スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~   作:如月斎

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第3章 番外編 ハンナの湖畔物語/幕間 謎の単語

 

ハンナの湖畔物語

 

ハンナ・アボットはどこにでもいる普通の女の子だった。

 

しいて特筆すべき点を挙げるなら、アボット家は一応聖28一族に数えられている純血家系であるし──時代を(さかのぼ)ればお金持ちだった時もあるらしい──ハンナ自身もホグワーツに入れるくらいの魔力はある。ただハンナの性格的に少し引っ込み思案でおっちょこちょいなせいで、ハッフルパフに組み分けされてしまったが。

 

(ハッフルパフが気に入らない訳じゃないよ)

 

ハンナは誰にともなく心の中でそう言い訳しながら、金髪のおさげをそっと撫でた。少数の友人を作って、そこそこ楽しく過ごしている。

 

───だからこの状況は決して(いじ)めなんかじゃない。ハンナが鈍臭かっただけだ。

 

その日は太陽は出ていたが少し肌寒い日だった。空に薄い雲がかかり、湖面を渡る風が頬を撫でていく。ハンナは友人のスーザン・ボーンズと連れ立って、黒い湖の(ほとり)を散歩していた。特に用事があった訳ではない。暇を持て余していたのだ。

 

赤毛を三つ編みにしたスーザンが、湖面を見つめながら口を開く。

 

「湖には人魚(セイレーン)がいるって本当かしら?」

「人魚? 水中人(マーピープル)ならいるらしいけど……」

 

ハンナが曖昧に答えると、スーザンがくすくすと思い出し笑いをした。

 

「この前、大イカなら見たわよ」

「大イカ見れた日はラッキーデーらしいわよ」

「だからかしら? その日の薬草学ではスプラウト先生から加点貰えたのよ」

「あー、あの日のことね! 私も大イカ見たいわ」

「探してみる?」

 

他愛ない話をしながら湖畔(こはん)を歩いていると、ハンナの足が湿った石の上で滑った。そしてバランスを崩した瞬間、重力に引かれてそのまま湖に落ちてしまった。

 

ザブンという音と共に、冷たい湖水がハンナの体を包み込む。彼女は泳ぎを習ったことがなかったので、瞬時にパニックを起こした。手足をばたつかせるが、どこにも掴まれない。水面がどこにあるのかさえ分からなくなる。

 

「ハンナ! ハンナ!!」

 

スーザンの必死な叫び声が水を通して聞こえてくる。

 

「どうしよう! 誰か助けて!! 誰か!!」

「……うぷっ! あうぅっ!」

 

必死に手足をばたつかせたが、どこにも掴まることも出来ず、水面に顔を出すことも出来ない。足に制服のローブが重たくまとわりついて、体を引きずり下ろそうとする。ハンナは冗談じゃなく命の危機を感じた。肺の中の空気がどんどんなくなっていく。

 

(こんなことなら朝ダイエットだなんて言って、糖蜜パイを我慢しなければよかった!!)

 

ハンナが心の底から後悔した瞬間、体の周りを感じた覚えのない魔力が渦巻いた。見えない大きな手のような感触が全身を包み、そして彼女の体を形のない魔力が掴み取りそのまま持ち上げた。体が水中から出て、信じられないことに空中に浮いている。

 

「──えっ!? なにっ!?」

 

先程とは違うパニックを起こしかけたが、慌てて地上を見ると真っ青になったスーザンの横に、銀髪の男子生徒が立っているのが見えた。彼の右手には杖が握られており、綺麗な緑色の瞳が静かにハンナを見上げている。

 

ハンナはゆっくりと、まるで羽根のような軽やかさで地上に降ろされた。安堵のあまり腰が抜けて、そのまま地面にへたり込んでしまった。湿った草の感触と土の匂いが、現実に戻ったことを教えてくれる。

 

呆然としていると、銀髪の男子生徒──"スリザリンの蛇の王子様"こと、セリクス・ゴーント──がハンナの目の前に立って、すっと杖を向けてきた。

 

「ひっ! な、なに……?」

 

傷付けられるのかと思わず身を縮めたが、次に響いたのは淡々とした詠唱だった。

 

「《テルジオ(拭え)》《スコージファイ(清めよ)》《カレファシオ(温めよ)》《レパロ(直せ)》」

 

怒涛(どとう)の魔法が次々とハンナに掛けられる。水草でヌルヌルに汚れ、制服も破れてしまった姿から、あっという間にピカピカほかほかの綺麗な姿に戻った。なんなら、ちょっとほつれていたスカートまで新品同様になっている。暖かい魔法が体を包み、湖の冷たさが嘘のように消えていく。

