スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~ 作:如月斎
死の予言
選択授業が始まる初日、大広間の前でセリクスとコーウェンは足を止めた。石造りの廊下に生徒たちの足音が響く中、2人はそれぞれの教室へ向かう分かれ道に立っている。
「古代ルーン文字学か。僕には難しそうだなぁ」
コーウェンがどこか羨んだように呟く。
「占い学も興味深いだろう?」
セリクスの返答は相変わらず淡々としていたが、コーウェンの薄いブルーの瞳には不安が宿っていた。
「トレローニー先生って、フリント先輩が言うには変わった人らしいけど……」
「大丈夫だ。君ならなんとかなる」
「本当にそう思ってる?」
「あぁ。頑張れ」
短い少し適当にも聞こえる励ましの言葉を残し、セリクスは古代ルーン文字学の教室へ向かった。コーウェンはほんの少し恨みがましい目でセリクスの背中を見送った後、自身も覚悟を決めて足を進めたのだった。
◆ ◆ ◆
教室の扉を開けると、想像以上に静まり返った空間が広がっていた。席の半分以上は空いていて、生徒の数はたった10人ほど。
最前列にはレイブンクローの生徒たちが5人、静かに教科書を広げている。その後ろには、ハッフルパフの生徒が3人、仲良く並んで座っていた。
スリザリンからはセリクスと、顔を見たことはあっても言葉を交わしたことのない女子生徒が1人だけ。そして、グリフィンドールの赤いローブは、どこにも見当たらなかった。
スリザリンの女子生徒が緊張したように顔を赤らめつつ話し掛けようとしたが、セリクスは全く気付かずにハッフルパフの生徒たちが集まっている一角へ歩を進めてしまった。
「セドリック。君もルーン文字を取っていたのか」
「やあ、セリクス。君はいると思ったよ」
セドリックの隣にいた男子生徒が、セリクスの顔を見るなり大袈裟に体を仰け反らせる。
「セ、セド、彼と友達なのかい?」
「あれ? 言ってなかった? セリクスとは親友だよ」
セドリックの朗らかな笑顔に、セリクスは静かに目を細めた。
「へ、へー。あー、初めまして? ミスター・ゴーント。僕はローレンス・フェン。こっちのぽやんとしてるのが、オーウェン・ハニーカット。セドとは同室なんだ」
「初めまして〜」
「ああ」
セリクスは人形のような無表情でそれだけを返した。その
「もしペアを組むなら僕たちは奇数だからさ! セドは彼と組みなよ! じゃっ!」
「終わったらノートの見せ合いっこしようね、セド。じゃね〜」
「あっ……」
セドリックが困惑顔で友人たちを見送る。
「彼ら、どうしたんだろう……?」
「さあな」
セリクスはそのままセドリックの隣に腰を下ろす。少し離れた場所で様子を窺っていたスリザリンの女子生徒が小さく溜息をつき、レイブンクローの生徒たちに混じっていった。レイブンクローの女子がスリザリンの女子の背中を優しくさすってあげている。それは少し珍しい光景だったが、セリクスの視界には入らなかった。
その時、教室の扉が開いて女性教授が入ってきた。
「みなさん、初めまして。私はバスシバ・バブリング」
バブリング教授は40代ほどの小綺麗な魔女だった。黒いローブには汚れもほつれもなく、魔法石らしい石の
「へえ。あなたがミスター・ゴーントね? 先生方から聞いているわ。2年連続の満点超えの首席だって。あら、ミスター・ディゴリーと仲がいいのね」
バブリング教授の目が興味深そうに輝く。
「学年ナンバーワンとナンバーツーが揃って私の授業を取ってくれて嬉しいわ。きっと君たちなら古代ルーン文字の真価に気付けるでしょうね」
教授は上機嫌でセリクスとセドリックを交互に見つめた。セドリックが照れたような表情を見せる横で、セリクスは相変わらずの無表情を貫いていた。教授は全く気にしていなかったが。
◆ ◆ ◆
授業が始まると、セリクスは珍しく羊皮紙を広げ、万年筆で要点を書き取り始めた。バブリング教授の説明は明快で、教科書にない内容も豊富だった。
「では、あなたたち3年生が本日扱うのは"エワズ"のルーン。アングロサクソン式では"エオー"とも読みます。主な意味は"馬"。ですがルーン魔術においてこれは、単なる移動手段ではなく、乗り手と馬との完璧な調和──転じて、"自己制御"や"意志による進展"を象徴します。精神や魔力の"正しい方向付け"が必要な儀式において、欠かせない文字の一つですね」
