スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~   作:如月斎

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第2章 第18話 閉ざした心、開かれた心/第19話 正々堂々の証明

 

閉ざした心、開かれた心

 

夕暮れの廊下に、セリクスの足音だけが静かに響いていた。

 

フクロウ小屋から戻る道のりは、いつもならコーウェンと一緒に歩く時間だったが、今日は彼が図書館で魔法薬学のレポートに取り組んでいる。1人になることは珍しく、セリクスはむしろその静寂を楽しんでいた。

 

(談話室で読書をするか、いやそれともセドリックを誘ってどこかの空き教室でお茶でも飲もうか……)

 

石造りの壁に夕日が斜めに差し込み、長い影を作っている。セリクスがローブの内側を軽く確認すると、斜め掛けにした鞄が安定した位置にあった。フクロウ小屋で投函を終えた手紙の余韻が、まだ指先に残っている。

 

(今日託したフクロウは、今日中に父上の元へ着くのだろうか……)

 

フクロウ小屋に足を踏み入れた瞬間に、目の前で翼を広げ「お仕事!?」とでも言いたげに猛アピールをし始めた初対面の白フクロウを思い出し、内心苦笑したセリクスだった。

 

「良い夕日じゃのう、ミスター・ゴーント」

 

突如廊下に響いた声に、セリクスの足が止まった。

 

振り返るとどこからともなく現れたダンブルドアが、例の穏やかな笑顔を浮かべて立っていた。半月眼鏡の奥で、青い瞳が温和に細められている。

 

(───また、か)

 

内心で深い溜息をつく。1年のクリスマス休暇のあの日以来、1人でいる時に限ってこの老人は神出鬼没に現れるようになった。そして毎回何気ない世間話の裏で、あの侵入するような視線を向けてくるのだ。

 

「ご機嫌よう、校長先生」

 

表情を一切変えずに応えながら、セリクスは既に心の奥深くに意識を沈めていた。閉心術の壁が静かに、しかし確実に築かれていく。

 

「本当に素晴らしい夕日じゃの。こんな良い日は散歩日和じゃな。君はどこに行っていたのかのう?」

 

ダンブルドアが何気なく歩み寄ってくる。その瞬間セリクスは感じた。視線の向こうから羽毛のように軽やかに、しかし確実に忍び込もうとする何かを。

 

───開心術。

 

目の奥に鈍い圧迫感が走ったが、セリクスの表情は微動だにしなかった。閉心術の壁はまるで冬の湖の氷のように透明で、そして堅固だった。

 

「フクロウ小屋です」

 

短く事実だけを述べる。

 

「ほう。手紙を出しに? どちら宛かな?」

 

質問が続く。そしてそれと同時に、探るような力が少しずつ強くなっていく。

 

セリクスの瞳が僅かに冷たさを増した。

 

「あなたには関係ないでしょう」

 

言葉と同時に周囲の空気が変わった。ダンブルドアの魔力が明らかに圧を強めている。セリクスのこめかみにひくりと血管が浮いた。

 

───だが、耐える。

 

どんな力を向けられようと、内心を晒す気はなかった。

 

「もし時間があるなら、校長室でティータイムでもどうかね。レモンキャンディーも用意してある。──ああ、お好みでないならカムカムキャンディもある」

 

セリクスは内心で呆れた。この期に及んで茶でも飲もうとは……この老人の正気を疑う。あと、どちらもセリクスの好みではない。

 

「申し訳ありませんが───」

「校長? 今日はご多忙ではありませんでしたか?」

 

突然響いた声に、2人が振り返った。廊下の向こうから、マクゴナガル教授が不思議そうな表情で歩いてくる。

 

「おお、そうじゃった、そうじゃった」

 

ダンブルドアが急にほけほけとした笑いを浮かべ、くるりと背を向けて去っていく後ろ姿をセリクスは無言で見送った。

 

セリクスが視線を向けると、マクゴナガル教授がこちらを見ていた。その表情にはどこか不安そうな、心配そうな色が浮かんでいる。

 