 

「この湖で寒中水泳はやめた方がいい。水中人もグリンデローも気性が荒い」

 

彼の声は低く、感情の起伏が感じられない。その冷静さが、先程まで溺れていた状況との落差を際立たせた。思いもよらなかったことを言われたハンナはぱちくりと目を見開いた。

 

「……え……、いやあの、寒中水泳してた訳じゃないです……。溺れてたんです……」

 

ハンナは恐る恐る訂正した。誰がこんな綺麗じゃない湖で好き好んで寒中水泳なんてするだろうか。もしかしたら彼は少し天然さんなのかもしれない。

 

「……そうか」

 

彼は特に表情を変えることなく頷いた。

 

「まぁ自力で上がれないなら気を付けろ。次に溺れた時、私がそばにいるとは限らない」

「は、はい。……あの、ありがとうございました」

 

とにかく助けられたのは事実だった。彼はハンナの命の恩人だ。しかも、びちょ濡れのぐちゃぐちゃな姿だったのを元よりも綺麗にしてもらえた。ハンナは震える足を叱咤し、立ち上がって丁寧に礼をした。

 

「礼には及ばない」

 

恩人はハンナの礼に対して大した感慨も(いだ)くことなく、そのまま背中を向けて去ろうとする。スリザリン生なのに、ハッフルパフであるハンナのことを全く馬鹿にすることもなく。これがドラコ・マルフォイだったら助けてもくれないし、死ぬほど大笑いして馬鹿にしてくるだろう。

 

呆然とその背中を見送っていると、スーザンが慌ててハンナに飛びついてきた。

 

「あぁ! ハンナ、良かった! 本当に死んじゃうかと思った!」

 

スーザンの温かい抱擁に、ハンナはようやく本当の安堵を感じた。生き返った心地がする。

 

「スーザン……。大丈夫よ」

 

ハンナは親友の背中をそっと叩きながら応えた。そして、遠ざかっていく銀髪の後ろ姿を見つめる。

 

「……ねぇ、あの人、"スリザリンの蛇の王子様"よね? セリクス・ゴーント先輩って言ったかしら?」

「えぇ、そうよ」

 

スーザンが顔を上げ、目を輝かせながら答える。

 

「本当に格好良いわよね。すっごい美形だし、頭も良いし、しかも魔法まで上手い! ファンクラブまであるんだから」

 

スーザンは何故か鼻高々な様子だった。まるで自分が褒められているかのような誇らしさを浮かべている。ハンナは首を傾げて聞いた。

 

「ファンクラブ? それって誰でも入れるの?」

「ハンナも入りたい!?」

 

スーザンの声が一段と弾んだ。

 

「同志は大歓迎よ! 入会条件はセリクス様のことを敬愛してること! 活動内容は遠くから拝むことと、彼が落とした情報を共有することよ。ちなみに抜け駆けは厳禁ね!」

「スーザンも入ってるの?」

「もちろん! ハッフルパフで入ってない子を探した方が早いかもね」

 

スーザンがにこにこと笑いながら答える。

 

「あ、セドリック・ディゴリー先輩も人気高いわよ」

「ディゴリー先輩はさすがに知ってるわ」

 

ハンナは苦笑いを浮かべた。あの"ハッフルパフの星"はハッフルパフ生ならば誰もが知っている。

 

「でも私はゴーント先輩──ううん、セリクス様のファンクラブに入会するわ。よろしくね、スーザン」

「きゃあ! 戻ったらすぐに会長に入会申し込みしなきゃね!」

 

スーザンは顔を赤らめて喜んだ。親友と同じものを推すのはきっと楽しい。早速明日から推し活開始だ。

 

「セリクス様……」

 

ハンナは湖面を渡る風にさらさらと銀髪を揺らしながら歩いていく姿を思い浮かべ、夢を見ているような眼差しでうっとりと呟いた。

 

「なんて素敵な人なのかしら。私みたいなハッフルパフ生まで助けてくれるなんて、きっと聖人みたいに心が清らかなのね」

 

涼しい風がそんなハンナの頬を撫でていく。まるで彼女の夢見がちな想いを馬鹿にするかのように。でもハンナは気にも留めなかった。胸の奥で温かな憧憬が芽生えるのを感じていた。

 

セリクス・ゴーントはよく人から勘違いをされる人間だが、ここにも1人、勘違いをした恋に恋する乙女が爆誕してしまったのだった。

 