涼やかな声で教授は説明を続ける。
「ちなみに、魔法史的な文献では……古ノルド語の一部地域では、このルーンを"夢で見る馬"として扱う伝承が残っています。肉体を離れた精神を、迷うことなく目的地へ運ぶ馬。そのため一部の魔法民族では、予知夢や幽体離脱の際の"旅立ちの護符"として、この"エワズ"を額に描く風習があったそうです」
バブリング教授が付け加える。
「あくまで民間伝承の域ですが、試験には出ませんから安心してくださいね」
「……民間伝承か」
セリクスは流麗な筆致で羊皮紙に要点を書き留めながら小さく呟くと、セドリックが微笑んだ。
「でもなんか素敵だよね。夢で馬に乗ってどこかへ──なんて」
45分の授業時間は、あっという間に過ぎ去った。珍しくセリクス的にも満足出来た授業であった。
◆ ◆ ◆
教室を出ると、少し前にいたセドリックが慌てたような顔でセリクスを振り返る。
「ごめん! 次の授業、こっちなんだ! またね、セリクス」
手を振って駆け出していくセドリックを見送り、セリクスは首を僅かに傾げた。セドリックの次の授業とはなんだろう。しかし追い掛けるほどのことでもないと判断し、次の授業へ向かう。
魔法史の教室に向かう途中、向こうからコーウェンが歩いてくるのが見えた。だが、その様子は明らかにおかしい。ヒッグスに支えられ足元が覚束ないようだ。何かあったのだろうか。
「コーウェン、どうした?」
駆け寄ると、コーウェンの薄いブルーの瞳に涙が浮かんでいる。
「何があった。誰にやられた?」
セリクスは冷静を装って問いかけたが、コーウェンは首を横に振るだけだった。すると、困り顔のヒッグスが理由を説明してくれた。
「占い学の先生に死の予言をされたんだ」
「コーウェンが?」
「いや、ハッフルパフのディゴリー。『彼、近いうちに死にますよー』ってさ」
横からモンタギューが苦笑混じりに補足する。
「それ聞いてセルウィンが動揺しちゃってさ。俺たちは気にすんなって言ったんだけど……」
「セリクス、どうしよう……。セドが死んじゃったら僕やだよ……」
「死なない。私が死なせない」
セリクスの断言に、コーウェンの表情が少し和らぐ。
「本当?」
「私が嘘をついたことがあるか?」
「……ない」
「よし。……占いは未来のいく筋のひとつを示すだけだ」
「うん……。そうだよね……」
モンタギューが割って入る。
「だから、そうだって! セルウィンは気にしすぎ! ディゴリー本人はケロッとしてたじゃねーか!」
その何気ない一言に、セリクスの表情が凍りついた。
「待て。セドリックがいたのか? 占い学に?」
「あー、そうだよ。それがどうかしたか?」
「いや……」
セリクスの内心に混乱が広がる。さっきまで一緒にいたセドリックが、別の教室に現れた──そんなことはありえない。
(分身の魔法など存在しない。では……)
しかし深く考えている余裕はなかった。魔法史の授業が始まる。セリクスはコーウェンを伴い、教室に入った。
◆ ◆ ◆
魔法史の教室でビンズ教授が黒板をすり抜けて現れる前に、セリクスはコーウェンから占い学の詳細を聞き出していた。
「トレローニー先生は変な人だったよ。フリント先輩の言う通りだった。暑いくらい
少し持ち直したコーウェンがクスッと笑う。
「残った茶葉の形を見て占うんだ。僕は、うーんあれはなんだったんだろう? なんか大きい翼の鳥? あと棒っぽいもの。でもよく分からないや」
コーウェンが腕を組んで考え込む。
「僕は人数の関係で他寮のセドと組んで、セドの紅茶カップを見てたんだ。そしたら先生が来て僕が見てたカップを取り上げて、急に『こ、これは!』とか言い出してさ」
「それで?」
「『これは
コーウェンの声が震える。
「僕、『セドが死ぬなんて嘘だ!』って反抗しちゃった。そしたら先生が、心底気の毒そうな顔をして……。それでなんか、余計に怖くなっちゃって……」
「さっきも言ったが、占いは絶対じゃない。君の目には死神犬が見えなかった。それが事実だ。なら、セドリックは死なない」
セリクスが背中をさすってやると、コーウェンは小さく頷いた。
丁度その時、ビンズ教授が黒板をすり抜けて登場した。生徒の出欠も取らずにいつも通り教科書の朗読を始める。しかしセリクスの頭には、コーウェンが見たという大きな翼の鳥と棒、そしてセドリックが同時に2箇所にいたという謎で満ちていた。
