スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~   作:如月斎

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第3章 第19話 クリスマスの策謀

 

クリスマスの策謀

 

キングス・クロス駅の9と4分の3番線ホームに、真冬の冷たい風が吹き抜けていた。石造りの壁に反響する足音と、遠くから聞こえる汽車の汽笛が混じり合い、駅特有の喧騒(けんそう)が耳に届く。

 

セリクスは鞄を片手に、辺りを見回していた。いつもなら父のマウリシオが迎えに来てくれるのだが、今日は姿が見えない。速達のフクロウ便で急遽(きゅうきょ)帰省を伝えたため、時間が足りなかったのだろう。

 

「セリクス様! お帰りなさいませ!」

 

甲高い声が響いた瞬間、足元に小さな影が現れた。アゼルだった。大きな耳をぶるぶると震わせながら、目を潤ませて見上げてくる。

 

「アゼル。迎えに来てくれたのか」

「はい! 旦那様はお仕事でお迎えに参れませんでしたが、私めがお迎えに上がりました!」

 

アゼルの興奮した様子に、セリクスの口元が僅かに緩んだ。ホームの雑踏の中で、この小さな存在だけが純粋な喜びを表現してくれている。

 

「では帰ろう」

 

2人は人目につかない場所へ移動し、姿くらましでゴーント邸へと帰った。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

ゴーント邸の玄関に足を踏み入れると、暖炉の(まき)が燃える香ばしい匂いと、磨き抜かれた木材の香りが鼻をくすぐった。石造りのホグワーツとは違う、落ち着いた温もりが体を包み込む。磨き抜かれた大理石の床に、重厚なペルシャ絨毯が敷かれ、歩くたびに微かな沈み込みを感じさせた。

 

「やあ、久しぶりだね。また少し背が伸びたかな?」

 

階段の上から、レオの声が響いた。黒髪を後ろで軽く結んだ姿で、いつものように穏やかな笑みを浮かべながら降りてくる。

 

「レオさんはお変わりなく」

「この歳じゃもう背は伸びないかな」

 

レオの軽やかな笑い声が、玄関ホールに響いた。

 

セリクスが足元に視線を向けると、3体の屋敷しもべ妖精たちが集まってきていた。みな目を輝かせて、未来の主人の帰宅を喜んでいる。

 

「お前たちも久しぶりだな。屋敷は変わりないか」

 

アゼルが胸を張って答える。「はい。万事恙無(ばんじつつがな)く」

 

「お帰りなさいませ! 坊っちゃま!」ティフルが両手をひらひらと振りながら叫んだ。「今日のディナーのリクエストはございますでしょうか!?」

 

「またご立派になられて!」ノクティの声が一際高い。「奥様と旦那様にますます似て、お2人ともお喜びになるでしょう!」

 

3体の声が重なり合い、耳を(つんざ)くような音量になった。セリクスは一瞬目眩を覚えたが、なんとか姿勢を保ったまま答える。

 

「特にリクエストはない。いつも通りに振舞ってくれ」

「「「かしこまりました!」」」

 

3体が声を揃えて答えた瞬間、レオが穏やかに割って入る。

 

「さあ。セリクスは帰ってきたばかりで疲れてるはずだからね。アゼル、ティールームにお茶の用意を頼むよ」

「承知いたしました」

 

アゼルが深々と頭を下げ、他の2体と共に奥へと消えていった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

ティールームには、薄い陶器で作られたティーセットが用意されていた。湯気の立つ紅茶からは、ダージリンの上品な香りが漂っている。小さなスコーンと共に、ジャムとクロテッドクリームが銀の皿に盛られていた。

 

「それで、学校の方はどうだい?」

 

レオが優雅にカップを口元に運びながら(たず)ねた。

 

セリクスは、ここ数ヶ月間の当たり障りのない出来事を順に話していく。授業の内容、友人たちとの交流、中間試験の結果。しかし、クィディッチでグリフィンドールに負けた話になった時、レオの眉がぴくりと動いた。

 

「スニッチを口でキャッチか……。独創的だね」

「同寮生たちの怒りもすごかったですが、シーカーの嘆きようもすごかったですね」

「そうだろうね。しかし魔法界の英雄殿は箒の才能がずば抜けてるんだね。父親譲りかな」

 

