スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~   作:如月斎

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第3章 第22話 支配者の鉄槌

 

支配者の鉄槌

 

春先の暖かい陽気の中、スリザリン対ハッフルパフ戦が始まろうとしていた。

 

朝食時の大広間で、コーウェンはポリッジをスプーンでつつきながら、深い皺を眉間に刻んでいた。白いポリッジが少しずつ冷めて、とろりとした粘度を増していく。

 

「どうしよう……。どっち応援しよう……」

 

その呟きは、まるで重大な決断を迫られた者のような深刻さを帯びていた。

 

「コーウェンの好きにすればいい。別にスリザリン生だからといって、必ずスリザリンを応援しないといけないルールはない」

 

セリクスは紅茶のカップを口元に運びながら、淡々とした口調で答えた。湯気が薄く立ち上り、彼の無表情な顔を(かす)ませている。

 

「セドはそりゃ親友だからもちろん勝ってほしいよ? でも、ヒッグスもブレッチリーもピュシーもみんな友達なんだよ……」

「……そうか」

 

コーウェンはなかなか食が進まないようだった。ポリッジがどんどん冷えて粘りを増し、もはや食べ物というより糊のような質感になっていく。

 

「あと、なんかまた嫌な感じがするんだ。この前の試合の時より酷い……」

 

その言葉に、セリクスの手が止まった。コーウェンの予感を軽んじる気はない。

 

「どちらにしろクィディッチに原則引き分けはない。なるようにしかならない」

「そりゃそうなんだけど……」

「今日はハッフルパフ席へ行くか?」

「え? 僕たちが行ったら針のむしろだよ?」

 

コーウェンが目を丸くした。確かに敵陣の観客席は居心地の悪いものだ。

 

「ハッフルパフ生に成り済ませばいい。《コロバリア(色を変えよ)》。こうすればいいだろう」

 

セリクスは杖を軽く振った。途端に2人のローブの裏生地とネクタイが、鮮やかなハッフルパフの黄色に染まった。色の変化が波のように広がって定着していく。セリクスは鞄から手鏡を取り出し、自分の姿を確認した。呪文は完璧に成功している。少し得意そうな表情でコーウェンを見た。

 

「どうだ。これでハッフルパフ席に行っても大丈夫だろう」

 

コーウェンは口を大きく開けて呆然としていた。しかししばらくして、肩がふるふると細かく震え出した。笑いを(こら)えているのだ。

 

「セリクス……。ごめんだけど、ぜんっっっっっぜん似合わない……」

「なに?」

 

セリクスは思いもよらない反応に眉をひそめた。似合わないなどと言われるとは。

 

「セリクスってびっくりするほど黄色似合わないんだね。ていうか、セリクスみたいな目立つ人間、成り済ませられる訳ないでしょ」

 

銀髪とエメラルドグリーンの瞳、そして整った顔立ち。確かにハッフルパフの黄色は、彼のクールな美貌とは致命的に合わなかった。ボロクソに言われたセリクスは、得意気だった表情を一転してむすっとさせ、唇を固く引き結んだ。

 

コーウェンは溜息をつくと席を立った。セリクスも魔法を解除しながら、やや硬い動作でそれに続く。

 

「普通にスリザリンを応援するよ。僕はスリザリン生だもの」

「好きにしろ」

 

2人は微妙に距離を開けて大広間を出ていった。セリクスの声には、明らかに()ねた響きが含まれていたのだった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

スリザリン観客席の特等席。陽光が芝生を照らし、風が心地よく頬を撫でていく。しかし空気には、試合前特有の緊張感が張り詰めていた。

 

選手たちが続々と入場してくる。緑と銀のユニフォームが陽光に映え、黄色と黒の対比が鮮やかだ。

 

コーウェンは席から勢いよく立ち上がり、両手を口元に当てて大声で叫んだ。

 

「ヒッグスー!! ブレッチリー!! ピュシー!! 頑張ってー!!」

 

その声援はピッチに響き渡り、呼ばれた3人が振り返って大きく手を振り返してきた。嬉しそうな笑顔が、観客席からでもはっきりと見える。

 

何故か自分が呼ばれたと勘違いしたらしい7年のプルヴィス・ヒッグスが、空中で宙返りを披露していた。おまけにキザなウインク付きだ。女子生徒の黄色い歓声が響き渡る。コーウェンは、きょとんと首を傾げていたが。

 

「ついでにフリント先輩も頑張れー!!」

「おい、ついでってなんだ! ついでって! 俺は先輩だろうが! 真っ先に応援しろよ!!」

 