単調な魔法史の講義を聞き流しながら、セリクスの鋭い知性は静かに謎の解明へと向かっていく───
◆ ◆ ◆
権力の影
朝食が終わり、次の授業までの間、セリクスとコーウェンは一旦スリザリン談話室へと戻った。湖底から差し込む緑がかった光が石壁をゆるやかに揺らし、重厚な調度品が落ち着いた陰影を作り出している。
窓辺のソファに腰掛けたコーウェンが、テーブルに置かれたセリクスのノートに目を留める。
「これ、ルーン文字? 前から気になってたんだけど……。すごく難しそうだよね」
「慣れればそうでもない。これは"ケン"という文字。松明、情熱、暖かさを象徴する。形は不等号のようだが」
そう言ってセリクスは万年筆で紙の上に流れるように線を描いてみせる。煌めく藍色のインクが羊皮紙の上を踊った。
「ルーン文字は1つ1つに意味がある。魔法の詠唱よりも"意志のかたち"に近い。呪文は力を借りる手段だが、ルーンは"意味そのもの"に触れる技術だ。だから、少しだけ静かな心が要る」
「意味そのもの……。君が好きそうな学問だね」
コーウェンが静かに呟く。
その時だった。勢いよく開かれた談話室の扉から、足音荒く飛び込んできた数人の1年生たちがいた。ドラコ・マルフォイ、クラッブ、ゴイル、そしてパンジー・パーキンソン。特にドラコの頬は怒りで紅潮し、プラチナブロンドの髪が乱れている。
「どうして退学になってないんだ!」
ドラコの声が石壁に反響する。
「そうよ! しかも1年生でシーカー? ありえないわ!」
「セリクス、聞いてくれよ!」
セリクスは静かに目だけを向けて続きを促す。
「あのポッターが1年生でクィディッチのシーカーになったらしい! しかも僕と夜中の決闘の約束をしたのにすっぽかして、のうのうと朝食を食べていた」
ドラコの言葉に、セリクスは眉を更にしかめた。夜中の決闘など、愚の骨頂以外の何物でもない。
「1年生は選手になれないルールなのに! ずるいわ! あいつがなれるならドラコだっていいじゃない!」
パーキンソンが唾を飛ばしながら割り込む。その騒音に、セリクスは返答する気も失せた。パーキンソンはセオドールの言った通りの人物らしい──つまり騒音そのものということだ。セリクスの不機嫌を察知したコーウェンが気を利かせて口を開く。
「ポッターって、あの……ハリー・ポッター? 本当に1年生でもいいの? 校長先生やフーチ先生が許可したの?」
セリクスではなくコーウェンが返答したことに、ドラコは一瞬鼻白んだ。しかし、すぐに思い出したように忌々しそうに顔を歪める。
「グリフィンドールにはろくなシーカーがいなかったらしい。マクゴナガルがポッターの才能に惚れ込んで、無理やりねじ込んだそうだ」
「ほんと、あの寮ってルールなんてあってないようなものよね! 規則を破ってこそ誇り、って顔してるんだわ!」
パーキンソンの叫ぶような声には
「ポッターがクィディッチ選手になろうがなるまいが、ドラコには関係ないだろう。スリザリンには既にシーカーがいる」
そう淡々と答えながら、セリクスはヒッグスの顔を思い浮かべる。他寮と較べてもなかなかの技量があるはずだ。しかし、ドラコは意地悪く笑った。
「テレンス・ヒッグスだろう? 聖28一族でもないし、家柄も大したことない。父上に頼めば、そんなのどうとでもなるさ」
「さすがはルシウス様だわ! 頼りになるのね! すぐお手紙を書きましょうよ!」
パーキンソンが媚びるように追従する。その様子に、セリクスの嫌悪感は頂点に達した。
初めて会った頃のドラコには、まだ純粋さと可愛げがあった。しかし、この2年間で随分と性格が歪んだらしい。権力を笠に着た横暴さが、鼻についてならない。
───もういい。
セリクスは内心でそう呟き、面倒事を手早く片付けることにした。
「お前たち、次の授業は薬草学じゃなかったか? 温室までは遠い。そろそろ向かった方がいい」
「あっ、本当だ。セリクス、ありがとう!」
4人の1年生たちは慌てて騒ぎながら談話室を後にした。静けさが戻ると、セリクスとコーウェンは同時に深く溜息をつく。時間的には大したことはないが、精神的疲労がすごい。
その時、たった今空いたばかりのソファにぽすんと誰かが腰を下ろした。
