スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~   作:如月斎

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第3章 第18話 クリスマス休暇前夜の陰謀

 

クリスマス休暇前夜の陰謀

 

12月中旬、深い雪がホグワーツ城に降り積もっていた。

 

石造りの廊下の窓から見える景色は、まるで砂糖菓子で覆われた世界のように真っ白だった。セリクスとコーウェンは連れ立って、外に面した廊下をゆっくりと歩いている。足音が静寂に響き、吐く息が薄く白い霧となって宙に舞った。

 

中庭を見下ろしたコーウェンが、突然足を止める。

 

「あれ……?」

 

窓に額を近付け、眉をひそめて下を覗き込んだ。雪に覆われた中庭で、黒いローブの人影が慌てふためいている。

 

「何をやってるんだ?」

 

セリクスも窓辺に寄り、冷たいガラス越しに視線を向けた。

 

「クィレル先生? なにあれ? 雪玉?」

 

コーウェンの声に困惑が滲む。

 

中庭では、クィレルが雪の中を右往左往していた。彼のターバンに向かって、次々と雪玉が飛んでくる。投げているのは──赤毛の双子だった。フレッドとジョージ・ウィーズリー。雪玉は魔法を掛けられているらしく、クィレルがどちらに逃げても執拗(しつよう)に追い掛けてくる。

 

「ウ、ウ、ウィーズリー!! やややめなさい! グリフィンドール20点減点と罰則です!」

 

普段のおどおどした様子とは打って変わって、クィレルの大声が中庭に響いた。怒気を含んだその声は、石壁に反響して廊下まで聞こえてくる。

 

「おお。クィレル先生が怒ったの初めて見たかも」

 

コーウェンが変な感心をしながら呟く。その薄いブルーの瞳に、珍しいものを見る好奇心が宿っていた。

 

セリクスは黙って下を見つめている。雪玉がターバンに当たる度、クィレルが手で押さえる仕草を見逃さなかった。何かの拍子にターバンが落ちないかと、静かに観察を続ける。

 

しかし、結局ターバンが外れることはなかった。

 

双子は罰則を言い渡されても()りた様子はなく、むしろ愉快そうに笑いながら雪の中を駆けていく。クィレルは雪まみれのローブを払いながら、急ぎ足で城の中へ消えていった。

 

セリクスの瞳に、僅かな失望の色がよぎった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

その後、セリクスは居残りリストに名前を書きに、大広間前の大廊下へ向かった。石柱に掲示された羊皮紙に記されたリストを見つめながら、流麗な筆致で自分の名前を(つづ)る。

 

足音が近付いてきた。振り返ると、グリフィンドールのローブを着た1年生3人が、憤懣(ふんまん)やるかたないといった様子で廊下を歩いてくるところだった。黒髪の少年、赤毛の少年、そして栗色の髪の少女。足音は苛立ちを隠しきれず、石の床を強く踏みしめている。そのままセリクスたちを一瞥(いちべつ)もせず通り過ぎ去っていった。

 

「今のハリー・ポッター……?」

 

コーウェンが小さく呟いた。彼らは先程までいた廊下から、ここまで一緒についてきていたのだ。

 

その後から、ドラコとその取り巻きたちが現れた。クラッブとゴイルを従え、プラチナブロンドの髪を揺らしながら、愉快そうに嘲笑(ちょうしょう)している。

 

「あ、セリクス。今のやつら見たかい? クリスマスに家族から───」

 

ドラコが得意げに話し始めようとした時、コーウェンが慌てたように割って入る。

 

「セリクス、今年は残るの? お父様は?」

「特に帰って来いとは言われてない。今年は残ろうかと思う」

 

セリクスの返答は淡々としていたが、その言葉にドラコの顔色が変わった。

 

「えっ!? 僕んちのクリスマスパーティに来てくれるんじゃないのか!?」

「悪いがやる事がある」

「そんな! 楽しみにしてたのに! どうにかならないのか?」

 

その声には、純粋な失望が込められていた。最近の傲慢極まりないドラコではなく、素直に慕ってくれる年下らしいドラコの姿がそこにあった。

 