(この人は……グリフィンドールの寮監なのに、スリザリン生を心配するのか)

 

意外だった。グリフィンドールはほとんど皆スリザリンに偏見があるのかと思っていたのだ。やはり生徒と教授では違うのだろうか。思わず心の中で評価を改める。

 

「失礼いたします」

 

マクゴナガル教授に向かって深く一礼すると、セリクスはそれ以上何も言わずにその場を立ち去った。

 

石の階段を降りながら、セリクスは心の中で冷たく呟いた。

 

(何がしたいんだ、あの爺さんは)

 

ローブの内ポケットに手を滑らせ、銀細工の懐中時計に触れる。蓋を開けることはない。ただ、家紋の浮き彫りをなぞるように親指を滑らせるだけで、微かに胸のざわめきが鎮まっていくようだった。

 

本当にそうなのか、それともただの気のせいか──彼自身にも分からない。

 

ダンブルドアに対する心象が、地面を突き破りそうなほど下がっていくのを感じながら、セリクスはスリザリンの談話室へと向かった。緑の明かりに包まれた、自分だけの安息の場所へと。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

マクゴナガルは、階段を下りていくセリクスの後ろ姿を黙って見送った。無駄のない足取り。背筋の伸びた細い体。

 

───だが、何かが引っかかる。

 

(……あの子、何を背負っているのでしょう)

 

スリザリンの生徒である以上、多少の警戒は常だ。だが彼にはそれとは別の、もっと説明しづらい影がある。賢く、冷静で、誰にも隙を見せない──その閉じた心を、ダンブルドアはずっと気にしていた。

 

けれど、今のあの表情。

 

自校の校長へと向けたとは思えない程冷めきった表情。何も映していないかのような透き通ったエメラルドの瞳。嫌悪も憎悪も何もなかった。

 

先程ダンブルドアと対峙していた時の表情を思い出し、人知れずマクゴナガルの背筋が冷える。

 

ダンブルドアが何かを探っていることに、マクゴナガルは気付いていた。だが、その真意を彼は語らない。自分にさえ語れない程、あの子は"重要"なのだろうか。

 

これ以上考えてもどうしようもない。静かに溜息をつき、マクゴナガルはローブの裾を翻して教員棟へ向かって歩き出した。

 

いずれにせよ──彼はホグワーツ生。守るべき生徒であることに、変わりはないのだから。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

翌日の闇の魔術に対する防衛術の教室に、午後の陽光が斜めに差し込んでいる。

 

今日はレイブンクローとの合同授業で、青と銅色のローブが緑と銀のローブと入り混じっていた。DADAの男性教授が教卓の前に立ち、大袈裟な身振りで手をひらひらと振りながら説明を続けている。

 

「では、今日は実際にペアを組んで《エクスペリアームス(武装解除呪文)》の練習をいたしましょう。さあ、お互いに掛け合ってみましょう。安全を心掛けて!」

 

教授の声に、生徒たちはわっと湧き立った。セリクスが振り返ってコーウェンに声を掛けようとした時、横から声が掛かった。

 

「良かったら僕と組まないかい?」

 

声の主は、レイブンクローのロジャー・デイビースだった。艶のあるブルーがかった黒髪をお洒落に撫で付けた少年が、どこか照れくさそうな笑顔を浮かべている。

 

「僕、実技は結構得意なんだけど、レイブンクローに僕より上手な子ってあんまりいなくてさ」

 

セリクスがコーウェンを見ると、コーウェンは戸惑いながらも、少し気遣うような表情で言った。

 

「僕は……えっと、あっ、ヒッグスと組むよ!」

「えっ、僕? まあこっちは奇数だったからいいけど」

 

ヒッグスは肩をすくめて応じる。

 

「あー、ごめん。先約があったよね」

 

ロジャーが申し訳なさそうに言うと、セリクスは軽く首を振った。

 

「いや、いい。たまにはペアを変えるのも悪くない」

「そうかい? 良かった」

 

