スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~   作:如月斎

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第3章 番外編 トレバーの小さな大冒険

 

トレバーの小さな大冒険

 

グリフィンドール寮の談話室では、暖炉(だんろ)の火がパチパチと音を立てて燃えている。薪の香ばしい匂いが漂う中、丸いクッションの上で小さなヒキガエルが困り果てていた。トレバーは自分のまん丸いぷくぷくの自慢のお腹を見下ろした。その途端、トレバーのお腹が小さく「ぐるるる」と鳴った。

 

──お腹空いたなぁ……。

 

湿った鼻先をひくひくと動かしながら、トレバーは辺りを見回す。いつものお世話係──ネビルは、また羽根ペンを持って羊皮紙に向かって頭を抱えていた。たまに溜息をついたり、髪の毛をくしゃくしゃと掻き回したりしている。

 

──またなんか変なことしてる。僕のご飯のこと忘れてるよね。僕のご飯の方が絶対大事なのに!

 

トレバーは諦めにも似た溜息をついた。小さな胸が上下に動き、温かい空気が鼻孔を通り抜けていく。

 

お世話係はいつもそうなのだ。おどおどキョロキョロして、落ち着きがない。優しいことは分かっているのだが、どうにも注意力が散漫で、トレバーのお世話を忘れがちだった。そういう時は猛アピールすることが大事だ。

 

試しに、ネビルの膝の上にぴょんと飛び移ってみる。

 

「うわっ、トレバー?」

 

ネビルが驚いたように見下ろしてきたが、すぐにまた羊皮紙に視線を戻してしまった。トレバーはむっとして喉をぷーっと膨らませた。

 

──やっぱり気付いてくれない……。

 

今度は思い切って、ネビルの頭の上に飛び移る。柔らかな髪が足の裏に触れ、ほんのり温かい。ちなみにこの湿った土みたいな色の髪の毛は、トレバーのお気に入りだったりする。はむっと食べると、ネビルがあわあわと慌てるのが面白いのだ──美味しくはないけれど。

 

「あ、あれ? トレバー、どうしたんだい?」

 

ネビルの声は困惑しているが、相変わらず手元から目を離さない。

 

──お腹空いたよって言ってるのに……。

 

トレバーは小さく「ゲコッ」と鳴いてみたが、ネビルは「そうそう、いい子だね」と適当な生返事をするだけだった。目線は羊皮紙のままだ。トレバーはまた「むむむー」となり、頭の上でしばらくぴょんぴょんと跳ねてみた。しかしやはりネビルは反応を返してくれない。

 

──これでもダメか……。それなら最終手段だ! 喰らえ!

 

トレバーは必殺技を繰り出すことにした。いや、ヒキガエルの本当の必殺技──毒液の噴射だ──を繰り出したら、最悪ネビルが死ぬ可能性すらあるが。それではなく、ネビルの頭から膝へと飛び降りたトレバーは、ネビルのお腹に向かって思い切り後ろ足でキックを繰り出した。

 

—ぽよん、ぽよん—

 

残念ながらトレバーの渾身のキックは、ネビルに微かな痛みすら与えることは出来なかったようだ。ネビルは蹴られたお腹をぽりぽりと掻くと、また羽根ペンを握って羊皮紙に何かを書き殴り始めた。

 

仕方ない。自分でご飯を探しに行くしかない。

 

トレバーはネビルの膝から談話室の床へと飛び降りた。石の床がひんやりと足の裏に触れ、思わず身震いする。ぷるぷる。

 

──さあ、大冒険の始まりだ。僕はトレバー、ヒキガエル界の偉大なる冒険者なり! 皆の者、行くぞぉ!

 

—ペッタン、ペッタン—

 

トレバーの得意技──ジャンプによる移動が始まった。後ろ足でぐっと踏み切り、前足で着地を受け止める。石の床は固くて冷たいが、慣れ親しんだリズムが心地よい。

 

—ペッタン、ペッタン—

 

談話室を出て、廊下へと向かう。ここは本当に広すぎる。トレバーのような小さな体には、まるで無限に続く石の荒野のようだった。しかも、草も虫もほとんどいない。

 

──うーむ。コオロギの鳴き声すら聞こえないや。

 

廊下の向こうから、生徒たちの笑い声が聞こえてくる。大きな足音が近付いてくるたびに、トレバーは慌てて石の隙間に身を隠した。踏み潰されてはたまらない。

 

—ペッタン、ペッタン—

 

長い廊下を抜け、階段を見つけて慎重に降りていく。階段は危険すぎる。一段一段が、トレバーの体長ほどもあるのだから。全身を使って一生懸命に階段を下りていくと、見覚えのある顔を見つけた。トレバーはいやーな気持ちになって、咄嗟に影に身を(ひそ)ませた。きんきらきんの髪の毛の偉そうな男の子。トレバーの大事なお世話係をよくいじめているやつだ。トレバーはまた何回も喉を精一杯膨らませる。ぷくぷくぷー。

 

──嫌いだ嫌いだ。早くあっち行け! じゃないとひどいぞ!