セリクスの胸の奥で、何かが僅かに動いた。冷たくしきれない感情。小さく溜息をつく。

 

「……分かった。クリスマスパーティ前には帰る」

「やった!」

 

(かかと)が石床を一度だけ弾み、すぐにいつもの貴族然とした姿勢に戻る。ドラコの顔が一気に明るくなった。まるで太陽が雲間から顔を出したように、先程までの落胆が嘘のように消えている。普段は冷たいグレーの瞳が、嬉しそうにキラキラと煌めいている。

 

「母上からも、セリクスの好物が何か教えてって、この前手紙がきてたんだ」

「好き嫌いはあまりない。気を遣わなくて結構だ」

 

そこで、横からコーウェンが口を挟んだ。

 

「マルフォイ君。セリクスは甘すぎるデザートはあんまり食べないよ。あと魚より肉の方が好きっぽい。ローストビーフとかね」

「ふーん? そうなのか」

 

ドラコが興味深そうに頷く中、セリクスはコーウェンを見つめた。

 

「何故私の好みを君が答えるんだ」

 

その声には困惑が滲んでいたが、コーウェンは悪戯っぽい表情で笑った。薄いブルーの瞳が三日月のように細まり、滲んだ光がこぼれた。

 

「だって、僕が一番よく知ってるもん。違う?」

 

その自信満々な返答に、セリクスは何も言い返せなかった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

その日の夕方、談話室の暖炉前では、(まき)がパチパチと音を立てて燃えている。暖かな炎の光が、黒の豪奢(ごうしゃ)なソファを優しく照らしていた。

 

珍しく、ドラコがセオドールと向かい合って座っている。普段は群れることの少ない2人の組み合わせに、周囲の生徒たちが興味深そうにちらりと視線を向けていた。

 

「今年もセリクスは来てくれるとのことだ。君も来るかい?」

 

ドラコの声は、先程の子供らしさから一転して、貴族らしい丁寧さと若干の傲慢(ごうまん)さを帯びている。

 

「セリクス先輩が来るなら。招待状はきているしな」

 

セオドールの返答は簡潔だった。黒い瞳に感情を宿さず、いつものように無表情を保っている。

 

「だと思ったよ」

 

そこへ、軽やかな足音が近付いてきた。ダフネ・グリーングラスが、豊かなブロンドの髪を揺らしながら2人に近寄ってくる。

 

「セリクス様も来るの? マルフォイ、私のことも招待してよ」

 

その声には、隠しきれない期待が込められていた。蜂蜜色の瞳が、希望の光で輝いている。

 

「君も来たいのか? 珍しいな……。招待するのは別に構わないが……」

 

ドラコが首を傾げる。ダフネがパーティに興味を示すのは予想外だったらしい。

 

「ありがとね。お礼にパンジーにも声掛けてあげるわ」

 

満面の笑みで言うダフネに、ドラコの顔が蒼褪めた。

 

「頼んでないが!? 言っとくが、僕と彼女は付き合ってないぞ!」

「そんなのどうでもいいのよ。ついでにミリセントも誘ってあげてよ」

「あー、あの半純血か。まぁいいが」

 

ダフネの声は軽やかだったが、その要求にドラコは眉をひそめた。そしてその何気ない一言と響きは、ダフネの表情を僅かに硬くさせた。ダフネは一拍、視線を落とす。指先がスカートの縫い目をそっとなぞった。

 

「ミリセントは半純血だけど、ブルストロードよ。それにマグル生まれではないわ」

「はいはい。君の交友関係なんて僕には関係ないね。あいつが身の程を(わきま)えた行動をするなら何も言わないさ」

 

ドラコの返答は軽かったが、その内容にダフネの頬が僅かに紅潮する。

 

「相変わらず嫌な言い方。友達出来ないわよ」

「余計なお世話だ!」

 

2人の声が重なり合い、談話室に響いた。

 

「僕を挟んで痴話喧嘩はやめてくれないか」

「「痴話喧嘩じゃない!」」

 

セオドールは眉間に皺を寄せ、両手で耳を塞ぐ。聴覚過敏の彼にとって、2人の大声は苦痛だった。暖炉(だんろ)の柔らかな火音さえ、その瞬間だけ鋭利に尖って、耳の奥を小さく刺した。

