スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~ 作:如月斎
ドラゴンからの親愛
前回のクィディッチ試合からもう数週間が経っていた。しばらくの間落ち込んでいたコーウェンだったが、ブレッチリーたちにそろそろ試験勉強をしようと持ちかけられて、いつまでも落ち込んだままではいられなくなった。セドリックが思いのほかあっけらかんとしていて、「次の試合に備えるだけさ」と張り切っていたのも大きな理由の一つだった。
スリザリンの談話室では、窓際のソファセットにコーウェンとブレッチリーたちが陣取り、羊皮紙や教科書を広げて勉強に励んでいる。羽根ペンの走る音と、時折聞こえる小さな溜息が静寂を破っていた。
セリクスは例のごとく同じテーブルにつきながらも、1人専門書を読み
そこへ興奮気味のドラコが足音も軽やかに近付いてきた。少し前に怒っていたことは、もうすっかり忘却の
「セリクス! ちょっと話がある! 来てくれないか?」
セリクスはちらりとコーウェンを確認した。『占い学』の夢日記を呆れるほど真面目に書いているコーウェンは、羽根ペンを握る手を止めることなく集中し切っているようだった。セリクスはドラコへ無言で頷き、本に
少し考えて、セリクスは自分とコーウェンの寮室へドラコを案内した。石の廊下を歩く足音が、湿った空気に響く。ここならゴーストも肖像画もいないので、内緒話に最適だった。
寝室の扉を開けると、整然と整えられた部屋の空気が頬を撫でた。セリクスはドラコを自分の椅子に座らせ、己は寝台に腰を下ろし話の続きを促した。
「それで?」
「大変なんだよ! 大事件だ! これであいつらもおしまいだ!」
ドラコの灰色の瞳が興奮で輝いている。しかし、その話しぶりは少し支離滅裂だった。
「落ち着け。順を追って話せ」
「ああ、すまない。それで事件っていうのは───」
ドラコの話を整理すると、要はこういうことだった。
◆ ◆ ◆
少し前からポッター、ウィーズリー、グレンジャーの三馬鹿トリオが何か悪巧みをしているようだった。
3人でコソコソ薬草学をサボるだの何かを見に行くだの言っている。
サボりは良くないし、何か校則違反をしているのならこの僕が正さないといけない。
だから後をつけて悪事を暴いてやろう。
そして見に行ったら、あの召使いの森番の小屋で、法律違反のドラゴンが卵から
◆ ◆ ◆
それまで無表情で聞いていたセリクスだったが、最後の言葉で瞬間的に目を見開いた。
「なんだと? ドラゴン? それは確かか?」
「そうなんだよ! ホグワーツで素人がドラゴンなんて孵したのがバレたら、あいつらは一巻の終わりだ! すぐにスネイプ教授に言いつけなくちゃ!」
ドラコのウキウキとした心情が隠し切れていない。瞳を輝かせ、弾んだ声で続ける。
「ああ、でもまだあのドラゴンは小さいから、今告げ口したら隠されちゃうかも。隠し切れないくらい大きくなってからの方が逃げられないよな」
ドラコがブツブツと算段を立てている最中、セリクスが唐突に割り込んだ。
「そのドラゴン、今日孵ったのか?」
「ん? うん、ついさっきだ。見つかりそうになったから、急いで帰ってきたんだ」
セリクスの脳裏に、様々な可能性が駆け巡った。生まれたばかりのドラゴン。その卵の殻。───貴重な素材。
「じゃあまだ卵の殻は残ってるか。……ドラコ。スネイプ教授に言うのは、少し待ってくれないか?」
「何故? まぁまだあのドラゴンは小さいから、別にいいけど」
「動くなら早い方がいいな。少し行ってくる」
セリクスは既に立ち上がっていた。善は急げとばかりに、困惑するドラコを置いて寝室から立ち去った。
「あっ、セリクスどうしたんだよ!」
ドラコの声が背後から聞こえたが、セリクスの足は止まらなかった。
◆ ◆ ◆
夕暮れの校庭を抜けて、セリクスは足早にハグリッドの小屋へ向かった。普段冷静そのもののエメラルドグリーンの瞳には、研究への渇望と期待の色が宿っている。枯れ草を踏む音が、静寂を破りながら響いた。
粗末な小屋が視界に入ると、セリクスはいつもより力強く、しかし礼儀正しく扉を叩いた。
「誰だ」
中から低い警戒した声が響く。
「突然失礼します。スリザリン3年、セリクス・ゴーントと申します。少しお話よろしいですか」
セリクスはことのほか丁寧に言った。ハグリッドを怒らせないためだ。扉が薄く開かれ、隙間から温かい空気が漏れ出てくる。
「何の用だ? ここにはなんもねぇぞ」
「お願いします。ここを開けていただけませんか」