教室の中央に向かい合って立つ。ロジャーが杖を構え、緊張した面持ちで呪文を唱えた。

 

「《エクスペリアームス(武器よ去れ)》!」

 

赤い光がセリクスに向かってまっすぐに飛んでくる。セリクスは杖を軽やかに振った。

 

「《プロテゴ(護れ)》」

 

透明な盾が空中に現れ、赤い閃光を弾き返す。

 

「うわっ」

 

ロジャーが慌てて身をかわした。先程まで立っていた場所に光線がまっすぐに突き刺さった。

 

「君、盾の呪文で防ぐのはちょっとずるくないかい? まだ習ってないし、僕それ使えないんだけど」

 

ロジャーが軽く憤慨したように言う。セリクスがそれに僅かに眉を上げた。まさか防御呪文にずるいと言われるとは。しかし確かに2年生で《プロテゴ》を使いこなす生徒はあまりいないかもしれない──現在のホグワーツに2年生で《プロテゴ》を使えるのは、セリクスとセドリックしかいないことをセリクスは知らない。

 

「《プロテゴ》の杖の動かし方はこうだ」

 

ゆっくりと、正確な動きを見せる。ロジャーは目を輝かせて見つめていた。

 

「へー、思ったより単純な動きなんだね。……《プロテゴ》!」

 

何も起こらない。ロジャーが首を傾げた。

 

「見た目より難易度が高い。大人の魔法使いでも上手く使えない人もいる」

「そうなのか……」

「杖の振り方はまあ悪くない。発音も。おそらくイメージが定まっていないんだろう。もう一度見せる。こうだ。《プロテゴ》」

「うん。……《プロテゴ》!」

 

ロジャーが何度も練習を繰り返す。杖を振る度に、集中した表情が少しずつ変わっていく。

 

「《プロテゴ》!…《プロテゴ》!」

 

10数回目の挑戦で、杖先から微かな光が漏れた。

 

「あっ! 今ちょっと出来たんじゃない? 見たかい?」

 

ロジャーが興奮して顔を上げる。セリクスの瞳が、意外そうに見開かれた。なかなかに早い習得速度である。

 

「ああ。悪くない───」

 

そして、短く付け加える。

 

「ロジャー」

 

セリクスの口角がほんの少し上がる。それを見たロジャーが目を丸くした。突然の美形からの微笑みに一瞬硬直する。

 

「素晴らしい! 素晴らしい!」

 

そこに長い足をせかせかと動かして、教授が駆け寄ってきた。

 

「2年生で《プロテゴ》を使いこなすとは! この精度なら5年生のO.W.L.試験でも大丈夫ですよ! マーベラス! お2人にそれぞれ10点ずつ差し上げましょう!」

「これってそんなに難易度高いんだ!? 君って本当にすごいな……」

 

ロジャーは尊敬の眼差しを向けて言った。セリクスの眉が僅かに下がった。まっすぐな称賛を受けるのは得意な方ではない。

 

「大したことでは……」

「謙遜するなよ。本当にすごいことだよ」

「……そうか」

 

2人は、思った以上に和やかに授業をこなしていた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

教室の端では、コーウェンがヒッグスと向かい合っていた。時折、セリクスの方をちらりと見ながらも、真面目に練習に取り組んでいる。

 

ふと視線を巡らせると、少し離れた場所でマイルズ・ブレッチリーのこめかみに血管が浮いているのが見えた。どうやらセリクスのいる方向を睨んでいるようだ。コーウェンは慌てて目を逸らした。

 

「大丈夫かなぁ……」

 

コーウェンはあまりの不穏さに小さく呟く。

 

「ん? 何か言ったかい? 行くよ? 《エクスペリアームス》!」

 

ヒッグスの呪文がコーウェンの杖を簡単に弾き飛ばした。

 

「痛っ。……大丈夫だけど、もうちょっと軽めでお願い……」

 

コーウェンが手首をさすりながら杖を拾う。

 

その時、教室の向こうでブレッチリーの顔に影が差しているのが見えた。何か思い詰めたような暗い表情だ。

 