遠くで鳥の鳴き声が響く中、2人の少女は腕を組んで城への道を歩いていく。ハンナの心は、生まれて初めての恋の予感に満ちていた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

謎の単語

 

スリザリンの談話室に、いつもの穏やかな時間が流れていた。暖炉(だんろ)の火が心地よく燃え、石造りの壁に温かな光を投げかけている。夕食後のお茶の時間に、セリクスとコーウェンは向かい合ってソファに座っていた。

 

コーウェンが紅茶のカップを両手で包み込みながら、きょろきょろと周りを見回す。他の生徒たちが自分たちの会話に注意を向けていないことを確認すると、身を乗り出して小声で(ささや)いた。

 

「そういえばこの前ピュシーから聞いたんだけどさ、なんか君のファンクラブがあるらしいよ」

 

セリクスがカップを口元で止めた。エメラルドグリーンの瞳に困惑の色が浮かぶ。

 

「ファンクラブ……? 私の? 何のために?」

「そりゃあキャーキャー言うためじゃない? 知らないけど」

 

コーウェンが肩をすくめながら答える。そして、ちょっと照れたような笑みを浮かべた。

 

「あとね、実は少人数だけど僕のもあるんだって」

 

そう言ったコーウェンは少し、いやだいぶ嬉しそうだった。薄いブルーの瞳がきらきらと輝いている。

 

「全然モテなくて悲しかったけど、実はちょっとは人気あったのかな? なーんて。……ふふっ」

 

頬をうっすらと染めながら、コーウェンが嬉しそうに続ける。紅茶の湯気が立ち上る中、彼の表情はまるで花が咲いたように明るかった。

 

「……でもよく分からないのが、その子たちが僕たちの方を見て、"セリコー"? とかなんとか言ってたんだよね」

「"セリコー"? なんだそれは」

 

セリクスが眉をひそめた。聞いたこともない単語だった。

 

2人は顔を見合わせたが、どちらも答えを持っていない。首を傾げる動作が、まるで鏡に映したように同時に起こった。コーウェンの薄いミルクティー色の髪とセリクスの銀髪が、暖炉の光で揺らめく。

 

「まったく見当もつかないな」

「うん、僕も」

 

2人の困惑した表情が、何とも言えない可愛らしさを(かも)し出していた。

 

その様子を、談話室の片隅で本を読んでいるふりをしながら、数人の女子生徒がちらちらと盗み見ている。カップを傾ける手付き、困ったような表情、そして無邪気に首を傾げる仕草──全てが彼女たちの胸をときめかせていた。

 

「やばい、あの会話超尊い……」

「無理、同時に首傾げた……セリコー最高……」

「あー、萌え死にそう……」

 

ひそひそと囁き交わす声が、本のページをめくる音に紛れて消えていく。

 

しかし当の本人たちは、そんな熱い視線にも、囁き声にも、毛ほども気付かないまま。ただただ「セリコー」という謎の単語について、真剣に首をひねり続けているのだった。

 

「まあ、女子の考えることは分からないものだ」

 

セリクスが溜息をつくと、コーウェンも苦笑いを浮かべて頷いた。

 

「そうだね。きっと何かの暗号なんじゃないかな」

 

2人の結論は、真実から遥かに遠いものだった。

 

 

 

 

 

 




【あとがき】
私はずーっと何年もハンナ役とスーザン役の人を逆に覚えていました( ߹ㅁ߹) ᒡᑉᒡᑉᐧᐧᐧ
丸顔のおっとりした顔立ちの子がハンナだと思うじゃん!? まさか最初の組み分けで呼ばれていた子がスーザンだったなんて! あと、炎のゴブレット編でハリーに意地悪そうな顔をした子がスーザンだと思ってましたね。え、あなたがハンナなの!?って(笑)
ハンナは将来ネビルと結婚するから、そんな意地悪そうなことするとは思ってなかったせいかな……( ̄▽ ̄;)

そして今回の主役、セリクス様についてですが──ハンナはセリクスのことを「聖人みたいに心が清らかな人」だと思っていますが、別にセリクスは清らかな心で助けた訳ではありません。彼的には大した労力でもないし、目の前で死なれる方が面倒臭いだけです。 でもそうやって偏見なく目の前の人を助けるせいで、勘違いが止まらないというね。

最後に、幕間のセリコーは笑いどころなので笑ってください。 ホグワーツにも少数ですが┌(┌^o^)┐がいるという設定です。でも彼女たちは普段完璧に擬態してるので、登場はあまりしないかもしれませんꉂꉂ(ˊᗜˋ*)
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