その言葉に、セリクスの手が止まった。カップを持ったまま、レオを見つめる。

 

「ポッターの親をご存知なんですか?」

「ああ。ジェームズ・ポッターだろう? 有名だったね」

 

レオの瞳の奥で、何かが揺らめいた。まるで古い傷が(うず)くような、複雑な感情。それは一瞬のことで、すぐにいつもの穏やかな表情に戻ったが。

 

「……レオさん、あなたは───」

 

セリクスが言いかけた時、玄関のドアが開く音が響いた。重厚な靴音が廊下に響き、マウリシオの帰宅を告げている。

 

「マウリシオさんが帰ってきたね。……ごめん、さっき何か言いかけたかい?」

「いえ、なんでもないです」

 

セリクスはマウリシオを出迎えるため、ソファから立ち上がったのだった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

夕食は、いつものように静かに進んだ。燭台(しょくだい)の炎が食器に映り込み、ナイフとフォークの触れ合う微かな音だけが食卓に響く。ローストビーフの香ばしい匂いと、付け合わせの野菜から立ち上る湯気が、暖かな雰囲気を演出していた。

 

食事を終えた後、セリクスは意を決して口を開いた。

 

「父上、レオさん。少しお話があります」

 

2人の視線がセリクスに集まった。マウリシオが眉を僅かに上げ、レオが静かにカップをソーサーに置く。

 

「新学期から、いくつか気になることがありまして」

 

セリクスは時系列順に、丁寧に説明していった。クィレルの変化──死臭のような匂いと、以前とは明らかに異なる魔力の気配。ハロウィンの日のトロール騒動と、その裏にあるであろうクィレルの思惑。4階の立ち入り禁止廊下で出会った三頭犬と、それが守っているであろう"何か"。そして、クィディッチの試合中に起きた、ハリー・ポッターを狙った明らかな妨害行為。

 

「三頭犬が守っているものですが、おそらくは『賢者の石』かと」

 

最後に、セリクスは自分の推測を述べた。そして、静かに微笑みかける。

 

「それで、お2人にお願いがあります───」

 

セリクスの望みを聞いた2人はしばらく絶句していた。レオの顔が蒼褪め、マウリシオの手が僅かに震えている。

 

「セリクス……。君、何を考えているんだい……?」

 

レオの声に、明らかな動揺が滲んでいた。

 

「お前……」

 

マウリシオも言葉を失っている。

 

「お2人とも、ご協力いただけますよね?」

 

セリクスは普段使われない表情筋を使って、にっこりと笑いかけた。その瞬間、マウリシオとレオの顔色が見る見るうちに蒼白になっていく。

 

暖炉の火が揺らめく中、沈黙が食卓を支配した。やがて、マウリシオが深い溜息を一つ落とす。

 

「……父上たちの住んでいる方の屋敷の図書館に資料があるかもしれない。当たってみよう」

「滅多にないセリクスのお願いなら仕方ないね。私の方もツテを使って調べてみるよ」

 

レオの声には、諦めと覚悟が混じっていた。

 

「なるべく早くお願いしますね」

 

セリクスの声は穏やかだったが、その底に揺るぎない意志が宿っていた。

 

こうして、密やかな計画の第一歩が踏み出された。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

数日後、マルフォイ邸のクリスマスパーティーの夜がやってきた。

 

成長に合わせて新調された濃紺のローブに身を包んだセリクスは、マウリシオと共にマルフォイ邸の玄関に立っていた。大理石の床が足音を反響させ、豪華なシャンデリアの光が壁の装飾を(きら)めかせている。

 

「お招きいただきありがとう」

 

マウリシオが丁重に挨拶すると、ルシウスが満足そうに微笑んだ。

 

「あなたを呼ばないと始まらないからな」

「ナルシッサ夫人も息災のようだ。相変わらずお美しい」

「お褒めいただきありがとう存じますわ」

 

ナルシッサが優雅にカーテシーを返す。その(かたわ)らで、ドラコが待ちきれない様子でセリクスを見つめていた。ルシウスがドラコを促すと、すぐさまセリクスに近寄ってきた。

