スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~   作:如月斎

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第3章 第26話 目指す先に渇望するもの

 

目指す先に渇望するもの

 

月明かりが寮の寝室を蒼白く照らす中、セリクスは隣のベッドから聞こえる穏やかな寝息に耳を澄ませた。コーウェンの呼吸が深く、規則正しい。熟睡している。

 

シーツを静かに押しのけ、セリクスは音もなくベッドから身を起こした。素足が冷たい石の床に触れる感触を確かめながら、暗闇の中で制服に袖を通す。

 

杖を握る指先が微かに震えた。緊張ではない──興奮だった。『賢者の石』という究極の錬金術の産物を手にする時が、遂に来たのだ。

 

目くらましの呪文を唱えると、セリクスの輪郭(りんかく)がぼんやりと薄れていく。この魔法の感覚は、まるで霧の中に溶け込むような心地よさがあった。

 

続けて足音を消す魔法を身に(まと)う。靴底と石床の間に魔法の緩衝(かんしょう)が生まれ、完璧な静寂が保たれた。

 

扉の隙間から廊下を覗く。人影はない。セリクスは幽霊のように滑らかに部屋を出ると、4階への階段を目指した。石造りの廊下に響くのは、遠くから聞こえる城の(きし)む音だけ。肖像画の住人たちも深い眠りについており、その規則正しい寝息が夜の静寂を際立たせていた。

 

なるべく早く、クィレルより先に──それが全てだった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

4階の立ち入り禁止廊下に差し掛かると、セリクスの足が止まった。扉が僅かに開いている。

 

(先客がいたか……)

 

眉をひそめながら、周囲に人影がないことを確認する。目くらまし呪文を解除し、静かに扉を押し開いた。

 

木の軋む音と共に、薄暗い部屋の光景が現れる。そして───

 

「ケルベロス……?」

 

巨大な三頭犬が、丸くなって眠っている。いつもなら爛々(らんらん)と光る6つの瞳で侵入者を威嚇(いかく)するはずなのに、今夜は穏やかな寝息を立てていた。

 

近付くと、甘やかな旋律が耳に届いた。三頭犬の足元に置かれた金色のハープが、自動で子守唄を奏でている。魔法の音色が空気を震わせ、巨獣を深い眠りに誘っていた。

 

───が、ちょうどその時。

 

旋律が途切れた。

 

ピンと張りつめた静寂の中で、三頭犬がゆっくりと瞼を開ける。6つの赤い瞳がセリクスを捉えた瞬間、低い唸り声が喉の奥から響いた。

 

「ぐるるるる……」

「ケルベロス。大丈夫か」

 

セリクスは一歩も引かず、静かに語りかけた。その穏やかな声音に、三頭犬の表情がみるみる和らいでいく。真ん中の頭が首を傾げ、左右の頭も困惑したように小首を振った。

 

やがて三頭の舌がだらりと垂れ、尻尾がゆっくりと振られ始める。

 

「くぅん……」

 

甘える子犬のような鳴き声を上げながら、巨大な体を器用に折り曲げてお座りの姿勢を取った。その巨体が石床に着く音が、どすんと重く響く。

 

「ケルベロス。今日は少し時間がないんだ。すまないが君の足元の扉に用がある。通してくれないか」

 

三頭犬は理解したように寂しげに鼻を鳴らすと、のっそりと後ずさりして場所を空けてくれた。セリクスは感謝を込めて、真ん中の顔の鼻先を軽く一撫でする。温かく湿った鼻の感触と、くすぐったそうな鼻息が手のひらに伝わった。

 

足元の扉を開けると、真っ暗な縦穴が口を開けていた。底が見えないほど深い。

 

───躊躇(ためら)いなく身を躍らせた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

風が耳を切り裂く。石壁を駆け上がる冷気が頬を撫で、暗闇が視界を覆った。落下速度が増していく中、セリクスは冷静に杖を構える。

 

「《アレスト・モメンタム(動きよ止まれ)》」

 

体に(まと)わりつくような魔法の感触と共に、落下速度が急激に緩む。ふわりとした浮遊感に包まれ、足裏に柔らかな感触が伝わった。

 

それは植物だった。

 

着地した瞬間、足元の(つる)がうねうねと動き始める。セリクスの足首に絡みつき、手首を捕らえようと這い上がってきた。

 

『悪魔の罠』──光を嫌う肉食植物。

 

セリクスは眉をひそめ、杖を振り上げようとした。しかしその時、不思議なことが起こった。

 