 

幸いきんきらきんの男の子は小さいトレバーには全く気付かず、図体の大きいやつと一緒に馬鹿笑いしながら去っていった。トレバーは気を取り直してまた先を急ぐ。空腹も限界に近いのだ。目指すは外だ!

 

あと少しで中庭というところで、またトレバーが知っている顔を見つけた。今度はつぶらな瞳を輝かせて近寄る。くしゃくしゃの真っ黒けっけの髪の毛。ネビルと同じくらいの身長だけど、ネビルよりひょろひょろの体。確か、ハリーと呼ばれていた気がする。

 

──ハリー、ハリー、こんにちわ! ご飯持ってない?

 

「ゲコゲコッ」

「ん? なんかカエルの声がする……」

 

──ここ! ここ! 君の足元!

 

「ゲコッ!!」

「──あっ! トレバーか。びっくりした。踏んじゃうところだったよ。こんなとこで何してるんだい? またお散歩?」

「ハリー、何やってるんだい? 早く行こうよ」

「あっ、ロン。トレバーが……」

「いつもの散歩だろ? そのうちネビルが迎えに来るって。早く行くよ。間に合わなくなる」

「う、うん……」

 

ハリーはそのままロンというやつに背中を押されて、トレバーの前からいなくなってしまった。

 

──そ、そんなぁ……。

 

トレバーはほんの少しの間、しょんぼりと俯いた。しかしそんなことをしていても、腹が膨れる訳ではない。気を取り直すと、またペッタンペッタンと進むことにした。

 

やがて、鼻先に土の匂いが漂ってきた。

 

──あ、やっと外だ! やったー! 虫どこかな。ここかな。あそこかな。ふんふんふん。

 

中庭に出ると、久しぶりの自然の香りがトレバーを包み込んだ。トレバーは俄然張り切り、草を掻き分けて虫を探し始めた。湿った土の匂い、青草の香り、そして微かに虫たちの気配。

 

でも、それだけではなかった。

 

──ん? なんか良い匂い……。

 

ご飯の匂いではない。でも、とても心地よい香りが風に乗って流れてくる。春の森のような、清涼感のある匂い。トレバーの本能が、その匂いに引き寄せられた。

 

—ペッタン、ペッタン—

 

匂いを辿って進んでいくと、木のベンチが見えてきた。そこに人間が1人座っている。

 

──あ、前に乗ったことがある人間だ。

 

お日様に当たってキラキラ光る髪。トレバーの好きな葉っぱ色の瞳。トレバーは瞬時に思い出した。この人間に会うと、いつも良いことがある。

 

実は、トレバーはこの人間に会ったら、絶対に頭に乗ることに決めていた。ここが一番見晴らしが良いし、何より居心地が良いのだ。迷わず、ベンチに向かって大きくジャンプする。

 

—ぴょーんっ──ぼふっ—

 

柔らかな髪に着地成功。ほどよい温もりと、あの心地よい匂いに包まれて、トレバーは満足そうに身を落ち着けた。短い手足を腹の下に折り畳んで、目をつむる。

 

──よし、これでいい。ふふん。ぬくぬく。

 

「なんだ?」

 

低くて落ち着いた声が響く。驚いている様子はないが、どこか呆れたような響きがある。

 

「──ぶふぅっ。セ、セリクス。またネビルくんのトレバーだよ」

 

別の声が聞こえた。トレバーの死角にもう1人、人間がいたらしい。なんだか笑っているようだが、何が面白いのだろう。

 

──僕を見て笑うって、失礼だなぁ。格好いいでしょ? こう見えて僕、結構モテるんだよ?

 

「またお前か。どうしていつも私の頭に乗るんだ?」

 

セリクスという名前らしい人間の声に、トレバーは精一杯答えようとした。

 

──そこに頭があるからさ。それより僕、お腹空いたんだけど、ご飯持ってない?

 

「ゲコッ」

 

気持ちを込めて鳴いてみる。お腹の虫がまた、「ぐるる」と小さく鳴いた。

 

「──もしかして腹が減ったのか?」

 

おお、さすがだ。この人間は他の人間とは違う。ちゃんと理解してくれる。トレバーは途端に気分が上向いた。

 

──そうそう! 僕、ピョンピョン跳ねるコオロギやバッタがいいな。いや、ジューシーなミミズもいいし、ぷにぷにのイモムシも捨てがたいぞ……!