 

その(かたわ)らでは、クラッブとゴイルが3人の会話には全く耳を傾けず、ドラコの母、ナルシッサが送ってきた高級なお菓子をガツガツと食い荒らしている。包装紙の音がくしゃくしゃと響き、まるで別世界の出来事のようだった。

 

暖炉の火が揺らめく中、談話室は賑やかな騒動に包まれていた。湖底からの緑の光と、炎のオレンジ色が混じり合って、石壁に複雑な影を落としている。

 

クリスマスまで、あと僅かだった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

クリスマス休暇の前日、午前の授業を終えた生徒たちが昼食を求めて大広間へ向かう時間だった。

 

石造りの廊下に足音が響く中、セリクスとコーウェンも連れ立って玄関ホールを横切ろうとしていた。しかし、いつもの道筋に巨大な障害物が横たわっている。

 

「……(もみ)の木?」

 

セリクスが眉をひそめて不可解そうに呟いた。床に横倒しになった大きな樅の木が、まるで緑の壁のように行く手を遮っている。針葉の濃い香りが鼻をくすぐり、樹脂の甘い匂いが石造りの空間に漂っていた。

 

「クリスマスツリーかな?」

 

コーウェンが首を傾げながら答える。薄いブルーの瞳に好奇心が宿り、枝の向こう側を覗き込もうとした。

 

木の反対側から、複数人の会話が聞こえてくる。声は枝葉に遮られて少しくぐもっているが、そのうちの1人は聞き覚えのあるものだった。

 

「スネイプ先生、喧嘩を売られたんですよ」

 

ドラコの声だ。いつもの傲慢さに加えて、今日は特に(あざけ)るような響きが含まれている。

 

「マルフォイがロンの家族を侮辱(ぶじょく)したんでね」

 

今度は野太い声が響いた。森番──ハグリッドらしい。その声には苛立ちと呆れが混じっていた。

 

「そうだとしても、喧嘩はホグワーツの校則違反だろう、ハグリッド。ウィーズリー、グリフィンドールは5点減点。これだけですんでありがたいと思いたまえ。さあ諸君、行きなさい」

 

スネイプ教授の冷ややかな声が、玄関ホールに響いた。その後、ローブの裾が床を掃く音と、遠ざかっていく足音が聞こえる。ドラコもその後に続いて去っていったようだった。

 

その瞬間、誰かが樅の木にぶつかったのか、あるいはわざと蹴り飛ばしたのか、硬い針葉が勢いよくばらばらと床に散らばり、青い香りが一層濃くなる。

 

「わぁ。スネイプ先生、容赦ない……」

 

コーウェンが半分呆れたような(ささや)き声を漏らす。

 

樅の木の向こう側には、まだ人がいるらしい。足音や溜息、衣擦れの音が聞こえてくる。どうやらウィーズリー家の弟のロンとその友人たち、そして森番がまだその場にいるようだ。セリクスたちの存在には、誰も気付いていない。

 

「覚えてろ。いつか、やっつけてやる……」

「マルフォイもスネイプも、2人とも大嫌いだ」

「さあさあ、元気出せ。もうすぐクリスマスだ。ほれ、一緒においで。大広間がすごいから」

 

低く唸るような声に対して、森番の声は優しく慰めるような響きがあった。

 

やがて樅の木が持ち上げられ、大広間に向かって移動し始めた。セリクスとコーウェンも、その後についていく。枝葉が床を擦る音が、ホールの石壁に長く尾を引いた。

 

大広間に足を踏み入れると、マクゴナガル教授のよく通る声が響く。

 

「あぁ、ハグリッド、最後の樅の木ね──あそこの角に置いてちょうだい」

 

樅の木が運ばれる様子を見守りながら、セリクスたちはスリザリンテーブルへの道筋を探していた。しかし、木の配置作業のせいで思うように動けず、図らずも立ち聞きのような状況になってしまう。

 

「そう言えば──ハリー、ロン、昼食まで30分あるから、図書館に行かなくちゃ」

 