マーカス・フリントの即座の抗議に、観客席から笑い声が湧き上がった。ハッフルパフの選手たちも、思わずクスクスと笑いを漏らしている。応援して貰えなかったビーターたちは、不満そうな顔をしていたがコーウェンは気付かなかったようだ。

 

セドリックがこちらを見ている。金色の陽光を浴びた彼の姿は、まさにハッフルパフの象徴のように輝いて見えた。コーウェンとセリクスは、示し合わせたかのように同時に頷いてみせる。大っぴらには応援出来ないが、気持ちだけは伝えたかった。セドリックも微かに頷いたようだった。

 

遂に試合が開始された。

 

『始まりました、スリザリン対ハッフルパフ! 手段を選ばないスリザリン。フェアプレーのハッフルパフ。どちらが勝つんでしょうか!』

『ジョーダン!』

 

マクゴナガル教授の叱責が響く。

 

『さーて! 早速クアッフルはエイドリアン・ピュシーの手に渡ってしまいました! 彼はスリザリンにしてはなかなかイケてる男ですね! しかしクアッフルの扱いはどうでしょう!』

『ジョーダン、いい加減になさい!』

『すみません、先生。あっ、ハッフルパフのチェイサー、ハイディ・マカヴォイがクアッフルを取りました! 行けっ! そのままゴールだ!』

 

リー・ジョーダンの実況は、実況というよりハッフルパフ贔屓(びいき)の応援に近かった。

 

「クィディッチに見た目は関係あるのか?」

 

セリクスが疑問を口にした時だった。

 

「突っ込むところはそこなの? ──あっ、危ない!」

 

コーウェンの鋭い声が響いた。クアッフルを持っていたハッフルパフのチェイサーに向かって、至近距離からブラッジャーが猛然と打ち込まれた。打ったのはスリザリンのビーター、ペレグリン・デリックだ。チェイサーはクアッフルを取り落としながらも、ギリギリでブラッジャーを避けた。しかしその顔は、恐怖に引き()っている。

 

「うわぁ……。今の顔面狙ってたよね?」

「怪我が付き物とはいえ、危険なプレーだ」

 

双方ともグリフィンドールに負けているため、これ以上負ける訳にはいかない。しかしスリザリンの「何としても勝つ」という気迫に、基本的に心優しいハッフルパフチームがジリジリと圧されていく。観客席からも、その空気の変化が手に取るように分かった。

 

やはりスリザリンのビーター、ペレグリン・デリックとルシアン・ボールのラフプレーが目立っていた。ブレッチリーは堅実にゴールを守り、ヒッグスは真面目にスニッチを探している。ピュシーやプルヴィスもクアッフルに一直線に飛び込んでいた。しかしデリックとボールの2人だけは、明らかに違った。

 

高いところを旋回(せんかい)していたセドリックが、何かに気付いて急降下を始めた。風を切る音が鋭く響く。ヒッグスもそれを追った。スニッチを見つけたのだ。

 

黄金の小さな球体を追って、2人がデッドヒートを繰り広げる。観客席からは息を呑む音が聞こえた。コーウェンも手に汗を握って見守っている。

 

「あああ、頑張って……。2人とも……」

 

セドリックの方がほんの僅か、箒の先が出ていた。それでもまだ勝敗は分からない。スニッチは巧妙に左右に舞い、2人のシーカーを翻弄し続けている。

 

コーウェンが両手を組んで祈っていたその時、脳裏に天啓のように一つの映像がよぎった。

 

それは初めての『占い学』で見た紅茶占いの茶葉の形だった。大きな翼を持つ鳥のようなもの。それと棒。あの時は何なのか分からなかった。だが今になって、その意味がコーウェンにだけは直感的に分かった。

 

───あれは。

 

「セドリックー!! 避けてー!!!!」

 

コーウェンの絶叫が観客席に響いた。しかしもう間に合わなかった。

 

スニッチに手を伸ばしていたセドリックの背後から、ルシアン・ボールが猛スピードで迫り、その後頭部めがけてバットを振り抜いたのだ。鈍い音が空気を裂いた。ほとんど同時に、ヒッグスの手がスニッチを掴んだ。試合終了を告げる笛が鳴ったはずなのに、その音は誰の耳にも届かなかった。

 

競技場から音が消えたような錯覚に陥った。観客席からも、選手たちからも、一切の声が失せた。ボールから痛烈な一撃を後頭部に受けたセドリックは、そのまま意識を失って箒から落下していく。

 

相当な高さだった。このままでは怪我どころでは済まない。

 

「セドリック—————!!!!」

「《アレスト・モメンタム(動きよ止まれ)》!!!」

 