蔓がセリクスの体を優しく包み込み、まるで赤ん坊をあやすように、そっと地面に降ろしてくれたのだ。

 

「……?」

 

さすがのセリクスも思わず瞬きし、困惑して蔓を凝視した。『悪魔の罠』が人間に親切にするなど、聞いたこともない。

 

蔓はにゅるにゅると気色悪く(うごめ)いているだけで、特に意思があるようには見えない。セリクスは首を振り、この奇怪な現象を一旦頭から追い出すことにした。

 

「理解出来ない」

 

足早に石の通路へと向かう。靴音が硬質に響き、湿った空気が肺に流れ込んだ。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

次の部屋からは、軽やかな羽音が聞こえてきた。セリクスは慎重に中を覗き込んで、また予想外の光景に一瞬硬直する。

 

キラキラと輝く小鳥の群れが宙を舞っていた。何百羽──いや、それ以上かもしれない。羽音が重なり合って、まるで金属片が擦れ合うような音を立てていた。

 

これが一斉に攻撃してきたら──セリクスは瞬時に戦術を組み立てる。強力な攻撃魔法なら《コンフリンゴ(爆破呪文)》か《エクスパルソ(爆砕呪文)》。だが、これほどの数を相手にするなら、それすら効率が悪い。

 

(本気を出せば部屋の中全てを凍らせることも出来るが……)

 

杖を構えた瞬間、小鳥たちがゆっくりとセリクスの方へ近付いてきた。しかし、攻撃的な様子はない。むしろ人懐っこく、彼の周りをくるくると舞い踊っている。再び、マグル生まれの言うところのディズニープリンセスのようになったセリクスは、小鳥をよく見て気付いた。

 

「……鍵?」

 

生きている鳥ではなく、様々な形の鍵に色とりどりの羽根が生えている。鍵鳥たちは感情があるかのようにセリクスの肩に止まり、頭に止まり、手のひらにちょこんと降り立った。

 

(またこの現象か)

 

魔法生物──いや、魔法の道具にまで懐かれるとは。セリクスは小さく溜息をつきながら、鍵鳥たちを従えて次の扉へ向かった。

 

扉には古式ゆかしい鍵穴が開いている。試しに《アロホモラ(鍵開け呪文)》を唱えてみたが、魔法は弾かれて効果を示さなかった。

 

「この扉に合う鍵はどれだ」

 

セリクスが鍵鳥たちに呼びかけると、一羽の青い羽根を持つ鍵鳥が目の前をひらりと舞った。しかし、その片翼は折れ曲がり、羽根もところどころ(むし)れている。無理やり捕獲され、乱暴に扱われた痕跡だった。

 

セリクスの眉間に皺が寄る。《エピスキー(治癒魔法)》を唱えたが、生き物ではないからか効果はない。《レパロ(補修魔法)》も試したが、やはり反応しなかった。

 

(動物でも無機物でもない……。中途半端な存在か)

 

時間がない。セリクスは折れた翼の鍵鳥をそっと鍵穴に差し込んだ。カチリ、という小さな音と共に扉が開く。青い鍵鳥は満足げに小さく羽ばたいてから、仲間たちの元へ戻っていった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

次の部屋は圧巻だった。

 

巨大なチェス盤が部屋いっぱいに広がっている。セリクスよりも背の高い黒と白の石で出来た駒たちが、のっぺらぼうの顔でじっと侵入者を見つめていた。その無表情な石の瞳に見据えられ、空気が重くのしかかる。

 

セリクスは即座に理解した。自分が駒に成り代わり勝負に勝たないといけないらしい。セリクスの口元に百戦錬磨の勝負師の笑みが浮かんだ。

 

チェスなら──これ以上ない得意分野だった。

 

悠々と黒い駒たちの陣営へ歩み寄る。革靴が床を踏む音が、まるで勝利の行進曲のように響いた。黒のキングの前に立つと、セリクスは腕を組んで首を僅かに傾げて見上げる。

 

石で出来たキングは、頭上の王冠をゆっくりと外すと、(おごそ)かにセリクスの頭に被せてくれた。ひんやりとした金属の感触が額に伝わり、重みが肩に掛かる。キング自身は静かに盤外へ下がっていった。

 

「さぁ、始めようか」

 

セリクスの声には、生まれながらの支配者としての威厳が滲んでいた。その圧に呼応するように、盤上の全ての駒が背筋を伸ばし、静寂が張り詰めた。

 