明瞭で少し早口の女子の声が聞こえた。おそらくグレンジャーだ。

 

「ああそうだった」

 

先ほど怒っていた声の主が答える。

 

足音が大広間の出口へ向かい、やがて扉の外からも声が聞こえてきた。

 

「図書館? 休み前なのに? おまえさんたち、ちぃっと勉強しすぎじゃないか?」

「勉強じゃないんだよ。ハグリッドがニコラス・フラメルって言ってからずっと、どんな人物か調べているんだよ」

 

その瞬間、セリクスの体が強張った。

 

「なんだって? まあ、聞け──俺が言っただろうが──ほっとけ。あの"犬"が何を守っているかなんて、おまえさんたちには関係ねぇ」

「……"犬"?」

 

セリクスが扉の方へ勢いよく振り向いた。その動きは、まるで獲物を見つけた猛禽類のように鋭く、素早かった。

 

「セリクス? どうしたの?」

 

コーウェンが心配そうに声を掛ける。いつものセリクスとは明らかに違う空気を感じ取って、コーウェンの顔に不安の色が浮かんでいた。

 

セリクスは扉を睨みつけたまま、まるで石像のように動かなくなった。エメラルドグリーンの瞳に、何かが(ひらめ)いたような光が宿っている。

 

「……今あいつらはなんと言った? ニコラス・フラメル? 犬? ……三頭犬?」

 

小さく呟く声は、まるで謎解きのピースが頭の中で組み合わさっていくような響きがあった。

 

「ブツブツ言ってどうしたの?」

 

コーウェンの声に困惑が深まる。

 

突然、セリクスが振り返った。その表情には、先程までとは全く違う"何か"が宿っている。

 

「……なるほど、そういうことか。──コーウェン、やはり明日帰省することにした」

 

あまりにも唐突な宣言に、コーウェンの目が見開かれる。

 

「えぇ!? 急に? なんで?」

「家でやることが出来た。ただ確実に出来るかは、まだ分からないが」

「……セリクス、なんか悪いこと考えてない? 顔が怖いよ……」

 

コーウェンの声に恐れが滲む。親友の表情に、これまで見たことのない冷たさを感じ取っていた。

 

「さあな」

 

セリクスの口元が、僅かに歪んだ。それは笑顔とは呼べない、何か別の感情が宿った表情だった。

 

そして、誰にも聞こえない程小さな声で呟く。

 

「ただ、バレなければ全て合法だ。レオさんからそう教わった」

 

その瞬間、セリクスの瞳に淡く蒼白い光が冷たく(きら)めいた。まるで湖底の光のように、美しくも不気味な輝きを放っている。

 

コーウェンは理由もなく、襟足の産毛がそっと逆立つのを覚えた。さっきまで暖かかった大広間の空気が、頬だけひと呼吸ぶん冷えた気がした。

 

セリクスの呟きは、大広間の喧騒に紛れて誰にも届かなかった。クリスマスツリーの甘い香りが漂う中、ただ1人だけが新たな計画を胸に秘めていた。

 

 

 

 

 

 




【あとがき】
今回ハリーが登場して台詞もあるのに、セリクスとの絡みはなんとゼロです(笑) 原作主人公とここまで会話しない夢主って、なかなか珍しいですよね( ̄▽ ̄;) セリクスはちょくちょくハリーを遠目から観察してはいますが、直接会話するのはもう少し先になります。

実はセオドールは「聴覚過敏」という設定があります。そのせいでうるさい人混みや、キンキン声のパンジーが苦手だったりします。セリクスは物静かなので、セオドール的には一緒にいて一番楽な相手なようです。

映画版ではそこまでではないですが、お話の進行上、もみの木が視界を遮るほど大きいという設定にしました。ご都合主義万歳(ノ≧∀≦)ノ

ちなみに、もみの木にぶつかったのはドラコですが、姿が見えなかったせいでコーウェンは「スネイプ先生がやった」と勘違いしています。 セリクスにバレなかったのはドラコ的に幸運でしたね。セリクスは品のない行いをひどく嫌うので、もし見つかっていれば絶対零度の視線を食らっていたはずですꉂꉂ(´▽`)
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