スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~   作:如月斎

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第3章 第16話 疲労と癒しの日々

 

疲労と癒しの日々

 

それからの約1ヶ月ほどは、中々に忙しい日々だった。

 

ただでさえ選択科目が人より多く、特に『古代ルーン文字学』と『数占い学』のレポートの数が膨大(ぼうだい)だった。どんなに迷いなく筆を進めても、そこそこの時間は取られることになった。

 

更に厄介だったのは、3年生に進級したことで格段に授業内容のレベルが上がり、モンタギューとワリントンにレポートの助言を求められ──正確には、すがり付かれて──やらざるを得なくなったことだ。

 

2人とも体格は立派だが、学業面では相変わらず頼りない。特に『魔法薬学』のレポートでは、基本的な材料の性質すら理解していないありさまで、セリクスは内心溜息をつきながら指導を続けていた。

 

そうした多忙な日々の合間を縫って、セリクスはさり気なくクィレルの様子を監視していた。しかし、おどおどした態度とは裏腹に、彼は想像以上に用心深く警戒心が強かった。

 

授業後はすぐに教室から立ち去り、廊下では常に周囲を警戒している。食事の時間も一定しておらず、大広間にいない日の方が多い。他の教授との会話を避け、仲のいい同僚などはいないようだ。ターバンを絶対に外さず、頭痛薬を頻繁(ひんぱん)に飲んでいるらしい。生徒の質問にも表面的な答えしか返さず、深い魔法理論には決して触れたがらない。

 

どう見ても怪しいくらい挙動不審なのに、生徒のほとんどが違和感を抱いていないらしい。それこそが最大の違和感だった。

 

(まるで影のように生きている。あれでは正体など(つか)めるはずがない)

 

セリクスは内心で苛立ちを覚えながら、観察を続けていた。

 

(おどおどした態度は演技で、実際は相当な手練れだ。生徒たちが何の疑問も抱かないのが一番の謎だ)

 

これ以上表面的な観察を続けても、得られるものは少ないだろう。次は別のアプローチが必要だ。クィレルの行動パターンを詳細に記録し、彼が1人になる瞬間を狙うか、それとも───

 

(まだ時期尚早かもしれないが、直接対話を試みる手もある。……危険だが)

 

一方で、スネイプ教授からダンブルドアに先の一件の報告が行ったらしく、校長との遭遇は毎回が精神的な戦場と化していた。廊下ですれ違う度に、静かな開心術と閉心術の応酬が始まる。表面上は穏やかな挨拶を交わしているだけだが、その裏では激しい探り合いが繰り広げられていた。

 

目の奥を冷たい針で探られるような感覚。意識の深層に何者かが侵入しようとする不快な圧迫感。セリクスは必死に精神の壁を築き上げ、重要な記憶を奥底に隠していた。

 

これは想像以上に精神的な疲労とストレスを生んだ。セリクスは何もしていない"つもり"なのに──せいぜい好奇心から調べているだけなのに──と理不尽さを感じていた。

 

さらに、1週間に1、2回は深夜に三頭犬の元へ通い、餌付けして懐柔(かいじゅう)を試みている。今のところは順調にいっているが、それも寝不足の一因となっていた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

その夜も、セリクスは4階の廊下の扉を《アロホモラ(解錠呪文)》で開けて静かに中へ入った。目くらましの魔法を解くと、すぐ目の前に三頭犬がやってきていた。もうセリクスの匂いや気配を覚えているのかもしれない。

 

「ケルベロスよ。今夜も肉を持ってきた。……Sit.(座れ)

 

三頭犬が尻尾を激しく振りながらお座りした。その様子は、もはや凶暴な地獄の番犬というよりも、大型犬そのものだった。

 

セリクスは大きな塊肉を鞄から3つ出すと、三頭犬の前に置いた。

 

Stay(待て)……」

 

しばらく待てをさせる。三頭犬の3つの口から粘ついた(よだれ)が垂れ落ちた。セリクスはすかさず小瓶を取り出し、その涎を回収する。三頭犬の涎は希少な魔法薬の材料になるのだ。

 

Free.(よし)

 

3つの頭が一斉に塊肉に齧り付く。がつがつと音を立てて食べる様子を見ながら、セリクスは「Good boy.(いい子だ)」と褒めてやった。

 

食事が終わると、魔法で浮かせたブラシを使ってブラッシングしてやる。勿論可愛がるためではなく、三頭犬の毛を採取するためだ。それでも、ブラシをかけられて気持ち良さそうにする三頭犬を見ていると、少しだけ心が和んだ。

 

最近は扉の中まで入っても、とんと威嚇(いかく)してこなくなった。それどころか、三頭犬はヘソ天でセリクスに甘えようとしてくる。しかし、あまり手入れはされていないようで少し臭うため、セリクスは会う度に《スコージファイ(洗浄呪文)》をかけてやった。