白のポーンが石畳を響かせながらe4へ進み出た。セリクスは腕を組んだまま、僅かに顎を引く。

 

「……シシリアン、c5」

 

黒のポーンが力強く前進し、白の中央を睨み据えた。石と石が触れ合う音が、戦場の太鼓のように響く。

 

白のナイトがg1からf3へと跳ね出す。蹄鉄(ていてつ)が石を打つ音が甲高く響き、馬の影が月光に踊った。セリクスの瞳が冷たく光る。

 

「ナイトc6」

 

黒の騎士が地を蹴って駆け出した。石で出来た馬が(いなな)くような音を立て、首を振りながら戦列に加わる。

 

白のビショップがc4へと優雅に滑り出た瞬間、セリクスの脳裏で盤面が三次元的に回転した。数十手先まで見通す計算が、一瞬で完了する。

 

「……ポーンd5」

 

黒の兵士が一歩踏み込み、白の中央に衝撃を走らせる。盤上の石畳が低く震えた。

 

白のビショップが黒のポーンを取る。ガシャン! 石と石が激突し、黒の兵が粉々に砕け散った。欠片が飛び散り、床に乾いた音を立てて落ちる。

 

白の駒が勝ち誇ったようにセリクスを見つめた──次の瞬間。

 

「ナイトd4、フォーク」

 

黒の騎士が咆哮(ほうこう)を上げて跳ね上がり、白のビショップとクイーンを同時に狙撃する位置に着地した。石の蹄が床を叩く音が、まるで雷鳴のように部屋に響き渡る。

 

白の陣営が一瞬にして凍りついた。ビショップとクイーン、二つの重要な駒が同時に脅威(きょうい)に晒されている。どちらを守るか──選択を迫られた白の駒たちが、戸惑うように身を揺らした。

 

白のクイーンが慌てたように後退する。だが、それは既にセリクスの計算通りだった。

 

「……クイーンd6、チェック」

 

黒の女王が悠然と進み出る。石の剣を振りかざし、白のキングの眼前に迫った。王手───。白のポーンが必死に盾となろうと前に出ようとするが───。

 

「ビショップg4」

 

黒の僧侶が斜めに滑り込み、白の逃げ場を完全に封じ込めた。

 

白のキングが震えながら後退りする。しかし──どこにも逃げ場はない。

 

「──チェックメイト」

 

黒のクイーンの剣が、白き王を貫いた。

 

───ドガァァン!!

 

轟音(ごうおん)と共に白のキングの巨体が爆散し、無数の破片が飛び散った。石の欠片は刃物のように宙を舞い、壁に当たって甲高い音を立てる。まるで戦場で王が討ち取られたかのような、圧倒的な破壊音だった。

 

セリクスは無表情のまま、その石屑を踏み越えて歩く。

 

「当然の帰結だ」

 

その一言が響いた瞬間、チェス盤全体が沈黙に包まれた。敗れた白の駒たちが、敬意を込めて(ひざまず)くように石化していく。

 

次の部屋へ向かう扉の前で、セリクスは振り返った。杖を盤面に向ける。

 

「証拠隠滅しておくか。……《レパロ(直れ)》」

 

時が(さかのぼ)るように、粉々になった駒たちが美しく元の姿を取り戻した。セリクスの頭上で輝いていた王冠も、いつの間にか黒のキングの元に戻っている。

 

完璧に現状復帰させてから、セリクスは次の部屋に足を踏み入れた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

広々とした部屋に入った瞬間、鼻を突く悪臭がセリクスを襲った。腐った肉と汗、それに土の匂いが混じり合った、吐き気を(もよお)すような臭気だった。

 

「うっ……」

 

思わずローブの袖で鼻を覆う。その時、部屋の中央で巨大な影がのっそりと立ち上がった。

 

トロール──身の丈3メートルはありそうな灰色の巨体が、太い棍棒を手に仁王立ちしている。最初はぽかんと口を開けてセリクスを見つめていたが、やがて敵だと認識したのか、天を仰いで雄叫びを上げた。トロールは今までセリクスが出会ったどの魔法生物とも違う反応を示した。明らかに攻撃態勢を取っている。

 

「ガアアアアア!!!」

 

轟音が部屋中に響き渡り、石壁が微かに震えた。唾液が飛び散り、床に醜い染みを作る。

 

セリクスの瞳に、抑えきれない高揚の光が宿った。去年のハロウィンで諦めざるを得なかった希少素材が、目の前にいる。

 

「おい、デカブツ。私はここだ。来い」

 

分かりやすい挑発的な言葉と共に、セリクスは体内の魔力を足に集中させた。蒼白い光が靴底から立ち上り、筋肉に力が(みなぎ)っていく。

 

トロールが棍棒を振り上げて突進してきた。地響きが足裏に伝わり、巨体の影がセリクスを覆う。

 

セリクスが左足を石床に強く踏みしめる───。

 

───ミシィッ! ドンッ!!