「聞こえてた。なに? 僕、交代させられるの? しかも"権力"で? なにそれ……」
現れたのは、顔色の悪いテレンス・ヒッグスだった。普段の
「……あいつ、知ってる。ドラコ・マルフォイ。有名だもんな。親は聖28一族のルシウス・マルフォイ。しかもホグワーツの理事だ……」
「ヒッグス」
止めるように短く呼び掛けると、ヒッグスははっとして口を閉ざした。唇を噛み締めるようにして、俯いたままセリクスの言葉を待っている。
「フリント先輩は能力主義者だ。ドラコが飛行技術でお前を上回らない限り、心配する必要はない。
セリクスの言葉には、静かな確信と僅かな慰めらしきものが込められていた。
「……でも、分からないじゃないか。キャプテンも聖28一族だし……。マルフォイ家には逆らえないかもしれない」
ヒッグスの声が更に小さくなる。いつもの明るさは完全に影を潜めていた。
セリクスは再び溜息をつくと、少し考え込んだ後、静かに唇を開いた。
「もし、そうなったら──マルフォイ卿には私から手紙を出す。これでいいか?」
ヒッグスの目が見開かれた。純血名家ゴーント家嫡男のセリクスが、ルシウス・マルフォイに手紙を出す。それがどういった意味なのか、貴族でもないヒッグスでも
「……うん。ゴーント、すまない」
感謝と罪悪感が入り混じった目でヒッグスがこちらを見る。セリクスは静かにそれを受け止めた。
「私にはクィディッチの魅力は分からない。だが、そこまで情熱を懸けられるものがあること自体、良いことだと思う」
「……?」
セリクスの静かな言葉に、ヒッグスは意味が
「今年、全試合でスニッチを奪ってみせろ。そうすれば、マルフォイ卿も文句は言えまい」
───沈黙。
次の瞬間、ヒッグスとコーウェンが同時に目を丸くする。
「……もしかして、それって……応援してくれるってこと?」
「セドリックの次に応援してやってもいい」
セリクスの返答に、ヒッグスが大袈裟に顔を歪めた。
「またハッフルパフのディゴリーかよ!」
「セリクスって全然ブレないよね……。そこは嘘でもヒッグスを応援してあげればいいのに」
コーウェンの苦笑に、セリクスは無言のまま肩をすくめた。
だが、その他愛ない会話が、ヒッグスの表情をいくらか明るくさせたのは確かだった。
「ありがとうな、ゴーント。次、魔法生物飼育学だろう? 僕もなんだ。一緒に行こう」
「ああ」
3人は立ち上がる。湖底から差し込む光が、彼らの影を長く石床に落としていた。談話室を後にする足音は、先程の騒音とは対照的に、静かで穏やかなものだった。
【あとがき】
原作でのセドリックの選択科目って、一体なんなんでしょうね? なんとなく魔法生物飼育学は取ってそうなイメージですが。
選択科目の選び方によっては、ハーマイオニーみたいに全科目選択しなくてもどこかで授業が被ったりしそうです。ローリング先生もそこまでは考えなかったのかな?
マクゴナガル教授によると、トレローニー教授は毎年1人の生徒に「死の予言」をしているそうです。今年の被害者はセドリック。きっとそれを聞いたら「今年もですか……」とマクゴナガル教授は溜息をついていそうです(笑)
一応スリザリン5人組の選択科目も考えてはいますが、使いどころがあんまりなさそうです。あ、ロジャーのを考えるの忘れてた……(ノ≧ڡ≦)
古代ルーン文字学の授業シーンのために、ルーン文字をめちゃくちゃ調べました。すごい大変だったので途中で「自分アホなんかな……」と呆れたり。ちなみに「魔法史学的な〜」以降は私の創作です。あしからずご了承ください(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)”ペコリ
原作におけるテレンス・ヒッグスって、学年が明記されてないんですよね。はっきりしてるのはハリーよりは年上ってだけ。スリ末ではセリクスの同級生を増やすために、ヒッグスも同学年にしちゃいました(˶ᐢωᐢ˶)
原作では『秘密の部屋』編で卒業したのかドラコに権力で蹴落とされたのか判然としませんが、こちらでは権力の蹴落としはなさそうです。というかセリクスが許しません。
原作のドラコは普通にクソガキですよね。特に低学年のうちは。セリクスは傲慢なガキは嫌いなので、2人の関係はどうなっちゃうのか心配です(作者のくせに( ̄▽ ̄;))