スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~   作:如月斎

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第3章 第25話 分身魔法の正体/幕間 水も滴るいい男?

 

分身魔法の正体

 

遂に学期末試験が始まった。

 

スリザリンの談話室は、まるで戦場の野戦病院のような有様だった。セリクスの周りでは勉強のしすぎで死屍累々(ししるいるい)となった同級生たちが、机や椅子に突っ伏している。その中でセリクスだけが、いつもの超然とした態度で羊皮紙に目を通していた。同級生たちの嫉妬に満ちた視線が、針のように彼に向けられている。

 

モンタギューは机に突っ伏し、口からはエクトプラズムのような得体の知れない物体が漏れていた。睡眠不足と疲労で、もはや意識すら保てていないようだ。それをヒッグスが死んだ目で眺めている。

 

ピュシーは頭を掻きむしりながら、『変身術』の理論を延々と呟き続けている。「変身の基本原理は分子構造の再配置であり……」という呪文のような独り言が、談話室の重苦しい空気を更に濃く重くしていた。

 

コーウェンは『闇の魔術に対する防衛術』の実技に自信が持てず、顔を手で覆って小さくうずくまっていた。彼は自他ともに認めるほど、攻撃魔法がからっきしである。

 

いつもはセリクスとあまり変わらない余裕を見せるセドリックですら、最近は憔悴(しょうすい)しているらしい。それをコーウェンは不思議そうに首を傾げながら見ていた。一方、セリクスは何かを知っているのか、意味深な目線でセドリックの方を見やっていた。

 

今年から選択科目が入ってくるため、去年までよりも試験のスケジュールが厳しい。しかしセリクスは余裕の表情で、まるで散歩でもするかのように試験会場を渡り歩いていった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

『古代ルーン文字学』は筆記のみだった。教室に漂うインクと羊皮紙の匂いが、学問の厳粛(げんしゅく)さを演出している。セリクスはテスト用紙の余白が消えるくらい細かな文字を書き込んでいく。その文字は美しく整っており、まるで芸術作品のようだった。

 

バブリング教授は、セリクスの解答用紙を覗き見ては至極満足そうに頷いていた。ちらりと見えたセドリックの解答用紙──断じてカンニングではない──も同じくらいびっしりと書き込まれている。2人の知識量は、明らかに他の受験者を圧倒していた。

 

『魔法薬学』の実技試験も上々な出来栄えだった。セリクスの大鍋では「混乱薬」が、理想的なとろりとした粘度を保ち、真珠のような光沢を放っている。甘い薬草の香りが鼻腔をくすぐった。

 

スネイプ教授は興味深そうにセリクスの背後に陣取り、セリクスが魔法薬を調合する手付きを舐めるように見つめていた。しかしセリクスはほとんど頓着(とんちゃく)せず、さくさくと手順を進めていく。内心では(自寮の生徒に圧をかける意味が分からない……)とボヤいていたが、表情には一切出さなかった。

 

隣の机でワリントンが作っている「混乱薬」は、何故かサラサラとした水のような質感になっている。本来なら粘度があるはずなのに。スネイプ教授の深い溜息が教室に響き、鈍いワリントンもさすがに気まずそうにヘラヘラと愛想笑いを浮かべていた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

『魔法生物飼育学』の試験では、ジョバーノールという鳥系魔法生物の世話が課題だった。青い斑点のある小さく美しい鳥で、普段は静寂を好んで鳴かない。しかし死の間際だけ、それまでに聞いたことのある全ての音を一つの長い叫びに込め、一番新しい音から一番古い音へと順にさかのぼって吐き出すという、背筋が凍るような習性を持っている。だが普段は大人しく、飼いやすい魔法生物である。

 

頭頂部の羽根は自白用血清や記憶魔法薬の調合に使われるため、セリクスはケトルバーン教授の目を盗んで何本か確保出来ないかと、密かに機会を(うかが)っていた。

 

「可愛い〜」

「こっちおいで〜。虫あげるわ」

 

ジョバーノールを見た女子生徒たちが、甲高い声を上げ嬉々としてお世話を始めた。彼女たちは我先にと鳥たちの注意を引こうと躍起(やっき)になっている。

 

セリクスはあとでもいいかと腕を組んで待機していたが、何故かジョバーノールたちは女子生徒たちを無視して、セリクスの方へと近付いてきた。そして彼の肩や頭に次々と止まって、まるで古い友人のように(くつろ)ぎ始めたのだ。

 