 

「セリクスよく来てくれたね!」

「ドラコ。お招きありがとう」

「君がいなくちゃつまんないよ」

「早速だが、お子様たちは友好を深めてきなさい」

 

マウリシオの促しに、セリクスは軽く頷いた。

 

「はい、父上」

 

パーティー会場に足を踏み入れると、華やかな装飾と賑やかな談笑の声が迎えてくれた。暖かな照明の下で、色とりどりのドレスローブを着た客人たちが歓談している。空気には、料理の香りと香水の匂いが混じり合っていた。

 

「セリクス先輩! 来てくれたんですね」

 

セオドールが早足で近付いてきた。その表情には明らかな安堵の色が浮かんでいる。

 

「セオドール。お前も来ていたのか。……どうした?」

「助かりました。クラッブとゴイルが食べ散らかしてたり、パーキンソンがキンキン声で延々話し続けているので頭がおかしくなるかと……」

 

セオドールの声には、僅かな疲労が滲んでいた。

 

「パーキンソン……。ああ、あの子か……」

 

セリクスは一瞬眉をひそめたが、すぐに無表情を取り繕った。

 

その時、甲高い声が会場に響いた。

 

「ドラコ! やっと来てくれたわね! どう? このドレス、素敵でしょ? 今日のためにママが新調してくれたのよ」

 

パンジー・パーキンソンが、ピンクのレースとリボンをたっぷりと施したドレスローブを着て、その場でクルリと回ってみせた。フリルが風に舞い、宝石のアクセサリーがきらきらと光を反射している。随分と金が掛かっていそうだ。

 

「あー……いいんじゃないか?」

 

ドラコの返事はどこか歯切れが悪い。しかしパーキンソンは全く気にならないようだ。

 

「でしょー! あっ! セリクス様だ!」

 

パーキンソンがセリクスに気付き、目を輝かせた。セリクスの前までいそいそと近寄ると、心なしか声量を抑えて挨拶をしてきた。一応(わきま)えるつもりはあるようだ。

 

「ご機嫌よう。私、パンジー・パーキンソンです」

 

若干たどたどしくも、貴族子女らしいカーテシーを披露してくる。

 

「ああ。セリクス・アストラル・ゴーントだ」

「きゃあ! 声も素敵!」

 

パーキンソンの声が更に甲高くなった瞬間、セオドールがパーキンソンの死角で顔を歪めながら両手で耳を押さえているのが見えた。まるでクソ爆弾を顔面に食らったかのような表情だった。せっかくの整った顔立ちが酷いことになっている。

 

「ドラコ。大皿の料理がなくなった」

「足りない」

 

会場の向こうから、クラッブとゴイルの声が聞こえてきた。自由なやつらである。

 

「もうか!? お前ら食べ過ぎだ! 他のお客様のことを考えろよ! ドビー! 追加だ!」

「はいぃ! かしこまりましてでございます!」

 

屋敷しもべ妖精のドビーが慌てて指を鳴らすと、次々と美味しそうな料理が長テーブルに現れた。ローストチキン、温野菜、パイ類、デザートまで──豪華な品々が所狭しと並べられていく。

 

しかし、クラッブとゴイルは早速それらに群がり、再びガツガツと食べ散らかし始めた。その様子を見て、セオドールの食欲がますます減退するのではないかと、セリクスは珍しく心配になったのだった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

しばらくして、セリクスが他の招待客との挨拶回りを終えていると、セオドールがフラフラとした足取りで近寄ってきた。顔色が明らかに悪い。

 

「セオドール、どうした」

「ここはうるさくて駄目です。……頭痛が」

 

セオドールの声は弱々しく、額に手を当てている。

 

「我慢出来ないか?……仕方ない。《マフリアート(耳塞ぎ)》」

 

セリクスが手慣れた所作で杖を振ると、低く小さな羽音のような音が2人の周りに響いた。瞬間、周囲の喧騒は一瞬にして遠のき、セオドールの世界には心地よい静寂だけが残された。

 

「……? うるさくなくなりました」

 

セオドールの表情に、明らかな安堵が浮かんだ。

 