午後の陽光が雲に遮られ、教室全体がほんの少し薄暗くなった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

正々堂々の証明

 

とても寒い冬の早朝だった。窓の外の湖底は、朝日を反射して煌めいている。よく晴れたクィディッチ日和だ。

 

セリクスは静かに足音を立てないよう、コーウェンのベッドに近付いた。毛布にくるまって丸くなった友人の肩を、軽く揺さぶる。

 

「……ん……どうしたの? まだ眠いよ……」

 

コーウェンがミルクティー色の前髪の隙間から、眠そうな薄いブルーの瞳を覗かせた。放っておいたらまた寝てしまいそうだ。

 

「今日はスリザリン対ハッフルパフの試合だろう。いい席を取りたいから朝起こしてくれと言ったのは君のはずだ」

「あ〜、そうだった……。ありがとう、セリクス」

 

しぶしぶ起き上がったコーウェンは、寝癖を直す暇もなく制服に着替え、急ぎ足でセリクスと大広間へ向かった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

大広間には、まだまばらにしか生徒の姿がなかった。早朝の静寂の中、暖炉の火がぱちぱちと音を立てている。

 

ハッフルパフのテーブルの端に、既に試合用の黄色いユニフォームを着た選手たちが座っていた。その中央で、セドリックだけが異様に蒼白い顔をしている。彼の前に置かれた朝食は、ほとんど手付かずのままだった。

 

「セド、大丈夫かな? 顔が真っ青だよ」

「セドリックは強い男だ」

 

自信ありげに即答するセリクスに、コーウェンは少し心配げに眉をひそめた。

 

「心配だな……。ちゃんとスニッチをキャッチ出来るかな? あー、でもスリザリンには勝ってほしいし……。僕、どっちを応援したらいいのか分かんない」

「コーウェンの好きにすればいい。……セドリックがスニッチをキャッチして、スリザリンが勝てばいい」

「……セリクス、何言ってるの? クィディッチに興味なさすぎて、ルール覚えてないとか?」

「少なくとも君よりは知ってる」

「ひど! なにそれ!」

 

笑い混じりの言い合いをしながら、2人は朝食を軽く詰め込み、クィディッチ競技場へ向かうことにした。

 

2人が急ぎ足でクィディッチ競技場に向かっている途中、既にユニフォームに着替えたブレッチリーが廊下の端で立っていた。ブレッチリーはセリクスに気が付くとゆっくりと歩み寄ってくる。セリクスは足を止めた。ブレッチリーは思い詰めたような厳しい表情をしている。

 

「……行かなくていいのか? もうすぐ試合では?」

「言われなくても行きますよ。……ゴーント君、見ててください。応援しろとは言いませんから。……お願いします」

 

ブレッチリーが静かに頭を下げた。セリクスの斜め後ろからコーウェンの息を呑む音が聞こえた。セリクスは軽く溜息をつく。

 

「とりあえず頭を上げろ。……今から観に行くところだ」

「っ! ありがとうございます!」

「別に感謝されるようなことでもない」

「───はい」

 

ブレッチリーは先程とは違いスッキリした明るい顔で競技場の方へ駆け出していった。横から、ぶはっと息を吐き出す音が聞こえ、セリクスは呆れたように横目でコーウェンを見た。

 

「息を止めてたのか?」

「いや〜、緊張感すごくて……。ねぇ、ブレッチリーに少しは優しくしてあげなよ。ちょっと可哀想になってきた」

「ふん。それは彼次第だろう」

「はぁ……。僕やセドに対する優しさの10分の1でも分けてあげたらいいのに」

「……ふん。さっさと行くぞ」

 

2人は気を取り直してまた歩き出したのだった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

まだ雪の残る観客席には、他寮の生徒の姿はほとんどなかった。一方で、スリザリンの観客席には既に多くの生徒が集まっている。けれど、セリクスたちのために空けていたのか、中央の見晴らしの良い場所だけがぽっかりと空いていた。有難く座ることにした。

 