鳥たちはセリクスの銀髪を優しく(ついば)んだり、耳元で小さく羽ばたいたりとやりたい放題である。セリクスの困ったような(しか)めっ面と、動物たちの人懐っこい様子の対比が可笑しくて、コーウェンとセドリックは噴き出すのを我慢するのに必死だった。

 

「ディズニープリンセスかよ……」

 

ジョバーノールに群がられているセリクスを見たマグル生まれのグリフィンドール生が、小声で呟いた。マグルの知識も網羅(もうら)していたセリクスは、その呟きを敏感に拾って眉間に深い皺を刻んだ。───何がプリンセスだ、馬鹿馬鹿しい。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

試験期間も終盤に差し掛かった頃、セリクスは一切受講していない『マグル学』の試験会場に向かった。教室のドアを開けると、予想通りセドリックが既に席についていた。セドリックはセリクスの顔を見て、明らかに動揺した表情を浮かべた。

 

「君、『マグル学』には1回も来ていなかったじゃないか!」

 

セドリックの声が上ずっている。

 

「そう言うということは、君は『マグル学』も受講していたということだな」

 

セリクスの口元に、獲物を見つけた捕食者のような笑みが浮かんだ。

 

「うっ……」

 

図星を突かれたセドリックは言葉に詰まり、セリクスから目線を逸らしてすーっと顔も背けてしまった。まるで小さな子供のような反応だった。

 

「授業を受けなくても試験を受けることは可能だ。あまりやる人間はいないらしいがな。まぁ私は分身魔法が使えないからな」

「ぼ、僕も分身魔法は使えない、かな」

 

セドリックの声は次第に小さくなっていく。

 

「知っている。君がどうやって同時に違う場所に現れているかも、大体の見当は付いている」

「ううぅ……」

 

追い詰められた顔をしているセドリックを横目に、セリクスは自分の机に向かった。試験が始まり、問題用紙を一瞥(いちべつ)すると、猛然と解答用紙に答えを書き込み始める。羽根ペンが紙を走る音だけが、静かな教室に響いていた。

 

解答は最終的に裏面まで使った大作となった。『マグル学』のチャリティ・バーベッジ教授は、普段見ない生徒を(いぶか)しげに見ていたが、解答用紙を覗き見て顎が外れるほど驚いていた。

 

「何者なのよ……。あの坊や……」

 

その呟きが、誰もいなくなった教室の静寂の中小さく響いた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

最後は『占い学』だった。

 

お香をもくもくと()いた薄暗い教室に足を踏み入れると、神秘的な──セリクスに言わせれば胡散臭さの塊のような──空間が広がっていた。甘ったるい香りが鼻腔を刺激し、セリクスは内心で顔を(しか)める。

 

教室に現れたセリクスを見て、コーウェンは驚愕の表情を浮かべていた。一方、予想していたセドリックはやれやれと溜息をついただけだった。セリクスは2人を見回してふんと鼻で笑った。

 

「天才のセリクス君は、やっぱり『占い学』も受講ゼロでパスするの?」

 

セドリックが揶揄(からか)うような口調で言った。しかしセリクスは、いつになく真面目な顔でそれに答えた。

 

「『占い学』だけはまるで自信がない。まぁでもやりようは色々あるからな」

「ふうん?」

 

セドリックは興味を惹かれたような声を出した。コーウェンは何がなんだか分からないという様子でこてりと首を傾げている。

 

『占い学』の試験は水晶占いだった。教室の中央で、シビル・トレローニー教授がセリクスを出迎える。巨大な眼鏡の奥で、彼女の目がきょろきょろと動いていた。

 

「あら? あなたは見覚えがないわね……」

「えぇ、臆病者でしてついぞ受講は出来ませんでしたが、是非トレローニー教授にお目にかかりたいと僭越(せんえつ)ながらのこのこと出向いてまいりました」

 

セリクスは他人から見ると魅惑的に映るであろう笑みを取り繕った。トレローニー教授は、まんまとセリクスの思惑通りに頬を赤く染めた。

 

「いいでしょう。あなたには底知れぬものを感じます。素晴らしい成果を見せてくれるのを、私の心眼でもお見通しでしてよ」

「ご期待に応えてみせましょう」

 

セリクスは机に向かうと、真面目な顔で水晶球を覗き込んだ。球体の表面に映るのは、向かい側の教室が歪んで見えるだけだった。何の啓示も、予言も見えない。

 

しかしセリクスは突然、顔色を蒼褪めさせて恐怖に打たれたように後ずさった。その様子は、まるで本当に恐ろしい幻視を見たかのような迫真性を持っていた。

 

