ただ、コーウェンの震えだけが、脳裏に焼き付いている。

 

やがて、何も言わずに静かにその場を離れた。再び賑やかなパーティ会場へと戻る彼の足音が、石の廊下に淡く響いていく。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「あ! セリクス、おかえりなさい!」

「コーウェン。遅くなった。何もなかったか?」

「うん。ご飯食べてた。まあお喋りする相手もいなかったけど。本当は社交した方がいいのかもしれないけど、誰もこっち見てくれないんだよね……。兄さんなら上手くやるのにな……」

 

コーウェンは微かに肩を落とした。来る前は父の代わりに社交を頑張ると意気込んでいたが、そもそも落ち目のセルウィンと会話しようとする純血貴族もあまりいないようだ。細い背中が丸まってしまっている。

 

セリクスは会場内を見渡した。遠目にエドモンドを見つけたが、彼は少し歳上の男性と何やら会話をしているようだった。だが相手の反応は芳しくなさそうだ。愛想笑いを浮かべるエドモンドの姿が痛々しい。

 

セリクスはふむと一つ頷いてから、たまたま近くにいた若い令嬢へと足を向けた。相手もそれにすぐ気付き、不思議そうな顔でセリクスを見つめ返す。薔薇色のドレスが揺れている。コーウェンが慌ててついてきた。

 

「失礼。私はセリクス・ゴーント。麗しき方。お名前をお伺いしても?」

 

セリクスの声はいつもより随分と柔らかい。社交の仮面を完璧に被っている。

 

「まあ。私はアナスタシア・ロウルよ。ゴーント家の若き貴公子とこうしてお話出来て光栄だわ」

 

アナスタシア・ロウルは繊細な薔薇の刺繍が施された扇で顔を半分隠しながらも、にっこりと嬉しそうに笑った。絶世の美女という程でもなかったが、釣り気味の大きな瞳が猫のような愛嬌のある女性である。そして身なりはそこそこ裕福そうだ。宝石が首元で輝いている。セリクスはコーウェンの方に体を傾けて、コーウェンに場を譲った。

 

「ミス・ロウル。彼も紹介させてください。彼はコーウェン・セルウィン。セルウィン家の次男で私のホグワーツでの同室です」

 

セリクスの声が、コーウェンを前に押し出す。

 

「あら、噂には聞いていてよ。そう、あなたがセルウィン家の……。よろしくね」

 

ロウルの声には、僅かな好奇心が混じっている。

 

「は、はい。コーウェン・セルウィンと申します。お会い出来て光栄です」

 

ロウルは表面上は友好的に振る舞った。その瞳はコーウェンの利用価値を測ろうとしたたかに光っていたが。コーウェンは付け焼き刃であろうボウ・アンド・スクレープを披露した。多少ぎこちなかったが、それでもロウルはその態度自体に満足したようだった。扇が優雅に揺れる。

 

「あなたたち可愛いわね。いいわ、私のお友達も紹介してあげる。みなさん、ちょっといいかしら」

 

ロウルは少し離れた位置で談笑していた数人の令嬢たちに声を掛けた。彼女たちは好奇心に満ちた顔でこちらに近寄ってくる。ドレスが波のように揺れる。ドレスの圧でも感じたのか、コーウェンは蒼褪めた顔で硬直していたので、セリクスは無言で彼の脇腹を肘で突っついたのだった。コーウェンがはっと我に返る。

 

あわあわと慣れないながらも、コーウェンが懸命に社交に勤しんでいるのを、後ろから見守っていたセリクスの肩に手が置かれた。セリクスがパッと振り返る。

 

「やぁ。君も呼ばれてたんだね」

「ウィントリンガム先輩。先輩もでしたか」

「そう。僕は聖28一族じゃないけどね。一応長く続いてる家系ではあるから」

 

そこにいたのはスリザリン監督生、ハーマン・ウィントリンガムだった。いつも適当に下ろしている長めの金髪を、今日は横で結んでいる。きちんとした身なりをすると、途端に彼はどこぞの王子のように見える。周りの淑女たちもそわそわと落ち着かなさそうだ。

 