競技場にコーウェンの悲痛な悲鳴と、セリクスの渾身(こんしん)のクッション呪文が同時に響いた。セリクスの魔力が空気を震わせ、落下していくセドリックの体を包み込む。

 

頭から血を流し気を失ったセドリックは、ふんわりとゆっくりピッチに降りた。その姿を、スニッチを握ったままのヒッグスが呆然と見つめていた。ヒッグスの顔には、勝利の喜びなど欠片も浮かんでいなかった。デリックとボール以外の選手たちの顔から、血の気が引いていく。誰も何も言えなかった。

 

その静寂の中で、デリックとボールだけが満足げに笑い合っていた。

 

マダム・フーチとマダム・ポンフリーが慌ててセドリックに駆け寄る。ハッフルパフチームの選手たちも箒から降りて集まってきた。スリザリンチームはピッチに立ち尽くすことしか出来ず、その中で大喜びのデリックとボールだけが異様に浮いていた。

 

コーウェンはとうとう涙を我慢出来なくなった。もう14歳なのに、肩を小刻みに上下させてしゃくり上げ、嗚咽(おえつ)で言葉が途切れ途切れになってしまっている。

 

「ぼ、僕っ、見てたのに! こうなるってずっと前から分かってたはずなのに! セ、セドリックが……! ごめんなさいっ……うああっ」

 

次から次へと涙が零れ落ち、顔がぐしゃぐしゃになっていく。

 

「コーウェン、落ち着け。君のせいなんかじゃない」

「でっでもっ、紅茶占いで見えた鳥と棒は、スニッチとバットだったんだっ。あの時、もっとちゃんと分かってたらっ……」

「占いは確実じゃない。君のせいじゃない。……あいつがやったんだ」

 

セリクスは、氷のような光を宿したエメラルドグリーンの瞳で、ルシアン・ボールただ1人を見据えた。

 

左手首のバングルに埋め込まれたエメラルドが、怒りに呼応するように強烈な赤色に光り輝いた。まるでルビーのようになっている。

 

セドリックが担架に乗せられ、医務室へと運ばれていく。コーウェンが慌てて追おうとしたが、セリクスは咄嗟にそれを制止した。

 

「今行くのはさすがにまずい。一旦談話室に行っていてくれ。ワリントン、モンタギュー。コーウェンを頼めるか」

 

2人は、セリクスの声音の異様さに気付いたのか、いつもの軽薄さを封印して真剣に頷いた。

 

「分かった」

「お、おお。いいけどよ。お前はどうすんだ?」

「私はすることがある」

 

セリクスは困惑した2人の視線を背に受け、観客席から降りた。救護に人が集まる混乱の中、楽しそうに笑い合っているデリックとボールの後を、音もなくついていく。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

デリックとボールは下品な笑い声を響かせながら、道具置き場へと向かっていた。周りには誰もいない。まだ競技場に残っている生徒たちのざわめきも、ここまでは届かない。

 

「見たか俺のバットさばき。惚れ惚れするだろ?」

 

ボールが自慢げに胸を張った。

 

「ハッフルパフの奴らの間抜け面、傑作だったな。さすがはルシアンだぜ」

「あのハッフルパフのディゴリーとかいうの、前からムカついてたんだよな。あのスカした面、ぐちゃぐちゃにしてやりたかったんだ」

「はっは! 悪い奴だなー!」

 

2人の会話が、セリクスの怒りを決定的なものにした。気配と足音を完全に消したまま、彼は静かに近付いた。

 

「おい」

 

突然の声に、2人が振り返った。

 

「ん? なんだ? お前」

「こいつ、ゴーントだろ。王子様が俺たちに何の用だよ」

 

デリックとボールはセリクスの顔を見て、わざとらしくとぼけた表情を作った。セドリックと友人関係なのは知っていたし、セリクスが怒っているのも分かった上で、挑発をしているのだ。

 

「お前たちは、あんな真似をして恥ずかしくはないのか?」

 

セリクスの声は静かだったが、その奥に氷のような怒りが潜んでいた。

 

「はあ? 恥ずかしい? なにがぁ?」

「あれもクィディッチだろ? あいつの頭がブラッジャーに見えただけだし」

 

タチの悪い上級生は、自分たちより小柄なセリクスを見て心底馬鹿にしているようだった。その侮蔑に満ちた態度を見て、セリクスは口で言っても何も変わらないのを悟った。

 

───動物には躾が必要だ。

 

セリクスは素早く杖を振った。その動きには一切の迷いがなかった。

 