トレローニー教授は、トンボ眼鏡の奥で目を見開きながら、セリクスの口元に注目している。

 

「これは……、なんということだ……」

 

セリクスの声が震えていた。

 

「何が見えましたの? 恐ろしいもの?」

 

トレローニー教授の声には、明らかな期待が込められていた。

 

「はい。……これは塔?」

 

セリクスの生唾を飲み込んだ音が嫌に響いた。

 

「……塔が崩落しています。周りは暗い。夜のようです。塔の天辺から誰か、分かりませんが誰かが落ちたように見えます。死の影が……あぁ、恐ろしい。これ以上は私の口からはとてもじゃありませんが……」

 

芝居がかった様子で力が抜けたように床に座り込み、上目遣いでトレローニー教授を見上げた。その表情には、まるで本物の予言者のような神秘性が宿っていた。

 

トレローニー教授は嬉しそうな笑みを口元に浮かべ、自分も水晶球を覗き込んでいる。

 

「えぇ、えぇ。わたくしには分かります。そう、あの天文塔ですね。誰かが死にます。因果応報での死でしょう。あなたは素晴らしいわ。文句なしに最高評価を差し上げます」

「ありがとうございます」

 

セリクスはすっと立ち上がると背筋を伸ばし、まるで未練がないような足取りで教室を後にした。トレローニー教授は、彼の去り際の冷淡さにも気付かなかったようだった。目を爛々(らんらん)と輝かせて水晶球を覗き込んでいる。

 

「他愛ない」

 

教室を後にしたセリクスが低く囁いた言葉は誰の耳にも入らなかった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

全ての試験が終わった。

 

開放感に満ちた昼食時の大広間は、明るく暖かい空気で包まれていた。陽光が高い窓から差し込み、長いテーブルを金色に照らしている。試験から解放された生徒たちは疲れ果てているが、楽しそうな表情で昼食を取っていた。談笑の声が天井高くまで響いている。

 

この日は珍しく、セリクスとコーウェンがハッフルパフ席にお邪魔していた。しかしセリクスの存在に恐れをなした──もしくは恥ずかしがった──ハッフルパフ生たちは、彼らから数メートル距離を取っている。そのため3人の周りだけ、ぽっかりと空間が空いていた。

 

セリクスとコーウェンは並んで座り、向かい側に冷や汗をかいているセドリックが座っている。セドリックの表情には、明らかに追い詰められたような色が浮かんでいた。

 

コーウェンは、セドリックが何故そんな顔をするのか理由が分からず、きょとんとしていた。

 

「セリクス、セド。どうしたの? これ、なんの会?」

 

コーウェンの純粋な疑問に、セリクスは薄く笑みを浮かべた。

 

「ふん。セドリック、自分から自白するか?」

「自白? なんのこと? 僕、悪いことは何もしてないよ」

 

セドリックはぷいと横を向いた。いつもの誠実な彼からは想像もつかない、子供っぽい行動にコーウェンは面食らった。

 

「セドリック。その素敵なネックレス、私にも見せてくれないか」

「なんで知ってるの!?」

 

セドリックは制服の上から胸元を両手で握りしめた。まるでそこに大切な秘密を隠しているかのように。

 

「それが君の分身魔法の正体だろう。タイムターナー(逆転時計)か。ホグワーツにもあったんだな」

「タ、タイムターナー!? なんでそんなものがホグワーツに!?」

「シー! 誰にも内緒にしないといけない約束なんだ!」

 

コーウェンの驚きの声に、セドリックが慌てて周りを見回した。幸いなことに、話を聞いた者は誰もいないようだ。ハッフルパフ生たちは皆、数メートル離れた場所で昼食を取っている。

 

「……はぁ。よく分かったね」

 

セドリックは溜息をついて深く項垂れた。

 

「その通りだよ。これは全ての授業を受けたいっていう僕の我儘を、スプラウト先生が叶えてくれたんだ。魔法省から特別に借りたらしい」

「やはりな。まったく無茶をする」

 

セリクスは静かにティーカップを持ち上げ、静かに一口紅茶を飲む。その短い間にも、セドリックは居心地悪そうに肩を動かしていた。

 

「何度も同じ時間を繰り返すということは、その分体力も使うし、寿命も僅かだが縮むということだぞ」

「そうかもしれないけど……。O.W.L.(フクロウ)試験で12フクロウ目指したいんだ……。父さんは僕に魔法省に就職してほしいみたいだから」

「就職より何よりセドリック自身をもっと大切にしろ」

「……」

 