 

石床にひび割れが走ると同時に、セリクスの体が空中へ舞い上がった。魔力強化された跳躍力で、トロールの頭よりも遥かに高い位置まで一気に飛び上がる。

 

「がおお?」

 

トロールは足元にいたはずの獲物を見失い、困惑して首を振り回した。その頭上で、セリクスが右足に魔力を集中させる。蒼白い光が足を包み込み、空気が震えた。

 

「ふっ!」

 

渾身(こんしん)の魔力強化キックが、トロールの頭頂部に叩き込まれた。

 

───ゴシャァッ!!

 

鈍い破砕音と共に、巨体が石床を揺るがすほど激しく震えた。トロールの目が白目を剥き、鼻と口から血が流れ出す。意識を失った巨体が、轟音を立てて倒れ込んだ。

 

セリクスはその横に、音もなく優雅に着地する。

 

「さて……」

 

時間がない。しかし、この機会を逃す手はない。セリクスは鞄を取り出し、せっせと倒れたトロールから素材を採取し始めた。鼻水、血液、爪、皮膚片──全て貴重な魔法薬の材料だった。

 

一瞬、トロールを丸ごと鞄に詰め込むことも考えたが、先で待っているのは『賢者の石』という比較にならない宝だ。渋々採取を切り上げ、次の部屋へ向かった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

最後の部屋はがらんとしており、中央にテーブルがひとつ置かれているだけだった。その上には7つの瓶が並び、それぞれ異なる色の液体で満たされている。

 

セリクスが部屋に完全に入った瞬間、背後で紫の炎が立ち上がった。前方の出口には黒い炎が燃え上がり、完全に閉じ込められた。

 

熱気が頬を撫で、炎の揺らめきが壁に踊る影を作る。

 

(この底意地の悪さ……。スネイプ教授だな)

 

テーブルの上に目をやると、これ見よがしに巻物が置かれている。広げてみると、韻を踏んだ謎かけが書かれていた。

 

セリクスは文面を一瞥(いちべつ)し、すぐに思考に沈む。唇を薄く結び、エメラルドの瞳が瓶を順番に見つめていく。論理的思考が高速で回転し、条件を整理していく。

 

毒薬の位置、イラクサ酒の配置、大きさによる分類──全ての条件が頭の中で組み合わされ、答えが導き出された。

 

「ふん。論理パズルか」

 

僅か数十秒で顔を上げ、迷いなく一番小さな瓶を手に取る。中身は透明な液体で、微かに薬草の匂いがした。セリクスは躊躇(ちゅうちょ)なく一気に飲み干した。

 

氷のような冷気が喉を通り、体内を駆け巡った。血管という血管が凍りつくような感覚に、セリクスは一瞬眉をひそめる。だが、それも束の間のことだった。

 

「……っ」

 

軽く身震いすると、毅然(きぜん)とした足取りで黒い炎へ向かう。

 

炎の熱が肌を焦がしそうになったが、薬の効果で害を受けることはない。セリクスの姿が黒い炎に包まれ、ゆっくりと消えていった。

 

残されたのは、7つの瓶と巻物だけ。──セリクスが飲み干した小瓶の中身が自動的に補充されていく。

 

そして、次の部屋で待つ『賢者の石』への、最後の扉が開かれようとしていた。

 

 

 

 

 

 




【あとがき】
●映画版との違い
映画版では、この罠の仕掛けが原作から大きく改変されていますよね。鍵鳥の数や攻略法、クィレルとスネイプの罠の省略など。
個人的にはハーマイオニーの活躍が減ってちょっと寂しかったです( ̄▽ ̄;)
『スリ末』は原作沿いなので、がっつり描写してみました。書いてて楽しかった~。

●チェスガチ勢さんへ
作中にチェスの描写が出てきますが、私はチェスド素人です。ネットで調べて精一杯格好良く見えるように書きましたが、実際のルールと矛盾した描写があるかもしれません。
でも、これは魔法のチェスです!なので何でもありということでお願いします。【合言葉:これは魔法のチェス(∩^o^)⊃◝✩】
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