「まさかそれだけではないでしょう」

「まぁあとは、監督生だから将来性でも見込まれてるのかもね? 残念なことに、僕は音楽の道に進むけど」

「おめでとうございます。妖女シスターズに加入したと聞きました」

「そう! 僕が入ったおかげか、最近は段々と学校外でも有名になってきてさ! また新しいグッズを発売するんだよ。買うかい?」

「結構です」

 

セリクスは冷たく一刀両断した。妖女シスターズについては全くもって興味の外だ。

 

「冷た……。サインもいらない? もしかしたらプレミア付くかもよ?」

「友人に横流ししていいなら」

「ははは。そんなことを堂々と言うのは君くらいさ」

 

ウィントリンガムが楽しげに笑った後、苦労しているコーウェンを見て声を落とした。

 

「君のお友達はアナスタシア嬢に気に入られちゃったの? 彼女とお付き合いするのはよした方がいいよ」

「……何故?」

「彼女自身は悪い人間じゃない。でも彼女のお姉さんがねぇ。性格が悪くて金にがめつくて、更には見た目もよろしくない。アナスタシア嬢自身に瑕疵(かし)はないのに、縁談がまとまらないのは、余計なお荷物が付いてるからさ」

「……そこまで言う程にですか。確かロウル家の長女は、ユーフェミア・ロウルと言いましたか」

「そう。今日は来てないよ。呼ばれてもないかもね。ま、忠告はしたよ。さて、君のお友達が助けを求めてるみたいだ。行きなよ」

「……ご忠告痛み入ります。では」

 

セリクスは軽く一礼すると、借りてきた猫のように縮こまっているコーウェンを手助けするために足を進めた。コーウェンはセリクスを見て安堵からか半泣きになっていた。大袈裟である。

 

それからは5人ほどの歳上の令嬢たちに囲まれながら、残りのパーティの時間を過ごした。彼女たちからホグワーツに通っている弟妹たちを紹介して貰えたので、おそらくコーウェンのノルマはクリア出来たことだろう。笑い声と香水の匂いが渦巻く。セリクスは1人満足そうに頷いた。

 

コーウェンは真っ白に燃え尽きてしまっていたが───

 

 

 

 

 




【あとがき】
久しぶりにドラコとセオドールが登場しました!
ドラコといえば、舞台『呪いの子』でトム・フェルトンさんが大人ドラコとして出演しましたね。
登場した瞬間に拍手が鳴り止まず、しばらく台詞が言えなくなって困ってる姿がちょっと可愛かったです(笑)
当時は敵役のイメージだけで誹謗中傷されていた時期もあったとか。
私はドラコが昔から大好きだったので、あれは本当に不思議で仕方なかったです。
ちなみに私はスリザリン推しで、ドラコもスネイプ先生も長年ずっと推してるんですが、
原作の低学年ドラコは普通にクソガキなので、可愛げを出すのが毎回難しいです( ̄▽ ̄;)

セリクスは"親友を馬鹿にするやつには容赦なく塩対応"のスタイルなので、ドラコがそこに早く気付けるといいんですけどね(他人事)
あと、なんかド失礼な先輩が登場しましたが、こいつは名前も付いていないオリジナルモブです。

今回、伏線というか"意味深ポイント"が多すぎて、解説すると秒でネタバレになるので黙っておきます。
でも、この話をどこか頭の片隅に置いておくと、後の章で「あっ……!」ってなるかもしれません。

そして今回一番大変だったのがシガールームの会話。貴族式のあの遠回しな探り合い……めちゃくちゃ難しい!!
自分で書きながら「こんな言い回し本当に存在するんか?」ってなってました。

ハーマン先輩が久々に登場しました。大したバックボーンはないんですが、場を軽くしつつ説明役もこなせるので、つい使ってしまいます。
アナスタシアちゃん、セリクスから「絶世の美女ではない」なんて言われていますが、大きな猫目の可愛いご令嬢です。
1970年生まれなので、セリクスの7歳上。2章の時点で20歳前後です。ソーフィン・ロウルとユーフェミア・ロウルの末妹です。
髪色とか瞳色は決めてないんですが、何色がいいかなー?
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