セドリックの"の期待に応えたい"という切実な思いは尊重されるべきだが、それで体調を損なうのなら話は違う。

 

セリクスに冷静に諭され、遂にセドリックは黙り込んでしまった。コーウェンは2人の会話についていけずにいたが、O.W.L.試験で12フクロウと聞いて、心底引いたような表情を浮かべている。

 

「タイムターナーで何回も時間を(さかのぼ)って全部の授業を受けてたの? 無理だよ。死んじゃうよ……」

 

コーウェンは無茶をするセドリックを、悲しそうな表情で見つめた。セリクスに以前聞いた、『古代ルーン文字学』と『占い学』に同時に出現したセドリックの謎が、これでようやく解けた。だからここ最近セドリックは憔悴していたのだ。

 

「私は『占い学』と『マグル学』を受講していないが、試験は受けたぞ。12フクロウも目指せなくはないはずだ。悪いことは言わない。来学期からはどれかはやめるんだ。体を壊す。勉強なら私たちと一緒にやればいい」

「………………うん……」

 

たっぷりと逡巡(しゅんじゅん)したセドリックだったが、心配そうな2人の顔を見て遂に諦めたらしい。がっくりと(うつむ)いていたが、微かに頷いた。その瞬間、コーウェンの顔がパッと花開くように明るくなった。

 

セリクスも、説得に応じてくれたセドリックを見て内心で安堵していた。これでセドリックが頑なに断ってきたら、実力行使も辞さないところだった───と。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

3人が気を取り直して昼食を摂り始めた時、大きな黒いフクロウが羽音を響かせてセリクスの元へ飛んできた。ゴーント家のフクロウ、ニクスだ。その足には、何か小さな袋が結ばれている。

 

セリクスは袋を受け取ると、誰にも見られないよう素早く鞄の中にしまい込んだ。フクロウを労うように、ゴブレットの水と分厚いベーコンを分けてやる。フクロウは少しの間セリクスの指に甘えるように擦り寄った後、感謝するように食べ始めた。

 

「こんな時間にフクロウ便なんて珍しいね。セリクス、何が届いたの?」

 

コーウェンとセドリックが、またセリクスが何か面白いことでもやるのかと瞳を輝かせて見てきた。2人の好奇心に満ちた表情とは対照的に、セリクスは何食わぬ顔でフクロウの黒い羽根を指先で撫でるばかりである。

 

セリクスは、クリスマス休暇に企てた計画が順調に進んでいることに、密かに気分の高揚を感じていた。手に入れた希少な素材──三頭犬の爪や涎、ドラゴンの卵の殻など──をせっせと実家に送った甲斐があったというものだ。

 

セリクスの口元に浮かんだ仄暗い笑みは、大広間のほのぼのとした空気と余りにもかけ離れていた。陽光に照らされた平和な昼食風景の中で、ただ1人だけが別の思考を巡らせている。その対比が、静かな不穏さを(かも)し出していた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

水も滴るいい男?

 

今日から学期末試験が始まる。セリクスは朝食を摂るためコーウェンと、たまたま途中で行きあったセドリックも一緒に大広間へと向かっていた。

 

「もう頭がパンクしそうだよ〜。ガンプの元素変容の法則で変身させるのが極めて困難な物って、食べ物とお金と……なんだっけ?」

「生物、死者、愛」

「あーそうだった……。なんでこんな簡単な答えが出てこなかったんだ……」

「コーウェン、大丈夫か? 目の下に隈が出来てる。セドリックも眠そうだな」

「ここ2週間くらい追い込みであんまり寝てなくて……。セリクスはいつも通りキラッキラだね……」

「そうか? 特に光ってる箇所はないはずだが」

 

死にそうな顔の親友2人を気遣うように顔を覗き込んだ瞬間、確かにセリクスには隙があった。その一瞬の隙を突くように何かがセリクスの頭上に飛び込んできた。拳大の黒い玉のような物だ。素早く杖を抜き一閃する。

 

「《プロテゴ(護れ)》──何!?」

 

プロテゴの透明な壁に当たったその玉は一瞬で弾け、中から大量の水がぶちまけられた。どうやら《アグアメンティ()》の魔法が込められていたらしい。そのまま3人の頭上に降り注ぎそうになり、セリクスは咄嗟に両脇の2人を左右に突き飛ばした。

 

───バシャ──ン!!