 

「ゲコゲコッ」

 

今度は少し長めに鳴いて、自分の要求を伝えようとした。

 

「フクロウフーズか生の鶏肉ならあるが」

 

ふくろうふーず? とりにく? トレバーは首を傾げた。食べたことはないが、悪くはなさそうだ。おかしなものを食べたら体調を崩すという概念が、トレバーには薄かった。きっとここにネビルがいたら、血相を変えてあわあわしたことだろう。

 

「いや、逆になんでそれ持ってるの? ていうか、飼い主に許可取らないで勝手にあげていいの? 合わない物あげて、もし体調を崩しちゃったらどうするの」

 

もう1人の人間が心配そうに言う。余計なことを言わないでほしい。トレバーが拾い食いしても怒るようなお世話係ではない──トレバーの勝手な思い込みである。

 

「確かに」

 

セリクスが立ち上がった。トレバーは頭に乗ったまま、ゆらゆらと揺れる。高いところから見る景色は新鮮で、普段とは違う世界が広がっていた。

 

──もうネビルのところに戻されるのかな? とりにく貰えなかったー。残念。

 

少し悲しいが、仕方ない。セリクスの歩調は安定していて、頭の上は意外に快適だった。温かくて、心地よい匂いに包まれて、トレバーは小さく目を細める。

 

──うーん。極楽、極楽。

 

石の廊下を歩きながら、トレバーは今日の冒険を振り返った。お腹は空いたままだが、楽しい経験が出来た。セリクスの頭の上は、談話室のクッションよりもずっと居心地が良い。

 

—タップン、タップン、ぷにっぷにっ—

 

歩調に合わせて、小さな体が上下に揺れる。トレバーのぷくぷくのお腹が、セリクスの頭の上で揺れている。まるで雲の上を散歩しているようだった。

 

やがてグリフィンドール寮のそばまで来ると、トレバーは小さく溜息をついた。

 

──僕の短い大冒険は、こうして終わったのだった。ちゃんちゃん。

 

でも心の奥で、また明日も冒険に出掛けようと密かに計画していた。今度はもう少し遠くまで行けるかもしれない。そして、またセリクスに会えるかもしれない。

 

小さなヒキガエルの胸の奥で、次の冒険への期待が静かに膨らんでいた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

──あ、ネビルだ。

 

トレバーのお世話係は、やっと談話室内にトレバーがいないことに気が付いたらしい。太ったレディの肖像画がパカッと開いて、中の穴からネビルが慌てた様子で出てきた。下を向いてトレバーを探しているようだ。

 

「ゲコッ」

 

トレバーが一鳴きすると、下ばかり見ていたネビルがやっと顔を上げた。向かいに立っていたスリザリンの上級生を見て「ヒッ」と頬を引き()らせている。一瞬にして顔が蒼褪めてしまっていた。

 

「探しているカエルだ」

 

セリクスがいつぞやと似たようなセリフと共にトレバーを差し出したが、ネビルは《ペトリフィカス・トタルス(全身石化呪文)》でも掛けられたかのように硬直して、トレバーを受け取ろうとしない。

 

セリクスが僅かに首を傾げた。セリクスの手のひらの上で、トレバーも同じ方向に首を傾げる。何故かネビルは真っ青になっていた。

 

──ネビルどうしたの? ご飯持ってきてくれた?

 

「ゲコゲコッ」

 

トレバーがもう二鳴きして、ようやく全身金縛りの術から抜け出せたらしいネビルが、やっとの様子でトレバーを受け取った。

 

「……あ、ありがとう……ございます……」

「いや……。カエルはどうやら空腹らしい。餌をやってやれ」

「えっ……!? だからいなくなってたの? ごめんよ、トレバー」

 

ネビルが慌てた様子でトレバーを見下ろして言った。

 

──そうそう。早くバッタちょうだい。

 

トレバーとネビルが今度こそ意思疎通を図っている間に、セリクスはさっさと去ってしまっていた。でもトレバーは別に寂しくはなかった。一番大好きなお世話係の手のひらに包まれて、ご飯さえ食べられたなら不安なことは何一つないのだから。

 

──それにまた明日も会えるしね。なにせ僕は偉大なる冒険者なのだから!

 

「ゲコッ!」

 

トレバーはそう言って、ご機嫌な様子で一鳴きしたのだった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「トレバー、本当に勘弁してくれよ……。どうしていつもいつも、"スリザリンの蛇の王子様"のところに行くの……。君は僕の胃に穴を開けたいの……?」

 

先程の出来事で、寿命が3年は縮んだネビルは、ぶつぶつとトレバーに向かって小言を垂れていた。イモムシを丸呑みにしているトレバーはあまり聞いていなかったが、お世話係が何か自分に説教をしているらしいのはなんとなく分かった。次のご飯であるミミズを前足でぎゅっと押さえながら、きっちりと言い返す。

 

──うるさいなぁ。ネビルがお絵描きばっかりして、僕のご飯を用意してないからいけないんじゃないか。冒険はフカコーリョクだよ!