「寒いねー。でも晴れて良かった」

 

コーウェンが身を震わせながら呟いた。セリクスは杖を取り出し、軽やかに振る。

 

「《カレファシオ(温風)》」

 

杖先から温かい空気が流れ出し、コーウェンを包んだ。

 

「また便利そうなものを……。教えて?」

「杖をこう動かして、温かさを思い浮かべながら呪文を唱える」

 

セリクスがゆっくりと手本を見せると、コーウェンが真剣な表情で真似をする。数回の練習で、彼の杖先からも微かな暖気が漏れ始めた。

 

「やった! 出来たよ!」

「……早いな」

 

その時、ピッチにマダム・フーチの笛が高らかに鳴り響いた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

『いよいよ試合開始ですッ! さあ、どちらが勝つのか、スリザリンか、それともハッフルパフか!』

 

リー・ジョーダンの声が拡声呪文で響き渡る。

 

試合は予想通り、スリザリンの激しいプレーが目立った。ハッフルパフの選手たちは気性が優しく、どうしても押され気味になる。

 

ハッフルパフのチェイサーも果敢に攻めるが、ブレッチリーは鋭い読みでゴールを守り続けている。セリクスはそれも静かに観ていた。

 

『スリザリン、また得点ー! 卑怯だぞ腐れスリザリン! マクゴナガル先生、あれは───』

『ジョーダン、もう少し中立的な実況を!』

『あー、すみません先生……』

 

マクゴナガル教授の叱責が聞こえる中、セリクスの視線はシーカー同士の攻防に注がれていた。

 

ヒッグスはスリザリン生の中でも群を抜いた速さを見せていたが、セドリックには1歩及ばないようだった。

 

スニッチを見つけたセドリックが、低空へと急降下する。その背を追うヒッグス。観客席の歓声が一段と高まる。

 

『来た! 来た来た来た! ハッフルパフの期待の新星、セドリック・ディゴリーが───! あぁっ! 惜しい!』

 

しかし直後、スリザリンのビーターが打ったブラッジャーがセドリックの進路を阻み、彼はスニッチを見失った。観客席からブーイングが聞こえる。その隙にスリザリンが点を重ね、得点は150点を超えた。

 

『プルヴィス・ヒッグスが止まりません! 連続で得点を入れていますっ! スリザリンの得点王!!』

 

スリザリンが誇る熱血チェイサーであるプルヴィス・ヒッグスが、宙返りを決めながらゴールに素早くシュートを放っている。女子生徒の甲高い黄色い悲鳴が観客席に響き渡った。セリクスはそっと耳を押さえる。

 

しかし、そこで再びセドリックがスニッチを見付けたようだった。

 

『また見付けた! セドリック、再びダイブだー! 行け行け行けー!』

 

今度はセドリックが鋭く地面に向かって突っ込む。テレンス・ヒッグスも後を追うが、地面すれすれのところでセドリックがふわりと急上昇した。ヒッグスは対応出来ず、宙で一瞬棒立ちになる。セドリックはその隙に急転回して全く違う方向へ飛んでいってしまった。ヒッグスが慌てて追うがもう間に合わない。セドリックが腕をめいっぱい伸ばした。

 

「今の何!? セドリックがすごい動きしてた!」

 

コーウェンが興奮して立ち上がる。

 

「……ウロンスキー・フェイント……のようなものだ。おそらく」

 

セリクスが静かに答える。

 

「えぇ!? すご!」

 

セドリックがスニッチを掴んだ瞬間、しかし同時にスリザリンにも得点が入った。最後の最後でマーカス・フリントの遠投がギリギリ入ったのだ。

 

『ハッフルパフがスニッチをキャッチ! 試合終了です! えー、しかし最終スコアは200対190! なんとスリザリンの勝利です!』

 

観客席に歓声と落胆が入り混じる。ハッフルパフの選手たちがうなだれる中、セドリックだけが空中で飛び続け、スニッチを持ったままセリクスの元へ向かってくる。

 