 

数秒間、地獄の静寂が流れた。セリクスの銀髪から滴り落ちた水滴が、廊下の石床にポチャンポチャンと落ちる音すら聞こえるほどだった。突き飛ばされたコーウェンとセドリックは、尻もちを付きながらポカンとセリクスを見上げる。たまたま同じ廊下を歩いていた他寮の生徒たちが悲鳴を上げて後ずさった。

 

「「悪戯だーいせーいこーう!!!」」

 

周りの空気を全く読まない、底抜けに明るいユニゾンが廊下に響いた。言わずもがなのグリフィンドールの悪戯王、フレッドとジョージ・ウィーズリーの双子である。2人は水浸しになってしまったセリクスを見て、腹を抱えて爆笑している。遠巻きに野次馬をしていた生徒たちの顔から更に血の気が引いた。

 

「あーっはっはっはっ!! ざまぁねーな! みっともねービッショビショ!」

「得意気に《プロテゴ》とか言っても俺らの魔法道具に負けてやんの! だっせー!」

 

初めてセリクスに一矢報いることが出来て上機嫌の様子だ。楽しそうに馬鹿にしてくる。それを見て我慢の限界にきたらしいセドリックが立ち上がって叫ぶ。

 

「フレッド! ジョージ! 君たちいい加減にしろよ! いつもいつもセリクスが何したっていうんだ!」

「やぁやぁセドリック。ハッフルパフの癖に腐れスリザリンの味方するのか?」

「うわーお、怖い顔。折角のハンサムが台無しだぜ〜?」

「〜〜〜〜! 本当にいい加減に……」

「いい。セドリック」

 

セドリックが顔を真っ赤にさせて更に怒鳴ろうとした瞬間、セリクスが低い声で(さえぎ)った。セドリックがはっとした顔で振り返ると、丁度濡れた前髪を手でかきあげているところだった。野次馬をしていた生徒が思わずといった様子で呟く。

 

「……うわ。えっちすぎでは……?」

「かっけ〜。水も滴るなんとやらって感じ?」

 

セリクスは外野の言葉には一切耳を貸さず、冷たく光るエメラルドグリーンの瞳で双子を見据えた。すっと右手を双子の方へ突き出す。しかしその手には杖は握られていなかった。双子は不思議そうな顔をした。

 

「?? 何するつもりだ?」

「杖持ち忘れてんぜ〜」

「……」

 

───パチン。

 

セリクスは彼らに突き出したままの指先を鳴らした。次の瞬間にはセリクスの濡れた足元から彼らの足元まで一直線に地面がパキパキと凍り付いていく。それは2人が避ける隙も与えないほどのスピードだった。2人の足と地面が凍り付いて離れなくなってしまった。

 

「なっ!!」

「なんだよこれ!」

「ふん」

 

ギャーギャー喚いている双子を放置し、セリクスはゆったりと歩き出した。

 

「コーウェン、セドリック。行こう。──《カレファシオ(温風)》」

 

いつの間にか取り出した杖を一振りし、一瞬で濡れた体と地面を乾燥させた。コーウェンとセドリックが慌ててセリクスの背中を追い掛ける。

 

「おい! 待てよ!」

「動けねぇ! これ解いていけよ!!」

 

コーウェンは一度だけ振り返ったが、すぐに双子を見捨ててセリクスを追った。

 

「……ふふ。ふふふふっ」

「ふはっ。あはははは!」

「ふっ」

 

廊下には騒がしい怒声と、楽し気な笑い声だけが響いていた。

 

───結局、双子は学期末試験に遅刻したのだった。

 

 

 

 

 

 




【あとがき】
●嘘と演技(才能の無駄遣い)
セリクスは普段嘘をつきませんしあまり得意な方ではありません。しかし必要があれば演技することは出来るようですね。多分この男、その気になればジゴロにも詐欺師にもなれそうです。(注:なりません)

●裏設定
ルーン文字学の描写ではセリクスとセドリックだけが突出しているように描写されていますが、実はセドリックのルームメイトのローレンス・フェンもこの学科では負けていません。しかしセリクスの視界には入っていないんですよね。セドリックの友人たちは第5章から登場頻度が上がる予定です。舞台裏でひっそりと努力をしている(影の薄い)ローレンスでした( ̄▽ ̄;)

●幕間
前作でも書きましたが、セリクスはこの時点では無言・無杖魔法はそんなに色々は出来ません。結界魔法や生活魔法の一部くらいですかね。作中使えたのはセリクスの属性が氷だからです。氷系の魔法だけはめちゃくちゃ得意───を通り越して威力が強すぎて普段あまり行使していません。
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