ハグリッドが渋々もう少し扉を開けた。途端に、むわっとした湿った湯気が扉から飛び出してきた。暖炉の火と何かしらの生き物の体温が混じったような、独特な匂いがセリクスの鼻を突く。
ハグリッドが、顔だけ出してセリクスを見下ろした。最初はあまり面識のないスリザリン生に対してむっとした表情をしていたが、セリクスの顔を見て不思議そうな表情に変わった。
「ん? おまえさんの顔、どっかで見たことあるな? 誰かに似とる」
「そうですか? 家族はホグワーツ出身ではありませんが」
「んん。大昔に会ったことがある奴に似とる……気がする。いや、気のせいかもしれん」
ハグリッドは、まるでゴーストでも見たような顔色になった。しかしセリクスにはそんなことはどうでもよかった。
「……それよりここにドラゴンがいると聞いたのですが」
「そ、そんなもんはいねぇ! おまえさんの勘違いだ!」
「落ち着いてください。私は告げ口をするために来たのではありません。ドラゴンに興味があるのです」
セリクスは扉を閉められそうになって慌てて言い
「……おまえさん、ドラゴンが好きなのか?」
「ええ、まあ。学術的興味があります」
ハグリッドは急にニコニコし始め、扉を大きく開けてくれた。暖かい空気と共に、木の燃える匂いと何かしらの動物臭が漂ってくる。先程ドラコから聞いた、三馬鹿トリオとやらは室内にはいなかった。もう帰ったのだろう。
「ドラゴンを好きなやつに悪いやつはいねぇ! 見てってくれや、美しいだろう?」
小屋の中に足を踏み入れると、セリクスの目にドラゴンの幼体が映った。
漆黒の胴体に、不釣り合いな大きさの翼。するりと長い鼻、つやつやと光るまだ短い角。そして大きな瞳はオレンジ色に輝いている。テーブルの上で、まだ覚束ない動きで翼を動かしていた。
「ノルウェー・リッジバックですね。生きている本物は初めて見ます」
セリクスの瞳に
───いや、まだ小さすぎる。
「そうだ! よく分かったな。可愛いだろう。おお、よちよちママちゃんだよ」
ハグリッドが気持ちの悪い猫撫で声を出して、大きくてガサガサした手をドラゴンに差し出した。しかしドラゴンは明らかにハグリッドの手を敵か獲物でも見るかのように睨み付け、ついで鋭い牙を突き立てていた。
「おお! 元気いっぱいだ! いい子だなぁ!」
「食べられていますが……」
さすがに少し呆れたセリクスだったが、その時ドラゴンがハグリッドの指から口を離し、大きなオレンジ色の目でセリクスを見つめた。
「ぎゅい。ぎゅい」
ドラゴンが大きな翼を不器用に動かして、よちよちとセリクスの方に近付いてくる。途中、ふんっと鼻息を出すと小さな火花が散った。セリクスは思わず1歩引く。
「どうした? ママちゃんはこっちだぞ」
ハグリッドが慌てて声をかけるが、ドラゴンはそちらを見向きもしない。遂にテーブルの端っこまで到達すると、更にセリクスの方へ身を乗り出してあわやテーブルから落ちそうになった。
咄嗟に、セリクスが両手を差し伸べる。そのままドラゴンはずしりとした重量でセリクスの手に乗っかり、するするとローブを伝って肩まで登ってきた。止める間もなかった。
長い鼻をセリクスのこめかみあたりに擦り付けてくる。ゴツゴツとした鱗の感触が少し痛みを伴って頬に当たったが、セリクスはドラゴンを刺激しないようにじっとしていた。鋭い爪がローブに穴を開けそうでヒヤヒヤした。
「重い……」
「……こりゃ驚いた。ドラゴンが初対面の人間に懐くとは……」
「少し痛いので引き取ってもらえませんか」
驚愕しているハグリッドに助けを求めたが、ハグリッドが慌てて手を差し伸べてもドラゴンはまたもや見向きもしなかった。セリクスは少し困ったが、ここに来た目的を達成しようとハグリッドに話を持ちかけた。
「森番殿。お願いがあるのですが、このドラゴンが入っていた卵の殻を少し分けてもらえませんか」
「卵の殻? 少しこの子に食べさせちまったが、まだ残っとる。俺はいらんから、おまえさんがほしいなら全部やるよ」
「本当ですか。ありがとうございます」
相当量の卵の殻を入手出来ることになったセリクスは、内心ほくほくとした気分で──表情は相変わらず無表情だが──その殻を全て魔法の鞄に収納した。しばらくは色々と研究出来そうだ。これでここに来た目的は達成された。
「ドラゴンよ。そろそろ離れてくれないか」
セリクスとハグリッドが会話している間も、ずっとセリクスの頭に鼻を擦り付けていたドラゴンだったが、セリクスが頼むとまるで仕方ないとでもいうような態度で渋々テーブルへ降りてくれた。テーブルからキラキラとした目でセリクスを見上げている。何かを期待しているかのようだ。