すぐにセドリックに対してスリザリン席からブーイングが起こるが、セドリックはそれを意にも介さない。セリクスの前で箒を止めると、静かにスニッチを掲げて見せた。

 

セリクスは黙って頷いた。それだけで十分だった。セドリックが太陽のように明るい笑顔を浮かべる。あまりにも爽やかな笑顔に、スリザリン生のブーイングが一瞬やんだ。

 

ピッチでは、ブレッチリーが何かを噛み締めるような表情で立っている。ヒッグスは悔しそうに地面を見つめていた。マーカス・フリントがそんな彼の肩を叩き、ご機嫌な様子でヘッドロックのようなものを掛け、周囲は笑い声に包まれていた。

 

更にヘロヘロになったヒッグスに、兄のプルヴィスが何故かジャイアントスイングを掛けている。プルヴィスは楽しそうに大爆笑をしているが、弟のヒッグスは目を回していた。試合には勝てたがスニッチも取れず、先輩や兄にボロボロにされたヒッグスがあまりにも哀れすぎる。セリクスはそっと視線を外した。

 

「すごいよ、セリクス! 君の言った通りになった! 君って占いの才能があるんじゃない!?」

 

コーウェンが目を輝かせる。ピッチの惨状は目に入っていない様子だ。

 

「皆無だ」

 

腕を組んだまま、憮然とした顔で言い放つセリクスに、コーウェンは思わず噴き出したのだった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

その夜、スリザリン談話室は祝勝ムードで大いに湧いていた。騒がしさが苦手なセリクスは寝室へ戻ろうとしたが、隣のコーウェンに袖を掴まれて仕方なくソファへ座る。誰かに渡されたバタービールを、少しずつ口に含んでいた。ぬるくてあまり美味しくはない。

 

やがて、ブレッチリーが近付いてきた。その気配にコーウェンの体が僅かに強張る。

 

「勝ちました」

「そうか」

「僕は正々堂々と勝負しました。反則なんてしてません。……君は手段を選ばないやり方はお気に召さないようだし……」

「ああ」

 

セリクスがブレッチリーと視線を合わせた。

 

「───見ていた」

 

セリクスの言葉が真摯に響く。はっとしたようにブレッチリーの瞳が見開かれる。やがて顔を伏せると、小さく呟いた。

 

「君は変わった人ですね……。スリザリン生なのに」

「ふっ」

 

セリクスの口角が僅かに上がった。どこかぎこちないが、悪い空気ではない。それを察して、コーウェンはそっと胸を撫で下ろした。

 

談話室の喧騒が、いつもより心地よく聞こえた。セリクスはまた一口、ぬるくて美味しくはないバタービールを飲んだ。

 

 

 

 

 




【あとがき】
ダンブルドアが生徒に開心術なんてする!?って思われそうですが、原作でもハリーに対してやっている節があるので(笑)
キャラヘイトのつもりはありませんが、ダンブルドア至上主義の方には刺さらないかもしれません( ̄▽ ̄;)

そして今回もロジャー・デイビースが登場しました。
というか、セリクスの学年のレイブンクロー生の公式キャラが、ロジャーとマーカス・ターナー(映画オリジナル)とS.フォーセットくらいなんですよね……:(´⊃ω⊂`):
出来るだけオリキャラは増やさずにやってますが、原作で詳しく描かれるのがハリー世代中心なので調整がなかなか難しいです。

第19話の主役はほぼマイルズ・ブレッチリー君です。普段はあんな健気さ、微塵も出さないのに──何故かセリクスにだけは拗らせ気味の憧れがある子なんですよね。承認欲求やプライドの強さも相まって、余計に振り回されるタイプです。
今回の出来事で、ほんの少しだけ距離が縮まった……かもしれません。

6年生の熱血チェイサー、プルヴィス・ヒッグス。台詞ゼロの癖にキャラが濃い! プルヴィス(Pulvis)はラテン語で「塵・粉・灰」って意味なんですが、ピッチで派手に暴れて土埃を上げるタイプっぽくてお気に入りです(*´ 艸`)
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