「《シレンシオ(黙れ)》《インカーセラス(縛れ)》」

「んぐぅっ!」

「ああっ!? てめえ、なにしやがる!」

 

まずデリックを無力化した。こいつは今回、セドリックに直接手を下してはいない。ここで見せ付けてやれば充分だろう。

 

「《イモビラス(動くな)》」

 

殴りかかってきたボールの動きを、完全に停止させた。右手を振り上げた状態のまま硬直したボールは、驚愕に目を見開いた。3年生が繰り出すにしては、あまりにも威力が高すぎる。

 

「《ウィンガーディアム・レビオーサ(浮遊せよ)》」

 

ボールの体がゆっくりと宙に浮いた。《イモビラス》が効いているため、手足をばたつかせることすら出来ない。《シレンシオ》は掛けていないため声は出せるはずだが、ボールは口をパクパクと動かすだけで、呼吸すらままならない様子だ。喉の奥で掠れた空気音だけが漏れ、言葉にはならなかった。

 

「安心しろ。怪我はさせない。私はお前たちとは違うからな」

 

セリクスの声は、氷のように冷たく、それでいて恐ろしいほど穏やかだった。

 

「……《ディセンド(落ちろ)》」

 

ボールの体が真下の地面へ向かって急降下する。見事な魔法制御で、地面に激突する寸前でぴたりと止め、また空高く浮かせる。そしてまた落とす。それを何度も何度も何度も繰り返した。

 

「ぎゃああああああああ!!!」

 

聞き苦しい絶叫がボールの喉から(ほとばし)った。地面に縄で縛られて転がっているデリックが、それを見て引き()った顔で涙を流している。セリクスは冷たい無表情のまま、機械的に上昇と降下を繰り返した。ボールの命乞いなど、まるで聞こえていないかのように。

 

最後には、ボールが悲鳴も上げられず、気を失いかけるまで追い込んでから、セリクスは魔法を解いた。ボールの体が地面にどさりと力なく落ちる。

 

「これに懲りたら二度と舐めた真似をするな。私の邪魔をするな。私の友人に手を出すな」

 

セリクスの声が、春の穏やかな空気を凍てつかせた。

 

「二度はないと思え。──分かったな?」

 

セリクスの体から放たれた氷のように冷たい魔力が、目に見えない重圧となって2人の上級生を押し潰した。デリックは心底後悔した。こんな化け物がホグワーツにいるなんて───

 

「……はい……」

 

拘束を解いてやったデリックの口からか細い返事が漏れた。ボールは気絶しかかっているが、恐らくもう懲りただろう。セリクスに逆らうことは二度とないはずだ。

 

セリクスは自身の甘さに内心辟易としながら、2人に背を向けて校舎へ向かった。陽光が彼の銀髪を照らし、影が長く地面に伸びている。その後ろ姿は、まさに「支配者」と呼ぶに相応しい威厳を(まと)っていた。

 

 

 

 

 

 




【あとがき】
チラッと登場のプルヴィス・ヒッグス君。彼はテレンス・ヒッグスのお兄ちゃんです。陽キャなクィディッチ馬鹿で、イケメンのモテ男という設定です。多分、声援を送るコーウェンを遠目から見て、即「おっ俺のファンの女子だな」と雑な判断したんでしょうね。本人は完璧にファンサ出来たと思って満足しています。自己肯定感が高すぎて空飛んでる。もう箒要らんやん( ̄▽ ̄;)

対してマーカス・フリントはちゃんとコーウェンのことを認識して「俺はお前の先輩なんだから真っ先に呼べよ!」と怒っています。うるさいけど、後輩への解像度は妙に高いという(笑)

コーウェンの予知能力が着々と伸びていっているようですが、本人的にはキツい気がします。未来なんて見えない方がいいですよねぇ。特に自分の寿命とか絶対知りたくないです。LOTOの当選番号だけ教えてほしい(笑)

本文には書いてませんが、きっと談話室に戻って泣きじゃくっているコーウェンを、モンタギューとワリントンがたどたどしく慰めたんじゃないかなと思います( ̄▽ ̄;)

実は私がやられたら絶対に嫌なことをさせてみました。私、フリーフォール系のアトラクション大嫌いなんです……。胃がふわっと浮いて足先がぞぞぞっとする感じしません? ディズニーのタワー・オブ・テラーは口からエクトプラズムが出るかと思いました……。「多分、1~2回とかならクィディッチ選手なら余裕だよねきっと」と思ったんで、体の自由を奪って相手がギブアップするまで執拗に落としてみました。きっと二度とセリクスに対してだけは逆らわないように躾けられたんじゃないかな。
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