 

「ゲーロゲロゲロッ! ゲコッ!!」

「なんかすっごい言い返してきてるのは分かる……。むう」

 

手のひらサイズのヒキガエルごときに言い返されて、ネビルは言葉に詰まってしまった。ネビルとて自覚はうっすらとあった。宿題をこなしていた時、トレバーがすごい勢いで猛アピールをしていたことを。しかしその宿題のレポートがよりにもよって『魔法薬学』だったせいで、ネビルは追い詰められていたのだ。

 

「……ごめんね。でもスネイプ先生が怒るかもって思ったら……。提出期限も近かったし……」

「……ゲコッ」

 

しおらしくネビルが謝ると、トレバーもまるで「ふむ」というように頷いて、確保していたミミズを食べ始めた。飼い主であるネビルよりも偉そうなヒキガエルの顔を見て、ネビルはがっくりと項垂れている。

 

そこにハリーとロンが通り掛かった。

 

「あ、ネビル。さっき中庭に続く廊下でトレバーが散歩してたんだ。……って、もう迎えに行ったんだね。良かった。放って来ちゃったから、ちょっとだけ心配してたんだよ」

「ほらな、ハリー。だから大丈夫だって言ったろ」

 

ハリーとロンがそう言うのを聞いて、だんだんとネビルの顔が強張っていった。ネビルの引き攣った表情を見て、2人が怪訝(けげん)そうな顔になる。

 

「どうしたんだい? ネビル」

「ね、ねぇ。それって何分くらい前?」

「え……。えーと、1時間は経ってない、よね?」

「うん。30〜40分くらい前かな?」

 

ハリーとロンはどんどん蒼褪めるネビルを見て、もしかしたら自分たちは何かまずいことをしたのではないかと思い付いた。

 

「……もしかして回収した方がよかった?」

「……うん……。トレバーを連れて来てくれたのは、スリザリンの先輩だったんだ……」

「……あー、それは……ごめん。トレバーは無事? 目玉が3つになってたり、手足が減ってたりしてない?」

「さすがにそんな訳ないでしょ!」

 

いったいどういう偏見なのか。ハリーは心配そうに、トレバーを四方八方からじろじろと見ている。ロンはそんなハリーを呆れたような顔で見下ろしていたが、ふとネビルの書き上げた『魔法薬学』のレポートを見てぎょっと目を剥いた。

 

「ちょっ! ネビル、そのレポートなんでまだ出してないんだい!? それ、今日の夕方までだよ!? もう過ぎてるかも!」

「えぇっ!?」

 

ネビルは先程の怖い先輩との邂逅(かいこう)より、何倍も心臓が縮み上がったのを感じた。

 

「嘘でしょ!? 明日の夕方だよね!?」

「いやいやいや! 今日だよ! 僕もハリーもさっき急いで提出しに行ったんだぜ!? だからトレバーを回収出来なかったんだ!」

「……た、た、た、大変だ!!!」

 

顔色を真っ白にしたネビルは飛び上がるように立ち上がると、仕上げたばかりのレポートを引っ(つか)み、一目散に談話室を飛び出して行った。幸せそうにミミズの踊り食いをしているトレバーを放置して。

 

「ちょっと! ネビル! トレバー忘れてるよ! どうするの!?」

「任せる! おねがーい!」

「ええぇぇぇ!?」

 

ヒキガエルの世話などしたこともない2人が泡を食っている間も、トレバーだけはマイペースに満腹になったお腹を前足でさすりながら、ぺろりと舌を出していたのだった。

 

 

 

 

 

 




【あとがき】
まさかのヒキガエル視点でお送りする、とある日の小さな冒険譚。 ちょっぴりメルヘンな仕上がりになりました。トレバー本人は「大冒険」と息巻いていますが、人間から見れば「ただの脱走(お散歩)」です( ̄▽ ̄;)

ドラコはゲスト出演です。多分一緒にいたのは、いつも通りのクラッブとゴイルだと思います。精一杯喉を膨らませて威嚇しているトレバーですが、ドラコたちは気付いてすらいません。

ネビルはセリクスのことが嫌いなわけではありません。 ただ、「見た目の圧+スリザリンの先輩+捕食者のオーラ」が凄すぎて、本能的に「逆らったら死ぬ……!」とビビり散らかしているだけです。(別に逆らっても殺されはしないはずですが)
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