 

ついでに長く伸びた爪を《ディフィンド(切断呪文)》で切り、これも先程とは違う瓶に詰める。三頭犬の爪も、護身用のアイテム作成に使える。

 

今日の三頭犬へのルーティンが終わったので、目くらましを掛け直し、寮へ戻って就寝した。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

週末の午後。

 

多忙と寝不足も相まって、最近のセリクスは少し疲れていた。癒しは暇を見つけては、コーウェンと行うお茶会くらいだ。

 

スリザリンの談話室の一角──窓辺のそばのソファとローテーブル──で、いつものようにティーセットが用意されている。緑がかった湖底の光が差し込む中、香り高い紅茶の湯気がゆらゆらと立ち上がっていた。

 

「今日はアールグレイにしたよ。最近疲れてそうだから、リラックス効果のある茶葉を選んでみた」

 

コーウェンが気遣わしげにティーポットを傾ける。確かに、ベルガモットの香りが心地良く鼻をくすぐった。

 

「ありがとう」

 

セリクスが素直に礼を言ったとき、談話室の入口から遠慮がちに声をかける者がいた。

 

「あの……セリクス先輩」

 

振り返ると、セオドール・ノットが所在なさげに立っている。セリクスと目が合うと、途端に表情を明るくした。

 

「セオドール、どうした?」

「もしよろしければ、僕も……」

「勿論だ。座れ」

 

セオドールが嬉しそうに席に着くと、今度は別の方向から小さな足音が聞こえてきた。

 

「あの……」

 

今度は1年生の少女だった。ブロンドの髪を丁寧に結い上げ、緊張した面持ちでこちらを見ている。

 

セリクスは彼女を最近認識したばかりだった。この前、彼女が失くし物をして困り果てていたので、《アクシオ(引き寄せ呪文)》で引き寄せて渡してやってから、度々挨拶されるようになったのだ。あの時、半泣きで(うつむ)いていた顔を思い出す。今は緊張しているが、その瞳には感謝の気持ちが宿っていた。

 

「グリーングラス嬢だったな。どうした?」

「も、もしよろしければ……私もお茶会に参加させていただけませんでしょうか?」

 

おずおずと遠慮がちに申し出る少女に、セリクスは頷いた。

 

「構わない。座りたまえ」

 

グリーングラス嬢──ダフネが安堵の表情を浮かべて席に着く。セリクスは父から叩き込まれたレディファーストの作法に従い、真っ先に彼女へティーカップを差し出した。

 

「グリーングラス嬢。紅茶はアールグレイで良かったかな?」

 

予想外の行動だったのか、コーウェンとセオドールの瞳がまん丸に見開かれた。普段のセリクスなら、年長者から順に紅茶を注ぐからだ。

 

「は、はい。ありがとうございます……」

 

顔を真っ赤にさせたダフネは、慎重にティーカップを受け取った。

 

グリーングラス家は、聖28一族の一角に数えられる名家だ。しかし、女性は『血の呪い』が発症することが多いらしく、不遇の一族でもあった。彼女の妹もそうだと聞いたことがある。

 

「セリクス様。この前はありがとうございました。あのハンカチは妹のアストリアが刺繍してくれたもので、私の宝物なんです」

 

控えめな笑みを(たた)え、感謝を述べるダフネ。その声には、心からの感謝が込められていた。

 

「礼には及ばない。《アクシオ》はそこまで難しい呪文ではない。君も覚えればいい」

「セリクスはそう言うけどね。それだって4年生が習う呪文だからね。ミス・グリーングラスも無理しなくていいよ」

 

呆れた調子でコーウェンが言った。

 

「いえ。セリクス様がそう仰るのであれば、精進いたしますわ」

 

貴族子女のお手本になりそうな綺麗な笑顔で意気込むダフネに、セリクスは少し首を傾げた。

 

「《アクシオ》とはそんなに難しいか? 私は入学前から出来たがな。……最近は杖が武装解除された場合を想定して、杖を《アクシオ》出来るように練習している」

 

この発言に、コーウェンもセオドールもダフネも、揃って口をぽかんと開けてしまった。

 

「セリクス先輩。本当にすごいです……」

 

セオドールの瞳が感動のあまり、いっそ潤んできた。

 

「……杖無し魔法? 君どんだけ規格外なの? 大人でもほとんど出来ないやつだよね」

 

コーウェンは絶句した後、やっとそれだけを言った。

 

「さすがですわ、セリクス様。私も杖無しアクシオ、練習してみますわ」

 

目を輝かせるダフネを見て、コーウェンは頭を抱えた。

 

「大変だ。セリクスのせいで、1年生の先輩に対するハードルがどんどん高くなっていく……」

 