セリクスは慎重にドラゴンの頭を撫でてみた。ドラゴンに素手で触るなど、本来は禁忌である。素手で触ったドラゴンの頭はほのかに温かく、ぺたぺたと湿っていた。ドラゴンは満足そうな表情を浮かべている。ハグリッドが浅く溜息をついた。なんだか少しだけショックを受けているように見える。
「おまえさん、本当にすごいなぁ。立派な魔法動物学者になれるな」
「なるつもりはありませんが……」
「ならドラゴンキーパーか? こんな後輩が出来たら、チャーリー・ウィーズリーが喜ぶだろうな。もしかして、ケトルバーン先生が言っちょった逸材っちゅーのはお前さんか。なるほどなぁ」
「両方違いますが、まぁいいです。帰ります」
セリクスはそう言い切ると、さっさと外へ出た。後ろの方から「ぎゅい……」という寂しそうな鳴き声が聞こえたが、聞こえないフリをした。キリがないからだ。また機会があれば、来ることもあるかもしれない。夕暮れの冷たい空気が頬を撫でていく。ハグリッドの方へ向き直って言った。
「卵の殻をくれたお礼に1つ情報を。私は告げ口する気はありませんが、恐らく私の後輩がそのうち告げ口するでしょう。あのドラゴンを、あまり長く手元には置かない方がいい」
「なにっ!?」
「では失礼します」
セリクスは一礼してそのまま去った。もう彼の頭の中には粗末な小屋も、半巨人の森番もいない。手に入れた貴重な素材で、何を調合するか考えるので忙しかった。足音軽やかに城へ向かう背中は、既に次の研究への期待で満ちている。
ハグリッドは細い背中を呆然と見送った後、ドラゴンをどうするかで頭を悩ませることになるのであった。
◆ ◆ ◆
セリクスが談話室に戻って来ると、まだコーウェンたちが窓際のソファセットのところで勉強に励んでいるのが見えた。セリクスはそちらに行こうかと思ったが、
「……おかえり」
ドラコが大きな3人掛けソファに1人でふんぞり返っていた。暇そうにプラチナブロンドの毛先を弄っていたらしい。クラッブとゴイルは向かいのソファに座っていたが、セリクスの顔を見て慌てて立ち上がっている。セリクスは開けて貰った位置に、ありがたく座らせて貰う。ドラコはセリクスの顔を見て、毛先をピンと指先で弾いた。
「あぁ。戻った」
「それで? 僕を部屋に置いてどっか行った結果は、満足いくものだったの? 随分とご機嫌そうだけど?」
「……まぁそうだな。……機嫌を直せ」
「別に怒ってないけど? まぁ、こいつらはセリクスと違って、あんまり話し相手にはならないから暇だったけどね」
「……そうか。アフタヌーンティーセットを。肉多めで」
ドラコのあまりの言い分に、ほんの僅かに同情心が湧き上がる。セリクスが屋敷しもべ妖精に頼むと、すぐにテーブルいっぱいの豪華なセットが現れた。クラッブとゴイルが言葉にならない喜びの声を上げる。それがまるでゴリラの
「……好きなだけ食え」
「……ありがと、ございます」
「……うまい、です」
「……目上に対する言葉遣いも、だんだんと上達するといいな」
期待薄である。
「……あぁ、そうだ。告げ口するのを止めていた件だが」
「うん? あぁ、まぁ急いでないから」
「いや、私の目的は達成したから、別に好きにすればいい」
「……ふん。分かった」
ドラコの口元が意地悪げに歪んだ。この様子だと、ドラゴンが大きくなるまでの数週間は黙っているだろう。森番には忠告をしたし、ドラコが何か企んだとしても、空振りになる可能性もあるが。
「お前のおかげで良い物が手に入った。礼を言う」
「?? よく分からないけど、セリクスの助けになれたならいいさ」
「あぁ。これから忙しくなる」
セリクスの瞳が
セリクスは、
【あとがき】
ドラコが最高に楽しそうにハリーをはめようと画策していますが、こういうフフン(◦`꒳´◦)ってしているドラコ大好きです(笑)
そして罠にはめようとして墓穴を掘るドラコが、もういっそ愛おしいくらいです。゚(ノ∀`)゚。
ノルウェー・リッジバックの描写、同じ物を見ているはずなのに、原作とセリクス視点ではまるで別物のようですね。ハリーはドラゴンを得体の知れない物を見ている感覚。セリクスは希少な素材を見ている感覚の違いが出ています。
今回のセリクスは、だいぶサイコパス寄りのマッドサイエンティスト感がありますね。実は彼、魔法薬調合馬鹿なんです。もちろん杖を使った魔法も大の得意ですが、好みでいったら魔法薬学と錬金術の方が好きなんですね。まぁでもさすがにドラゴンの赤ちゃんの解剖はしないはずです、多分( ̄▽ ̄;)