「これは本来盗み聞きされないための魔法だが、周りの音を遮断するのにも使える。親戚から習ったんだ」

「《マフリアート》って言ってましたっけ? なんか聞いた事があります。スリザリンの上級生が使ってたような……」

 

その言葉に、セリクスの表情が僅かに変わった。

 

「……なに? スリザリンの上級生が?」

「……? ええ。セリクス先輩の親戚の方もスリザリン出身じゃないんですか? 寮内で代々伝えられてきた魔法なのかと思いましたが……」

 

セオドールは首を傾げながら答えた。セリクスは無表情のまま、静かに頷く。

 

「……そうか」

 

(レオさんから教わった魔法を、スリザリンの上級生も知っている……? レオさんのオリジナルかと思っていたが、勘違いだったのだろうか)

 

心の奥で、新たな疑問がゆっくりと形を成していく。偶然なのか、それとも───

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

しばらく2人で談笑していると、ダフネ・グリーングラスが1人の女子を連れて近付いてきた。セリクスは《マフリアート》の範囲から一歩外に出る。

 

「セリクス様! ご機嫌よう」

 

ダフネがはにかんだような笑みを浮かべて挨拶した。夜空のような深い紺色に宝石が煌めくシックなドレスを着ている。年齢の割には背伸びしたデザインだとセリクスは思った。

 

「ああ。グリーングラス嬢も」

 

セリクスは無表情で頷いた。

 

「私のお友達を紹介してもいいですか? スリザリン1年のミリセント・ブルストロードですわ」

 

(また社交辞令の時間か)

 

セリクスは内心で溜息をついた。パーティーでの紹介は避けられない儀式だが、正直なところ面倒に感じる。しかし、礼儀は外せない。

 

「は、初めまして。セリクス様」

 

ブルストロードの緊張した様子を見て、セリクスは表情を和らげようと努めた。こういう場面では、相手を萎縮させないよう配慮するのが貴族の(たしな)みだ。

 

「セリクス・アストラル・ゴーントだ」

 

ブルストロードは11歳の少女にしては背が高く、体格も良かった。流石に14歳のセリクスよりは低いが、同年代の女子と比べると一回り大きい。ペールグリーンの爽やかで可愛らしいドレスを着て、精一杯背を丸めて縮こまりながら、顔を真っ赤にして挨拶をしてきた。

 

パーキンソンよりも更にぎこちないカーテシーをされたが、セリクスは気にせずに完璧なボウ・アンド・スクレープで返した。女子2人が顔を赤らめて凝視してきた。

 

(ファッションセンスについては、正直よく分からない。だが、2人とも期待に満ちた表情をしている。ここは褒めておくのが無難だろう)

 

簡潔に言葉を選ぶ。

 

「2人とも、似合っている」

 

何の感情もこもっていない言葉だったが、ダフネもブルストロードも嬉しそうにキャッキャと笑い合っていた。どうやら正解だったらしい。

 

暖かな燭台の光に包まれ、華やかな衣装を身にまとった人々の笑い声が響く中、その夜のクリスマスパーティーは平穏に過ぎていった。去年とは違い、特にトラブルが起こることもなく、穏やかな夜だった。

 

窓の外では、静かに雪が降り続けている。その白い結晶が、ガラスに音もなく触れては溶けていくのを、セリクスはぼんやりと眺めていた。

 

 

 

 

 




【あとがき】
休暇前日、ハグリッドたちの会話を立ち聞きして「ある事」を悟ったセリクスは、急遽予定を変更して実家へ帰省します。 父マウリシオとレオを絶句させるほどの「とんでもない悪巧み」を企てたり、マルフォイ邸のパーティで面倒な貴族の社交をこなしたりと、せっかくのクリスマスなのに氷の貴公子は全く休む気配がありません。

今回、ダフネが年齢相応よりも大人っぽいドレスを着ているのは、憧れのセリクスに少しでも釣り合うように頑張った結果です✨ ……が、当のセリクスは内心「面倒だな」と思いつつ、息をするように完璧な社交辞令で褒めているだけ。乙女心が微塵も通じていません。ダフネ可哀想(´°ω°`)
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