コーウェンの嘆きに、ダフネは申し訳なさそうに俯きながらも、その瞳には諦めるつもりなど微塵(みじん)もない光が宿っていた。

 

しばらく静寂が流れた後、セオドールが遠慮がちに口を開いた。

 

「そういえば、もうすぐホグズミードの時期になりますね」

「うん、そうなんだ。僕はホグズミード自体初めてだから楽しみだよ」

 

コーウェンが紅茶を一口含みながら答える。アールグレイの香りが鼻腔をくすぐり、肩の力が少し抜けた。

 

「……あれ? お2人とも、10月末に行かなかったんですか?」

「ああ、それがね……。本当は10月末に行く予定だったんだけど、ホグズミードで魔法生物の侵入事件があってね。誰かが飼っていたズーウーが檻から逃げ出して、大騒ぎになったらしいよ。幸い怪我人は出なかったけど、村全体が検査と修復で立ち入り禁止になってしまったって……。それで延期になったんだ」

「……そうだったな」

 

セリクスの短い相槌に、紅茶の湯気が揺らめいた。セオドールがそんなセリクスを見つめながら首を傾げた。

 

「そんな大事件、なんで知らなかったんでしょう……? 噂になってもおかしくないのに」

「ちょうどトロール事件と同日だったからな。上書きされてしまったんだろう」

「あぁ、なるほど」

 

納得したように頷いたセオドールが続けて発言した。

 

「セリクス先輩も初めてですか? どちらに行かれるご予定で?」

「私も初めてだ。何があるんだったか……」

 

セリクスがティーカップを置く音が、静かに響く。

 

「『文房具店』には行こうと思っている」

「『文房具店』は僕も行きたい!」

 

コーウェンが身を乗り出すように言った。セリクスと一緒に行ける場所があることに、心の奥で小さな安堵を覚える。

 

「あとは、『ハニーデュークス』? 色んなお菓子買い込みたいし、『三本の箒』でバタービールも飲んでみたいな。セドリックは『クィディッチ用品店』も行きたがりそう!」

 

セドリックの名前を出した瞬間、セオドールの表情が僅かに変わった。眉がほんの少し寄せられ、興味深そうに首を傾げる。

 

「セドリック? どちら様です?」

「ハッフルパフのセドリック・ディゴリー。クィディッチのシーカーで、昨年度の学年2位だ」

「へえ……」

 

短い相槌の後、セオドールの視線がセリクスに戻る。

 

「それより、僕は1年生でまだ行けないので、何かお土産をいただけませんか? もちろん、無理にとは言いませんが……」

「ああ。何かリクエストはあるか?」

 

セリクスの返答は素っ気なかったが、断らなかったことにセオドールの表情が明るくなった。

 

「セリクス先輩がくださるものなら、なんでも」

 

その言葉に込められた意味を、コーウェンは敏感に察知していた。ティーカップを持つ手に、僅かに力が入る。

 

「あの……」

 

今度はダフネが、頬を薄紅色に染めながら口を開いた。

 

「厚かましいかもしれませんが、私も欲しいです……。ほんとに、ほんとになんでもいいので……。ご迷惑じゃなければ……」

 

その声は震えていたが、意志の強さを感じさせた。蜂蜜色の瞳が恥ずかしそうに伏せられ、長い睫毛が影を作る。

 

「分かった。楽しみにしておけ」

 

セリクスの言葉に、セオドールとダフネの顔が同時にほころんだ。

 

他愛もない会話と香り高い紅茶が、セリクスの疲れた心を静かに解きほぐしていく。クィレルの件やダンブルドアとの応酬で溜まったストレスも、こうした穏やかな時間の中では忘れることが出来た。

 

湖底から差し込む緑の光に包まれた談話室で、4人は夕暮れまでゆっくりとお茶を楽しんだ。セリクスにとって、それは貴重な癒しの時間だった。

 

 

 

 

 




【あとがき】
巨大な地獄の番犬もセリクスにかかれば従順なわんちゃんになってしまいます。原作には描写はありませんでしたが、ハグリッドはたまには外に連れ出して散歩とかさせてたんですかね?閉じ込めっぱなしは可哀想だな……と思いながら書いてました。まあ、もし本当に散歩させていたら生徒は大パニックでしょうけどね( ̄▽ ̄;)

✦ 新キャラクター:ダフネ・グリーングラス
原作に名前だけ登場するスリザリン生、ダフネが登場です! 原作ファンにはお馴染みかもしれませんが、彼女はドラコの未来の妻、アストリアの実姉にあたります。ブロンドヘアに蜂蜜色の瞳はオリジナル設定ですけどね。「清楚な美少女なのに、グリフィンドール生には信じられないくらい辛辣」という、スリザリンらしいギャップを詰め込んでみました( ´艸`)ちなみに、作中ではパンジーやミリセントと仲良し3人組として活動しています。
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